45話.学園祭に向けて
「すごいよ、これ……予想以上だ」
出来上がった薬草をハーヴィー先生に見せてから三週間後、薬草の束を手に私のもとへ訪ねて来た先生が開口一番に言った言葉がそれだった。
「どのような効能が発現したのですか?」
期待に胸を膨らませながら尋ねる。
魔法薬草は他の魔法植物以上に魔法の影響を受けてその性質を変化させやすいとは聞いていたけれど、ちゃんと違いが現れてくれたことに安心もした。
「まずこっちの薬草。この薬草は元々魔物に対する毒性が強くて匂いだけでも効果があるから魔物避けの香として使われているんだけど、呪いがかかっているやつはその毒性が更に高い成分に変わっていて……でもその匂いは逆に魔物を寄せ付けるものになっているんだ」
『ダメじゃないですか!』
「この匂いにおびき寄せられた魔物はこの薬草を餌と思って食べて衰弱する。これを魔物が生息する森に植えるだけでも天然の罠になるだろうね」
『ホウ酸団子じゃないですか』
「コイツを応用すれば……毒で死んだ魔物の死骸を他の魔物達が食べて連鎖的に死ぬものが作れるかも」
『いやそれもう完全に対黒い悪魔用兵器じゃないですか。たしかに黒いのは一緒ですけど』
……すごい事を説明されている気がするのに亡霊のツッコミが気になって集中出来ない。
どうやら亡霊が住んでいた世界にも恐ろしい存在がいたようね……。
「次にこの薬草。これは一部の魔物が使う毒を解毒出来るものに変化してる。魔物が使う毒は体内のマナを毒化させるから回復魔法が効かなくて、現状は薬で症状を抑えながら自然治癒させるしか無いんだ。マナ中毒とよく似た症状だけど、それ以上の猛毒だよ。後遺症だって残りかねない。この薬草はその猛毒の特効薬になり得るんだ」
『マナ中毒といえばジュノさんもなったことがあるやつですよね? あれよりヤバいやつかあ……』
魔物が使う毒、ということはクオレスもその毒を浴びる危険がある中戦っているということ?
やっぱり危険じゃない……。その毒の対処法を私が生み出せば、クオレスの手助けになるかもしれない。
「そして、ボクがキミに追加で指示したパターン。薬草に直接呪いはかけず、呪いをかけた水や土を混ぜて育てた場合の薬草達。こいつらは強力な魔物達が出す汚染物質への耐性を持ってる。ほら、この前学園で黒い雲が発生する騒動があったでしょう。その黒い雲、ボクは実際には見てなかったんだけど、それによく似た物を発生させる魔物ってのは度々確認されていてね」
『えっ、闇堕ちしたアニマ以外にもあの雲出しちゃうやつがいたんですか!?』
「魔物が討伐された後も汚染されたまま草木が一切育たない地域もあるんだ。その地域の環境を蘇らせるのに役立つかもしれない」
『すごいじゃないですかジュノさん! 魔物をやっつけて毒を治して、自然まで元通りにしちゃうなんてこれはもう聖女の域ですよ!』
聖女?
……私が聖女になんてなれるわけないでしょう。
亡霊が口にした言葉に私は引っかかりを覚えてしまった。
「汚染……ということならばそれこそ聖女属性のユアナさんの出番なのではないですか? 伝説の聖女の再来と呼ばれる彼女になら穢れを祓う力もあるのでしょう?」
「あー、浄化の魔法ね。たしかに使えるけど、ユアナは力の制御がヘタだからなあ……。清らかな力ってのは行き過ぎると逆に生物が住めない環境にしちゃうんだよ。それにそんな危険なところにユアナを送り込むのもね……」
「ユアナさんには甘いんですね」
「なんでも聖女に頼るもんじゃないってことだよ。聖女属性なんて滅多に現れることのない属性なんだから、聖女がいなくなった未来に備えてそれ以外の解決策も探るべきでしょ」
理屈を並べ立ててはいるけど、結局心配しているだけにしか見えなかった。
ハーヴィー先生から薬草の効果を認められたけれども、ハーヴィー先生はこれらを実用化まで持って行くのは厳しいだろうとも言った。
「やっぱり呪いはイメージが悪いから、まずそのイメージを払拭しないことにはどうにもならないだろうね。呪われた植物を外に植えるなんて認められないし、ましてや人に使う薬にするなんてもってのほか……そう口々に言われるのが目に浮かぶよ」
『そんな……折角ジュノさんがここまで頑張ったのに……』
「そこでだ。二ヶ月後に学園祭があるでしょう。学園祭には学生の親だけでなく、国中の貴族が若き才能や新たな魔法の可能性を見に訪れる。今年は聖女が現れたからいつも以上に盛況だろうね。そこでアンタが呪いのイメージを払拭させるようなものを披露するんだ。それが成功すれば間違いなく貴族達の認識は変えられるよ」
明るい未来への道筋を示すその言葉に、一度暗くなってしまった私の心も晴れていく気がした。
貴族達が抱く呪いへの認識が変われば、呪いの魔法を使ったものを実用化させる流れを作り出すことがきっと出来る。
そうすれば私はクオレスの力になれる。皆からも、クオレスからも私の力を認めてもらえるかもしれない。
「どう? やってみる?」
「やります」
必ず成功させてみせる。
その決意を胸に力強く答えると、ハーヴィー先生は満足げな笑みを浮かべた。
「そうこなくちゃね。じゃあ何をするか決めよう。いきなりよくわからない薬草なんか見せてもみんなには決して響かないだろうから、それよりももっと衝撃的な体験をさせられるものを用意しないといけないよ」
その言葉に納得した私は何をすれば良いのか考えた。
衝撃的な体験……。私が出来ることといえば……。
「でしたら……呪われた料理を提供する、というのはどうでしょう。呪いをよりにもよって料理に使う……というのは驚きを与えられることと思います」
「料理ね……いいんじゃない。アンタの料理、美味しいし。実際口にしてもらうまでが大変そうだけど、そこは演出次第だろうね」
……美味しかったのならあの時もそう言いなさいよ。
それから私は様々な料理を開発したり、無詠唱で魔法を使う練習を試みたりしていた。
無詠唱を使えるようにしようとする理由は、実演で呪いの魔法を使用する時の為。
石化の呪いとか消滅の呪いとか言っていたら恐れられてしまいかねないからね。
硬化の呪い、縮小化の呪い等と説明出来るようにしておきましょう。……実際、私の力ではその程度の効果しか発揮されないのだし。
練習を始めること一週間。時間はまだ少しかかるけど無詠唱が出来るようになってきた私はその無詠唱魔法を使いながら料理を作っていた。
『それにしてもジュノさんってちゃんと優しいとこありますね。こうしていつもあたしにも食べさせてくれているじゃないですか』
味見を済ませて私の体から出てきた亡霊は上機嫌な顔をしながら言ってきた。
「べつに。いつも物欲しそうな顔をするのが鬱陶しいだけよ」
『んもー、素直じゃないんだからー』
にやにやと気味の悪い笑顔を向けてくる亡霊は本当に鬱陶しい。
『そういえばジュノさん、余った分はいつもビビ君に押し付けてますけどクオレスにはあげないんですか?』
衛兵に渡す分を包んでいた私の手が止まる。
「……クオレスは、喜んでくれないかもしれないから」
『えー、おいしいのにー』
ゼリーを渡した時は褒めてくれたと思う、けど……この前の険しい顔をしたクオレスを見た後だと渡す気にはなれなかった。
そのクオレスは冬の長期休暇が終わったから度々私のことを誘ってくるようになっていた。
クオレスには討伐部隊での任務もあるから毎日ではないけれど、お昼にはよく二人で食事を摂って、時間があれば散策も少しするようになって。
周囲から見たらとても仲睦まじい二人に見えるのかもしれない。
実際、悪くはないのだと思うけど……。
「クオレスはどうして私を誘うようになったの?」
「君の婚約者だからだ」
クオレスは度々「婚約者」や「婚約関係」という単語を使うようになった。
それほどクオレスにとっては意味のある婚約なのかしら。
だけど彼の家は別に困窮している訳でも、私の家が特別裕福という訳でも無い。金銭的支援が目的ということは無いはず。
クオレスは婿養子に来るわけではないから、お父様のお仕事を継ぐことが目的でもないでしょう。そもそもお父様のお仕事は封印属性とも剣属性とも無縁なものだし。
となれば、婚約相手の魔力が優れたものであるから逃さないようにしている……という可能性くらいしか無いけれど、私の魔力は今更語るまでもないもので属性だって希少なだけで決して恵まれたものではない。
クオレスは私の魔力が低いということを知らないだろうけど、だからといって優れた魔力を持つと誤解するような情報だって流れてはいないはず。
彼がこの婚約に固執する理由なんて何も無いのに。
今日も学園内にあるビュッフェスタイルのカフェテリアで料理を少量ずつ皿に取り分けていく。
「最近の君は食が細いな。その程度で良いのか?」
「あ、これはべつに食が細くなったわけじゃなくて……今、新しい料理の研究をしているところなの。その時に味見しちゃっている分、他を減らすようにしているだけだから。心配には及ばないわ」
どうやら量が少なすぎてクオレスを心配させてしまったみたい。
私は彼を安心させようと笑みを浮かべる。
「料理をしているのか。それならば……私も君の作ったものを食したいな」
「えっ!?」
まさかクオレスがそう言ってくるとは思わず目を見開いてしまった。
「で、でも私の料理って呪いの魔法がかけられたものだから……その、気にならない……?」
「呪いか。それならば以前にも口にしただろう? あの後も特に不調になる事は無かった。呪いがかけられているからと言って忌避などしない」
てっきり嫌がるものだと思っていたのに。
平然と返された言葉に私の気分は高揚する。
「だがジュノの負担になるようなら強要しない。決して無理はしないでくれ」
「クオレスの分くらい余裕よ! いろいろ試していたらどうしても作りすぎちゃって困っているくらいだったしっ、全然負担になんてならないわ!」
クオレスが身を引きそうな態度をとってきたのでつい力説してしまった。
実際にはクオレスの分を作る場合バランスを考えないといけなくなるから少し勝手は違ってくるけれど。
でも本当に平気。クオレスの為にやることなら全然苦にならないもの。
次の昼食は私が作った料理を二人で摂るという約束を交わして、その後は二人でゆっくりと食事をした。
そしてクオレスと別れた後。
私は一つの影がじっとこちらを覗き見ていたことに気づいてしまった。
「……ユアナさん?」
その影の名を呼ぶ私の声は、自分でも思っていた以上に低いものだった。
何故あなたがクオレスを見ていたの。




