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58話.妹

 王都で開かれている新作魔道具展示会。

 業務用の魔道具ばかりが並ぶその会場は、若者の男女がデートをするにはいささかふさわしくない場所に思えた。


「お姉ちゃんお姉ちゃん! この魔道具見て、すごくない!? 竜巻の力でゴミを巻き上げて吸い込んで、重力でゴミを圧縮して、繋がっている水槽の掃除魚のエサにしちゃうんだって!」

『掃除機と金魚鉢が一体化したみたいなアイテムですねえ……』

「たしかに便利そうだけど……ティッカには身の回りを綺麗にしてくれる使用人がいるでしょう? あなたにはあまり関係無いんじゃないの?」

「お姉ちゃんわかってないなー! こういうのはね、ロマンなんだよ、ロマン! それに使用人の皆が使うにしてもあったほうが便利なのは間違いないじゃん!」


 ただでさえ元気が良いのに魔道具を前にして更にその勢いを増しているティッカに、少しひるんでしまう私。


「ふふ、ティッカさんが楽しそうでなによりです」


 一方のレイファードは全く動じることなくいつも通りの薄い笑みを浮かべている。

 この二人のデートとしては、こんな場所でも問題無いみたいね。


 妹であるティッカとその友人レイファードのデートに、何故私まで付いてきているのか。それは他でもないこの二人から頼まれたからだった。

 ティッカからの手紙には「男の人と二人きりなんて恥ずかしいからお姉ちゃんも来て」なんて書かれていたし、レイファードからも「お姉様がいた方がティッカさんも安心すると思いますので」と言われるしで。

 使用人でも連れて行けば良いのにと思いつつ、ティッカには借りがあるからと引き受けてしまったのだけど……。


「……なんであなた達、私を挟みながらデートしているのよ」


 二人から一歩下がった場所から見守らせるならまだしも、明らかにこの位置関係はおかしいでしょ。


「えー、だって男の人とくっつくの恥ずかしいんだもーん」

「ティッカさんは奥ゆかしいですね」

「どこがよ……」

『奥ゆかしい女はそんな女シーフみたいな恰好で出歩きませんよ! レイファード様目を覚ましてー!』




 その後も私達はティッカの手によって更にムードの欠片も無いような場所に連れ出されることになった。


『くっさ!! よ、よくもレイファード様をこんな場所に!』


 立ち込める悪臭に鼻をつまむ亡霊。私も扇で鼻を覆ってなるべく匂いを嗅がないようにしていた。

 定期的に魔法による焼却や圧縮等の処理がされているにも関わらず、見渡す限りがゴミの山となっているゴミ捨て場は普段私達が捨てるゴミの量がどれほど多いのかを物語っている。

 貴族どころか平民だってこんな場所をデート先には選ばないということは、言われなくたってわかる。ここまで酷いともはや怒る気力もわかなかった。


「……実に破天荒な方だ」


 流石のレイファードもこれには渇いた笑いしか出ないようだった。

 そういえばこの男って人よりも鼻が良いんじゃなかった? 大丈夫ではないんじゃ……と少し心配してしまったけど、そういえば先ほど小声で何かを詠唱していたことを思い出す。

 私達より平気そうな顔をしているし、もしかしたら嗅覚を鈍くする魔法でもかけたのかもしれない。


 そして当のティッカはというと。


「おっ、お宝はっけーん!」


 ゴミ山の中から捨てられた魔道具を探し出してはそれを自分の物にしていっている。

 なんでも、自分で修理したり改造したりして再び使えるようにする作業が楽しいのだとか……だからって他人が捨てた汚いゴミを拾うことなんて無いでしょうに。

 自分で購入したものを壊してから修理してみたら? と提案すれば「それだとロマンが無いじゃん!」と怒られた。理解出来ないのでこれ以上深入りはしないことにする。


 私とレイファードはゴミを漁るティッカの姿を遠巻きに見守ることにした。


「ティッカさんは昔からあのような方だったのですか?」

「いえ、もうすこし大人しかったと思うのですけど……。ああ、でも昔からおもちゃを弄り回すのが好きでしたね」


 レイファードと話しながら私は昔の出来事を思い出していた。




 まだ元気な頃のお母様が私にくださった一体の人形。

 伏し目がちの人形はどこかお母様に似た儚い雰囲気を持っていたから、お母様が亡くなった後はいつもその人形をお母様の代わりのように持ち歩いていた。

 お母様の代わりだった、はずなのに。


――どうしてだれもお母様を助けてくれなかったの。


――あなたたちみたいな薄情なやつらから世話なんてされたくない。肝心な時はだれも助けてくれないのでしょう。


――お母様を見捨てたくせに。私にさわらないで……!


 当時の私は心が荒んでいて、誰彼構わず当たり散らしていて……大事な人形に対しても優しく出来なかった。

 人形はあっという間にぼろぼろになってしまって、私はその姿を見てようやく心を痛めて「ごめんなさい。もう酷いことしないから」なんて遅すぎる誓いを立てたのだけど。


――おねえちゃん。そのお人形さん、ぼろぼろだね。ぼくがお手当てするよ!


 ほどなくして家に来たティッカが屈託の無い笑顔でそう言って、私の人形を持って行ってしまった。

 ティッカとしては善意のつもりだったのでしょう。でも私には「取られた」としか思えなかった。

 お父様の愛情やお母様の命に続き、お母様の形見まで取られたのだと。


 もちろんそんなつもりなんて無かったティッカは私に人形を返そうとしてきた。

 使用人達と協力して直したらしい人形は、私がお母様からいただいた時以上に綺麗になっていて、どこか生気まで感じさせる程で、幸せそうに見えて。

 その時、人形自身が私ではなく妹を選んだのだと、私の人形はその心まで妹に奪われてしまったのだと、理屈ではなく心で感じてしまって。


――もうそんな玩具いらない。貰い物だったから仕方なく遊んであげていただけよ。そんなものを欲しがるなんてセンスがないわね。


 そんな負け惜しみを言って逃げるくらいしか出来なかったのだった。

 勝手に姉の人形を奪ったわがままな妹が、自分勝手に改造した薄情で醜い人形を私に見せびらかしてきた。

 そういうことにしてしまいたかったの。


 お母様からいただいた大切な人形さえも傷つけて、直してもらった礼も言えなくて、最後には妹に押し付ける形で捨ててしまって……本当にわがままなのも、薄情で醜いのも私の方なのにね。




「よしっ、大漁大漁! こっちは終わったよ、お姉ちゃん、レイファード! そろそろお昼でも食べに行こっか?」

「お昼って……! こんな場所の匂いを纏わせたまま店になんて入れるわけないでしょう!?」

「あっ、それもそっか」


 私の言葉を聞いてようやくそのことに気づいた様子のティッカ。少し常識が無さすぎるんじゃないの……?

 ここまで令嬢としていろいろ欠けていると、この妹に対して劣等感を抱いていた過去の自分が馬鹿馬鹿しくなってくるんだけど……。


 これでは飲食店に限らず何処の店にも入れないと判断した私達はデート、もといティッカ一人の道楽に付き合う時間を切り上げることにした。


「もうちょっと遊びたかったけどしょうがないね……」


 大人しく聞き入れながらも残念そうにするティッカ。


「馬車の手配をいたしましたので、お二人はそちらでお帰りください。私は荷馬車の方に乗りますので」


 レイファードは血属性の魔法によって自身の力を強化し、大量の魔道具を軽々と持ち上げている。

 三人くらい余裕で乗れる馬車を手配すれば良いだけでしょうに、と思いつつもレイファードと同席したい訳でもない私は口を挟まなかった。




 どうやらそれは姉妹水入らずのひと時を作るための、レイファードなりの気遣いだったらしい。

 そのことがわかったのは馬車に乗り込んだ後、気まずそうに語るティッカの話を聞いてからだった。


「実はね……ぼく、お姉ちゃんとお話したくてレイファードに協力してもらったんだ。ぼくと二人きりじゃお姉ちゃんは来てくれないと思ったから……」

「……はじめからデートでもなんでもなかったってわけね」

『なんだあ! デートじゃなかったのかあ!』


 亡霊が心底安心した様子ではしゃぎだす。


「ぼくね、今日はお姉ちゃんにぼくのことを知ってほしくて、ぼくの好きなものをたくさん見せることにしたの。どうだったかな?」

「どうって……貴族令嬢としての自覚をもう少し持ってほしいとしか思えないわよ」

「おおー、はじめてお姉ちゃんからお姉ちゃんらしいこと言われちゃった」


 全く褒めていないのに笑顔を見せるティッカを見て、私は溜息をつきたくなった。


「それとね、ぼく、ずっとお姉ちゃんに謝りたいって思ってて……。小さい頃はどうしてお姉ちゃんがぼくと仲良くしてくれないのかわからなかったんだけど、今はそれなりにわかってるつもりだよ」

「……知った風な口を利かないで。あなたに私の気持ちなんてわかるわけないわ」


「たしかに、お姉ちゃんがどんな風に苦しんでいたかなんてぼくにはわからないよ。でも、昔よりは事情とか状況とか理解できるようになったから……昔のぼくがどれだけ無神経なことをしていたのか気づいたんだ。お姉ちゃんと仲良くなりたくてやっていたことが、余計にお姉ちゃんを苦しめていたんだって。だから……本当にごめんなさい。お姉ちゃん」


 ティッカの謝罪の言葉を聞いて、意外にも何の感慨も覚えない自分がいた。

 憎き相手を謝らせる事に優越感を覚えるか、むしろ神経を逆撫でされて逆上するかのどちらかだと思っていたのに。

 そもそも目の前にいるティッカに対して過去に抱いた感情が不思議なほどに湧き上がって来ない。

 ティッカがもっと貴族令嬢らしく振る舞っていれば、平民の女の腹から出てきた癖にって憎む気持ちも湧いたのかしら。


 やっぱり、私の中では全てが終わった事なのでしょう。

 もうあの家に対する未練は無い。お父様からの愛も、屋敷の中での居場所も必要無いもの。

 クオレスの姿を見たあの時から……私の心はディアモロ家から解き放たれたのだから。


 それでも、過去に対する苦い思いだけはずっと奥底に残っている。


「別に……あなたの行動を恨んだ覚えなんて無いわよ。私はあなたが生まれてきたことそのものが許せなかっただけなんだから」


 当時はティッカの行動のなにもかもが煩わしかったけれど、それはティッカの行動が問題だったからではなく、私の心の在り方によるもの。

 ティッカが何をしても恨みは募るだけだったでしょう。だから行動に対する謝罪なら、許すも許さないも無かった。


「流石に生まれてきてごめんなさいなんて自虐的なことは言えないよ。お姉ちゃんには悪いけど、ぼくはこの世に生まれてきたことに感謝しているから」

「私だって別に謝れとは言っていないわ。それに、今となってはあなたの存在なんてもうどうでもいいの。……むしろ心配しているくらいよ」

「えっ……お姉ちゃんやさしい!」

「私は婚約者様の家に嫁ぐ身なのだから、あなたにはディアモロ家を継ぐ者としてしっかりしてもらわないと困るの。あなたでは駄目だからやっぱり私を次期当主か次期当主夫人に……なんて頼まれても絶対にお断りですからね」

「そういうことかあ。そりゃ悪いことしちゃったなあ」


 苦笑いするティッカに、私は先程から抱いていた疑惑をぶつける。


「ねえ、もしかしてティッカ……。あなた、私のためにそんなろくでなしの真似事をしているんじゃないでしょうね。不出来な妹を演じて姉の地位を相対的に上げようとしているなら……」

「あはは! やだなあお姉ちゃん。ぼくそこまでお人好しじゃないよ。ぼくはいつだってぼくのやりたいようにやっているだけ! たしかに模範的な貴族からは外れているかもしれないけど、不出来な妹役なんてやってるつもりないから!」


 どうやら私の推測は的外れだったらしい。ティッカに笑い飛ばされてしまい羞恥心から顔が熱くなってしまった。


「な、なによ……。だったらあなたは正真正銘のろくでなしなんじゃないっ」


 ともあれ、これで私達の間にあったわだかまりは少しだけ解消したのだと思う。

 だけど。




「お姉ちゃん、良かったら今度パパからの謝罪も聞いてあげてくれないかな。パパも謝りたいって言ってたから」


 不貞の罪を犯したお父様まで許せるかどうかはわからない。


 ユアナなら……許してしまうのかしら。

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