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51話.子供の名前

「ごめんなさいクオレス。こんなことに付き合わせてしまって」

「いや、私から申し出た事だ。君は気にしなくていい」


 クオレスと二人で手分けして茂みの中をかきわける。


 まだあの子達に散歩は早かったかもしれない。


 そんなことを思いながら私は逃げ出したクッション達を探していた。




 事の発端は、学園祭に向けてクッション生物達を外の世界に慣れさせようと、丁度見ごろを迎えたという学園内の薔薇園に連れて行ってしまったこと。

 最初から全てのクッションを連れて行くのは流石に大変だろうと思った私は、まずは比較的お利口な黒猫、灰色のウサギ、白銀のキツネの三体だけを連れ出したのだけど……今思うと三体でも多かったかもしれない。

 薔薇園には沢山の令嬢達が薔薇を見に訪れていて、花を愛でるような令嬢達には私が連れていたクッション生物はとても興味深いものだったらしい。

 私は目を輝かせた令嬢達に囲まれ質問攻めにあってしまった。


「ジュノ様、そのまるっこい生き物はなんですのっ!?」

「もしかして人造物……ゴーレムの一種でしょうか?」

「こんなふわふわして柔らかそうなゴーレム見たことないわ!」

「ぜ、是非触らせてくださいましっ!」


 まだ人に慣れていないクッション達はいきなり大勢の人間に囲まれたことに驚き恐慌状態に陥ってしまい、すさまじい勢いで飛び跳ねては繋がれているリードごと逃げ出してしまったのだった。

 慌てた私はすぐさま追いかけたのだけど薔薇園を出たところで見失ってしまい、その周辺を捜索していたところ丁度そこを通りかかったクオレスから声をかけられた。

 そして彼に事情を説明して、今に至る。




「クッショーン! 何処に行ったのーっ?」


 私は消えたクッション達に呼びかけながら歩き回る。


「先ほどから気になっていたのだが、その者達に名は無いのか?」

「え、名前? ……呪われしクッション、かしら」

「呪われし……いや、たしかにそうだろうが、逃げ出した者は三体いるのだろう? 個別に名を付けてはいないのか?」

「そういえば無かったわね……。それじゃあ……呪われし黒猫クッションと、呪われし灰色ウサギクッション、呪われし白色キツネクッションかしら……」

「……長すぎるだろう」


 心なしかクオレスが呆れた目を向けてきている気がした。


「どうやら子供の名前は私が決めなければならないようだな」

「こここここども!?」

「……作らないのか?」

「そ、それは、もちろん、貴族のもとに生まれた身として、尊き血を残す役目は果たすつもりだけどっ!!」


 熱くなった顔を見られないようにクオレスとは別の方向を見回す。


 これくらい婚約者として当たり前の話題でしょうに、いちいち恥ずかしがってどうするのよ……。


「そのように気負わなくても良い。君が望まないのなら他の方法を選ぶ事だって出来るのだから」

「他って……! 愛人を囲って産ませるってこと!?」

「何故そうなる! そこは養子を迎えるのが普通だろう!」


 ついカッとなってクオレスと向き合うと、クオレスも珍しくその眉を吊り上げていた。

 その様子を見て私は自分の失言に気づく。


「ご、ごめんなさい。私のことを気遣って言ってくれたのに」

「いや、わかってくれたのならいいんだ。私こそこんな時に別の話題を振ってしまってすまない。捜索に集中しよう」


 すぐに表情を無くしたクオレスはそう言って私より前を歩いていく。


 そこまで気をつかわなくても、私ならクオレスとの子を望むに決まっているのに……。

 そう言い返したくなる気持ちは抑えて、私も今はクッション探しに集中することにした。




『ああっ! ジュノさん! いましたよ! あの木の上です!』


 亡霊の声に導かれて上を見上げると、高い木の上の方まで登った黒猫クッションが、降りられなくなってしまったのかその場で震えていた。


「もう、なんであんな高いところにいるのよ……!」


 どいつもこいつも面倒な場所にばかり逃げている。

 最初に私が見つけたウサギクッションは木の穴にはまって抜けなくなっていたところをクオレスに引き抜いてもらっていたし。

 その次にクオレスが見つけたキツネクッションなんてグリフォンの飼育地に迷い込んでいて、グリフォン達に追いかけられているところをクオレスが数本の剣を召喚してグリフォンの前方の地に刺すことでクッションと分断させたり、クッションを剣で追い詰めることで私のところまで誘導させていた。

 そして今度は高所……。本当に人騒がせなクッション達ね……。

 最後の一体である黒猫クッションを亡霊が見つけられたのは、亡霊が空を飛べる分私達よりも上のほうまで目が行き届きやすかったからだと思う。


「……あそこか」


 私の様子を見て気づいたのか、クオレスも黒猫クッションの場所を目視した。


「どうしようクオレス。空を飛べる方を連れてきたほうがいいかしら」

「それには及ばない」


 言うや否やクオレスは機敏な動きで木を登り始めた。

 枝が無いところは召喚した短剣を突き刺して足場を作ることで難なく上へと登っていく。

 そしてさほど時間もかかることなく上まで辿り着いたクオレスは震える黒猫クッションを抱えて下に降りてきた。


「ほら。もう大丈夫だ」


 下に降りてからも黒猫クッションはずっとクオレスの腕の中で固まっている。


「もう! だめでしょ、私から逃げ出したり降りられないところに登ったりして……!」

「ジュノ。今は怒らないでやってくれ」


 クオレスが撫でると黒猫クッションは目を細めてただの黒い塊になった。

 その光景が羨ましかったのか、私が手にしているリードに繋がれた二体のクッションもクオレスの脚にしがみついていく。


 ……この短時間ですっかり懐いてるじゃない。


「人懐こいのだな」

「……私にはずっと攻撃してきていたけどね」

「……この風貌でか?」


 クオレスは意外そうな顔をしながら身を屈めて他の二体も撫でた。


「その体だから痛くは無かったのだけどね。きっとクオレスが優しい人だからすぐに懐いたのよ」

「別に私は優しくなどないが」


 その手つきからして優しいじゃない。

 私まで羨ましくなってきたんだけど……。


「だったら、私がクオレスのことを好きだからその気持ちがこの子達にも宿ったのかもしれないわね」


 クッションどもに妬きながらそう口にした時、突如としてクオレスの手が止まる。


「クオレス? どうかしたの?」

「……なんでもない」


 クオレスは私から顔を背けながらそう答えていた。




 その後は三体を連れながら二人で散歩をすることにしたのだけど、少し歩いたところでクッション達が疲れた様子を見せたので休憩をすることにした。


「おそらく逃げ回っていた時に体力を使い果たしたのだろうな」

「そうね。人に慣れさせるのはもう少し先になりそう」


 リードの先で寄り添いあいながら寝ている三体を二人で見つめる。

 名前は……あとで亡霊につけてもらいましょうか。


「今日は本当にありがとう。クオレスって木登りまで出来たのね」

「ああ。訓練の一環でな」

「木に登って遊ぶような子供じゃなかったものね」


 笑いながら返す。木登りではしゃぐクオレスなんて子供時代でさえ想像しただけでおかしいもの。


「そうだな。遊びに興じた事など一度も無かった。……いや、今もそうか」


 それを聞いて私はつい眉をひそめた。


 子供の頃、私と様々な盤上遊戯をした経験はクオレスの中では遊びに含まれていないらしい。

 それもそうよね。いつも私が付き合わせていただけで、彼は勝っても負けても表情を一切変えていなかったのだから。


 ユアナなら……彼を楽しませる遊びも出来るのかしら……。


「……ねえ、クオレス」


 私は昨晩見た夢を思い出していた。


――私がユアナを愛してしまえば、君はとんでもないことをしでかすだろう? だから君を愛するしかないんだ。


 クオレスは私にあんな心無いことは言わない。

 それくらいはわかってる。

 でも彼の心の中まではわからない。私のことをどう思っているかまでは見えない。

 私はあんな風に思われても仕方のないような女だから、いくら彼が私を悪く言わなくても不安でたまらなかった。


「あなたは、異なる歴史……そうね……本の中にあるような並行世界って、存在すると思う?」

「……いきなり何の話だ」

「もしも。もしもだけどね? 並行世界で起こることを、自分の未来を知ることが出来たとしたら、とっても便利そうじゃない?」


 なんてことのない空想話を装い、作り笑いを浮かべる。

 彼が夢の中で名乗っていたような転生者だったら、未来の歴史を知っていたら何かしらの反応が得られるかもしれない。そう思って振った話題だった。


「くだらないな」


 そんな強い言葉が返ってくるのは予想外だった。


「未来で起こる出来事というのは、今ここに存在する我々自身が行動を起こした結果現れる事象だろう。行動を起こす前から先のことなどわかる筈が無い。仮に並行世界なんてものが存在したとして、何か一つでも差異があればそこに住む者達は私達とは異なる生を歩む事になる。その時点でもう別の存在だ。別の人間の未来などなんの参考にもならないな」


 ここまでクオレスが何かを否定することなんて、今までにあったかしら。

 そのことへの驚きと、私の見てきた物まで否定されたような思いが入り交じる。


「……そう。つまらない話、しちゃったわね」

「すまない、君の考えを否定したいわけじゃないんだ。ただ私はそのようなものを信じたくない。私達にとっては今ここにいる世界が唯一なのだから」

「クオレスの考えはよくわかったわ。とても現実的ね」


 笑えるような心境ではないけど無理にでも微笑む。

 今私は悲しんでいるのか、よくわからない。だってあれは見ていて決して気分の良いものではなかったから。

 クオレスから否定してもらえて嬉しいのかもしれない。


 結局彼が他の歴史を知っているのか、何も知らないのかの確信は得られなかった。

 ここまで強く否定するということはもしかしたら何か知っているのかもしれないけど、そうだとしてもクオレスにはその知識を信じる気なんて無いらしい。


 クオレスがそう考えるのなら、私も否定してしまおうか。

 幻覚で見るあの光景は、本当は何処にも存在しないんだって。


 だけど……。


 ねえクオレス。あなたに好きな人が出来たらあなたはいろんな感情を知ることが出来るのよ。

 あなたはとても幸せそうな顔で笑うことが出来るようになる。

 その可能性は否定したくないの。


「ジュノ。何に思い悩んでいるのかは知らないが、何も心配しなくていい。君の婚約者として私が君の未来を守り抜こう」

「……ありがとう、クオレス」


 その言葉に甘えてしまいたい。でもそうすることは出来なかった。

 私が気にしているのはあなた自身の未来だから。

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