49話.最推し様再び
亡霊曰く、レイファードという男は幼少期は目が見えず耳もほとんど聞こえていなかったらしい。
その原因となる病を癒すべく、マナの流れも緩やかなのどかな地で療養することになったそうなのだけど、その療養地に選ばれた場所こそがユアナの住んでいた村だったのだとか。
それまでも幼いレイファードは周囲から丁重に扱われてはいたものの、疎まれている空気というものは敏感に感じ取っていた。
蔑む視線が見えなくとも、悪口が聞こえなくとも、レイファードはそれらの悪意を匂いで感じたのだという。……私には全くわからない感覚ね。
レイファードは辛い思いをずっと一人で抱えていたけれど、村でとある少女に出会い、その少女の屈託無い優しさと温もりに触れることで心が癒えて病を治す気力に繋がっていった。
少女の姿も声もわからないけれどその身に流れる豊潤なマナだけは匂いとして感じ取ったレイファードは、その少女も療養で村に来たご令嬢だったのだろうと考えた。
病が癒えて目も耳も回復したレイファードは、その少女に礼を言いたいと思い、学園に入ってからもずっと少女を探し続けているのだという。
言うまでもなくその少女の正体はご令嬢ではなく、ユアナのことらしいのだけど。
『というわけでレイファード様の心の中にはずっとユアナちゃんがいるんです! だからレイファード様にはユアナちゃん以外の女なんてありえないんですよ!』
「だったらなんで他の女とデートなんてしているのよ」
『それは恩人の女の子を探す方法がそれしかないからですよ! 見た目や声じゃわからないからマナの匂いで見分けようとするんですけど、マナの匂いは物凄く近くに寄らないとわからないらしいんです! だからレイファード様は女の子達の匂いを嗅ぐために紳士的で健全なデートを繰り返しているんですよ!』
「嗅ぐためって……完全に変態じゃない」
『ちがいますよ!! しょうがないじゃないですか方法がそれしかないんですから! それに、その匂いの嗅ぎ方も女を抱き寄せて首筋に顔を近づけるやり方が吸血鬼みたいで色っぽくてイイんですよ! まあそのせいで学園内では女の生き血を吸っているなんて噂がたっちゃってるんですけどね!』
「どのみち変態じゃない」
その変態は今、令嬢との食事を楽しんでいる……というよりも令嬢を楽しませ恍惚とさせているところだった。
私は離れた席からその様子をうかがいつつ紅茶を飲んでいる。
そして亡霊は時折レイファードのもとまで近づいてはその顔を堪能しつつ、会話の内容を至近距離で盗み聞きしていた。
『やっぱりあのモブが今の本命ってわけではなさそうですねえ。恩人の女の子探しの真っ最中ってかんじ』
「そう。それなら良かったじゃない」
『良くないですよ! ユアナちゃんが少しでもレイファード様と仲良くしていたら、レイファード様はすぐにユアナちゃんが恩人の女の子だって気づくんですよ!? 他の女の子とデートもしなくなるんですよ!? それなのにいまだにこんなことしているなんて……何やってんだユアナのやつー!』
好きな男と他の女がデートしている姿を見て、そこにいる男でも女でもなく、全く無関係のユアナに怒る感覚が全く理解できない……。
食事が終わった後もレイファードは令嬢と観劇に行ったり店で買い物としたりと、二人の時間を過ごしていた。
令嬢の方は完全に夢見心地になっているようだけど、大丈夫かしら……。あの男、とんだ女泣かせなんじゃないの?
『あっ、二人が路地裏に入っていきましたよ! きっと今から匂いを嗅ぐんですよ。あたし達も行きましょう!』
「あの男の痴態なんて興味無いのに……」
文句を言いながらも後を追う。
その決定的現場さえ見れば亡霊も少しは納得して落ち着くかも、なんて期待を抱きながら。
『あーっやってる! やってますよ! 吸血鬼みたいに首筋に顔つけちゃってます! はあーっリアルレイファード様の疑似吸血行為マジ色っぽいー!!』
亡霊があまりにも盛り上がっているものだから私もつられて物陰からその様子を覗き込む。
そして目に飛び込んで来たのは、ドレスの肩部分がはだけた令嬢の後ろ姿と、その背中を抱きながら首筋に口づけるレイファードの姿だった。
どこが健全なデートよ! いかがわしい……っ!
二人の男女から醸し出される雰囲気に恥ずかしくなった私はすぐに目を逸らそうとしたけれど、それよりも先にレイファードの視線がこちらを向いてしまい――目が、合ってしまった。
その後私は咄嗟にその場から逃げ出したけど、そんな行動は所詮その場凌ぎのものでしか無い。
悪い予感は当たるもので、翌日になってレイファードは私の前に現れ、声をかけてきたのだった。
「このような場所におられましたか。訓練服のお姿も素敵ですよ」
私が今いる場所は殿下の畑だった。
殿下に課せられていた『作物を実らせる課題』は既に終了しており、今畑に植えられている物は全て学園祭に備えて私が植え直したものとなっている。
それでも殿下の力が無ければこの畑の物は育たないので、殿下とは手紙のやり取りによって協力をしていただいている。
王太子殿下に頼み事なんて我ながらおこがましいと思う。殿下は快く引き受けてくださるけど、これで終わりにしないと。
学園祭が成功したら、私の分の畑を用意してもらうよう学園に掛け合おう……そんなことを考えながら作業をしているところだった。
『うひょーっ! レイファード様が直々にあたし達の前に!!』
「一体私に何のご用件ですか?」
立ち上がった私はレイファードを訝しんだ目で見る。
こんなところまでわざわざ来る物好きなんてそうはいない。私を探しにここまで足を運んで来たのは明らかだった。
「それはこちらの台詞なのですがね……。貴女の熱い眼差しが忘れられずにここまで来てしまったのですよ」
「あいにくですが、身に覚えがありません」
「照れなくてもよろしいのですよ。昨日は一日中私に視線を送っていたではありませんか」
うそ……。路地裏に入るずっと前から気づいていたっていうの?
『バレッバレじゃないですかジュノさん!』
「ふふっ、驚かせてしまって申し訳ありません。決して貴女の尾行が拙かったわけではありませんよ。現にあの時ご一緒していたご令嬢は気づいていませんでしたから。ただ、私は人よりそういった気配に敏感なものでしてね」
『だったらあたしにも気づいてくださいよおーレイファード様ー!』
まとわりつく亡霊には目もくれないレイファードは私にそれこそ熱っぽい視線を送ってくる。
ああやだ、寒気がする。亡霊のせいで変な男に目をつけられたじゃない……!
「それにしても広い畑ですね。これら全てを貴女が?」
「……そんな事あなたには関係ないでしょう」
「おや、つれないですね。婚約者と仲が良いと噂のジュノ様が私に興味を持ってくださったと、つい期待してしまったのですが」
期待ってなによ! この男、私が浮気したがっているとでも言いたいの!?
頭に血がのぼった私はつい声を荒げて言い返す。
「勘違いなさらないでください! あなたに興味があるのは私ではありませんから! 私は頼まれて仕方なく……!」
「ほう、頼まれ事でしたか。貴女ではないというのは残念ですが、誰かの目に留まっていただけるだけでも光栄なことですね。……それで、どなたが貴女にそのような頼み事を?」
「……妹です。妹はまだ学園には来られませんので、代わりに私があなたのことを調べるように、と」
そこにいる亡霊が、とも言えなかった私は咄嗟にそう言った。
『はっ!? ジュノさん、何言って……!』
「ほお! 妹さんですか。あなたに似てさぞかし可愛らしいのでしょうね。是非ともお会いしたいとお伝えください」
「え、ええ。きっと妹も喜ぶと思いますわ」
「ふふ。……妹さんということでしたら、そのお姉様である貴女とも仲良くしたいものですね」
含み笑いを浮かべるレイファードはうやうやしく礼をする。
「既にご存知でしょうが、改めてご挨拶を。私の名はレイファード・キュラヴィス。引き続きお見知りおきを」
……ああ、疲れた。
あの男の背を見送った私は安堵と酷い疲労感に包まれため息をついた。
『もーっ! 何やってんですかジュノさん! なんで妹なんか紹介しちゃったんですか!?』
「な、なによ。元はと言えばあなたのせいでこんな事態になったんでしょうが……。あの男、私に言い寄るつもりだったみたいだし、他の女の名前でも出さないと納得しそうになかったでしょ」
『別にいいじゃないですかジュノさんに言い寄ったって! 首筋の匂い一回嗅げばそれで満足するんですから!』
「あんな破廉恥なことさせるわけないでしょうが!? それに、マナに匂いなんてあるのか知らないけど……私の少ないマナ保有量を知られるわけにもいかないでしょう」
『それはー、そうですけど……でもよりにもよって妹なんて!』
私が妹の単語を出してからというものの亡霊はずっと怒りで眉を吊り上げている。
「なんでそんなに私の妹がいやなの? あなた、私の妹のことなんて覚えてもいないんでしょう?」
『だって! 主要キャラの妹、ですよ!? 原作には影も形も登場しなかった妹キャラが、本来関わり合いになる事の無い別の主要キャラと絡む!? それって夢小説じゃないですか! ジュノの妹って設定で作った夢主じゃないですか! いやだー! そんなモブですらないオリキャラがレイファード様とくっつくなんていやだーっ! ジュノならゲームにもいるしクオレスの婚約者設定あるからまだしもさあ! 妹登場してないじゃん! 絶対やだー!!』
「またわけのわからないことを……別にくっつくって決まったわけじゃないでしょうに」
『くっつく流れじゃないですかー! だって夢主ですよ!? 夢主が原作キャラと恋に発展するやつでしょこれ! ここってジュノの妹が主役の世界だったんですか!? いーやーだー!』
空中で幼子のようにだだをこねる亡霊。
まさか妹を紹介しただけでここまで嫌がるなんて思いもしなかったわ……。
「よくわからないけど……わ、悪かったわよ。あなたの想い人を他の女にあてがうような真似して……」
『いや、別に想い人ってわけじゃないんですけどね? レイファード様にはユアナちゃんしかいないというか……実際あたしが付き合うとしたら、レイファード様みたいなタイプは無理かなー』
「なんなのよ本当にもう!」
いつもわけのわからないことを言っているけれど、亡霊の恋愛観だけは本当に理解できそうにない。
亡霊のことはもう放っておくことにした。




