25話.第一試験
今すぐ魔力を上げる方法は無い。それでも出来ることはある筈だと私は魔法の特訓を続けた。
なるべく遠くのものや障害物の向こうにあるものに呪いをかける練習をしたり、呪いの重ねがけをしようとしたり、範囲を一部に限定する等して大きな物体に呪いをかける方法を模索したり……。
だけど何をやっても成果は一向に出ない。魔力が低すぎて魔法を発動させるだけで精一杯で、魔法をコントロールする余力も無かったからだった。
『あの、ジュノさん。ちょっと提案があるんですけど』
見かねた亡霊がおずおずと手をあげてくる。その様子を私は半目で睨んだ。
「あなたが私の代わりに魔法を使って試験を突破するっていうのは無しよ。私自身の力で成し遂げないと意味が無いのだから」
『でもこの魔力って元はジュノさんのじゃないですか』
「今は私のものでは無いわ。それにあなた、あの時のこと忘れたの? 威力があるだけの下手な魔法使って消えかけていたじゃない」
あれは私が略奪女の私物を片っ端から呪ったあの夜のこと。
マナ不足で衰弱していた私に見ていられなくなった亡霊が、今と同じように魔法の使用を申し出てきて、疲弊していた私も少しだけそれに期待してやらせてみたのだった。
その結果、部屋の中にある全てのものが完全な獣化し、私まで犬やら蛇やらにされて散々だった。
折角私がかけた呪いも亡霊の強力な呪いによって上書きされてやり直しになってしまっていたし……この時点でもううんざりしていたのだけど……。
『もうちょっと! もうちょっとだけやらせてください!』
「っいい加減に……ちょっと待って。あなた、いつもより体が透けてない!?」
『えっ……!? やっ、やだっ! めちゃくちゃ透けちゃってるじゃないですかっ!? も、もしかしてこのまま消えちゃうんですかあたし!?』
「お、落ち着きなさいよ、もうっ! 今はあなたに構っている余裕なんてないのに!」
結局、時間が経ったら亡霊の体は元に戻った。
だけど亡霊は自分の体が消えかけていたのが余程怖かったのか、ずっと体を震わせながら涙を流していた……。
『たしかにあの時はビックリしちゃいましたけど……あたし、ジュノさんのためならちょっとくらいは身を削りますよ!』
「わかってないわね。魔力の持ち腐れでしかないあなたがでしゃばったところでろくな結果にならないって言ってるの。そんなザマで自己犠牲精神披露されたって鬱陶しいし迷惑なだけよ」
『むう……ジュノさんって言い方キツくてあたしのこと心配してくれているのかよくわかんないです……』
ふてくされた亡霊はその後しばらく天井で寝転がる真似をしていた。
心配なんてする訳ないでしょ。鬱陶しい女が消えるのが、少しだけ、少しだけ怖かっただけなんだから。
結局ろくな策が思いつかないまま日々は過ぎていき、それどころか肝心の試験内容が知らされることさえ無いまま試験当日となってしまった。
学園には何度も問い合わせしたのに……不安よりも苛立ちの方が募っていた私のもとに、ようやく知らせが届く。
――呪いの属性に関する試験内容に不備が確認された為、ジュノ・ディアモロの第一試験は免除とする。
そんなあまりにも拍子抜けすぎる知らせに、私は酷い虚無感に包まれた。
「そういうことだから、アンタは今日一日自由の身だよ。他の学生達の試験でも見てまわってくれば?」
私に知らせを届けに来たこの生意気なチビことハーヴィー先生は、まだ魔力の覚醒も出来ない年齢でありながらあらゆる希少属性の研究で成果を収める超天才児で、希少属性の学生達を指導する教師でもあるらしい。
『ようやく会えましたね、ハーヴィー先生! このショタっ子枠な先生も攻略対象の一人なんですよ! つまりユアナちゃんとくっつく可能性があるってことです!』
こんな小さいのと!?
亡霊の言葉に驚愕した私は、さきほどまでは大して興味も無かった先生を全身くまなく凝視してしまう。
私より一回り小さい身長だけでなく、顔も丸みがあるしつり上がった目も大きくて子供っぽいし、筋肉だってろくについてなさそうだし、声だって女の子みたいだった。
私からすればクオレスと比較するどころか、男として見ることさえ難しい。
クオレスに殿下ときて、これって。あの女、一体どんな趣味してるのよ……。
「……なに、人のことジロジロ見て。どうせ小さいとか思ってんでしょ」
「い、いえ。そのようなことは……」
「言っておくけどボク、アンタと年一つしか変わんないからね」
「なっ……!?」
『見えませんよねえ』
驚きのあまり取り繕った反応が出来なかった。
もしかして栄養が全部脳にいってしまったのかしら……。
「来年になったらアンタらの後輩になるわけだけど、実技でもすぐに圧倒してやるから先輩ヅラなんて絶対しないでよね。それじゃ」
すごい人物とわかっていてもなお生意気に聞こえる言葉を発しながら立ち去ろうとするハーヴィー先生の後ろ姿に、私は慌てて声をかける。
「お待ちください! 何故私の試験に不備が発生したのですか? 一体どのような不備があったというのですか? それすらもわからないまま中止されたのでは納得出来ません。第二試験以降はこのような事態にならないよう取り組んでいただかないと困ります!」
厳しく問い詰めるとハーヴィー先生はこちらに背を向けたまま深いため息をついた。
「あのさ、頑張ろうとするの、やめた方がいいよ。呪いの力が恐れられているってのは知ってるでしょ?」
振り向きざまに私へ投げかけた視線はとても冷ややかなものだった。
つまり何。呪いは危険だから試験をわざと用意しなかったっていうの? もしかしてこれからもずっと?
その言葉と視線に腹が立った私は感情的になって言い返す。
「そうは言いますが、魔法なんていうものは全て、使い道によって危険になり得る力ではないですか? 危険性があるからと、その力が持つ可能性も考慮せずに遠ざけようとするのは愚者のやることでは無いのですか?」
「ボクだってそう思って呪いについて調べようとしたことがあるんだ。でもね、そういう次元の話じゃなかったんだよ」
いたって冷静な返しに、私は黙って耳を傾ける。
「まず、呪いってのが何か知ってる? 負の感情を抱いた者が対象に災いをもたらす為に行う儀式、だよ。災いをもたらす力こそが呪いなのに、それを良いことに使おうとするのは呪いの定義から外れる行いだ。アンタがやっていることは精霊の怒りを買いかねないんだよ」
『そんな……。あたし達が目指そうとしてたことが間違っていたって言うんですか!?』
「っ……そんなこと、精霊様に聞かなければわからないことではありませんか。属性の定義なんてしょせん人間の憶測に過ぎないのでしょう。そんなものに縛られて魔法を扱っている者がどれ程いるというのですか」
反論の声が少しだけ震えてしまう。
間違っていたなんて思いたくない。
そんな私の様子を見てハーヴィー先生は小さく息を吐いた。
「それじゃあもう一つ。こんな話を聞いたことはない? 呪いは必ず術者に返ってくる、って。かけた呪いの効果がそのまま跳ね返ってくるわけじゃないみたいだけどね。呪いってのはかける対象だけじゃなくて、術者自身にも害を及ぼすものなんだ。それを実感することになる前に手を引いた方がいいよ。学園も卒業だけはさせてあげるつもりみたいだからさ」
部屋には私と亡霊の二人だけが取り残されていた。
呪いが危険な力だってことくらい、最初からわかってる。
私は自分の身が傷つくことだって覚悟しているのに……。
私、このまま一切評価されないの……?
『うーん、ハーヴィー先生って口は悪いけどとっても親身になってくれるキャラだったのになあ。あんな突き放すような真似しなかったのに……』
「……それだけ呪いの力を危険視しているってことでしょうね。何が天才児よ。了見の狭いガキじゃない」
『んー、ハーヴィー先生自身の考えというよりは、学園側の意向を伝えていただけだと思いますけどねえ……』
あのガキに思い入れがあるのか知らないけど、やけに擁護してくるわね。
『それでこれからどうします? 学園はジュノさんの魔法をガン無視するつもりみたいですけど……』
「そんなこと決まっているわ。学園が無視出来なくなるくらいに目立った功績をあげてやるのよ!」
『おお、燃えてますねジュノさん!』
ここまでコケにされたのでは黙っていられないわ。なんとしてでも見返してやるんだから。
そう意気込みはしたものの、今日一日は魔法の特訓等はお休みにして、ハーヴィー先生が言っていたように他の学生の試験の様子を見に行くことにした。
試験は他の学年も同様に行われている。
となれば、誰の様子を見に行くかは言うまでもない。
「クオレスはどこで試験をしているのかしら」
『クオレスはたしかー、屋外で学生同士で行う戦闘形式の試験で……ああっ、そういえば! レイファード様! レイファード様とも戦うことになるんですよ!』
「レイファード……さま?」
亡霊の妙に興奮した様子と珍しい様付け呼びに少し困惑する。
たしか殿下でさえ偽名の方で呼び捨てにしていなかった?
『あたしの最推し様ですよ! アニマやクオレスと同じく二年生なんですけど気品があって麗しくって、このゲームの攻略対象で一番……というか唯一貴公子らしいキャラなんです!』
「クオレスだって貴公子だけど?」
『いやー、クオレスはそんなに貴公子っぽくないじゃないですか。このゲーム、貴族学園ものなのにあんまり貴族らしいキャラいませんよね』
よくわからないけど馬鹿にされているような気がする……。
まるでクオレスが品の無い男みたいじゃない。クオレスはただそこに佇んでいるだけで品格を感じさせるというのに。
『早く二人がいる場所を探しましょうジュノさん! 試験はじまっちゃいますよー!』
異様に乗り気になった亡霊に押されるような形で私は試験会場を探すこととなった。




