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24話.国民皆兄弟

「うわ……なんて嫌そうな顔してんだよ……」


 私の顔を見た殿下は一瞬にして引きつった笑みに変わった。


「失礼。あまりに不快でしたので」


 私は触れられた肩を払いながら冷淡な声で返す。

 婚約者がいる令嬢の身体に気安く触れてくるような男に浮かべる愛想はあいにく持ち合わせていない。


「わ、悪かったよ。勝手に触ってごめんな」

『ジュノさん、アニマが王子様だってこと忘れてません?』


 王太子殿下だからって好き勝手に振舞っていいものじゃないでしょう。

 謝罪をした殿下はその一言で全て済んだとでもいわんばかりに隣の席に座ってきた。


「……なにか?」

「ああ、うん。事件のこと……というかスチューリアのことについてキミに話しておこうと思ってさ。アイツが今どうしているか気になるだろ?」

「そのスチューリア様なら先日お会いしましたよ」

「まじ!? な、何か言ってたか?」

「ええ。確か、アニマ様がユアナさんか私のどちらかに求婚するつもりだとか……」

「言ってねえよ!? どこから出たんだそんな話!!」

「図書館では静かになさってください。貴族としての品位に欠けましてよ」


 殿下を横目でたしなめながらも、その力強い否定に少し安堵する。

 本当に言っていたら心底軽蔑するところだったわ。誤解させるようなことを言う時点でどうかと思うけど。


「あー、確かにユアナのこともジュノのことも大事な妹分とは言ったけどなー……。全く、スチューリアも困った妹分だよな」

「誰でも彼でも妹分にするのはどうかと思いますけど……」

「妹分だと思った方が面倒見てやろうって気になるだろ? スチューリアを許すって決めた以上、アイツが更生するまでは見届けるつもりだよ」


 その言い方からして、スチューリアの処分には殿下も一枚噛んでいたという事かしら。

 きっと略奪女に唆されてそうしたんでしょうけど、殿下なりに責任を感じているのね。


『やっぱりアニマはみんなのお兄ちゃんですね! アニマルートではユアナちゃんがその妹分から脱却するのが一つの目標になるんですよ』


 要するに国民皆兄弟ってこと? 王太子殿下だけあってスケールが大きいわね。


 略奪女が私やスチューリアと同じ妹分扱いということは、もしかして略奪女と殿下って私が思っているほど進展していないのかしら。

 それにしては略奪女に対して過保護すぎるようにも見えるけど……平民育ちという境遇から心配しているだけとか?

 たしかに殿下もお人好しそうではあるけど……。


「さっきからなーに難しい顔してんの? お兄ちゃんに話してみ?」

「あなたは私の兄ではありません」

「そう言うなって。ジュノって兄も姉もいないだろ? 代わりに頼ってくれてもいいんだぜ?」

「私に兄など必要ありません」

「相変わらずとっつきにくいヤツだな……。反抗期の妹ってこんな感じなのかな」


 この男、妹扱いを改める気が全く無いわね。


『ジュノさん、諦めた方がいいですよ。というか下手に「妹扱いなんてしないで!」とか言っちゃったらアニマとフラグたちかねませんよ』


 フラグって何よ。こっちは兄妹ごっこする程仲良くしたくもないという意思表示をしているだけなんだけど。

 亡霊の言い方からしてろくな事じゃない気がするから、忠告には従っておきましょうか……。


「ではその反抗期の妹として扱ってください。ちなみに反抗期中の者とは適度な距離をとった方がいいそうですよ」

「反抗期って認めちゃうのかよ……。気難しいお年頃め」


 私は反抗期の妹らしく兄から離れるため席を立った。




 その後、呪術の本を借りることにした私は早々に図書館を出て、亡霊と二人で教室までの帰路を辿っていた。

 並木の葉が鮮やかな黄色に色づきはじめている様子を見て、肌に当たる風も冷たくなってきていることにようやく気づく。


「すっかり秋らしくなってきたわね」

『あー、そういやこの学園って秋の始まりごろからスタートでしたもんね。入学式なのに桜が無くてちょっと寂しかったなー。……そもそもこの世界に桜ってあるのかな?』

「サクラ……聞いたことがないわ」

『そっかあ。ピンク色の小さいお花がいっぱい咲く綺麗な木なんですよ。こっちには無いんですねー……』


 生前の世界に思いを馳せる亡霊の姿は本当に寂し気だった。


 やっぱり未練があるからこうして霊体となってさ迷っているのかしら……。

 見たところ私と同じ位の年齢に見えるし。

 若くして亡くなった分、やり残したことも多いでしょうね。


 最初に現れた頃は私の体を乗っ取ろうとする悪霊にしか見えなかったけど、こうして見ると亡霊自身も哀れな存在のように思えてきていた。


「あの……二人してどうなさいましたか?」


 おずおずと尋ねてきたのは、いつの間にか私達のすぐそばまで歩み寄って来ていた衛兵だった。


『あ、ビビ君! てへへ、アンニュイな気分に浸っているとこ見られちゃいましたか』

「二人で季節の移ろいを感じていたのよ」


 私達は一緒に空笑いを浮かべる。


「言われてみれば少し肌寒くなってきましたね。……悪霊の恰好なんて見ているだけで寒くなりますよ」

『そういやあたし、この体になってから暑いとか寒いとか感じたことないなー。いつでも快適ですよ!』


 私が適当に言った理由で衛兵はすんなりと納得したようだった。

 そのままいつものように亡霊と衛兵の二人で話し込むかと思いきや、衛兵は亡霊ではなく私の方に向き合ってくる。


「ご令嬢様、先日は護衛の途中でご令嬢様をお一人にしてしまい申し訳ございませんでした!」

「そんなに気にしないでちょうだい。すぐ戻って来てくれたのだし、何も起こらなかったでしょう?」

「本当に何事もなくて良かったです。それでその、その時にこれを購入したのですが」


 そう言って両手に持って差し出してきたのは、小さくて可愛らしい香り袋だった。


『ああ! それあたしが選んだやつ! ジュノさんにあげるつもりだったんですか!?』

「まあ……。ごめんなさいね。私、婚約者様以外の殿方からの贈り物は一切受け取らない主義なの」

「えっ、あっ」

「なんてね、冗談よ。亡霊への贈り物なんでしょう?」

『えっ? ……えっ!?』

「あっ、あっ」


 亡霊と衛兵が一緒になってうろたえる。

 そんな反応していないで当人同士で話し合いなさいよ……。


 亡霊のためのものだろうということは、あの時衛兵が亡霊だけを誘った時点で察しがついていた。

 そうでなかったらいくら最近仲がいいからといって、いかにもセンスが悪そうな亡霊を連れて行くなんて思えなかったし。

 それに、あの肉串の味はわからなくても匂いだけは嗅ぎ取っていた亡霊の様子を見た後に香りを扱うハーブ店に目をつけるだなんて、とってもわかりやすいじゃない。


「えっと、ほら、この前さ……お前に酷いこと言っちゃっただろ。そのお詫びを込めて、というか……」

『え、そ、そんなのもう全然気にしてなかったし、大体あたしの方が悪かったのにっ……! もー、そういうことなら最初から言ってくださいよ……!』

「言ったら遠慮して選ばなくなるかもしれないだろ。……いや、お前はそんなやつじゃないか」

『失敬な! ちゃんと遠慮しますうー! ビビ君のお寒そうな懐事情気にしますうー!』

「う、うるさいな。だったら内緒にして正解だったじゃないか!」

『むうう……。でもあたし、実体無いから受け取れませんよ』


 言い合いに負けた亡霊はむくれて後ろ向きなことを言い出す。


「馬鹿ね。だから私に渡そうとしてきたんじゃない。あなたがいらないって言うなら持って帰ってもらうけど?」

『い、いります! いりますからジュノさん受け取ってください!』


 割り込むつもりは無かったのに、亡霊の態度にいらだってつい口を挟んでしまった。

 全く、欲しいなら最初からそう言えばいいのよ。


「それじゃあ、部屋に飾っておくわね」


 私は微笑みながら衛兵から香り袋を受け取る。

 棚の上にでも置いておけば亡霊が好きな時に自分で嗅げるでしょう。


「すみません、ご令嬢様! お手数おかけします……!」


 謝りつつも衛兵は嬉しそうにしていた。


 贈り物も受け取ったことだしそのまま解散しそうな流れになったけど、私は先ほど図書館で得た知識を思い出し、衛兵にその一部を話してみた。


「怨念を持った死者、ですか……間違いなく悪霊の類ですね」

「衛兵君は悪霊がいる場所に心当たりは無い? この魔力を高める為にも一度会ってみたいのだけど」

『ええっ、本気ですかジュノさん!? あたしは行きたくないんですけどぉ……』

「なに怖がっているのよ。あなたのお仲間のようなものじゃない」

『全然違いますよ! あたしは人畜無害の善良な幽霊……じゃない! そもそも幽霊じゃないですよあたし! ジュノさんの記憶の一部なんですって!』


 亡霊が一人で騒いでいる間、衛兵は腕を組んで思案顔になっていた。


「……心当たりはあるのですが、ここから馬車で数日はかかりますね」

「そう。それなら長期休暇中じゃないと行けそうにないわね……」


 本当は第一試験が始まる前に行きたかったのだけど、それは叶いそうにないとわかり少し肩を落とす。

 元々確実性がある話でもないし、焦ってもしょうがないか。

 私は無理矢理気持ちを切り替えて、今ある力で試験に臨むことを決意した。

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