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13話.あの女

 昼休みが始まる前の教室にて、私は大きな姿見の前に立ち最終確認をする。


「身だしなみよし、髪型よし……体型も完璧に戻ったことだし、ばっちりね!」

『ぶっちゃけあたしから見てもそんなに変わりませんけどねえ、体型は。脱がないとわかりませんよ』

「えっ、クオレスの前で脱ぐとこまでいけって……!? む、無理よ今日一日だけでそこまでなんて!」

『言ってない言ってない』


 今日はついにクオレスと学園内デートの日。略奪女との戦いが始まる日でもある。


 略奪女の出現……起こって欲しくなかった未来は確実に私達の目の前まで迫っていた。

 平民の女がとてつもない魔法を発動させ、この学園に入ることになったという噂が既に学園中に広まっているもの。


『にしても、ユアナちゃんが来る日にクオレスから協力してもらってアツアツなフリをするって……コスいやり方ですよね……』

「なによ。誰も傷つかない平和的方法じゃない」

『まー、ゲームのジュノに比べたらずっといいですけど……』


 文句の多い亡霊ね。

 でも今日は何を言われたって全然腹が立たないわ。

 だってこれからクオレスと一緒にいられるもの!




 こうしてクオレスとのデートに臨んだ私なのだけど、一つ、重大な準備を怠っていたことに気がついてしまった……。


「それで、私はどのように動けば良いんだ?」

「……えっと」


 仲睦まじい恋人のように振舞うってどうすればいいの!?

 一番肝心なところが抜けてるじゃない!! ちゃんと考えてきなさいよ、私の馬鹿!


「寄り添いあう……とか?」

「このようにか」


 私は思いついたことを咄嗟に言ってみた。するとクオレスは早速私の肩に手を回し胸元まで引き寄せてくる。

 服越しからでもわかる引き締まった体に包まれ、私は激しく動転した。


「ちちちちち近すぎるんじゃない!?」

「そうか」


 彼の手が私の肩から離れ、私達は少し距離をとった。

 危なかった……! 私にはまだ刺激が強すぎるわ……。


「と、とりあえずここの庭園を見てまわりましょうか」


 略奪女はこの庭園を見に来るそうだからね。


「わかった。では私が案内しよう」


 そう言ってクオレスは手を差し出してきた。

 まるで私の手が乗るのを待っているみたいに。


「えっ、その、クオレス……?」


 クオレスがこんなことをしてくれたことなんて、一度も無い。

 だからつい躊躇してしまった。


「これ位の立ち回りは必要かと思ったのだが」


 下ろされてしまいそうになる彼の手を私は慌てて取る。


「ありがとう。行きましょう」


 可愛いと思わせられるような、練習して作った笑みを向ける。

 でも内心は彼の少し冷たい手の感触を感じて嬉しくて恥ずかしくてたまらなかった。




「既に知っているかもしれないが、学園内の庭園は全て一部の属性の者達の為の修練場としての役割を兼ねている。この第二庭園は主に水属性用だな。至る所に噴水があるだろう。修練が行われる時はあれらの水が操作されて様々なものに形作られる」

「へえ……。その時もきっと綺麗なんでしょうね」


「この庭園に植えられている植物は多量の水を必要とするものが多いそうだ。水やりは早朝と夕方の二回に分けて行われる。魔法による霧や雨が発生する為その時間帯に来る場合は濡れても良いような恰好に準備した方が良いだろう」

「それは気をつけなきゃね……。忠告ありがとう」


 私は隣でクオレスの懇切丁寧な説明を聞きながら思った。

 ……これ、デートっていうより本格的な案内になっちゃってない?

 そういえば私がクオレスをいろんな場所に連れまわした時は、私の方が聞きかじりの知識を得意気に披露していたっけ。

 昔のことを思い出してつい笑みが零れる。


「どうした?」


 その様子を怪訝に思ったのかクオレスが顔を覗き込んできた。


「クオレスからこうして案内してもらうのって初めてだなって。ほら、いつも私の方が案内していたでしょ?」

「……そうだったな」

「だから嬉しいの。年が一つ離れていて良いこともあるのね」

「……学園でわからないことがあれば、頼ってくれてかまわない」

「それじゃあたくさん聞いちゃおうかしら」


 彼の言葉が嬉しくて甘えた声を出してしまう。

 実際にはクオレスに頼りきりなんて情けない状態になる気はないけれど、それを口実に会いに行けるならいくらでも行きたい。無知な女にでも立派になってみせるわ。




 広い庭園を一通り歩いた私達はベンチに座って休憩することにした。


「そういえばジュノ嬢の属性は呪いなのだったな」


 唐突にクオレスが確認してくる。

 何を思って、呪いのことをどう思って聞いてきたのかしら……。


「ええ……。でもね、私、呪いの力を良いことに使いたいと思っているの。それで呪いのイメージを払拭して、今後呪いに目覚める方々も肩身の狭い思いをせずに済むような世の中にしたいなっ、て……」


 私は言い訳をするかのようにでっち上げた理想を語る。

 この本当は思ってもいない理想は他の学生達にも話していて、その度に立派だと賞賛された。

 呪いの魔法を熱心に取り組んでいる、というだけで後ろ指をさされてしまいかねないもの。

 そうなる前に上辺を取り繕って周囲からの理解を得ておかないと……そう思って作りだした薄っぺらな理想だった。


「そうか。……無理をしていないか?」

「えっ!?」


 嘘だってバレた!?


「顔色が少し悪いように見える」


 ああ、なんだ。体調の話ね……。

 いえ、どちらにしろクオレスに見抜かれてしまうなんてとんだ失態だわ!


「大丈夫。たしかに最近ちょっと頑張りすぎちゃって調子を崩した時もあったけど、もうなんともないから」


 私はそう笑顔で言い繕ったけど、その答えにクオレスは納得していない様子でその美しい顔をぐっと寄せてくる。

 ち、近い! 顔が近い!


「顔が赤いな……熱があるのではないか?」

「なっ、何とぼけたこと言ってるのよ! クオレスの顔が近くて格好いいせいでしょ……!」

「そういうことか。顔色がわからないから照れないでくれないか」

「む、無茶言わないで……っ」


 彼の顔を見ていたい気持ちよりこの状況に耐えきれない気持ちの方が強くなってしまった私は彼から目を逸らしてしまう。


 顔色を見れば満足するのなら、早くこの頬の熱を冷まさないと……! 冷静に、冷静になりなさい、私……!

 こんなんじゃ彼と結婚出来ても夫婦の営みどころじゃ、あああっ! そんな場面想像したら余計に顔が熱くなるじゃないの! 馬鹿!


 そうやって一人悶々としている内に、いつの間にかクオレスからの視線を感じなくなっていた。


 ……?


 彼の方を見やると、クオレスは何処か別の場所を黙って見つめていた。

 その視線の先に目をやると……。


 いた。


 毛先がピンク色の、金の髪。丸い瞳。あどけない顔立ち。

 あの略奪女が、回廊で頬を染めながらこちらの様子を伺っている。

 二人きりの空間に初めて邪魔者が入ってきた瞬間だった。


 クオレスは何故あの女を見ているの?


 まさか、今この瞬間に、あの女に惹かれてしまったとでもいうの?

 何年かけてもその心は私の物にならなかったというのに、たった一目、見ただけで?


 顔がカッと熱くなる。先ほどまで帯びていた熱とは全く異なる、激しい熱。

 私は衝動に駆られるままに彼の頬に手を添え、唇を重ねる……フリをした。


 実際に触れたかどうか、肝心な部分は手で隠して周囲からは見えないようにした。

 唇を重ねていなかったとわかっているのは、目の前にいるクオレスだけ。

 そう。これはあの女への牽制。

 クオレスから顔を離した私は、あの女へ向けて不敵な笑みを作る。

 するとあの女は顔を真っ赤にしてバタバタとはしたない音を立てながら走り去っていった。


 ふん、ざまあみろね。


 少しだけ胸がすく思いだった。でもまだ完全じゃない。

 今度はクオレスの耳元に唇を寄せる。


「どこを見ていたの?」


 低い声で囁くと、彼の目は僅かに見開かれた。


「……すまない」

「どこ、って聞いたんだけど」


 クオレスは何も答えなかった。

 私は彼の、以前平手打ちをした方とは逆の頬を撫でる。


「今度はこっちを打つからね」


 私がじゃれるような声で脅しても、彼は一切表情を変えずに頷くだけだった。

 言い訳なんて、一切してくれなかった。




 予定ではあの後二人で食事を摂るつもりだったけれど、そんな気にはならなくなってしまった。

 私は一人廊下を歩く。


『……ジュノさん、あんた……ユアナちゃん来る前と後とでキャラ変わりすぎでしょ』


 後ろをついてくる亡霊はやっぱり文句ばかり言ってくる。


『最初は手を乗せるのもためらうわ、顔を近づけられてアワアワしまくるわで純情ピュアな乙女だったじゃないですか。というかジュノさんってあんなにウブだったんですね』


 周りに他の学生達もいるから反応は一切返してやらない。


『それがユアナちゃん来た途端に無理矢理キスかますって何事ですか。どんだけ闘争意識高いんですか……。しかも極悪な悪役令嬢スマイルまで浮かべるし!』


 亡霊にも本当は唇が接触していなかったってことはわからなかったようね。

 ちなみにフリで済ませた理由は、あんな形で初めてのキスをするなんて不本意だったからよ。


『あと思ったんですけどジュノさんとクオレスって案外仲良いですよね? あいつジュノさんのことすごく気にかけてくるじゃないですか。ゲームじゃそんなシーン全然無かったからあたし結構ショックなんですけど……』


 一体誰の味方なのよこの亡霊……。

 ひと気の無い階段を下りる間、私は少しだけ相手をしてやることにした。


「クオレスは心配していただけよ。私、体を壊したことなんてほとんど無かったもの」

『へえ、ジュノさんって健康優良児なんですね』

「世継ぎの子を産む為の丈夫な体作りも、彼の妻となる以上必要なことでしょう。クオレスが私を気にかけた理由もそこでしょうね。婚約者が妻としての役割をこなせるのかを心配したのよ」

『やっぱり貴族って大変そうですねえ……。そっかあ。ゲームのジュノは今みたいに弱くなかったから、クオレスもジュノに構う必要が無かったのかな……』


 マナ不足に陥りやすくなってしまったせいか、今の私はとても貧弱な体になってしまっていた。

 魔法の発動だけでなく生命活動にも必要なエネルギーであるマナは、第二の血液とも呼ばれている。

 血液が少々の怪我で失ったところで大事に至ることが無いように、マナも並みの魔力持ちであれば余程の無茶をしない限り生活に支障が出ることは無い。

 けれど私が保有できるマナは魔力を持たない平民同様、生活に必要な最低限の分だけ。一日の使用回数を制限したところで体に影響が出てしまうのは避けられなかった。

 この体質もどうにかして改善しなければならないわね……。


『てかジュノさん、さっきから何処目指して……えっ、ここって……まさか!? 早速ユアナちゃんとこに殴り込む気ですか……!?』

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