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50話.転生者

 夜、私は寮の部屋でクッション生物達のブラッシングをするのが習慣になっていた。

 私の教育がようやく実を結んだのか、最近のクッション生物達は穏やかになってきている。

 それに、体の動かし方を徐々に覚えたのか短い手足が手足らしく動くようにもなった。

 これなら手足を長く作っても良かったかしら。でも短い手足を懸命に動かす様子も可愛らしいからこれで良しとしましょう。


 クッション生物は食事を摂らないからその分手間はかからない。

 その代わりこの子達は毛づくろいをされるのがとにかく好きで、手足が短ければ舌も無い体では自力で毛づくろい出来ないのがストレスになってしまうようだった。

 だから私が最低でも毎日一回は優しくブラッシングをすることにしている。

 材料となっている毛皮には汚れ防止の魔法が最初から付与されているから、そんなにしなくてもいいはずなんだけどね。


『その子達もすっかりジュノさんに慣れたみたいですねえ』

「そうね。そろそろ散歩にでも連れ出そうかしら」

『最初はどうなることかと思いましたけど、やればできるもんなんですねえ。最近はユアナちゃん達ともすっかり仲良くなりましたし、いい感じじゃないですか?』

「別にあれとは仲良くはなってないわよ。勝手に纏わりついてくる女をお望み通り利用してやっているだけなんだから」

『またまたー。ジュノさんは素直じゃないんだからー』

「……好きにはなれないわよ」


 どんなに私に対して親しい態度をとってきても、やっぱり私の中であの女は恋敵だった。

 今のクオレスがあの女を好きでないとわかってもそれは変わらない。あの光景が消えたわけではないのだから。

 それに、ユアナの方が私より……。




『そういえばあのユアナちゃんって誰ルートに進んでいるんでしょうね。いや、そもそもシナリオどうなってんだこれ……?』


 後ろ向きな考えに沈みそうになっていた私の思考を亡霊の唸り声が現実へ引き戻す。

 そこで私はようやく体に触れてくる柔らかい感触に気づいた。ブラッシングをねだるクッション達が私を取り囲みまだかまだかと催促していたのだった。


「ああ、ごめんなさいね。今続けるから」


 私はブラッシングの手を再開しながら亡霊と話をする。


「ルートって、誰と結ばれる歴史に進むかってことよね」


『そうなんですけど、もうシナリオぐっちゃぐちゃになっちゃってるんですよ。そもそもロウエンの初登場イベント除いたら、魔人の手先の出番ってすっごく後の方……このゲームのラスボス的ポジションだからジュノ退場よりもずっと後なんですよ? それなのにもうロウエン二回目の闇堕ちとアニマ闇堕ち発生しちゃってるし、しかも倒されちゃってるし……。大体、複数の攻略対象が闇堕ちするルートなんてのも無いですからね!? アニマが闇堕ちするのはアニマルートだけですし、ロウエン二回目もロウエンルートだけで発生するんですから』


「つまり……ユアナと恋仲になった男だけが、魔人の手先に取り込まれる事態に陥るってこと? それなら殿下とロウエンの二人とそういう仲になったって事なんじゃないの」


 やっぱりとんでもない男好きだったのかしら。


『いや絶対違うでしょ。そもそも闇堕ちする原因が二人共全然違うんですよ。ゲームのアニマが闇堕ちすることになったのは、妹と重ねて見ていたユアナちゃんに恋心を抱くようになったせいで妹への想いとユアナちゃんへの想いで葛藤することになっちゃったのが原因でしたし。でもこの世界のアニマが闇堕ちしたのは、ジュノさんが妹の霊を連れてきちゃったのが原因でしょ?』

「……たしかに私のせいだったわね」


『ゲームのロウエンの方はユアナちゃんが他の誰かと仲良くしているのに嫉妬したのが原因で闇堕ちしちゃうんですよ。その気持ちの根っこは子供の頃両親から無理矢理引き離されて他の家の子供になった時の苦い思い出から来てて……ようはロウエンって寂しがり屋さんなんですよね。ユアナちゃんまで取られたくない! って気持ちが強かったんです。でもこの世界のロウエンってどっちかっていうとクオレスへの敵対心の方が強かった感じですよね?』

「ということはクオレスが引き起こしたってこと?」

『っていうよりはジュノさんのせいでしょうね。ロウエンとクオレスの仲がゲームより悪くなったのって多分ジュノさんが原因でしょ』

「そっちまで私のせいなの!?」


 たしかに私がロウエンと関わらなかったら、クオレスがロウエンの特訓に付き合ってあげることも無かったでしょうけど……。

 私が元凶だと思ったら、大怪我したクオレスに今更ながら申し訳なくなってくるじゃない……。


『つまり本来はユアナちゃんへの愛ゆえに起こるイベントが別物と化しちゃっているんです! 多分ジュノさんが好き勝手に動いているからシナリオがぶっ壊れちゃったんですよ』

「そんな、なにもかも私のせいみたいに言わないでよ……」

『いやーでも実際そうだと思いますよ? ユアナちゃんが誰ともイチャついてなさそうなのって、ジュノさんの妨害工作が無いせいなのもあると思いますし。ほら、恋って障害があるほうが盛り上がるっていうじゃないですか?』

「私が邪魔しないと成立しないような恋なら勝手に潰れてしまえばいいわ。本人達にその気さえあれば私がいなくても結ばれるでしょう」

『まー、そうですよねえ。ユアナちゃん、誰も攻略する気が無いのかなあ……』



 一体目のブラッシングを終えた私は次のクッションのブラッシングに取り掛かる。

 私の膝に乗ってきた黒猫のクッションはその長い尻尾でお気に入りのブラシを持ってねだってきた。……猫の動きじゃないわね。

 そのブラシに持ちかえて梳かしていくと黒猫クッションは嬉しそうに目を細める。金色の目が見えなくなるとただの黒い塊ね。黒猫好きの令嬢達の気持ちも少しわかってきたかも……。


『ちょっとジュノさん、なに癒されちゃってるんですか。こっちは結構真面目に悩んでるのに』

「そんなこと言われたってね……ユアナが誰と結ばれれるか、結ばれないかなんて話自体には興味が無いもの。私としてはクオレスにさえ手を出さなければそれでいいんだから」

『ジュノさんとしてはそうでしょうけどー……。あたし気になるんですよ、ユアナちゃんのこと。実はユアナちゃんも転生者だったりしないのかなーって……』

「転生者……?」


 転生という単語自体は、亡霊の口から聞いたことはある。だからなんとなく想像はつくけど。


『悪役令嬢転生ものの話だとありがちなんですよ、ゲームの主人公の女の子も転生者ってパターン。その場合は乙女ゲー知識持ちの元プレイヤーが逆ハー築きあげた上で悪役令嬢を追い詰めようとする展開が小説じゃあるあるなんですけど……』


 わかりにくい亡霊の話をよく聞くに、ユアナという人間に成り代わった異世界の悪霊が殿下やクオレス達を虜にした上で私を陥れようと画策する……そんな可能性が考えられるらしい。

 胸糞悪い話ね。だけど……。


「あれがそんな腹黒い人間だったら私がここまで嫌いになることも無かったでしょうね」

『いやいや普通逆でしょ!? どんだけいい子嫌いなんですか!』

「相手が性悪ならこっちだっていくらでも戦いようがあるでしょ。ああいう女は裏が無いからこそ厄介なのよ」


『その理屈はさっぱりわかりませんが……んー、やっぱないかあ。あたしもあのユアナちゃんがそんな中身だとは思ってないですけど、本物のユアナちゃんじゃないから恋愛イベントが発生してないのかなって思ってたんですよ。攻略対象との恋愛には興味ありません、的な? でもここまでシナリオがめちゃくちゃになってたらセリフや行動にボロが出てもおかしくないのに、ユアナちゃんはどこまでいってもユアナちゃんらしいですもんね』


 亡霊は勝手に一人で納得していた。




 もしもユアナの中に醜い心を持つ悪霊がいてそいつがユアナの意識を乗っ取ったとしても、きっとそれはなんの脅威にもならないことでしょう。

 そんな醜い心の持ち主がクオレスの表情を柔らかなものにできるはずがないもの。

 そう。今の私と同じように……。




 あんな話をした後に眠りについたからかしら。


 今日見た悪夢は、いつも見るものとは違う夢だった。

 いつも見ている悪夢は、クオレスがあの女と仲睦まじくしているもの。

 その悪夢を見る度に私の心は痛みを覚えて、悲しみや悔しさや憎しみを抱えたまま朝を迎える。


 でも今夜は……クオレスと一緒にいる相手はあの女ではなく私だった。

 だけれどその表情はとても思いつめたもので、あの女には決して見せないようなもので。


「どうして……どうしてそんな顔をするくせに私のところにいるの? 本当はあの女のところに行きたいんじゃないの?」


 そんな言葉が言えてしまうのは、きっとこれが夢だから。

 クオレスは苦い顔をしたまま私を見つめて、重い口を開いた。


「それは……私が転生者だからだ」

「転、生者?」


 聞き返したのは意味がわからなかったからじゃない。

 彼がそんなものだなんて、信じられなかったから。


「……そんなわけ無いじゃない! クオレスはクオレスよ。私が会った時から、あなたはずっと変わらない。人が変わったりなんてしていない! あなたは異世界の悪霊なんかじゃないわ!」

「私は知っているんだ。この世界の未来を。君がどんなに愚かな人間かを」


 冷たく鋭い眼差しと共に発せられた言葉に、私は反論の声を失う。


「私がユアナを愛してしまえば、君はとんでもないことをしでかすだろう? だから君を愛するしかないんだ」

「……なによ、それ。そんな、そんなくだらない理由で私を選んだっていうの……!?」

「未来を知ってしまったからにはより犠牲の少ない道を選ぶのが道理というものだろう。私一人さえ犠牲になれば、君が過ちを犯す事も、ユアナが君に傷つけられる事も無くなる。だから……これでいいんだ」


 クオレスは苦々しい顔で吐き捨てるように言った。


 全然良くないじゃない。


 犠牲ってなによ……。私といることはそこまで苦痛を伴うものなの?


「そんな風に無理をされたって、私、ちっとも嬉しくない……っ」

「何を不満に思う事がある。君は私が浮気さえしなければ良かったのではないのか? 君に気持ちが無くても、そばにいればそれで良いのだろう」


 たしかに以前はそう思っていた。

 でも今はもう、それだけじゃ満たされないって気づいてしまった。


 私はクオレスに愛されたい。


 そんなことは叶わないってわかりきっているのに……。




 夢から覚めた時、私の目は涙で濡れていた。


 転生者。

 彼がそうだとは思えない。でも。


 納得出来てしまった。

 クオレスは優しい。だから彼なら犠牲を出さないように未来を変えようとするかもしれない。

 それが彼自身にとっては不幸せなものだとしても。

 それなら好きでもない私と共にいようとするのも、理解出来てしまう。


 もしも現実もクオレスもあのように考えているとしたら。


 私は……どうすればいいの……?

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