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4話.覚醒

 魔法学園、それはこの国の王族、貴族の血筋を持ち魔力を有する者なら誰でも入学出来る場所。

 入学が可能となる年齢は十七歳からとなり、既に魔力が覚醒したか否かは問われない。というのも、覚醒を自力で出来ていなくても十七歳を迎えていれば学園内の設備で強制的に覚醒させる事が可能だかららしい。

 そして本日入学する私自身もその設備のお世話になることになった。


 だって、十七歳になってから入学までたった二十日しか無かったのよ?

 十七歳の間で自然に覚醒出来る人なんて半分もいないと言われているし、設備が無かった時代は自分の子供が大きくなった頃にやっと覚醒したなんて人も珍しくなかったと聞くわ。

 だから自力で覚醒出来なかったからと言って特別卑下するようなことでも無いの。


『結局呪いのいい感じの使い道、見つかりませんでしたねー』


 そう、問題はそっちなのよね……。

 この二十日間、呪いの属性の魔法について調べていたのだけれど、呪いの属性の使用者は数が少なくあまり研究が進んでいないようで、結局基本的な知識しか得ることが出来なかった。




 案内によると、覚醒の儀式が全員分終了してから入学の式典が始まるらしい。

 私を含む殆どの学生達がいくつかの待合室に分かれて入り、自分の番を待っていた。


 広い部屋の中には数人で囲めるテーブルが見渡す限りに設置されていて、そこに座った学生達は給仕から淹れてもらった茶を飲みながら近くの者と交流を図っていた。覚醒が目前に控えているからか、話題は何処も属性の話になりやすい。


「皆様は希望する属性などはありますかな?」

「そうですね。月並みですが父と同じ属性でしょうか。やはり一族内で仕事を継げた方が都合が良いことが多いですから」

「僕も同意見ですよ。とはいえ、同じ属性が遺伝する確率は著しく低いことが証明されてしまいましたからねえ……」


「やっぱり需要が一番あるのは水属性なのかしら」

「水はいくらあっても困りませんものねえ」

「近年は土木事業の需要が高まっているそうですから、石属性や土属性辺りも良いかもしれませんよ」

「土木事業~? それこそ平民を集めてやらせておけば良いのではなくって?」


『むー。みんなつまんない話ばっかりしてますねえ……。もうすぐ魔法の力が使えるようになるんだから、もっとロマンのある楽しい話しましょうよ。魔法で空を飛びたいなーとか』


 学生達の話を聞いてげんなりとした様子の亡霊。神々の世界から来たと言ってもやはり貧民は貧民。この国の平民達と同じ感覚ね。

 平民はやけに魔法という存在に憧れを抱いているけれど、私達からすれば魔法は使えて当然。何の属性を扱えるかで職が決まり、そこにロマンなんてものを抱く余地は無い。


 昔の貴族なら領主としての仕事があったし、魔法は奇跡の力として民から崇めさせる為にあえて出し惜しみするもので実用的な使い方なんてしていなかったらしいから、扱える属性なんてさほど重要じゃなかったようだけどね。


 だけど約五十年前、魔人と呼ばれる悪しき存在の出現によって国は乱れ暴動が起こり、大きな改革が必要とされた。一部貴族の反発もあって改革は数十年単位でかかってしまったけれど、その改革が完了し全ての貴族が領地を国に返還した現代においては、魔法の行使によって国に貢献することが貴族の義務となっている。


 家柄よりも個々の魔力と属性が遥かに重視される実力主義時代なのだから、いくら魔法が人智を超えた神秘の力といえど貴族は皆実利的な目線で考えるものよ。

 ……なんて、人目が多いこの場では説明してやれないのよね。


『ジュノさんはユアナちゃんを攻撃する為の手段としか考えていなかったから、他にも同じようなRPG脳の人がいっぱいいると思ったのになー。どの属性の攻撃が一番カッコイイか? って議論したりさー』


 ……アールピージーノーが何かは知らないけど、馬鹿にされているような気がするわ。


 そういえば呪いの属性を活かせる職なんてあるのかしら。

 あなたの怨敵呪います、みたいな怪しい仕事しか出来ない気がする。そんな仕事絶対やりたくない。

 破滅云々を抜きにしても、善良な呪いの使い道は見つけた方がいいわね。でないと先行きが不安だわ。……今更こんなことに気づくなんて、亡霊から馬鹿にされてしまってもしょうがないのかもね。


 もしも私が呪い以外の属性に目覚めれば、こんな心配もしなくて良くなるのだけど……。

 未来が分岐されるというのなら、他の属性に目覚める未来だってあるかもしれない。私はそんな淡い期待を胸に秘めていた。




 私の番が来た頃には既に半数以上の学生が待合室から消えていた。

 それまで亡霊も退屈していたみたいでいろんな学生に片っ端からちょっかいをかけていたけど、やっぱり誰も何の反応もしていなかった。


 学園の職員から導かれるままに設備がある一室へ入る。


 覚醒設備となる魔道具は部屋の奥にそびえ立ち、文字盤が天に向いた巨大な時計のような形をしていた。魔法陣が書かれた文字盤の上には無数の細い管と大きな花弁のようなものが広がり、その中央では最上部でのみ枝分かれした木のようなものが立っている。観察している内に、時計というよりは図鑑で見た時計草という植物に似ていると思い直した。


 ついに、私の属性が――命運が決まる時が来た。

 私は気を引き締めて歩を進める。


 指示されるまま中央の木のそばで向き合う形で立つと、花弁が閉じていき私を周囲から覆い隠す。

 そして無数の管が私の背に張り付いていく。皮膚に吸い付く感覚が少し気持ち悪かった。


『うわあ、やばめの人体実験みたい』

「ちょっと、勝手に入ってこないでよ。ここは一人用よ」


 私は小声で亡霊をたしなめた。

 この中は本来、覚醒対象者一人しか入れない空間になっている。それなのに実体が無いからってお構いなしに入ってくるだなんて……。


『大丈夫ですよー。あたし達、二人合わせて一人のジュノですもん』


 私とは似ても似つかないヘラヘラした顔で言われても、全く信じられないのだけど。

 ああもう。このせいで覚醒が失敗になったりしないでしょうね……!


 全ての管が私の背につくと中央の木が光りだし、枝部分がカチカチと音を立てながら時計回りに回転していった。回転は徐々に速くなっていき、その速度が安定してくると背中の管から力が流れ込んでくる。この力は覚醒を促す為のマナらしい。体の芯が熱くなり、全身に巡っていく。爪先から刺すような熱を感じたらそれが合図だ。


 私は祈るように両手を組んで、唱えた。


「目覚めよ、我が魔力!」


 その瞬間、私の体が光ったかと思うと胸の中心から黒い茨が次々と生えてきて私の全身を縛った。


「ッ、あァッ……!!」

『ジュノさん!?』


 棘が刺さった場所から黒い血のようなものが流れ、それは黒い炎へと姿を変え私を襲う。その痛みと熱にたまらず悲鳴をあげたが、その声すら炎に飲み込まれた。


 炎に全てを包まれ、何も見えなく、聞こえなくなる。体の自由はきかず息さえも出来ない。

 あれほど感じた熱と痛みも、次第にわからなくなっていく。


 私はこのまま死ぬのだろうか。

 いや、もしかしたらもう既に死んでしまったのかもしれない。そんな気がしてならなかった。

 だってここには何も無い。あるのは、より深い闇へ落ちていく感覚だけ……。


 深い深い闇の底へと落ち続ける。


――ドウシテ。ドウシテ。ユルサナイ。ドウシテ。クルシイ。タスケテ……。


 闇の底からたくさんの声が聞こえる。男か女か、子供か大人かさえもわからない無数の声。

 あれは、死者達の声……?

 落ちることで声がする方へ近づいていく。届く声が大きくなるにつれて、死者達の感情までもがその声に乗って伝わってくる。

 暗い陰鬱とした感情が私の中に入ってくる……。


――ドウシテ。

 どうして私以外の人を見るの。


――ドウシテ。

 どうして私を見てくれないの。


――ユルサナイ。

 全てあの女が悪い。


――ドウシテ。

 それなのにどうして私だけが悪者になるの。


――クルシイ。

 誰も私を助けてはくれない。


――タスケテ。


 流れ込んで来た感情が、全て私の物となる。

 憎い。許せない。

 私から全てを奪っていくあの女を、何もかも奪われてしまう自分自身を。

 そしてなにより、私一人を見捨てて幸福な結末を迎えようとするこの世界が許せない。

 こんな世界、壊してやる。

 いいえ、殺す。相手が世界だろうと神だろうと精霊だろうと殺してやる。

 コロシテヤル……!!


 その激情は禍々しい黒い風を巻き起こし、あらゆるものを切り裂いた。

 嘆いていた死者達の声は悲鳴と共に消え、黒い闇が払われる。

 この身を縛り焦がしていた黒い茨と黒い炎も、黒い風によって断ち切られ吹き飛ばされた。

 そして風は私の肉体をも切り裂き、体中に大きな切り傷を残していった。


「これ、が、私のチカ、ラ……」


 全てから解放された私はその場に倒れ伏す。


 風を起こした瞬間、気づいてしまった。私を苦しめた黒いもの達の正体、それは私自身の魔力だったのだと。

 そして私の属性はやっぱり亡霊が言っていた通り、呪いの属性なのだと。

 こんな醜い、醜い心の力だなんて……。


 覚醒は無事成功したみたいで、花弁がゆっくりと開かれていく。


『ジュノさん、大丈夫ですか!? ジュノさん!』


 亡霊の声がやけに遠くに感じた。

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