55話.学園祭後編
「ご、ご覧になって! 尻尾で握手! 握手してくださいましたわよ!」
「はわあ……ふわふわして柔らかい……」
「お姉さま! 次は僕にも抱かせてください!」
クッション生物達の周りで婦人や子供達の黄色い声があがる。
料理だけでなく、クッション生物達の存在もまた一部の客人達の心を掴むことに成功していた。
通常、覚醒前の子供が外に出されることはそうそう無い。
これは属性が確定していない内から子供同士で繋がりを作ってしまうと、覚醒後から属性に合った実利的な関係性を作ることへの妨げになりかねない……なんて風潮があるからなのだけど、別に禁止されているわけではないから少数派ながら交流の場に子を連れ出す貴族もいる。
そんな数少ない存在である子供の来客達は、私が作り出したクッション生物に惹かれてここまでやって来るようだった。
「優しくさわってあげてね。作られた生き物でも、命は命だから」
ユアナが子供に優しく諭すように語りかけ、子供達は初めて見る生物をぎこちない手つきで撫でる。
周囲はその様子を微笑ましく見守っていて……この光景だけでも呪いの印象を覆すものになっているのではないかしら。
「お二人の衣装もとても可愛らしいですね。もしかしてそのウサギの耳や黒鳥の翼も呪いで?」
「ええ、呪いで付与したものでございます」
客人に尋ねられた私はその背中を見せつける。
白のエプロンドレスに白のウサギの耳と尻尾を付与したユアナに対し、私は黒と紫のドレスに黒い翼を付与したものを着ていた。
「素敵ね。わたくしもあんなドレスが欲しいわ」
「あの生き物達、食事は何を必要とするのでしょう。……え、何もいらない? ということは下の世話もしなくて良いと? まあ、それは扱いやすいわねえ……」
「物を小さくする魔法といえば重力属性の専門分野と思っておりましたが……中の組織を一切破壊することなく縮小化出来るというのは非常に魅力的ですな」
呪いの魔法に対して好意的な意見を述べては盛り上がる客人達。
その賑わいはいつしかこの広場の何処よりも大きなものとなっていて……当然それを快く思わない者達も存在しているのだった。
良い具合に場が温まってきたところで、私はようやく火竜スープを披露する。
巨大化した赤き竜の姿にあがる歓声。
しかしその歓声は一種にしてどよめきにかき消されてしまった。
「顕現せよ! ラーヴァ・ドラゴン!」
何処からともなく聞こえた声とともに、マナで作られた溶岩の竜が出現した。
その竜は私の火竜スープのそばまで迫り、その体から放出される熱によって客人達を遠ざけてしまう。
「何をなさるのですか!」
私は竜を作り出した張本人である男――溶岩男に抗議した。
「その竜があまりにも見事なものだから、僕のラーヴァ・ドラゴンと共演させてあげようと思ってね。ほら、いい取り合わせだろう?」
「そのような気遣いは無用です!」
「ははは。遠慮しないでくれたまえよ」
私は大勢の前で怒りを露わにするのを抑えていた。
この男……明らかに妨害目的でやっている。
溶岩男は私に嫌味ったらしい視線を向けた後、火竜スープの様子を見て少し戸惑った様子を見せていた。
「これってスープを固めているんだよね?」
「ええ、そうですが」
もしかしてこの男、スープを熱で溶かして台無しにするのが目的だったのかしら。
だとしたらとんだ見当違いね。熱々の状態のまま呪いで固められているスープが、外部からの熱で溶けるわけがないじゃない。むしろより熱い状態で提供できて好都合よ。
とはいえ、このままではその提供する相手がいなくなってしまう。
客人達は子供を除いては皆魔法の使い手だから、ラーヴァ・ドラゴンを過剰に恐れてはいないけど、それでも部外者が学生の見世物かもしれないドラゴンをむやみに攻撃するわけにもいかず、この熱さからは逃げざるをえない。
早く私達の手で対処しなければならない状況だった。
「ジュノさん……! ここはわたしに任せて!」
異変に気付いたユアナが立ちはだかる。それを見て溶岩男は笑みを深めた。
まさか、この男。
「待って、ユアナさん!」
男の狙いに気づいた私はユアナを制した。
スープを溶かそうとしただけじゃない。この展開も狙いの一つなんだわ。
ユアナがラーヴァ・ドラゴンを撃退するような魔法を使うことで注目を集めさせ、この店の主役を私から聖女属性のユアナに変えてしまおうとしている。だからあえてこんな目立つ行為をしているのでしょう。
こんなことをしてもあなた達の客が増えるわけではないのに。
そんなただの嫌がらせでしかない行為に私は奥歯を噛みしめた。
ここまでわかっても私自身ではこのラーヴァ・ドラゴンには対処出来ない。こんな巨体を小さくすることは出来ないもの。
結局ユアナに頼るしかないの……?
そう諦めかけた時だった。
前方から吹く冷たい風が私の頬を撫でる。
その風の発生源は、ラーヴァ・ドラゴンの喉元に突き付けられた氷の魔剣によるもので。
「ここを退け。斬られたくなければな」
耳触りの良い低い声。
その声がする方へ振り向くと私の肩越しからラーヴァ・ドラゴンを威圧するクオレスがいた。
溶岩男のマナで作られた竜は完全に怖気づき後退していく。
その様子を見届けたクオレスは、今度は溶岩男の方に目を向けた。
「感心しないな、妬みでこのような嫌がらせをするなど。これほどの人を集められたのは聖女の力ではなく、ジュノ嬢自身の力によるものだ。魔法の新しい可能性を披露する場であるというのに例年通りの催しをして何一つ目新しい事をしていないような者達が、先人などいない全て手探りの状態からここまで作り上げてきた彼女に勝てると思うな」
「……ひ、人聞きが悪いなあ。僕はこの場を盛り上げたかっただけなのに。そ、それでは皆様ごきげんよう……!」
ラーヴァ・ドラゴンを消した溶岩男は怯えながら去っていった。
「ありがとうクオレス。助けてくれて……」
「気にする事は無い。君の婚約者として当然の事をしたまでだ」
クオレスが婚約者、という単語を口にした時に「まあ」と興奮した声が四方からあがった。
どうやら恋の話が好きな婦人達の興味をひいてしまったらしい。「素敵ね。姫を救う騎士みたいだったわ」なんて声まで聞こえてくる。す、少し恥ずかしい……。
こうして私は避難した人々が完全にいなくならない内に火竜スープのパフォーマンスを再開させることが出来た。
しかも客人の中から竜の首を斬り落とす役を募った時には、クオレスがこれで斬るようにと一本の魔剣を召喚して私に差し出してくれた。
その魔剣は私が用意したものよりもずっと豪華な装飾で、まるで物語の中に出てくる英雄の剣のようで……だけどとても軽くて扱いやすく、その上人の身を傷つけることが無いというものだった。
子供にも簡単に扱えるかっこいい剣は子供の客人の目を輝かせた。そして立候補した子供が英雄ぶりながら竜を退治し、皆が拍手をする様は微笑ましい空気と共に想像していた以上の盛り上がりを見せた。
それにしてもなんであんな魔剣まで封印しているのかしら。
「クオレスのおかげでより良いショーになったわ、ありがとう。……それにしても面白い魔剣ね」
「ああ。あれは見ての通り子供に鍛錬をさせる時に使うものでな。平民の子供達に剣の指南をする機会があるのだが、やる気のない子供もあの剣を持たせると乗り気になるんだ」
討伐隊の任務でそんなことまでしているのね。子供の面倒を見るクオレスの姿を想像したら笑みがこぼれてくる。
そんな私の目の前にいる子供達は顔を真っ赤にしながら火竜スープと戦っていた。
周りの大人達から無理をしないように言われても、子供達にとってはその辛さに打ち勝つことがドラゴンに打ち勝つことに繋がってしまっているようで、負けるもんかなんて言いながらパンと一緒に食べていく。
その姿に感化されたのか、一口目ではその辛さに舌を巻いた大人達も「ここでやめたら恰好がつかない」といった気分となり、その未知の味を食べ進めていく内にその辛さに美味しさを見出していっているようだった。
それでもやはり賛否は分かれるようだけど、美味いと感じた者の勝ちといった空気感があるおかげか面と向かって罵倒されるようなことは無かった。
多くの客人を魅了した火竜スープの香りは更に人を呼びこみ先程までの賑わいを超える大盛況となった。
その大盛況の中思わぬ客人が姿を現した。
「お姉ちゃーんっ! 遊びに来たよー!」
「……ティッカ?」
私を姉と呼ぶ人物なんてこの世に一人しか存在しない。
私から家族と居場所を奪った憎き存在。だけど私はその憎悪を思い出すよりも先にその姿に驚いてしまった。
数年ぶりに顔を会わせた妹は随分と背が伸びていて、私よりも背が高くなっている。周囲にはお父様の姿も使用人達の姿も無く、一人で歩き回っているようだった。
いいえ、そんなことよりも……。
「あなた……! なんて恰好しているのよ!?」
その令嬢にあるまじき服装に私は驚愕していた。
まるで女らしさの無い軽装に、太ももまで露出した短いパンツスタイル。お腹まで出して……。
そんな格好でうろつくなんて私にはとても信じられないことだった。
『こいつが例のユアナちゃん似の妹ですか? ユアナちゃんとは全然違うタイプじゃないですか……』
数刻ぶりに戻って来た亡霊が訝しんだ目で妹を見る。
私だって数年でこんなお転婆な成長を遂げているとは思っていなかったわよ。
お父様……自由奔放に育てすぎでしょう。令嬢としての教育を受けているのかさえ疑問だわ。
周囲も行儀の悪い使用人だとでも思っているんじゃないかしら……。
「えー? これくらい普通だよー」
「全然普通じゃないわよ! そこまで脚を出すなんて、どこぞの貧民じゃあるまいし!」
『ジュノさんもしかしてそれあたしのこと言ってます?』
「ひっどいなあ。それよりさ、あっちにいるおにーちゃんが例のカレシ? かっこいーね」
ティッカは少し離れたところで周囲を見張っているクオレスを指さした。
クオレスが監視をしているおかげか、あれから嫌がらせ行為をしてこようとする者は誰一人現れていない。
「……まさか気に入ったんじゃないでしょうね。渡さないわよ」
「えっいらない」
『即答じゃないですか』
あなたなんかには、絶対に……そう言いかけていたのに、ティッカのあまりにもあけすけな物言いに毒気を抜かれる。
全く気が無いのはいいのだけど、それはそれで腹が立つのは何故かしら……。
その時、都合が良いのか悪いのか、またしてもよく知る人物達がこの場に訪れる。
「よっ、ジュノ、ユアナ! 遊びに来たぜ!」
「ご盛況のようですね。流石はジュノ様といったところでしょうか」
『うひょー! レイファード様!』
「アニマ様にレイファード様。よくお越しくださいました」
ユアナは食べ終わった食器を片付けているところで殿下達の声には気づいていなかった。わざわざ呼ぶまでもなさそうだったので私一人で二人を出迎える。
「ん? お姉ちゃん、男の人のお友達も出来たの?」
「ご友人……というわけではないけれど、紹介するわ。この方々は……」
そこまで言って私はまずい事に気づく。
「ちょ、ちょっとティッカ! こっちに来て! ユアナさん、少し外すから対応お願い!」
「えっ!? う、うんっ、わかった。ここはまかせて!」
「お、お姉ちゃん……?」
私はよくわからない顔をしたティッカを連れ出し、レイファード達から離れた場所まで移動した。
「あ……あのね、ティッカ。少し頼みがあるのだけど」
「お姉ちゃんがぼくに頼み事なんて珍しい……っていうかもしかしてはじめてじゃない? なんでも言っちゃってよ!」
『まさかのぼくっ娘……』
頼み事どころか、妹とは話をすること自体が稀だった。
ティッカは私と仲良くしたいようだったけど、その存在自体を許せそうにない私が一方的に関わりを絶っていたから。
そんな相手に頼み事だなんて、随分厚かましいかもしれない。
それでも私はティッカにレイファードの事……レイファードが私のことを誤解して付きまとってきそうだったから、私ではなく私の妹がレイファードに興味を持っているという事にして追い払った事を話した。
「だからあなたには少しだけ話を合わせてほしいの。でも本当にレイファード様と関わる必要は無いわ。噂を聞いて興味を持ったけど実際に一目見たらそうでもなかった、ということにしてしまいましょう」
『そうでもなかったってどういう意味ですか!!』
「ふうん。カレシ以外の男までその気にさせちゃったんだ。やるねえお姉ちゃん」
「あなたまで変な誤解しないで。不幸な事故が重なっただけで、私にはその気なんて全く無かったわよ」
「あはは、なおさら罪作りじゃん。もちろんいいよ。他でもないお姉ちゃんの頼みだし。でもそのレイファードってやつがどういうやつか気になるから、興味無くしたフリはまだしないでおくね」
「そ、そう。ありがとう……」
『ありがとうじゃないですよ!! そこは今すぐ興味無くせって言ってください!』
これ以上勝手な頼みなんて出来るわけがないでしょう……。
「む、無理はしなくていいからね? 少しでも無理だって思ったら遠ざけるようにするのよ?」
「お姉ちゃん心配してくれてるの? うれしいなあ」
どちらかというと関わらないようにしてほしいだけで、心配なんて全くしていない。
だってティッカといると、天真爛漫な妹を許すことが出来ない自分の事がとても惨めになってしまうから。
私には眩しすぎる光のような存在、それがティッカだった。
嫌い、というよりも苦手と言った方が正しいかもしれない。
だけど……そんなティッカがまさかこんな令嬢にあるまじき方向に成長していただなんて。
今は違う意味でも妹と認めたくない……。
広場に戻った私は客人達の応対をしたり、料理の実演をしたり、クッション生物達を紹介してちょっとした芸をさせたりと、料理と食材が底を尽きる夕刻前まで休み無く働き続けた。
訪れた客人の多くが満足した証である星を私やユアナに渡してくれて、その数は準備した箱には入りきらない程となり急遽新しい箱を用意する事態にまでなった。
本当に疲れたけれど、この一日だけで人々の呪いの魔法へ対する認識は大きく変わった。
模擬店には学園の外から来た来客だけでなく、この学園の学生も教師陣も訪れてその呪いが決して恐ろしくないものであることを体験し、むやみに忌避するものではないのだと理解を示してくださった。
その結果に今、私の心は大いに満たされている。
残念な結果があったとすれば、それはティッカとレイファードがすっかり意気投合をしてしまい、亡霊に悲鳴をあげさせる結果となってしまったことかしら。
どんな言葉で慰めてやればいいのか……いや、でも亡霊自身あの男と愛し合いたいわけでもないようだし、やっぱり放っておきましょうか。




