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14話.主人公と友人とメインヒーロー

 私が立つ扉の向こうは、光属性の学生の為の教室。

 まだ聖女属性なんてふざけた名前の属性だと知られていない段階なら、ここにいる可能性が高いでしょう。

 亡霊からの制止の声を無視しながら扉越しに声をかけて入室する。

 部屋の中には休み時間を思い思いに過ごす学生が数人いた。空いている席の数からして、この場に居ない学生が殆どのようね。

 目当ての人物が居なければこの場に居る学生達に言伝を頼もうと思っていたのだけど、その必要は無かった。


「あ……」

「ごきげんよう。私はジュノ・ディアモロ。あなたに用があって来たの」


 私の存在に気づいたあの略奪女は、大きな目を更に見開かせながら間抜けな声を漏らす。

 はっきりと目が合っていたので私はその場で微笑みかけた。


「わ、わたしはユアナです! ごっ、ごきげんようでございますっ!」

『おおお! ユアナちゃんに声がついてる! しかもちゃんとデフォルト名のままだ!』


 略奪女が大袈裟なくらいに頭を下げる。

 亡霊は何に感動しているのよ……。


「ほほほ本日はお日柄もよきゅっ……~~っ!!」


 舌を噛んだようね。

 痛そうに顔を歪めながら口元を押さえている略奪女を見て、私はため息が出そうになるのをこらえた。

 こんな間抜けな女が私の宿敵なの?


「ははは、同じ学生相手にそんな緊張すんじゃないよ。ここに入っちまえば貴族も平民も変わんないさ」


 略奪女を隣で慰めるのは、男のような雰囲気を持つ大柄な女だった。


『あの人はユアナちゃんの友人キャラのトワルテですよ。姉御肌で腕っぷしが強くて、いつもユアナちゃんのことを守ろうとしてくれるんです!』


 ふうん、そんな女までついてくるんだ。

 そっちは歴とした貴族令嬢でしょうに、随分と令嬢らしくない女ね。


「で、ユアナ。誰だいあの女は?」

「ひぇっと、さっき庭園で見かけたカップルさんの、女の子の方……」


 略奪女はまだ口の中を痛そうにしながら喋る。


「ああ、さっき『すごいとこ見ちゃった!』っつって大はしゃぎしながら話してたやつかい?」

「は、はしゃいでないもん! たしかにその、ドキドキはしちゃったけど」

『ユアナちゃん、お二人のこと見て照れまくってましたもんねえ』


 略奪女とその友人の会話に亡霊が相槌を入れる。

 待って。さっき顔を赤くして走り去っていったのって、そういう反応だったの?

 クオレスに見惚れていたのに私にキスされるところを見て嫉妬して逃げたんじゃなくて、私達の様子が見ていて恥ずかしかったってこと……?


 ……いえ。そんなことはどうだっていいわ。

 クオレスがこの女に見惚れた。その時点でこの女は私の敵よ。


「ユアナさん、あなたと二人でお話がしたいの。私と一緒に来てくれないかしら?」

「は、はいっ!」

『ジュノさん、わかってますよね!? ユアナちゃんと仲良くなってくださいよ!?』


 私の誘いに応じて略奪女がこちらへ歩みだす。

 しかしそれを友人女が間に入って阻んできた。


「待ちなユアナ。そうホイホイついていくんじゃないよ。この手の貴族令嬢なんてロクなこと考えちゃいないさ」

『大正解すぎる……』

「もう、心配しすぎだよトワルテちゃん。それにそんなこと言っちゃ失礼だよ」


 思った以上に厄介な女がついているわね……。

 その厄介な友人女が、呼んでもいないのに私の前まで来た。


「お前さん、結構腹黒いこと考えてるだろ。アタシの女の勘がそう言ってるのさ」


 女の勘じゃなくて野生の勘の間違いなんじゃない?

 そう言い返してやりたくなる気持ちを抑えて、私は目を伏せ悲しみを堪えるような表情を作る。


「ひどい言いがかりね。私はただ、噂のユアナさんとお話をしてみたいと思って会いに来ただけなのに……」

「トワルテちゃん、もうやめて! わたしなら大丈夫だから!」


 私の反応を見て放っておけないとでもいわんばかりに略奪女が飛び出てきた。


「ジュノ、さん、だよね? わたし、ご一緒しますですので、行きましょうっ?」


 略奪女は私に対して励ますような笑みを向けてくる。

 亡霊が言っていた通りの人柄のようね。……やっぱり気に入らない。


「あーもー、ユアナは……。おい、ユアナに何かしたらただじゃおかねーからな」

『あたしも許しませんからね!』


 友人女は頭を掻きながら私達を見送った。あんなにガリガリと強く掻きむしるなんて……いかにも粗雑そうだからフケでもあるのかしら。不潔ね。

 亡霊は同調しているんじゃないわよ。




『校舎裏って……いくらなんでもベタすぎませんかねえ……』


 何が言いたいのか知らないけれど、言わせておきましょう。

 人気の無い場所に辿り着いた私はのこのことついてきた略奪女と向き合う。


「来てくれて嬉しいわ。さっきも言ったけど私、一度ユアナさんとお喋りしてみたかったの」

「あの、わたしってそんなに有名なんでございます、か?」

「もちろんよ。平民の子がこの学園に来るなんて珍しいもの。みんな噂していたわ。……あと、無理にかしこまった言葉を使おうとしなくても大丈夫よ」

『えっ、どうしたんですかジュノさん!? ユアナちゃんに敬語をやめさせてあげるなんて、ゲームではありませんでしたよ!?』


 だってあの気持ち悪い言葉遣い、聞いているだけで背筋が寒くなるもの。止めなかった方が不思議なんだけど。


『ジュノさんがついに改心した……? いやまさか、なんでこんなタイミングで……』

「ありがとう、ジュノさん。わたしの言葉、ヘン、だよね。さっきもみんなから笑われちゃって……だからね、これからいっぱい勉強するつもりなんだ!」

「そんなに頑張ろうとしなくても大丈夫よ。先ほどの言葉遣いのままでも可愛らしくていいと思うわ。でも、私に対してはお友達と同じように接してね?」

『あああっ、わかった! ゲームでジュノが登場する時期はもう少し後……ユアナちゃんの敬語が上達してからなんだった! だからやめさせなかったんだな! そして今のジュノさんはユアナちゃんの成長をやんわり阻害して敬語ヘタクソキャラなままにしようとしている! 姑息うーーっ!』


 人聞きの悪いことを……。


「お友達といえば先ほどいたご友人、あなたのことをとっても心配していたわね」

「あっ……トワルテちゃんのことは、その、ごめんなさい! トワルテちゃん、本当は優しいし、悪気は無かったと思うの! でもわたしが頼りないから余計な心配させちゃって、それで」


 略奪女はまた大きく頭を下げ、焦るような早口で言い訳を並べる。

 それに対して私は優雅に笑ってみせた。


「ふふ、気にしていないから大丈夫よ。それで、そのご友人とは今日知り合ったばかりなの?」

「そうだよ。わたし、今日学園に来たばっかりだから」


 たった一日で見知らぬ令嬢を自分だけの騎士様に変えたのね。

 同じようにクオレスのことも骨抜きにしていたのかしら。他の歴史でも、そして今回も。

 ある疑惑が私の中で確信に変わる。

 私は略奪女に詰め寄った。


「こんな短時間であそこまで仲良くなれるなんて、すごいわね。一体どんな魔法を使ったの? 私にもかけてみてよ」

「ま、魔法? 魔法なんて使ってないよ!」

『そうですよジュノさん! 変な言いがかりはやめましょうよ! ユアナちゃんは魔法で友人関係を作るなんてことしませんよ!?』

「ふふふ、ごまかさなくていいのに。魔法じゃないと説明つかないじゃない」


 あのクオレスが、こんな女を一瞬で好きになるだなんて。

 この女が持つ何かしらの力で魅了したに決まっているわ。何が聖女属性よ。この略奪女こそ悪女でしょう。


「本当に使ってないもん! お友達を作る魔法なんて多分、無いと思うし……もしもそんな魔法があるとしたら、それは『思いやり』って魔法なんじゃないのかな」


 こんな失笑物の臭い台詞を吐くような女を好きになるなんて、本当にありえない。


「ふっふふ! なにそれ。人に優しくしていれば、その分優しくしてもらえる……好意を持って接すればその分好意が返ってくる、なんて思っちゃってる? 私ね、そういう考えの人が大っ嫌いなの」


 そんな風に思える奴なんて自分の環境が恵まれているだけに過ぎないのに、その自覚もろくにせず全て自分の人柄によるものだと思っているのよ。

 そうなれなかった者達は全て努力不足だったとでも言わんばかりに。


「ジュノさん……。もしかして何か、つらいことでもあったの?」


 そしてこうして見境なく人に手を差し伸べようとするところも大嫌い。

 やっぱりこんな女と仲良くするなんて無理ね。

 善意を振りまく相手を選ばなかったこと、後悔させてやる。


「そういうのはいいからあなたの力を見せてよ。あなたなら邪魔者を排除する力だって持っているんでしょう? 出し惜しみするつもりなら……こちらから行くわよ!」

『へ!? ジュノさん!?』


 頭上に手をかざし、魔法を詠唱するような動作を見せつける。略奪女に魔法を使わせる為に。


 私に略奪女を呪う力は無い。ならばそれを逆手に取ればいい。

 略奪女が私に攻撃し、私が怪我を負う。修練や実技等の時間外による魔法の使用で他者を傷つけることは禁じられているから、公にすれば大問題となることでしょう。

 ただそれだけなら私の方が先に仕掛けようとして略奪女が正当防衛で先に攻撃したという可能性も当然考慮されてしまう。略奪女自身がそう主張するでしょうからね。

 そこで私が自分の魔力の無さを明かしてしまえば、私に略奪女への攻撃は出来なかったということ、つまり攻撃の意思が無かったことが証明される。

 そうすれば略奪女が一方的な加害者だったということになる! まだ低いであろう略奪女の地位を徹底的に落としてクオレスの目を覚ましてやるのよ!


「我が呪念よ……!」


 詠唱を始めても目の前にいる略奪女は慌ててばかりで攻撃する挙動を一切見せない。

 術者同士の戦いは基本的に撃たれたら終わりなのだから、どんな状況でも先制攻撃が基本だというのに……間抜けね。

 しょうがない……だったら略奪女の周囲にある小石や草でも呪って脅してやるわ……!


「何をしているのかな、っと」


 突如上から降った声と共に、かざしていた腕が何者かに掴まれる。


「あ、アニマ君」


 略奪女が私の後ろにいるのであろう人物の名を呼ぶ。その表情はすっかり安心しきったものになっていた。

 略奪女の仲間か……! よりにもよってこんな時に!


 振り向くとオレンジ色の髪の男が略奪女に軽い笑みを向けていた。


「よ、ユアナ。なーにやってんの?」

「ええっとね、お喋り中、だったかな……?」

「とてもそうには見えなかったけど?」


 私の腕を掴んだまま二人の会話が行われる中、亡霊が身動きの取れない私に解説をしてくる。


『こいつ、メインヒーローのアニマですよ! 攻略対象の中でも一番メインの扱いの! 正体は隠しているんですけど実はこの国の王子様なんです! たしか本名はー、サンドリクスだったかな?』


 は!? 王子様!?

 しかもサンドリクスって、もしかしなくても第一王子であるサンドリクス王太子殿下のことよね!?

 こんな、貴族の中でも珍しいくらい気安い雰囲気の男が!? わざとなの? 正体を隠すためにあえてそう演じていらっしゃるの?

 ……そもそもこの略奪女、王太子殿下にまで手を出すの!?


「まっいいけどさ。そんなことよりユアナ、そろそろ授業が始まる時間だぜ」


 殿下は私の腕を離し、略奪女の元へ行った。


「わわっ、もうそんな時間? 次ってどこだったっけ」

「光属性なら次は魔道具制作だから工房だよ。まだ場所わかんないよな? オレが案内するよ」

「ありがとう、アニマ君!」


 仲睦まじくといった様子で二人は歩き出す。

 去り際に略奪女はこちらを振り向いて手を振った。


「またね、ジュノさん」


 合わせるように振り返った殿下は刺すような冷たい視線で私を睨みつけていた……。




 亡霊と二人きりになったところで私は嘆く。


「どうしてこうなるのよ!? 王太子殿下から目をつけられちゃったじゃない!」

『ジュノさんが悪いですよ! あたし、ユアナちゃんとは仲良くしろって言いましたよね!?』

「殿下まであの女の物になるなんて聞いていないわよ!」


 あれは完全に「オレの大事なものに手を出したお前は絶対に許さない」という目だった。

 略奪女にちょっとちょっかいをかけた位のことが王太子殿下に喧嘩を売ったことと同義となるだなんて、誰が想像できるっていうのよ。

 わかっていればこんな軽率な手は使わなかったのに!


「大体、殿下と会うのも今日が初日でしょう……!? なんであんなに仲が良いのよ……」

『アニマは学生代表として転入生のユアナちゃんを朝から案内していましたからねえ』


 そんな短時間で殿下の心を掴むだなんて。

 ユアナ……。思っていた以上に恐ろしい女だわ。


『王子様に睨まれたくらいでそこまでビビッちゃうなんて、ジュノさんって意外と小心者なんですね』

「この国の王になるお方に睨まれて平気でいられる方がおかしいでしょ!」


 私の明日からの学園生活、一体どうなってしまうの……。

 こっちは不安でたまらないというのに、私が破滅したら道連れになる筈の亡霊は平然としていた。


『そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。アニマは権力を笠に着て好き放題やるようなタイプじゃなくて、飄々としたところもあるけど気さくで面倒見のいい、学園みんなのお兄ちゃんタイプなキャラですから!』

「私の兄ではなくなったようだけどね……」

『え、ジュノさんお兄ちゃんが欲しかったんですか』

「いらない」


 私は掴まれていた腕をさすりながら言った。

 しっかり痣になっているじゃない……。クオレス以外の男から体に痕跡を付けられてしまうだなんて、許せない。

 ……いえ、流石に殿下に仕返しをしようという気にはならないけど。

 略奪女といいその友人といい殿下といい、気に入らない連中ばかりだった。

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