69話.【亡霊】元亡霊は悪役令嬢を救いたい 前編
「あ、あたしはあやしいものじゃないんですう!!」
「黙れ! お前のような珍妙な服を着た貧民がここの関係者なわけないだろう!」
「ビビ君なら!! ビビ君て衛兵ならあたしのこと知ってますから! 確認してくださいよお!」
「ビビなんて名前の衛兵はここにはおらんぞ!」
生身の体を得たあたしは現在、学園の衛兵達にとっつかまっていた。
屋上庭園で魔物に体を呑み込まれたユアナちゃんを助けるべく、応援を呼ぼうと学園内を駆けずりまわっているところだったのに!
いやまあたしかにこんな色落ちタンクトップとズボン用に買った男物トランクス、しかも裸足で駆けてく女なんて貴族学園物にはふさわしくなさすぎだけど!
「あーもー、捕まってる余裕なんてないのにっ……ビビくーん! たーすーけーてー!」
「こういう時くらいアイザックって呼べよ! あだ名で呼ぶからわかってもらえないんだろ!」
えっ本当に来た。ヒーローかな?
「なんだアイザック。お前の知り合いか?」
「あ、ああ……。とあるご令嬢のとこの使用人でさ。服のセンスが壊滅的だからなかなか表に出してもらえないんだよ」
「確かにこんなのがうろついていたらその家の恥晒しだな……」
もしかしてあたしジュノさんの使用人設定になってる? しかもおかしな設定つけられてる?
「あっ、そうそう、それどころじゃないんですよビビ君! 屋上庭園でユアナちゃんが大ピンチなんです! ジュノさんとクオレスもとんでもないことなっててっ! 急いで……えーと、アニマとレイファード様とハーヴィー先生とロウエンと、それからトワルテあたり連れてきてください!!」
そんなこんなで攻略対象と友人キャラを集めて屋上庭園へ急いだあたし達、だったんだけど、ユアナちゃんが自力で脱出して魔物を倒した後だった。
ちなみにビビ君があの場に駆けつけてきたのはあたしを助けるためではなく、怪しい奴が侵入したっていう連絡を受けて応援に駆けつけてきただけらしい。なんでい。
ユアナちゃんの無事が確認出来たところで、ジュノさんとクオレスの事を説明しよう……としたのだけど、まずはあたしの事から説明することになった。皆の「いや、まずお前誰だよ」感がすさまじくてな……。
この世界は乙女ゲーであたしは生前この乙女ゲーをプレイしたプレイヤーなんです! って説明はやめておくことにした。ジュノさんには必要な説明だったから時間かけてやったし、その結果ジュノさんは独自解釈しながらも納得してくれたけど、皆にいきなりその説明したら絶対頭おかしいやつだと思われるじゃん?
なのであたしはいつの間にかジュノさんに取り憑いちゃっていた、ここからはずっと遠い場所に住んでいたただのしがない亡霊って説明をすることにした。ジュノさん曰く、この国の貴族は幽霊を信じていないらしいからこれだけでも充分ぶっ飛んだ説明になっちゃうんだけど、まあそこは仕方ないよね。
「オレは信じるぜ。幽霊にはもう会ったことがあるからな!」
「わたしも信じるよ。ジュノさんが助けようとしていたのをしっかりこの目で見ていたからね!」
アニマとユアナちゃんがそう力強く言ってくれたことで他の皆も一応は信じてくれる流れになった。
「……それで、なんでただの幽霊だったアンタがただの人間になっちゃってるわけ?」
「クオレスが一晩でやってくれました!」
「いやまだ夜だぞ。一晩かかってないだろ……」
ハーヴィー先生からの質問にノリで答えたらビビ君からツッコミを入れられた。
ここは真面目に答えるか。
「どうやら封印属性の魔法でこの魂を封じるための器を作っちゃって、その結果生前の姿そのままのこの肉体が出来上がったみたいなんですよね。多分、魔人の力もあって出来たんだと思いますけど」
「封印……? 魔人……?」
あたしの説明にアニマ達が頭に疑問符をつけてそうな顔をする中、ハーヴィー先生一人だけが急に焦り顔になった。
「アイツ、何やらかしてんの……!」
「およ、ハーヴィー先生は知ってたんですか? クオレスが自分の中に魔人を封印してたって話」
「わーっ! 全部言わないでよ! 本当は秘密にしてないといけないってのに!」
その後観念した様子のハーヴィー先生はくれぐれも内密にという前置きをした上で、あたし達にクオレスのことを教えてくれることになった。……いや、もしかしたらクオレスルートでクオレス本人からそのへんの説明があったのかもしれないけど。
こんなことならクオレスルートをしっかり読んでおくんだった……。そう思ってももうどうにもならないんだけどさ……。
「……まず、一部の属性には精霊が人間達に伝えたっていう属性印がある。これは皆知ってるよね」
いや知らないんだけど。
「実はその属性印を体に宿して生まれてくる人間がほんの少しだけいて、その人間が生まれた時は精霊の声を聞く事が出来る者達全てに通達が来るんだ。どこそこの家に印を持つ者生まれいでたりってね。属性印を持つ人間はすぐさま王宮からの迎えがきて、その属性印を持つ者が背負わなくてはならない使命を王宮内で聞かされる。といっても、生まれたばかりの赤子にわかるわけないから実際に聞くのはその家の当主なんだけど。もちろん使命の内容も精霊が以前人間達に伝えたものだよ。そして使命を聞かされたその家は、赤子を使命が果たせる人間に育てるべく特殊な教育を施すんだ」
やばい。寝そう。ゲームだったらやっぱり飛ばしちゃうな。
「その教育を受けてきたのがクオレスだよ。クオレスの本来の属性は封印属性で、その心に魔人を封じるっていう使命を背負って生まれてきたってわけ」
「……その魔人ってのは何十年か前に討伐されたって聞いたんだがねえ」
「そういえば言っていたな。魔人の手先とかいうやつが『主の復活こそが我が悲願なり』って……」
「俺も聞いたぞ。悲願を果たす為にその心を利用してやるだとか、この俺にぬかしてきおったのだ。こちらこそその力を利用してやろうと思ったのだがな」
「魔人さんがどこかで眠っているとは聞いていたけど、クオレスさんの中にいたんだね……」
トワルテは何も知らなかったみたいだけど、魔人の手先の仕業で闇堕ちしたことのあるアニマとロウエン、そしてその二人を救ったユアナちゃんはちょっとだけ知っていたらしい。
まあこの辺はゲームでもそんな感じだったし、予想通りかな。
「も、もしかして俺、今とんでもないことを聞かされていないか……?」
ビビ君だけはこの状況にビビリまくっている。一般人のビビ君には刺激が強すぎたようだ。久々に見たビビリっぷりにちょっとだけ眠気が吹き飛んだ。
「……で、魔人の力を使ったってことはその封印が解けてしまったってことでいいんだよね?」
「ぅえっ!? あっ、はい!」
「とっ、とととっ、解けたのか……!?」
先生から急に話を振られたあたしは慌てて答える。それを聞いて隣にいるビビ君が更にビビリだした。
「そうですよこんな悠長に話している場合じゃありませんよ! ジュノさんがその魔人化したクオレスに連れて行かれちゃったんです! 早く助けに行かないと……!」
「お、落ち着いて幽霊さん。慌てちゃったらまた失敗しちゃうかもしれないよ。今度は充分準備をしてからジュノさん達を助けに行こう?」
「ユアナちゃん……いや、ユアナさん。そう、ですね」
たしかに魔人化したクオレスはユアナちゃんを一瞬で倒してしまうくらいに強かった。念入りに準備しないと皆やられてしまうかもしれない。
初対面でちゃん付けは流石にまずいかなと思ったあたしはすぐに言い直してから頷いた。
「ちゃんで大丈夫だよ。幽霊さんのことはなんて呼べばいいかな?」
「あたしはー……実は自分の名前、おぼえてないんですよねえ。だからしばらくは亡霊ちゃん、でいいですよ! 思いついたら自分でいい感じの名前つけちゃいますんで!」
「うん、わかった。これからよろしくね、亡霊ちゃん」
ユアナちゃんは笑顔であたしと握手をしてくれた。
不審の目を向けられまくった後にこの対応はありがたい……! ちょっぴり涙ぐみそうになったところで、そういえばと思い出した。
「あのー、良かったら服とか貸していただけるとありがたいんですけど」
「もちろんいいよ! それじゃあ部屋から……」
「いやー、体型的にはユアナちゃんよりトワルテさんの方がいいですね」
「ハハッ、たしかにお前さんにはユアナの服はきつそうだねえ!」
「トワルテちゃん、失礼だよ!」
「あたしが太いんじゃなくてユアナちゃんが細いだけですよ……」
流石にちょっとへこんだ。
ビビ君とハーヴィー先生以外はみんなパーティー服だったこともあり、私だけでなくみんな着替えてから再び集合することになった。
「どうですかビビ君! あたしがおめかしした姿は!」
「うん。やっとまともになったな」
「反応薄っ!」
いやまあしょうがないけど。
パーティー服ですら男装パンツルックだったトワルテの服には当然ながら女の子らしい可愛い服は無く、あたしが着る服もいいとこのお坊ちゃんが着るような服になっちゃったからだ。
これなら男キャラから借りても大差無かったかもしれないなって見た目だ……。それと足の大きさはユアナちゃんと大体一緒だったので靴だけはユアナちゃんから借りてきた。
くう……この戦いが終わったら可愛い服でも着てビビ君をデレデレさせてやるう……!
「それにしても、なんだか実感わかないな……。お前がこうして生身の体を手に入れるなんてさ。もしかして俺、夢でも見てるのかな」
「夢じゃないですよ。ほっぺたでもつねってあげましょうか?」
「あー、いいかもなそれ。実際触れてみた方が実感出来るかも」
「うわあっ、女の子の体に触りたがるなんて……ビビ君のえっち!」
「なんだよそれ!? そっちから言い出したんだろ!」
「へへ、冗談ですって」
なんて、皆が集まるまでの間にちょっとだけふざけてみた。
体が手に入ったのは嬉しいけど……本当に喜ぶのはジュノさんが帰ってきてからにしよう。だからビビ君の体をつねりまくるのもまだおあずけ。
皆がそろったところでようやくあたしはクオレスが魔人化した経緯について知っている限りのことを話した。と言ってもあたし自身にもなんでクオレスがああなっちゃったかはわからないから、直前までのジュノさんとのやり取りを教えただけなんだけど。
「……それじゃあ、クオレスはジュノから婚約解消の話を突き付けられた後辺りから魔人の力に支配されだして、ジュノが亡霊に体を明け渡そうとするのを阻止しに来た時には完全に暴走した状態だった……そういう事?」
「そんな流れですね!」
ハーヴィー先生の確認に頷くと、何故かみんながため息をついたり頭を抱えだしたりしていた。
「はあ……それってさあ……」
「あの二人、まだ痴話喧嘩してたのかい」
「ここまでくるともう痴話喧嘩じゃおさまらないだろ……」
「お前もなんでそこで話受けようとしたんだよ……」
先生とトワルテとアニマとビビ君が口々に言ってくる。
「えっ? えっ? どういうことですか?」
「うん……。クオレスさんはそれだけジュノさんが大好きなんだねって話だよ」
「ええっ!? そうなんですか!?」
ユアナちゃんから言われた言葉に本気で驚く。
いやだって、いつの間に!? そんなフラグ立ってた!? いつからルート入ってたの!?
たしかに言われてみればクオレスの行動はジュノさんが好きだから……としか説明できないものばっかりな気がしなくもない、けど……。
そんなの全然わからなかった。まさか好感度が見えないのがこんなにハードモードだったとは……。恋愛経験ろくにないあたしにはリアル恋愛ゲームはきつすぎるよ!
「はー、なるほど……つまりあたしはクオレスさんから愛するジュノさんを奪おうとしたから目の敵にされたってわけですか! そりゃ憎まれますわな! なはは!」
「笑いごとじゃないだろ……」
ビビ君の言葉通り、誰もあたしと一緒に笑ってはくれなかった。
「もしやジュノ様もこの方と同じような認識だったのでしょうか……」
「お前達は救いようのない馬鹿なのか?」
レイファード様とロウエンからも呆れられてしまった。胸が痛い。
「……あっ。ってことはもしかして、今ってそれほど危険な状態でもないってことですか? だってクオレスさんに連れ攫われたジュノさんはひどい扱い受けることもありませんよね? ちゃんと愛されてますもんね?」
「……それはどうだろうね」
あたしの希望的観測をハーヴィー先生が暗い顔で砕いていく。
「これも皆にとっては知らない話だろうけど……。ジュノの呪い属性は新たな魔人になる可能性を秘めた属性なんだ。そして魔人ってのは肉体が滅びても消えることの無い不滅の存在。もしかしたら新たな魔人となったクオレスは、ジュノのことも不滅の存在にしようと魔人に変えるつもりなのかもしれない」
ジュノさんが、魔人に……!?
この新事実にはあたし以外のみんなも目を見開いていた。ビビ君なんか倒れそうになっちゃってる。
だけど納得できないわけじゃなかった。負の感情を利用する呪い属性の魔法と、他人の負の感情を利用して闇堕ちさせる魔人やその手先って、たしかに似てる。
「そうなったら、二人は……確実に世界の敵となるだろうね。一体でもこの国を滅亡の危機に追い込むほどの脅威だ。それが二体となったらどの国も見過ごせないだろうし、心を堕とした二人自身、お互い以外はいらないと思ってしまうかもしれない。他の連中が勘付く前にクオレスを元に戻さないと……あの二人が殺されるか、世界が滅ぶかの二つに一つになるよ」
あたしは目の前が真っ暗になりそうだった。
折角ジュノさんが大好きな人から想ってもらえるところまで来たのに、結局悪役として処理されるなんて。そんなの、あんまりじゃないか……。
「つまり……おおごとになる前にオレ達でこっそり解決しようってことだよな!」
「よし、頑張ろう、みんな! みんなで力を合わせればきっと、ううん、絶対二人を助けられるよ!」
「全く、ユアナは本当にお人好しだねえ。しょうがないからアタシも一肌脱いでやろうじゃないか!」
「フッ、ついに奴と決着をつける時が来たようだな!」
「ふふ、囚われの姫君を救出しに行きましょうか」
あたしの暗い気持ちを吹きとばすようにアニマ達が声をあげる。それを見てあたしはまた涙ぐんでしまった。
「そうだね。それじゃあ準備が整ったらすぐに出発しよう」
「あたしももちろん行きますよ! ジュノさんも急にあたしがいなくなって寂しいでしょうからね!」
「もしかしてこれ……俺も行かないといけない流れか……?」
「もっちろんですよ! ビビ君には敵の攻撃を引き受けるタンクとして魔法使いの皆を守ってもらわないといけませんからね!」
「いやそれ相当きつくないか!?」
そんな感じであたし達は空が明るくなる前に準備を済ませ、飛竜に乗って学園から飛び出したのだった。




