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66話.終業パーティー

 レイファードの話によると、やはりお父様が使っていた術が危険なものであると認められるのは難しいらしい。


「本に書かれている通りに術を使用してもみたようなのですが、それらしい効果は何一つ得られなかったようです」

「そうですか……」

『ってことはあのオヤジはとくになんの罪にも問われないってことですか!?』


 呪術とは死者の怨念――つまり霊やそれに限りなく近い残留思念を利用するもの。それらの存在を認識すら出来ないこの国の貴族達が扱うのは難しいのかもしれない。

 お父様の術が成功したのは、術を使った場所がたまたまあの地下倉庫だったから。つまり偶然の産物だったのでしょう。


「しかしあの本には万が一にでも成功すれば極めて危険な術や悪意にまみれた術が数多く記載されていたそうです。対象に数多の災厄を与えるというものや、人の命を奪う呪術もあったとか。信憑性は無くとも人々に読ませるべきではない禁書として処理するとのことです」

「数多の災厄や、人の命を奪う術、ですか……」

「そしてジュノ様の父君についてですが、術の効果が確認出来ない以上罪に問うことは出来ないでしょう。しかし精神に異常をきたしている状態ということであれば、そのような者に異能の力を持たせている状況こそ危険であるとして、魔道具による魔力の一時的な簡易封印をするそうです。回復の見込みがなければ完全に封印するとも言っていましたよ」

『まーそれくらいは当然ですよね!』

「ご報告ありがとうございます、レイファード様」

「いえ、この度は出過ぎた真似をして申し訳ありません」

「そのようなことはございません。妹も望んだからしたことなのでしょう? 私達のために動いてくださったこと、本当に感謝しております」


 私は心からの礼を述べた。


 どの道あの精神状態じゃ聴取のしようもなさそうだし、力を奪われ狂ったまま生き地獄を味わうのがふさわしい末路でしょうね。


 それよりも気になったのはお父様が入手した本のことだった。

 もしかしたら、最初のジュノはなんらかの経路であの本を入手したのではないかしら。そしてそれらの呪術をもとに、ユアナの命を奪う画策をしたりジュノ自身に不幸を集める呪いを使ったりしたのかもしれない。


 あの禍々しくも虚しく寂しい世界は、目が覚めた後もただの夢だとは決して思えなかった。

 私の魂が、全てのジュノと繋がっている魂があれは現実なのだと訴えてくる。

 だから私はあの時抱いた決意を捨てはしない。自業自得の悲劇を終わらせるために、私は――ジュノを幸せにしなくてはならない。

 その為にすべきことは、もう決まっていた。




 一年の終わりを祝う終業パーティー当日。


 いつものように私は一人でパーティー用のドレスに着替える。

 一人では装着の難しいコルセットやドレスも、仕立て屋から付与してもらった魔法によって一人で着ることが出来るようになっているのでそれほど苦労はしない。

 髪を結うのは魔法ではなく全て自力でおこなうけれど、それももう慣れたものだった。姿見の前に立ちおかしなところが無いか隅々まで確認していく。

 今日選んだドレスの色は朝日を浴びた雪原のように輝く白。いつもは淡い色の髪と対比させるために濃い色合いのドレスを着ることが多いのだけど、今日は幸福となる日にふさわしい色を選んだのだった。


『白いドレスのジュノさんって初めて見たなあ。意外と似合ってるじゃないですか!』

「意外とは余計よ」


 着替えを済ませた私は扉を開ける。その先では厳格で落ち着きがありながらも煌びやかな礼装に身を包んだクオレスが私を待っていた。

 この恰好のクオレスも素敵で、最近全く顔を合わせていなかったこともあってつい見惚れてしまう。


「準備は済んだようだな」


 クオレスはそれだけを言って私を会場までエスコートする。

 私の装いを見て褒めるなんてことは一切しない。それはいつものことなのだけど、今日は目さえもろくに合わせてくれない。


 ……やっぱり、義務感でやっているのでしょう。




 クオレスと共に会場に入り、周囲からの視線を浴びる。「ほらやっぱり仲直りされたじゃない」「今日は一段と絵になるわね」なんて声まで聞こえてきた。


『相変わらず二人ってまわりから見たら理想のカップルなんですねえ』


 この会場に不釣り合いな格好の亡霊が浮遊する姿も今日はよく見える。


 呪いが持つ力に将来性を感じてか、結構な数の学生がこの機会にと私に挨拶をしてくる。卒業したら仕事相手として付き合うかもしれない相手とは学園に在学している内から交流を持とうとする学生は少なくない。

 私はずっとクオレスと寄り添った状態でその応対をしていた。クオレスは私から一度も離れずに隣にいてくれている。


 ふと視界の端にユアナの姿が映る。

 ユアナもまた次々に来る挨拶の応対に追われているようだった。慣れていないことだからか少し気疲れしているように見える。そこを通りがかった殿下が助けるようにユアナを何処かへ連れ出していった。


 それから少し経った頃、誰かの姿を探し回っている様子のロウエンが目に入る。遅かったわね。もう少し早ければあなたがユアナの救世主になれていたのに。


 やがて音楽が流れ始め、ダンスの時間が始まる。


「私達も踊りましょうか」

「……ああ」


 女性から誘うなんてはしたないけれど、私達の間ではそんなの今更なこと。

 クオレスの手を取りダンスフロアへ進む。


 そういえばクオレスと踊る機会なんて殆ど無かったわね。

 クオレスが討伐隊に所属する前の頃、社交の練習ということで私から誘って二、三回踊ったことがある程度。多くの人がいる前で踊るのは初めてのことだった。


 私は完璧なステップを踏みながらクオレスの一挙一動を見つめる。

 本人は不得意だと言うけれどその一つ一つの動き全てに目を奪われていた。クオレスはいつだって綺麗。力強くて、品があって、冷静沈着で。

 でもやっぱり剣を握っている姿の方が彼には似合っているかしら。

 修練場で鍛錬を積む姿も、模擬戦でレイファードと戦っていた時の姿も、学園祭でラーヴァ・ドラゴンに威圧する姿も、魔の森で私を守りながら魔物達を斬る姿も、研ぎ澄まされた美しさをたたえていた。

 敵を圧倒している時はもちろんのこと、劣勢に立たされて苦しんでいる姿でさえ、彼は美しい。なんて……優しい人ならそんなこと考えないのかしらね。

 だけど戦っていない時の穏やかな雰囲気を纏うクオレスも大好き。歩幅を合わせて歩いてくれる姿も、私の様子を気遣う視線も、落ち着いた声も本当に愛おしい。

 今のあなたは穏やかではないようだけれど。


 私はやっぱりあなたのことが好き。


 一曲踊って終わりにするかと思いきや、クオレスは私の手を離さずダンスを続けた。そうして二曲、三曲と続けて踊った私達は少し体を休めにテラスへ出ることにした。夏の夜風が心地よい。


「ねえ、クオレスは……まだあの時のこと、怒ってる?」

「あの時とは?」

「試験で私が足を引っ張った時のこと。あの時は本当に」

「よせ。もう謝罪は何度も聞いたし、私は最初から怒ってなどいない」

「そう……」


 じゃあどうして今のあなたは気が立っているように見えるの?

 最近のクオレスのことはよくわからない。

 いいえ、最初からわかっていなかったのかもしれない。わかっていれば他の女に取られる事態なんて起こらないはずよね。


 周囲に誰もいないことを確認する。

 ……そろそろ、切り出しましょう。


 ジュノを幸せにするために。


「クオレス・フィンウッド様。あなたとの……婚約を解消させてくださいませ」


 微笑みながらそう告げると、クオレスは目をわずかに見開き微動だにしなくなる。

 呼吸さえも聞こえない、静かな夜。まるでここだけ時が止まったかのようだった。


「書類はすでにあなた様の部屋に届けております。あとはあなた様の署名をいただければ――」

「何故だ。何故そのようなことを」

「あなたと一緒では、私は幸せになれないから。私は私を愛してくれる人と幸せになりたいの」


 異界で山積みにされたジュノ達を見て、私はついに観念した。

 何度世界が作られても、クオレスは決してジュノを見ることなど無いのだと。

 そして……クオレスを好きなままでは、ジュノは幸せになれないのだと。


 以前、あなたが自らのことを転生者だと語る夢を見た時は悲しくて苦しくて仕方なかった。


 だけど、もしもあなたが転生者だったら。

 もしも私が愛したクオレスが、最初から他の世界のクオレスとは別の存在なのであれば、私が知るクオレスだけは私を好きになってくれるかもしれない……そんな風に考えてしまったの。

 しかしあの異界で会ったジュノはこう言った。異世界から入り込んで来た魂は亡霊が唯一なのだと。つまりクオレスは転生者ではないことになる。

 やっぱりクオレスは他のクオレス達と、幻覚で見たクオレスと同一の存在だった。何万回と世界が作られても決してジュノを好きにならないクオレスと同じ。


 それに、あなたはユアナの名を聞いて激怒した。

 何とも思っていない相手であればそんな反応をするはずがない。そしてユアナはあなたのような優しい人に憎悪を抱かれるような存在じゃない。

 ユアナ自身は学園で恋に落ちる可能性が少なくても多くの者から愛されてしまう存在。やっぱりあなたもその内の一人なんでしょう?

 だけど私がいるから、ずっと我慢してきたのでしょう?


 だからもう諦めるしかない。


「さよなら」


 別れの言葉は笑顔で告げた。




『ジュ、ジュノさん! あんたはまたっ……なにやってんですか!!』

「いいのよこれで。それよりも亡霊。話があるのだけど」


 パーティー会場から離れた私が向かった先はいつも使っていた教室だった。夜の教室はいつもとは違った風景に感じさせる。

 部屋に入って扉の鍵をかけたところで、ようやく亡霊に向き合う。


「私のこれからの人生……あなたに託すわ」

『ジュノさん……?』


 亡霊はなんだかよくわからないといった顔をしている。察しが悪いわね。


「この体をあなたにあげると言っているのよ。これからはあなたがジュノとして生きるの」

『なっ……なに言っちゃってんですか……!? そ、そんなこと出来るわけないでしょ。たしかにあたしはジュノさんの一部……だと……思います、けど……』

「きっと今あなたが入れば私という自我は消えるわ。私にはわかるの。今まであなたが私の体から弾かれたり、私とあなたの自我がばらばらだったりしていたのは、私があなたをジュノだと受け入れられていなかったからだって」

『そんなっ……嫌ですよあたし!! ジュノさんが消えちゃうなんて!』

「最初に私の体を乗っ取ろうとしていたくせに、何言ってるのよ」

『そんな昔の話はどうでもいいでしょう!』


 まだ一年も経っていないのに。本気で怒ってくる亡霊を見て私は笑みがこぼれる。


「私ね、わかってしまったの。ジュノが幸せになる鍵はあなたなんだって。あなたが現れたことで、ジュノが幸せになる可能性がようやく生まれた。これはジュノが苦しみから解き放たれるために必要なことなのよ」

『……あたし、ジュノさんが何言ってるのかよくわかりませんよ……』


 私は決して、クオレス以外の誰かを好きになれない。クオレスを忘れて違う幸せを見つけることなんて、出来ない。クオレスを想う限り幸せになんてなれない。

 だけど亡霊は私の一部だと主張していたくせにクオレス以外の男のことを愛している。亡霊がジュノとなって幸福を掴めば、やっとジュノにかかった呪いは解ける。


「あなただって、本当は他の人間達と同じように生きていきたいでしょう? 今のままではあなたは美味しいものを好きなだけ食べることも、好きな場所に行くことも、好きな人の体に触れることも出来ないのだから」

『それは、そうですけど……でもあたし、ジュノさんのように生きるなんて無理ですよ! あたしのスペックがどれだけ低いかジュノさんだって知ってるでしょ!?』

「あなたはあなたらしく生きていいのよ。貴族令嬢の在り方にこだわる必要だって無い。どうせ貴族として認められなければ魔力も封印されてしまうのだから。だから身分なんか気にせず好きな人と幸せになって?」

『ジュノさん……。もしかして知ってたんですか』


 あたしが誰を好きかを――そう言いたいのでしょう。


「確信が持てたのはつい最近なんだけどね。ずっと一緒にいるんだからわかるわよ」


 亡霊は恥ずかしそうにうつむく。亡霊のしおらしい姿なんて新鮮で少しおかしかった。


「……亡霊。私、あなたに会えて良かった。私ね、ずっと友と呼べる者も味方だと信頼出来る者もいなかったの。きっと差し伸べられた手はいくつもあったのだけど、私はその手を取れなかった。屋敷の使用人だってそう。私に同情的な者だっていたのに、敵味方の区別無く癇癪を起こし続けてしまったから誰からも見放されるようになってしまった。悩みを聞こうとする家庭教師にも何一つ打ち明けられなかった。あなただけなのよ。私とずっと一緒にいてくれたのは。……離れられなかっただけだとは、わかってるんだけどね。あなたの存在にずっと救われていたの。私にとってはあなたが唯一の味方よ」


『ジュノさん……』


 私の話を聞いて亡霊は涙ぐんでいる。今日は一段と表情がころころ変わるわね。


『そんな……あたし、そんな役に立ってませんよ……! 現代知識チート全然出来てないしっ、そもそもジュノさんの魔力奪ったのがあたしで、足引っ張ってばっかでしたもん……!』

「そんなことないわ。たしかにあなたは有能ではないけど、だからこそわかったのよ。いつもそばにいてくれる存在がどんなに大切で尊いものかって。あなたがいたおかげで、私は道を踏み外さずに済んだし、心が闇に飲まれることも無かった。だから……今までありがとう。亡霊」


 透けた手を握る。重みも柔らかさも感じられない手だけれど、ほんの少しだけ温かいような気がした。

 いよいよ亡霊の涙が溢れだし、落ちた涙は床に落ちることなく消えていく。


『う、うっ、ジュノさん……っ。だったらこれからもずっと一緒にいましょうよ。あたし、ジュノさんを犠牲にしてまで幸せになんてなりたくないですよお……』

「それは出来ないの。あなたも知っているでしょう? 私は決してクオレスから愛されないって。だけどね……それでも私はクオレスを忘れられないの。忘れられずに、いつか必ず心を壊してしまう。悪夢のような幻覚を毎日のように見て、いつか幻覚と現実の区別がつかなくなってしまうでしょう。あのお父様のように」

『そんなっ! ジュノさんがあれと同じ末路なんて……! ど、どうにか、ならないんですか……!?』

「私が私である限り、破滅は避けられないわ。そうなる運命なの。……そんなの、私自身だって苦しいのよ。だからせめてこの肉体をあなたの為に使いたい。わかって、亡霊。ジュノを、そしてあなた自身を救って」


 そこまで言うと亡霊はひとしきり泣き続けた。

 最初は大声だった声も次第にすすり声となっていく。それでも泣き止むことは無かったけれど落ち着きを取り戻した亡霊はやっと首を縦に振ってくれた。


『……わかりました。あたしがジュノになって、ジュノを幸せにしてみせます』

「ありがとう、亡霊。絶対にあなた自身の幸せを掴むのよ。私のふりをしてクオレスを取ろうとしたら許さないから」

『やっぱりジュノさんは嫉妬深いなあ……』


 亡霊は泣きながら笑顔を見せる。


「今まで本当にありがとう。あなたと一緒に過ごせて楽しかったわ」

『……もしもジュノさんの自我が残ったら、今度はあたしみたいに外に出てきてくださいね。ふわふわ飛び回るのも楽しいもんですよ。それで時々はあたしに乗り移っちゃいましょう』

「ふふ、残ったらね。さあ……そろそろ一つに戻りましょう」



「させるものか」



 地を這うような声とともに扉が開け放たれ、そこから黒い靄が強い風と共に噴き出してくる。そのあまりの勢いに私は体勢を崩してしまい、亡霊まで声をあげながら壁際に吹き飛ばされていた。


 靄が晴れた先に立っていたのは、禍々しい威圧感を瘴気と共に漂わせたクオレスだった。

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