23話.悪夢の呪い
私が学園に入ってからひと月が経過した。
いよいよ第一試験の時期が始まる。一年の第一試験は主に各々の学生の適正を見ることが目的で最終評価にはあまり影響しないらしいけど、
周囲へ実力を誇示しようと学生達は試験に向けて魔法の特訓に励んでいた。
『ようは実力テストってやつですよね。科目は魔法だけなんですか?』
「そうよ。試験内容は属性によって異なるらしくて、内容が発表された属性も多いと聞くわ」
『で、ジュノさんの試験内容は?』
「まだ出てないのよ……」
どんな内容の試験が出されるのか戦々恐々としていた私は、少しでも出来ることを増やそうと今日も呪いの可能性を模索していた。
『それで、今はなにをやっているところなんです? 教室の中がペットショップ兼植物園みたいになっちゃってますけど……』
小型の魔法生物を入れたケージや魔法植物を植えた植木鉢で溢れた教室を見回しながら亡霊は困惑気味な表情を浮かべていた。
「結構前から置いていたのに今更な質問ね。今はナイトメア・カースの効果について調べ直しているところよ」
『え。ナイトメア・カースってたしか、眠りの呪いでしたよね? ジュノさんの力だと微妙な眠気を誘っているかもーくらいの効果っていう一番しょっぼいやつ』
「そうなのだけど、書物を読み直しているとどうもそれだけの効果だとは思えなくて実験しているのよ」
私は実験体達の様子を確認する。呪いの効果は順調に発揮されているようね。
「ほら見て。印をつけた器の中にいる者が呪いをかけた実験体達なのだけど、印が無い器にいる者達と比べて成長具合が遅れているの。特にこの小型サラマンダーがわかりやすいわね。呪いをかけていない方は体から火が噴き出る成体に成長しているけど、呪いをかけた方はまだ幼体のままでしょう」
『おお、本当だ。呪われてない子たちは順調に育ってる……。ジュノさんって生き物の飼育出来たんですね』
「何処に感心しているのよ……。それとこちらにある二つの瓶の中にはケーキを入れていて、ほら、呪いをかけていない方は開けたくも無いくらい腐敗しきっているのだけど」
『ひ、ひどい! 美味しくて可愛いケーキになんてむごいことを!』
「実験なんだからしょうがないじゃない。それより、呪いをかけたほうはまだ食べられそうな見た目を保っているのよ」
放置した日数を考えたらこっちも食べたくないけどね。
「呪いをかけた方が成長も腐敗も進みが遅くなる……このことから、現在私が使用出来るナイトメア・カースには対象の時の流れを遅くする効果があるのだと思うの」
『へっ? ちょっと待ってくださいよ。眠らせる呪いの弱体化バージョンが、モノの時を遅くする呪いって……むしろパワーアップしちゃってません!?』
「書物の記述によると、本来のナイトメア・カースは対象を数百年の眠りにつかせることが出来るらしいの。生きた状態を数百年保たせるなんて、ただ眠っているというよりは対象の時を止めていると考えた方が自然でしょう? 止めている、というよりは永遠に続く悪夢の中に命そのものを閉じ込めているという表現の方が近いかしら。呪いが弱体化すると夢による拘束が弱まるのでしょうね」
『いやー、その理屈はよくわかんないです。魔法の法則はあたしにはちょっとついてけませんね……』
魔法を解き明かすということは精霊様が定めた物事を理解するということだからね。異世界から来た亡霊には難しいのでしょう。
とはいえ私自身もお会いしたこともない精霊様の考えを理解しようとするのは難しいのだけど。
『理屈はわかんないですけど、すごい呪いじゃないですか? これなら人間……は無理でもペットの老化だって遅らせることが出来るんですよね?』
「悪夢の呪いだから精神には悪影響を与えていると思うわよ。生命への使用はやめたほうがいいんじゃないかしら。無機物や加工済みの食料への使用なら問題無いと思うけど」
実際、呪いをかけた個体を群れで入れたケージでは個体同士の喧嘩が多く見られた。成長の進みが遅いのはその精神状態の影響も受けての結果かもしれない。
成体に成長しきってからの老化の進みも比較しないといけないわね。精神状態の影響で老化は早まったりするかもしれないし。
成長速度の速い魔法生物を用いているとはいえ、思ったより時間のかかる検証になりそうで少し面倒に感じてきてしまっていた。
少し憂鬱になる私に対し、亡霊は少し言いにくそうにしながらも口を出してきた。
『あのー、ジュノさん。あたし前から思ってたんですけど、やっぱりジュノさんは食べ物屋さん路線でいっちゃった方がいいと思うんですよ』
「は!? な、なんでそうなるのよ!」
亡霊の発言に思わずたじろいでしまう。
だけどその内容は私の中でも選択肢として出てきたことがあるものだった。
『だってゼリーを作る呪いに、食べ物小っちゃくして味を凝縮する呪いときて、今度は賞味期限のばす呪いですよ!? これはもう呪いの神様が食べ物屋しろって言ってるようなもんでしょ!』
「神様じゃなくて精霊様よ! 精霊様のお導きだろうと、食べ物路線なんて私には出来ないわ!」
『なんでですか? クオレスにゼリーあげた時は結構乗り気だったじゃないですか』
「そ、その時は気分的に舞い上がっていたのよ。冷静に考えたら私には務まらないわ。だって料理の開発なんてはじめたらいっぱい味見することになるじゃない」
『ジュノさんって食べること嫌いなんです?』
「そうじゃないけど……わ、私は食べた分がすぐ脂肪になる体質なの!」
こんな恥ずかしいこと、本当は口にもしたくなかった。だって太りやすい体質なんてなんの自慢にもならないじゃない。
亡霊はそんな私の体を上から下へと眺めてくる。
『いやあ、やっぱり気にしすぎですって! ジュノさん、あたしはおろかユアナちゃんと比べたってちょっと細いくらいじゃないですか。もうちょっと抱き心地のいい体になったほうがクオレスも喜ぶと思いますよ?』
「だ、抱き……っ!?」
亡霊のとんでもない発言に、思わず想像してしまう。
クオレスが私の肉付きを確かめるように抱きしめて「ずっとこうしていたい」なんて耳元で囁いちゃったりして……ああああっ、だ、だめ、溶けちゃうっ!!
顔が熱くなった私はにやける口元を手で隠して取り繕った。
「ク、クオレスはそんなことで喜ぶような人じゃないわよ……」
『それもそーですね。クオレスはちゃんとユアナちゃんの中身を見て好きになるキャラですもん!』
……殴りたい。
結局、現在実験中のナイトメア・カースの効果でも試験には役立つことは無いだろうと判断した私は、新たな書物を求めて学園図書館へ足を運ぶことにした。
司書には呪いに関する書物を取り揃えてほしいと入学したての頃に頼んでいたから、そろそろ入った頃かもしれないと期待をしたのだけど……。
「申し訳ありません。呪いの属性に関する魔導書はまだ捜索中でして、新しいものはまだ一冊も……。代わりにはならないでしょうが、異国の呪術に関する書物を仕入れましたので興味がありましたらご覧になってください」
仕方がないので、そのように勧められてしまった本を館内で読むことにした。
『どうです? ちょっとは役立ちそうですか?』
役立たないでしょうね。
この国以外でも人智を超えた術というものは伝えられている。
しかし精霊様がお力を貸してくださるのはこの国の王族と、初代国王が認めた者の血族である貴族に対してのみ。
つまり異国の術はこの国の魔法とは何の関係も無い力を行使したものだから、何の参考にもならないと考えた方が良い。
それにこの本は概要的なことしか書かれていないようだし、呪術自体が今では使われていない術のようだからそもそも信憑性があるかどうかさえ疑わしい。
……ろくな本が無いのね。
そう思って読み始めたのだけど、気になる記述があった。
まず呪術というものは、恨みや憎しみ等の負の感情の力を利用した術。
これは私が使う呪いの魔法も同じなのだけど、魔法の場合利用する負の感情は自分自身のものだ。
だけど呪術は他者の感情、それも死者の怨念を利用する。
そして呪術を扱う力は怨念を持つ死者達と関わりを持つことで高まっていくのだという。
霊を利用する術……亡霊に取り憑かれている身としては少し気になってしまう。
更に目を引いたのは、呪術によって呪いという概念が他の国へと広まっていったという記述。
それを読んだ私は、もしかしたら呪いの属性の魔法はこの呪術をもとにして生まれたのかもしれないと考えた。
精霊様達は様々な属性を扱うけれど、その属性は火、水、土、風のような自然界にあるものに限らない。
人間が作り出したものをもとに新たな属性を生み出すことだってある。
クオレスの属性である剣もそれね。
クオレスからは彼が入学した頃に書かれた手紙によって、彼が何の属性に目覚めたかを教えてもらっていた。
何も無い場所から魔剣を生み出す剣属性。討伐部隊に所属して既に剣を振るって戦っていた彼にはふさわしすぎる属性だった。
まだその魔法を使っているところは見ていないのよね。……見てみたいな。
……じゃなくて、今は呪いの事を考えないと。
呪いの魔法が呪術をもとにした力なのだとしたら、呪術に関する知識が役立つ可能性は高い。
自分の感情を利用するか、死者の怨念を利用するかの違いはあるけど……これは、この国では死者の霊なんてものが信じられていないから、自分自身の感情しか利用出来なかっただけなのかもしれないわ。
とすれば、怨念を持つ死者と関わることで力を高める……この方法は使えるかもしれない。
試してみる価値はありそうだった。
……死者といえば身近に亡霊がいるわけだけど、その亡霊とこんなに接しているのにも関わらず、魔力が高まっている兆しは全く無いのよね。
亡霊には怨念が無いのかしら。まあ、能天気そうな顔をしているものね。
そこまで思案していた時だった。
「よ。勉強中?」
軽々しい声が降ってくると共に、肩に手が乗せられる。
振り向けばそこには人好きのしそうな笑みを浮かべた殿下が立っていた。




