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60話.拒絶の言葉

 第三試験の結果が出たのはその翌週のことだった。


 まず私が作り出したヨギ草は高い評価を得た。

 空気中の瘴気を吸収しながら清浄な空気を吐きだし、更に地に落ちた葉や花が土壌に恵みをもたらす。それらの効果が実証されたことで、瘴気に汚染された環境を正常化出来る植物であることが学園側からも認められたのだった。

 すでに魔の森では他の植物の芽が出ている姿が観測されているらしい。何処かから風で運ばれた種が発芽したのでしょう。これ以上は私達が手をくわえなくても、森は徐々にかつての姿を取り戻していく。そして森が元通りになった頃にはヨギ草は全て枯れてその姿を消しているでしょうね。


 ただし今回は支給された成長促進薬を大量に投薬したことで短期間による成果を得られたに過ぎない。

 今回大量に支給されたのは当然試験結果を素早く確認する為に必要だったからなのだけど、あの薬は本来とても高価なもの。

 ヨギ草を実際に運用する際には薬の使用量は抑えなければならない。そうなると浄化が完了するまでには長い年月が必要とされてしまう。そこが課題点であるとも言われた。


 あとは見た目が邪悪すぎることも苦言されてしまったけど……そこは使用用途的に問題にはならないとして、評価には影響しなかった。


 課題点はあるものの、そこを考慮しても非常に有益なものであるとして、私にとって初めての試験の結果は最高評価のランクに認定された。




 一方、ユアナも最高評価を得ることが出来たらしい。

 魔の森で瘴気を生み出していた元凶である大型の魔物を無事一人で仕留めたことが特に大きく評価されたのだとか。

 聞いてもいないのに報告してきたユアナは「ジュノさんと一緒に試験を受けられて楽しかった」と笑顔を見せていた。


 ……だけど、クオレスの方は。

 彼からは何も聞いていない。でも護衛する事が試験内容だったのなら、きっと酷い評価を下されてしまったのでしょう。

 私のせいで。


 試験が終わった後で亡霊から聞いた話によると、私の様子がおかしくなった……つまり幻覚を見ていた頃、クオレスは付近に接近してきた魔物と交戦中だったらしい。

 亡霊が声をかけても私が亡霊に気づくことは無かったという。ちなみに魔の森にいても亡霊は特になんともなかったそうで、私の心配は本当に無用だった。

 クオレスは私の異変にすぐ気づいたそうだけど魔物に阻まれた分遅れてしまい、私を助けるのに間に合わなかった。

 ユアナが合流したのはその後間も無くのことで、やはり二人が抱き合っていたのは幻以外の何物でも無かった。


 崖から落下して気を失った私はユアナからの治療魔法によって無事回復して試験を続行したけれど、当然負傷した事実が無かったことにはならない。


 私はクオレスの評価が下がるのを黙って見ているなんて出来なかった。

 だから私は試験を評価する一人であるハーヴィー先生のところへ赴き、そうなった経緯を説明したのだけど。


「つまり幻覚を見て気が動転した自分が悪いから、クオレスの評価を悪くするなってことね。……そうはいかないでしょ」


 聞き入れる様子は一切無かった。


「あのさ、まず護衛対象がどんな状態に陥ってても守り抜くってのが護衛の役割なんだよ。身の危険が迫っているような非常事態で錯乱して意味不明な行動をするヤツってのは決して珍しくない。それでも護衛は守らなきゃいけないんだよ。状況によってはたった一人で数十人、もしかしたら数百人の力無き民衆を守らないといけないかもしれない。その能力があるかを見るのが今回の試験だったんだ。それなのにたった二人も守れないようじゃ、力不足と言わざるをえないね」


『うへえ、手厳しいー……』


 先生の説明を聞いても私は納得出来なかった。私さえしっかりしていればクオレスの評価が下がる事態は起こらなかったのだから。

 しかしその後どんなに言葉を重ねても先生を説得することは叶わなかった。




『元気だしましょうよージュノさん。折角最高評価貰えたんですから、もっと明るくいきましょ? ほら、クッションちゃん達も心配してますよ?』

「きゅう」

「むう」


 金色のキツネのクッションのキナコと、白ウサギのクッションのユキが私の足にまとわりつく。

 今はこの二体を散歩に連れ出している最中だった。


「……あなた達は優しいのね」


 二体を抱きかかえると、キナコとユキはその短い手で左右から私の口をひっぱりだした。


「ひょ、いひゃい、ひゃんひゃのよ」

『ちょ、いたい、なんなのよ……ですかね。笑わせようとしているんじゃないですかね?』


 いくら暗い顔をしていたからって無理矢理笑わせようとしないでよ。

 笑うどころか苛立ちを覚えながら二体を引きはがそうとしていたら。


「はは、何やってんだよジュノ」


 前方から殿下が近づいてきていた。

 私は即座に二体を地に下ろして会釈する。


「ア、アニマ様。これはお見苦しいところを」

「むうむう」

「きゅきゅう」

「お、キミたちも挨拶か。お利口さんだなあ」


 殿下は頭を下げた二体を撫でまわす。


「つい今しがた悪戯をされていたところですけどね……」

「はは、そういやそうだな。でも今のってジュノを笑顔にさせようとしている風に見えたけどな?」

『さっすがアニマ! するどいですねえ』

「……紳士なら女の醜態は見て見ぬふりをするものですよ」

「そう怒るなって。困ったヤツは放っておかないのも紳士ってもんだろ? 何があったかちょっと話してみ?」

「いえ。あなた様のお手を煩わせるようなことではございませんので」


 私は「アニマ様」ではなく「王太子殿下」に対する態度をとって距離をとり、そのまま立ち去ろうとした……のだけど、キナコとユキが全く動いてくれずにその場に踏みとどまることになってしまった。

 ああもう、これのどこがお利口さんよ。


「そいつらもオレに話を聞いてやってほしいってさ。なあ?」


 眩しいほどの笑みを向けてくる殿下とその殿下に頷いてみせる二体を見て観念した私は、近くにあったガゼボで話をすることにした。




「ふーん、婚約者の評価を下げたことで気に病んでたのか。ほんとジュノってソイツのこと好きだよな」

「クオレス様は私にはもったいないくらいのお方ですから……」

「なーに謙遜しちゃってんの。キミ達、この学園一の名物カップルじゃないか。みんなお似合いだって思ってるぜ?」

「め、名物!?」

『そりゃまああれだけ学内デートしてたら名物にもなりますよね』


 私達ってそんな扱いになっていたの!?

 クオレスと一緒にいる時は周りの連中のことなんて気にも留めていないことが多いから、どんな風に見られていたかなんてよくわからなかったけど……そこまで目立っていたとなると少し恥ずかしいような、でも牽制になっていたならいいのかしら。クオレスに色目を使いたい女なんていくらでもいるでしょうし。


「それにジュノも充分すごいって。その試験にしたってさ、ユアナ達が戦いやすくなるような環境に整えていったってことだろ? それだけできればただのお荷物なんかじゃないさ」


 殿下はなだめるように言いながら私の頭を撫でてきた。


「ちょっと! 頭を撫でないでって言っているでしょう!? ……っ申し訳ございません!」


 つい払いのけてしまった後に我に返った私は咄嗟に謝罪する。

 もう殿下は私がその正体を知っていることも把握しているというのに。ここが学園内でなければ完全に不敬罪だった。


「はははっ! いいっていいって。それよりジュノがちゃんと元に戻ってくれてよかったよ」

『前に撫でられた時は自分から頭を擦り付けてましたもんね』

「あ……」


 二人の言葉を聞いて私はその時のことを思い出した。王女の影響を受けて、殿下を兄として愛しく思ってしまった時のことを。

 今はもう、その感覚は残っていない。


「ずっとメルレシアがキミの中に残っていたらどうしようって思っていたんだ。けどこの前のドラゴンスープの試食会の時にはもう結構大丈夫そうだったし、学園祭の時も普通に対応してくれたからさ。もう元通りかなって思って、試させてもらったんだ」

「そういうことでしたか……。それでも、みだりに女性の体に触れるものではありませんよ」

「はは、悪い悪い」

「ですが……お気遣いありがとうございます、アニマ様。以前畑をお貸しくださったことも、本当に助かりました。あなた様には感謝してもしきれません」

「いいって、おかげでこっちも美味しいもんいっぱい食べられたしな!」


 からからと笑う殿下につられてこちらも笑みを零す。

 ……良かった。私の心が他の誰の物にもならなくて。


「どんな幻覚を見たかは知らないけど、自分をちゃんと取り戻せたジュノならそんなものに負けないさ」

「アニマ様がそう言ってくださると本当にそんな気がしてきますね」

「へへっ、だろ? これからもなにかあったら遠慮なく話してくれよ? オレ達、お互いいろんな秘密を共有した仲だしな!」


「――随分と仲が良いようだな」


 後ろから聞こえた、いつもより一段と低い声に胸がどきりと跳ねる。

 すぐに振り返ると、そこにいたクオレスはやけに物々しい雰囲気を漂わせながらこちらを睨んでいた。


「……やあ、こうしてキミと話をするのは初めてだな」


 私よりも先に殿下がクオレスに声をかける。


「そうだな。だが私はそちらと話をする気は無い」

「ちょ、ちょっとクオレス……っ」


 クオレスはきっとその正体を知らないのでしょうし私が言えたことでもないけど、殿下にその無礼な態度はまずいと思って口を挟もうとしたらクオレスの鋭い眼光によって制される。

 その威圧感に、先程までガゼボ内で遊んでいたキナコとユキも震えあがってしまっていた。


「なんだ? 私が会いに来たというのに嬉しくないようだな。そんなにその男と話をしていたかったのかな」

「おい、そんなに彼女を睨みつけるなよ。べつにオレ達はキミが思っているような関係じゃないから」

「そうか。彼女と何の関係も無いのなら早く立ち去ってくれないか?」

「……わかったよ。だからジュノのことは怒らないでやってくれよ」


 殿下は少し呆れたようにそう言うとガゼボから出て行った。




「……あの、クオレス。アニマ様には少し相談に乗ってもらっていただけで、特別親しいってわけじゃ……」

「ほう? 君は特別親しくもない相手といろんな秘密とやらを共有するのか。どのような秘密をあの男に打ち明けた? 私には言えないようなことかな?」


 詰問してくる彼に私は少しひるんでしまった。


 私が殿下に打ち明けたことといえば、私が「いい子」な平民の女を嫌う原因となった話――お父様達に関する話くらいのもの。クオレスには聞かせたくないような格好悪い話ではあるけれど、重大な秘密を殿下と共有したというつもりは一切無かった。

 殿下側の秘密――殿下が王太子殿下であることや王女の霊との邂逅については、たしかに重大な秘密かもしれないけど。


 やましいことは何もない。だから私は真っ直ぐに彼の目を見て答える。


「別に、大した話じゃないのよ。ただ少し思い出話をしただけで……クオレスが気にするようなことではないの」

「つまり私には話さないつもりか。やはりあの男の方が信頼されているようだな」

「そんなことないわ! 私はクオレス以外の男のことなんてなんとも……っ!」

「なんとも? 先ほどは頭まで撫でさせていたじゃないか」

「すぐ払いのけたでしょう!?」

「本気で嫌がっていたならその後も悠長に話なんてしないだろう」


 クオレスは語気を荒げはしないものの、明らかに怒っている様子だった。

 自分は愛が無くても婚約者に精一杯誠実な対応をしようとしているのに、その相手は不誠実な態度をとっていたのでは憤るのも当然かもしれない。私にとっては誤解でしかないけど。

 しかしそれだけで彼がここまで怒るとも思えなかった。


 やっぱり、私が試験で迷惑をかけてしまったことに腹を立てているんじゃ……。


 そう思って何度目かの謝罪の言葉を口にしようとした時だった。

 クオレスの体から瘴気が少しだけ立ち込めている姿を見たのは。


「ク、クオレス……!? その体!」

「……くッ!」


 クオレスが体を抑えつけるような動作をすると、その瘴気は彼の体の中に沈んでいった。

 湧きだす瘴気がよほど苦痛だったのか、彼の額から汗が落ちる。


 どうしてクオレスの体から瘴気が……!? もしかしてこの前の試験の時に魔物から傷を負って、その影響で……?

 普通の怪我だったら医務室の医師に診てもらえばいいけど、瘴気となると聖女属性の、つまりユアナの魔法でないと回復出来なかったはず。


「い、急いでユアナさんに診てもらいましょう!? きっとユアナさんならその症状も……!」

「私の前でその名を出すな!!」


 いつになく荒げた声に身がすくむ。

 尖った刃物のように鋭い瞳には憎悪が渦巻いている。

 こんなクオレスを見たのは初めてだった。そして私がクオレスに恐れを抱くのも。


「もう私に構うな」


 短くそう言って目の前から去っていくクオレス。

 苦しむ彼に何をすることも出来ない私は、ただその背中が遠ざかっていくのを見つめるしかなくて。彼の姿が見えなくなった後もその場で立ちすくんだまま身動きが取れないでいた。


 拒絶の言葉がこんなにも痛いなんて、知らなかった。

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