15話.濡れ衣
最近、他の属性の学生達と共同で受ける授業が億劫になってきている。
「ああ、流石ジュノ様。本日もあらゆる所作が優雅でお美しいですわ」
「それに比べて平民育ちときたら……」
周囲の令嬢達がことあるごとに私と略奪女を比較しては、略奪女を貶しながら私を持ち上げてくるからだった。
わざわざ私の名を出すまでも無いでしょうに。
略奪女は、というよりも平民育ちの学生というものは得てして嫌われるものらしい。
まず、本当にただの平民の子が魔力を持つなんてことはありえない。
魔力を持つ平民とは間違いなく王族や貴族の落とし子、またはその子孫にあたる。
そしてこの国の王族、貴族の尊き血が薄まることは国の教えに反するものであり、王族貴族側が罰せられることは無くとも忌むべき行為とされている。
昔であれば略奪女のような者は存在すら許されなかったし、今だってその風潮は完全には消えていない。
亡霊は私のことを心が狭い性悪のように言うけれど、決して珍しい価値観ではないのよね。
「そういえばこの前ジュノ様が婚約者の方と庭園を散策しているところをお見かけしたのだけど、婚約者の方もそれはもう眉目秀麗な方で」
「わたくしも見かけたわ。とても絵になるお二人よね」
周囲の会話を聞いて変ににやけそうになるのを堪えて穏やかに微笑む。
私とクオレスのデートに関しては当初の目論見通り、学園中に私達の仲が良好であることを周知させることが出来たみたい。
クオレスにつきまとっていた噂は私達の仲に嫉妬した者が流した嘘ということになっていた。
「わ、わたしも二人を見て、すてきだなあって思うました!」
ずっと一人きりだった略奪女は令嬢達の会話の輪になんとか入ろうとしていた。あの様子からして友人女とは別の組に分かれてしまっているようね。
でも当然、輪には入れてもらえない。令嬢達は略奪女を無視、嘲笑しながら会話を続ける。
「お似合いなお二人に比べて……何処ぞの平民はあのアニマ先輩に付きまとっているらしいわよ」
「まあ。釣り合うとでも思っているのかしら」
どうやらあの殿下は殿下という身分を抜きにしても令嬢達から人気があるらしい。私には何処がいいのかよくわからないけど。
殿下がよく略奪女の面倒を見ている事実も、略奪女が令嬢達から嫌われる大きな要因となっているようだった。
『うう……ユアナちゃん……』
亡霊は同情的な視線を略奪女に送っていた。
……実体があれば助けていたのでしょうね。
『ジュノさあん! あの人達ジュノさんの取り巻きでしょお!? なんとかしてくださいよお!』
「人聞きの悪いこと言わないで! あんなの取り巻きでもなんでもないわよ」
私の教室に入るなり泣きわめく亡霊。その相手をしつつ、私は今日も呪いの鍛錬に取り掛かろうと思案する。
ビースト・カース……狙った部位さえ出せればこっちのものだと思ったのだけど、運良く出せたところでちゃんと手懐けないと言うことを聞いてくれないってことが最近になって判明したのよね。
魔法生物の調教師としての勉強をしていくか、呪いの中に命令を組み込めるか模索するか……、いや、狙った部位を出す成功率を上げる方が先かしら。今のところ滅多に当たらないし……。
『取り巻きじゃないならなんなんですかあの人達! やたらジュノさんのこと持ち上げているじゃないですか!』
「あれは私の名を使って略奪女を攻撃することで、都合が悪くなったらいつでも逃げられるようにしているだけよ。本当は私のことだって快く思っていないんでしょう」
『えっ。じゃあジュノさん、あの人達に利用されちゃってるってことですか!? なんでジュノさんが……』
私は亡霊に返事をしながらも呪いをかけるのに丁度良さそうな道具を探す。
「それはもう、私が実力を見せすぎたせいで皆の注目の的となってしまったからでしょう。優秀すぎるというのも困りものよね」
『じ、自分でそこまで言っちゃうんだ……って、そこまでわかっててなんで何もしないんですか!? ジュノさんがユアナちゃんを庇えばあの人達もそんな勝手出来なくなるでしょ!』
「だって略奪女を助けるような行いなんてしたくないじゃない」
『もー……。そうやって自分の保身よりユアナちゃんのことばっかり気にするからジュノさんは悪役令嬢なんですよ……』
あまり動く気になれない問題より、今は呪いのことを考える時間よ。
私は棚にあった水晶玉を手に取る。そこそこ手ごろな大きさだったから、今日はこの水晶玉を呪うことに決めた。
「主に忠実な犬となり、尻尾を振って私に媚びよ! ビースト・カース!」
呪いをかけられた水晶玉は黒い光を放つ。
その瞬間、低い唸り声と共に獰猛な牙が現れ、間髪入れずに私の手に喰らいついてきた。
「いったあっ!!? くっ【もどれ】!!」
解呪条件として設定していた言葉をすぐに唱え、水晶玉から生えてきた犬の鼻口部を消し飛ばす。
だけど手に出来た怪我はそのまま残ってしまった。血が溢れて止まらない。あーもー、なんて狂犬なのよ……。
『忠実でもなけりゃ尻尾でもありませんでしたね……』
「……牙があるヤツはダメね」
怪我によって魔法の練習どころではなくなった私は医務室に直行することとなった……。
それから数日後にある一連の事件が学園中に知れ渡ることとなった。
略奪女の使っている道具が紛失したり、見つかったかと思えば今度は刃物が混入されていたり、着替えの服が汚されていたりといった事件が立て続けに起こり、しかもそれらが呪いによるものだと噂されていたのだ。
呪いが使える者なんて、この学園には私一人しかいないのだけど?
誰も明確に私の名を出すような真似はしない。だけど私を遠巻きに見ては「呪いの属性と聞いた時からそういう裏の一面があるのだろうとは思っていました」だの「やはり属性は相応の精神に宿るものなのね」だのとしたり顔で囁きあっている様子からして、私が犯人だと決めつけていることは明白だった。
『なんなんですか一体! ジュノさんはなんっにもしていないのに! 完全になすりつけられちゃってるじゃないですか許せませんよこんなの!!』
「そうね。どうせ私のせいにするなら道具じゃなくて本体に致命傷与えるくらいのことはしておいてほしかったわ」
『いやなんでそんな邪悪なこと言うんですか? 同情する気無くすからやめてください』
このまま放置することで略奪女が追い詰められてくれればそれも良かったのだけど、この生温さじゃ絶対に無理ね。
どちらかというと事実無根の噂を立てられている私の方が危ういわ。こんなことでクオレスに嫌われてしまったらと想像するだけではらわたが煮えくりかえる。
「あの女を助けるようなことは、なんて言っていられなくなったわね……。こうなったら真犯人を炙り出しましょう」
『おおお! ユアナちゃんとの一時的共闘ってやつですね!? ゲームには無かった展開ですよこれは!』
「変なことで感動していないで、手がかりがあるなら教えなさい。あなたなら何か知っているんじゃないの?」
私の質問に対して答えに窮した様子の亡霊は、腕も足も組んだ恰好で天井まで浮き上がっていく。
『ううーん。ゲームでもユアナちゃんが同じような嫌がらせを受けるイベントはあったんですけど、今回のような呪いのせいなんて噂は出てこなかったんですよね』
つまり状況が少し変化しているということ?
『ゲームだと妨害工作を仕掛けてくるのはジュノしかいませんでしたから、てっきりその嫌がらせもジュノが犯人だったんだろうなってプレイヤー目線では思っていたんですけど……』
「なによ。結局未解決だったの……!?」
思わず呆れてしまう。ご大層な力を持っている癖に何をやっているのよあの女は。
『ゲームで発生した嫌がらせもジュノとは無関係だったとしたら、自然と無くなったってことでしょうかねえ……。これから先、ユアナちゃんはどんどんすごい力を発揮して学園内で認められていきますから、ユアナちゃんに嫌がらせしようと思う人がいなくなったのかも』
「……なるほど。魔力至上主義の現貴族社会ならあり得る流れではあるわね」
魔法の腕が高いということはただ有能なだけでなく、その者が尊い存在であることの証でもある。
私がそれ以外の授業によって目立ってしまった状況とは全く違う。略奪女は自分の力を見せつけることで平民の出であるという境遇さえも乗り越えて誰からも認められるようになるのね。
『呪いの噂さえ無かったらこのまま放置しても良かったでしょうね。なんで今回はあんな噂が出ちゃってるんでしょ……』
他の歴史とは異なる状況を生み出した原因。私は一つだけ思い当たることがあった。
「そのことについてなのだけど……もしかしたら別の歴史の私は自分の属性を周囲から隠していた、なんてことはない?」
『言われてみれば……ジュノが呪い属性なんてことが発覚するのはかなり後の方だったから、周囲からも知られていなかったのかもしれませんね』
「きっと今回は私が属性を公言しているから噂が発生したのよ」
今の私は呪いの有用性を知らしめる目的があるから呪い属性であることを公言している。
だけどもし亡霊と出会わなかったら、呪いは悪用するしかない力だと思うままだったら誰にも明かせなかったんじゃないかって、クオレスに明かした頃からそう思っていた。
同じ属性を持つ者が他にいない程の希少属性なら周囲から隠すことはそれほど難しくなかったかもしれない。
いや、難しくても私なら隠し通そうとしたんじゃないかって、そう思わずにはいられなかった。
心の準備もできないまま呪い属性であることを突き付けられただろう別の歴史の私は、一体何を思い、感じたのか……今の私には想像してもしきれなかった。