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5話.浮気者

 式典が始まった時間は日が沈んだ頃だった。

 私達新入生はパーティー用のドレスや礼服に着替え、会場でグラスを片手に学長の式辞を聞き、その最後に全員で乾杯をしてから各々好きなように立食をしている。


『あたし、こんな入学式はじめて見ましたよ……流石は貴族ですねえ』


 亡霊は貧民臭いことを言いながら食事を羨ましそうに見つめていた。


「あなたはこんな食事、口にしたことも無いのでしょうね」

『は!? 現代日本舐めないでもらえます!? ここにあるのよりもーっと豊富な種類の料理がいーっぱいあるんですからね!』


 これだけ周囲が賑やかなら少し位独り言を呟いても大丈夫だろうと、布で口元を拭いながら亡霊に話しかけると亡霊はやけに必死な形相で噛みついてきた。

 意外と見栄っ張りなのね。


『その顔、信じてないでしょ。……でもまあ、そんな嫌味が言えるくらい元気になってくれて良かったですよ。ジュノさんが気絶した時、すっごく心配したんですからね!』


 覚醒の儀式が完了したあの時、魔道具の中で倒れた私はそのまま気を失ってしまったらしい。

 意識が戻るまでの時間はそう長くは無かったようだけど、他の学生達は誰一人気絶なんてしなかったそうだから私一人が貧弱みたいで屈辱的だった。

 そもそも、他の学生は私が体験したような苦痛を味わっていなかったみたいなのよね……。


「髪が燃え盛る炎のようになった時は、これでは髪のセットが出来なくなると絶望したものだけど……すぐに戻って安心したわ」

「君ならその姿も似合いそうだね。僕は花の属性になったばかりに頭に沢山の花が咲いてさ……あれはかなり恥ずかしかったよ」


「覚醒時の話を聞くと、氷属性や雪属性辺りの方々が羨ましくなってしまいますわねえ。とっても幻想的な姿になっていたみたいだもの」

「でも先ほどお話した雪属性の方は雪だるまのような姿になったと言っていましたよ」

「それはそれで可愛らしいじゃない。わたくしなんて泥属性で……いえ、なんでもありませんわ」


 どの学生も外見が一時的に変化したという話しかしない。

 私だけがあんな目に遭ったのだとしたら、やはり呪いの属性だからなのかしら。




「新入生の皆様! 在学生による歓迎会の準備が整いましたので隣の舞踏館へお進みくださ、ひいぃっ!?」


 学園仕えの衛兵が伝令に来て早々、突如として奇妙な悲鳴をあげだした。

 その声に会場内の者全てが衛兵に視線を注ぎ怪訝な反応を示す。


「し、失礼いたしました!」


 その後衛兵は咄嗟に姿勢を正して伝令を繰り返した。

 ……私の方を見ていた気がするけど、なんなの?


『もう充分パーティーしてたのにまだ歓迎会があるんですか……』


 亡霊は衛兵の態度よりもそちらの方が気になったらしい。

 平民の感覚だとそんなものでしょうね。




 舞踏館では沢山の在学生の方々が私達を出迎え、音属性や歌属性による演奏や、様々な属性による魔法ショーを披露してくださった。

 魔法ショーはどんな魔法にも素晴らしい可能性があるということを華やかな演出で私達に教えてくださるような内容だったけれど、そのショーの中に呪いの属性が出てくることは無かった。


 ショーが終わると今度は入学生と在学生の交流という名目でダンスパーティーの時間となる。

 私はなるべく人目につきにくそうな柱の陰まで移動した。


『そういえばこれって在学生からの歓迎会でしたよね。ってことはもしかしてクオレスも来てるんじゃないですか?』

「まさか。全在学生がいる訳でもないでしょうし、彼はこういった集まりに出たがるような人じゃないわよ」


 クオレスは私より一年早くこの学園に入っている。だからこの学園では彼は先輩だ。とはいえ、別にそんな呼び方をするつもりは無いけれど。

 彼は積極的に人と関わりを持とうとはしない人だ。そんな彼がこんな場所に出てくる筈が無い。


 よく考えなくても、クオレスと踊れないダンスパーティーなんて何の価値も無いわね。もう帰ってしまおうかしら。


「お嬢さん。良ければ僕と一曲踊らないかい?」


 そんなことを思った矢先に知らない男から声をかけられてしまう。

 ああもう、こういう事になりたくないからここまで移動してきたのに。


「申し訳ありませんけど私、婚約者がいますので他の殿方とは……」

「おや。きみ、入学生だよね? 今時そんな早い時期から婚約を結ぶなんて珍しいね」


 男は私が断ろうとしたのもお構いなしといった調子で話しかけ続けてくる。


「知っているかい? 生まれてくる子の魔力の質というのは両親の魔力の質だけでなく、両親の間の精神の繋がりが強ければ強い程……つまり愛が深ければ深い程、生まれる子の魔力も強くなるという話。昔は迷信扱いされていたそうだけど、最近はちゃんとした研究結果も出ているそうだよ。だから今では大して意味の無い家柄で決めるよりも、当人達の感情に任せて決めてしまった方がいいと考える貴族の方が多いのさ」

「はあ……」

『へえーそうなんだ』


 そんなこと普通に知っていますけど。

 男の長々とした知識自慢に乾いた笑みを浮かべながら曖昧な相槌を打つ。


「どうせ親に決められた婚約なんだろう? そんなの時代遅れだしもったいないよ」

「違います。確かに決められた婚約ではありますけど……」

「ちゃんと愛し合っているのかい?」


 嘲るような笑みを向けてくる不快な男からの問いに、声が詰まる。

 愛し合っているか。私は迷いなくクオレスを愛していると言える。でも、クオレスの方は……。


「男女の相性も属性次第という言葉があるよ。これを機に今一度考え直してみてもいいんじゃないかな?」


 男はまるで慰めるような声を投げかけ、再び手を伸ばしてきた。


『うわ、しつこいですねこのモブ』

「……考え直すまでもなく、私にはあのお方しかおりませんので。失礼させていただきます」


 私はこみあげてくる怒りを抑えて頭を下げ、その場から逃げ出した。




 もう二度と先ほどの男の視界に入ることの無いよう人ごみに紛れる。

 色とりどりのドレスが今の私には全て色褪せて見えていた。

 つまらない。心底つまらない。

 なんでクオレスじゃなくてあんな男から誘われなくてはいけないのよ。

 あんな男の言葉に動揺してしまった自分にも腹が立つ。


 愛し合ってもいない男女の婚約だなんて、今の時代誰も重視しない。より強い魔力の子を産む為の、強い愛こそが正義なのだから。

 そんなことわかってる。

 だけど彼から愛されなくたって、私からの愛だけで妻としての役目を立派に果たしてみせる。ずっと前からそう決意していた筈じゃない。

 今更、無関係な人間から指摘されたくらいで傷つかないでよ。

 ……悔しい。


 そんな最低の気分だったのに……くすんだ色の集団の奥に、あの姿を見つけてしまった。


「クオレス……」


 思わずその名を呟く。

 誰かと踊っている訳でも、誘おうとしている訳でもなく、一人きりで歩いていた。

 その無機質な色の髪色が、何よりも色鮮やかに見えた。


 私の声が届いたのか、彼がこちらに気づく。


「ジュノ嬢」


 彼が近づいてくる。

 会う度に精悍になっていく整った顔立ちと体つき、耳心地の良い低い声。

 相変わらず美しくて魅力的な、私の婚約者様。

 だけどいつも崩さない無表情が、一瞬だけ苦く歪んだのが見えた。


「……また倒れたと聞いたが、何処か不調でもあるのか?」


――また倒れたのか。君は一人で抱え込みすぎだ。もっと誰かを……私を、頼ってくれないか。


 彼が私に対して言ってくれた筈の言葉に、彼が私以外の誰かに語った言葉が重なる。

 それと同時に、私の目の前に悪夢で見た光景が、悪夢以上に現実味のあるものとなって広がった。



 クオレスが、私以外の女を、愛おしそうに抱き寄せて。


 遠慮がちに私以外の女の額に口づけをして。


 頬を膨らませた女が、背伸びして無理矢理クオレスの唇にキスをして。


――すまない。恰好のつかない事をしてしまったな。


 困ったように柔らかく笑うクオレスが、今度は強く抱き寄せて、その唇を――。



「……こんの、浮気者おおおおーーっ!!!」


 私は目の前にいる婚約者に渾身の平手打ちを喰らわしてやった。

 乾いた音が耳に響くと同時に、叩いた手が熱を帯びる。


「なっ……!?」


 手形のついた頬に手を添えて呆然とするクオレス。

 その顔を見ても怒りが冷めなかった私はその場から全力で離れてやった。


『ちょ……っ! ジュノさん!? ジュノさあーーん!!?』


 ドレスの裾を持って駆け抜ける中、亡霊の声だけが後ろから追いかけてきていた。

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