64話.ジュノの墓場 後編
「これが……この空間が形成されるに至った経緯よ」
私でないジュノの話を聞いた私は、その途方も無い話に気が遠くなるのを感じた。
「待ってよ……。ということは、この空間に限らず、私が……ジュノが数多の並行世界を作り出したっていうの……!?」
「作り出している最中、よ。こうしている今も新たな世界は作り出され、不幸になる運命を与えられたジュノが生み出されているの」
「なによ、運命って……! つまり、私がクオレスから愛されないことは、かつての私によってそう定められたからだ、とでもいうつもりなの!?」
「そうではないわ。いくら世界を作れるからって、ジュノがクオレスの意思を自在に操れるわけないでしょう?」
たしかに、私にはクオレスの気持ちを変えることなんて出来ないけれど。数多の世界を作るような存在でさえクオレスの気持ち一つ変えられないのね……。
「運命と言ったって、あらかじめ決められた出来事が起こるわけじゃないの。運命とはその世界に生きる者達が切り開くものだから。だから呪いはその世界に生きる者を……ジュノを導くの。ジュノを確実に破滅の道へ進ませるように、その精神を侵食する。身に覚えがあるでしょう? あなたの心を蝕む現象に」
「……それって、幻覚のこと……?」
度々見てきた、クオレスとユアナが仲睦まじくする幻覚。あれを見る度に私の心は掻き乱され、暗い感情に落とされてきた。もう見たくないと思っても強制的に見せつけられる。
それを引き起こしていた張本人が……かつての私だったなんて。
「あれはね、あなたももう知っているでしょうけど、他のジュノが体験してきた過去の光景よ。魔力が覚醒した瞬間にあなたは全てのジュノと魂が繋がったの。覚醒の時に感じたあの苦痛は精霊様の祝福などではなく、私達と繋がった証。魂が繋がったことによって、部分的な記憶も流れ込むようになったってこと。でも本来なら深層心理に不快な思いが刻まれるだけで、あなたのようにはっきりとした幻覚で見ることは無いの」
「……何故私だけ違う現象が起きているの?」
「あなた、亡霊とかいう存在に他の世界で起きた出来事を教えてもらったでしょう? その知識によって他の世界のジュノの記憶を正しく知覚出来るようになったのだと思うわ。それを知覚出来ない私達は、はっきりとした光景は見られない。ただ理由も無く最初からあの女に敵意を持つようになって、あの女に危害を加えようとするようになる……そういう風に仕向けられているの」
「むなしい話ね。強い呪いを作り出す為だけに数多の自分を犠牲にするだなんて……」
周囲に積まれているジュノ達を見ながら私は嘆いた。
なんて壮大な自業自得なのかしら。
「……そうね。最初のジュノに同調するジュノ達もいたけれど、迷惑な話だと憤慨するジュノもたくさんいたわ。誰の記憶にも残らなくなることに悲しむジュノもいた」
「記憶に残らなくなるって……亡くなった者がだんだん皆から忘れられていくって話?」
「そんな一般的な話じゃないわ。ジュノの魂がこの異界に落ちるとね、元いた世界にジュノが存在した証が一切無くなるの。ジュノという女が生きていた事実を皆が忘れる。お父様は平民の女との間にしか子を作らなかったことになるし、ティッカに腹違いの姉は存在しないし、ユアナは呪いによる妨害を一切されなかった。そして……クオレスには婚約者なんて最初からいなかった。そんなの……悲しいでしょう」
「忘れられることまで含めて、ジュノの不幸……。そういうことね」
「流石私、よくわかってるわね」
私に微笑みかけるジュノは私よりもずっと儚い表情をしているように見えた。
静寂が続く空間の中、私でないジュノは更に話を続ける。
「どんなに不幸でも、せめて自分の軌跡を何らかの形で残したい。そう願ったジュノ達がいてね。そのジュノ達は改変される前の世界の記憶を……ジュノが存在した頃の世界の記憶を遠くの異世界に飛ばすことにしたの」
「……これまた途方も無い話ね。呪いの力でそんなことが出来るの?」
「異界に落ちたジュノ達の中には、人の理から外れてしまった者も多いからね。出来ることはそう多くはないけど、ちょっとくらいなら人並外れたことも出来るのよ。まあ、そんなことはどうでもいいの。世界の記憶を異世界に飛ばす方法は見つかったけれど、それには制約がついていてね。『複数の恋の物語』……そんなものが必要だったの」
「恋の物語……まさか、それって」
「ジュノはクオレスとは決して結ばれない。だからジュノ達が利用した恋は……ユアナが成就させる恋だった。何万もの世界の中で、ユアナが学園生活を通じて恋を実らせた世界はたった五個しか無かった。あの女、誰からも愛されるくせに自分に向けられる好意には鈍感だし、自分から男に行くことも無いのよね……。だから偶然が重ならなければあの女の恋は発展しないの。そんな数少ない恋物語を寄せ集めて、ジュノ達は一つのグリモアを作り出した。【消えた乙女のグリモア】……世界から消えたジュノのグリモアを」
つまり、そのグリモアがオトメゲーと呼ばれる形となって亡霊の世界に入り込んでいったという事かしら……。
数万の内の五個。やっぱりユアナって男好きじゃなかったのね。
それにしても……。
「そのグリモアの中に、クオレスと結ばれる話まで入れてしまうなんて……」
「なんの障害も無く二人が結ばれたのではなく、一人の婚約者を犠牲にして得られた幸せなのだと……それが真実だと、知らしめてやりたかったのよ。そのジュノは」
「そういう恨みがましい理由なら納得出来るけど……。それでも、敗北の物語なんて普通は残したくないでしょうに……」
「ここに落ちた時点で全員敗北者よ。最終的にはこの異界で暗い想いを抱えながら眠り、永遠の悪夢に身を委ねるしかなくなるのだから」
私でないジュノは周囲を見渡しながらそう言った。
全てのジュノ達が悪夢の中で眠る光景。これが私の行く末だなんて……。
今こうして話しているジュノも、同じように眠ってしまうのかしら……そう思ってジュノの姿を見た時、私はようやくそのジュノの首についている痕に気づいた。
「あなた、その首……!」
「……ああ、これ? 私はね、全てを諦めてしまったの」
「私が自ら命を絶つなんて真似、するはずがないわ!」
「そうかしら? あなただって自ら死を願ったからここに来たんでしょう? 一歩間違えれば私のようになっていてもおかしくないと思うけど」
「それは……そうかもしれない、けど……」
それでも私が自ら死を選ぶだなんて、信じられなかった。このジュノは一体どのような目に遭ってその選択を選んだというのか……聞くのは少しこわかった。
「でも……そうね。いくら同じ私と言っても、異なる世界で異なる人生を歩んだもの。少しは性格が違うところもあるかもしれないわね。それでも、この墓場にいる全てのジュノが、クオレスを好きになって、彼を振り向かせようともがき続け、学園で呪いの属性に目覚め、……クオレスの心を動かせないまま、破滅していったのよ」
「……そんなの、紛れもなく私じゃない」
「そうね。最初のジュノが、異なる世界のジュノの不幸を所詮他人事と一蹴せず、自分の不幸と認めたように……多くのジュノが、他の世界のジュノの不幸を自分の事のように思って胸を痛めているわ。今のあなたみたいにね」
……だとしたらきっと、私が今抱いている望みが、ここにいる多くのジュノ達の望みと同じものなのでしょう。
「教えて、ジュノ。この呪いの解呪条件は、なに?」
「それは……ジュノが幸福を得ること、よ」
「……その呪いが解けていないということは、幸福を得たジュノは一人もいないということね」
「酷い条件よね。不幸になることが運命付けられた世界で幸せになれだなんて。……でも、あなたならその鍵を掴んでいるんじゃない?」
他のジュノ達には掴めなかったけど、私には掴めたもの。
そう言われて脳裏によぎったのは、能天気な亡霊の姿だった。
「もしかして、私と共にいるあの亡霊は私の世界にしか存在していないの?」
「ええ。何万と世界の創造が繰り返されていく中で異世界から異物の魂が入り込んで来た……その初めてにして唯一の存在。それがあなたの知る亡霊よ」
やっぱりあの亡霊、私の前世でもなんでも無かったんじゃない。
「もしも呪いが解けたら、私達はどうなるの?」
「まず、新たな分岐世界は生まれなくなるわ。だけど分岐された世界はそのまま存在し続ける。ジュノが無かった事にされた歴史が変わる事も無い。幸福を得たジュノや破滅する前のジュノなら、その後は他の世界の記憶に精神を侵食されなくなる。この墓場に落ちたジュノはこの墓場ごと消えて、完全な無となるわ」
「……ここにいる皆が消えてしまうの……?」
「そんな風に悲しまないで。どうせ私達はとうの昔に死んでいるのだから。……お迎えが来たみたいね」
私でないジュノが空を見上げる。つられて私もその場所を見上げると、そこからは光が漏れ出していた。
『ジュノさん!! お願いです。目を覚ましてくださいよ……!』
光の奥から亡霊の声が聞こえる。
その光と声に導かれるように、私の体は宙へ浮き上がった。
「どうか、この呪いを解いて。これ以上不幸な私を生み出さないために」
私でないジュノが私を見上げて、祈るように願う。
まるで他者を想うようで、結局自分自身の事でしかない願い。でもその望みを抱くのは私も同じ。この壮大な自滅劇を終わらせる。その決意を胸に、私は光の中へ溶けていった。




