26話.最推し様
私がクオレスを見つけた時、クオレスは既に他の学生と試合中だった。
試合会場の周囲には観客席があり、試験時間が被っていないのであろう学生達がまばらに座っている。
私は周囲に誰もいない場所に座り観戦することにした。
『相手はレイファード様ではないですね! まだなのかそれとももう終わっちゃったのか……』
現在の対戦相手は星の属性の使い手で、その者は宙に浮かぶ星の上に跨りながら地上にいるクオレスを見下ろしていた。
対戦相手によって作り出された無数の小さな流星がクオレスめがけて降り注がれていくも、クオレスは手にしている剣でそれら全てを叩き落とし続けている。
「あの対戦相手……! 安全圏から攻撃するなんて卑怯よ!」
『いや、魔法使いの戦い方ってそれが普通じゃないですか……?』
だけどクオレスは防戦一方というわけではなく、剣の軌跡によって魔法陣を展開させていた。
宙に展開した魔法陣。それを剣で一突きすると無数の剣が魔本陣から飛び出ていき、流星を貫き砕いていく。
流星を貫いた剣はそのまま対戦相手が乗っている星まで深々と突き刺さり、クオレスが自身の持っている剣を指揮棒のように振った瞬間、星に刺さった全ての剣から爆発が起こった。
無数の爆発は星を呑み込み、粉々に破壊し尽くしていく――。
その流れるような一連の動きに、私はただただ息を呑むばかりだった。
クオレスが魔法を使う姿は想像していた以上に強くて格好良くて……歴戦の騎士のような風格さえも感じさせるものだった。
しかもクオレスはこれら一連の動作を全て難易度の高い無詠唱式で行っている。物静かな彼らしい戦い方につくづく惚れ惚れしてしまう。
地に落ちた対戦相手は新たに召喚された大量の剣で出来た檻に閉じ込められ、そこで試合は終了した。
クオレスの試合が終わった後、私は再びクオレスが出てくるのを、亡霊はレイファードとかいう男が出てくるのを待ちながらその後の試合を観戦していた。
最初は『生で見る魔法バトルは迫力が違いますね!』なんて言ってはしゃいでいた亡霊も、何試合目かになると『モブ同士じゃやっぱつまんないですよね。実況解説とかも無いし……』なんて相変わらず意味不明なことを言いながら飽き飽きとしている様子だった。
まあ、私も反応としては亡霊とあまり変わらないのだけど。
いろいろな属性の魔法を見るのは勉強になるけれど、クオレスが出てこない試合なんて見ていて熱が入らないわ。
『あっ! やっと出てきましたよレイファード様!』
亡霊の浮かれた声につられて視線を動かすと、そこには金色の長い髪を靡かせる色白の男の姿があった。
『見てくださいよあの絹のようにキラッキラサラッサラの金髪ロング! スラッとした長身! 目つきは鋭いのに甘さを感じさせるフェイス! まつ毛の長さは美形の証! はー、とにかく顔が良い! 生レイファード様、あまりにも顔が良すぎない!? 存在自体が尊い……もはや神なのでは!? とりあえず拝んどこ!』
ああ、いるわよねああいう男を好きな女。私には派手目な蔓草にしか見えないけど……。
蔓草に対して気持ち悪いくらいに興奮している亡霊は両手を合わせて擦り狂っていた。……何の儀式?
「衛兵君とは全然違う種類なのね……」
『え? なんでそこでビビ君が出てくるんです?』
自覚が無いのか、それともただ懐いているだけで男として見ているわけではないのかしら。
ほどなくして、レイファードの対戦相手が……クオレスが試合会場に現れた。
「はあ……やっぱりクオレスの方が遥かに恰好いいわ……」
『は? 明らかに美形の記号的要素が詰まっているレイファード様の方が群を抜いた美形という設定で作られていると思うのですが?』
「何よ、あんな蔓草が神によって造られた造形だとでもいうつもり?」
『つる草ってなんですかつる草って! もやしか!? もやしって言いたいのか!?』
私達がもめている間にクオレス達は顔合わせをしていた。
「ふふ、お手柔らかに」
「手加減はしない」
気取った笑みを浮かべるレイファードと、真っ直ぐに相手を見据えるクオレス。
その態度の違いも含めてやっぱりクオレスの方が素敵ね。
試合が開始し、先に魔法を展開させたのはレイファードの方だった。
「高貴なる血脈よ。我に力を……」
クオレスのような近接戦が得意な者を相手にする場合、他の学生なら安全圏を確保してから魔法の詠唱を開始するところを、レイファードはその場で悠長に詠唱を始めていた。
当然クオレスがその隙を見逃す筈も無く斬りかかっていくも、レイファードはその剣を腕で止めてしまう。
血が滲んで服から滴るも、その傷は浅い。
「斬りつけてくださってありがとうございます。おかげで手間が省けましたよ。……【鮮血の翼】」
レイファードから滴った血が無数の雫となって周囲に浮き上がり、小さなコウモリの姿へと変化していく。
「……なるほど。血の属性か」
「ご名答。貴方とは相性が良さそうです、ねっ!」
超人的な速さの蹴り技が連続してクオレスに向かうも、クオレスはそれらを剣で防いだ。
「なっ……肉弾戦!?」
『ふっふーん、おどろいたっしょー。レイファード様が最初に唱えた魔法は自らの血に流れるご先祖様達の力を引き出す自己強化魔法なんですよー』
自己強化……。だからあんな細腕一本でクオレスの剣を止められたのね。本来ならクオレスに手も足も出ないような蔓草の癖に!
「ふふっ、私にばかり構っていてはいけませんよ」
「くっ……!」
レイファードの攻撃を食い止めている間に赤いコウモリ達がクオレスに襲い掛かる。
クオレスはレイファードの相手をしながらも何匹か斬ったけど、コウモリは分裂するだけで一向に数が減らなかった。
そうこうしている間にもコウモリ達はクオレスの体に噛みつき、その血を奪って肥大化していく。
クオレスの血を吸うなんて、なんて不届き者なの!
「貴方の尊き血……私の糧とさせていただきます」
レイファードが指を鳴らすと肥大化したコウモリの内の二匹がレイファード自身の背中に噛みつき、大きな赤い翼へと姿を変える。
翼を生やしたレイファードは空へ飛び上がった。
「さあ、血湧き肉躍る宴を始めましょうか!」
その声を合図に残りの肥大化したコウモリ達が分散して大量の小さな群れとなりクオレスに襲い掛かる。
クオレスは避けることもせず剣を胸の前に掲げて静止し、そのままコウモリの群れに包まれた。
「クオレス……っ!」
心配のあまり彼の名を呼んでしまう。
だけどコウモリの群れの奥から一筋の剣が紫色に輝いたのが見えたかと思うと、次の瞬間には紫の斬撃が周囲を切り裂いていた。
「血であれば固めれば良いだけだ」
彼に纏わりついていた全てのコウモリが硬直して地に転がる。
再び姿を現したクオレスは、先ほどまで手にしていたものとは全く異なる禍々しい剣を携えていた。
……ああいう剣も影のあるクオレスには似合っているかも。
「……ふむ。血液を凝固する毒ですか。見かけによらず小細工がお好きなようですね」
「実戦ではあらゆる状況に対応しなければならないのでな」
そう言ってクオレスは周囲に大量の剣を召喚し、対するレイファードも自分の指を噛んで出血させ大量の弾丸を生み出す。
そこから先は激しい攻防戦だった。
飛ばされた血の弾丸は毒の斬撃波によって固められても勢いを落とさずクオレスの体を撃ち抜こうとし、直接斬ることも難しい程に小さい。
一方クオレスが周囲に召喚した剣は全て火の力を秘めた魔剣のようで、レイファードの傷口から出血させることなくその身を焼き斬ろうとしていた。
互いに飛ばす弾丸と剣を避けながら魔法を展開していく様子は目で追うだけで精一杯だった。
『これ、どっちが勝つんでしょうねえ……』
「そんなの、クオレスの方に決まっているわ」
そう言いつつも私は内心心配でしょうがなかった。
だって、あんなに血を抜かれて平気なわけが無いじゃない……。
『このイベント、本来はユアナちゃんが試合前に応援の声をかけた方が勝つんですよ。でもその肝心のユアナちゃんが何処にも見当たらないんですよねえ……。選択肢によってはここに来ること自体無いんで、おかしくはないんですけど』
亡霊は観客席を見回しながらそう言った。
「なによそれ……そんな言葉一つで勝敗が決まるっていうの!?」
『言葉一つでって言いますけど、応援ってモチベにかなり影響しますよ? ただユアナちゃんが観戦してないってことは、どっちにも声かけてないっぽいですねえ』
つまりクオレスは略奪女から何か一言言われただけでやる気を出して、この試合に勝つということ……?
……そんなふざけた話、認めない。
略奪女がクオレスを応援してもしなくても、クオレスは勝てるわ。
きっとあの蔓草が無駄にやる気を出すだけなんでしょう? レイファードへの応援があったらひっくり返るのかもしれないけど、それさえ無ければクオレスは勝てる。
決してふらつくことなく剣を握るクオレスを見つめる。
お願い。勝って。
あの女の言葉なんて無くてもあなたは強いんだって事、私に見せて……!
両手を握りしめながら私は祈った。
私の祈りが届いたのかはわからない。
だけどクオレスは宙に大量の剣を召喚し、それらの剣を足場にしてレイファードに迫りその翼を斬り捨てることに成功した。
「チィッ!」
舌打ちし、悔し気に顔を歪ませるレイファード。
しかしまだ諦めた訳ではないらしく、落下しながらもクオレスに肉弾戦で攻撃を仕掛ける。
「無駄だ」
クオレスはその攻撃をかわしながらレイファードの背中を足蹴りにし、思い切り地に叩きつけた。
「ゴ……ハッ……」
地に伏したレイファードは血を吐く。
それを見た私は一瞬身構えてしまったけど……その血が魔法によって動き出すことは無かった。
「空中にいる敵との戦いには心得がある。経験の差が出たようだな」
安全に着地したクオレスは肩で息をしながらも表情を崩すことなく剣を収める。
……クオレスが、勝った。
『いやーっ! レイファード様が負けたーっ!』
「ああっ……クオレス……!」
私達は正反対の声を同時にあげていた。
試合直後に治療魔法を受けたのか、会場から出てきたクオレスは傷一つ無い体をしていた。
「ジュノ嬢。見ていたのか」
こちらに気づいて近づいてくるクオレス。
その姿を見るだけで胸がいっぱいになってしまう。
「ええ……とてもいい試合だった、わ」
……やだ。どうして目の奥が熱くなるの。
こんなにも嬉しくてたまらないのに。
「勝ってくれて、ありがとう……」
私は涙を見せないよう俯いて感謝の言葉を述べる。
「何故君が礼を言う……?」
「ふふ、変よね。ごめんなさい」
あなたにはわからないでしょうね。でもわからないままでいいの。
私は気まずくなって会えなくなっていたことも忘れて彼に笑みを向けていた。
そんな私を見る彼の顔が、何処となく晴れやかなものに見える。
……あの女がいなくても、良い表情が出来るんじゃない。
彼の珍しい表情に見惚れる。こんなに嬉しいことが続いていいのかしら。
「クオレスってもしかして、戦うことが好きなの?」
「……そのような事は無いが。何故そうだと思った?」
「いつもより表情が明るいから、勝ったことが嬉しいのかと思って」
私がそう言うとクオレスはとっさに口元を手で隠して、その手が離れたと同時にいつもの無表情に戻ってしまった。
見られたくなかったのかしら。もう少し見ていたかったのに……。
少し残念だけど、とても幸せな時間だった。




