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12話.【亡霊】亡霊は悪役令嬢を改心させたい

「呪われし白鳥となれ! ビースト・カース!」


 ジュノさんがそう唱えると、目の前にあった瓶から白鳥の……水かきのついた足が生えてくる。


「もうっ、それじゃない! 翼生やしなさいよ!」


 本来なら対象を獣の姿に変えてしまうビースト・カース。

 それが半端な効果になると、獣の体の一部が生えるだけの呪いとなるらしい。

 ジュノさんはこの効果を利用して運びたい物体に翼を生やして目的地まで飛ばせるように、つまり無人配達が出来るようにしようとしているんだけど、これが全く上手くいかないようだった。


『ペタペタ歩く瓶もいいと思いますけどねえ。ユニークですよ?』

「どこがよ! こんなのが外を歩いていたらすぐ蹴飛ばされるでしょうが!」


 怒鳴られてしまった。

 魔法が上手くいかないせいか今日のジュノさんはいつもより気が立っているようだ。


 魔力がザコ化してもめげずに呪いの可能性を模索しているのはえらいし、一人でよく頑張ってるなあと思う。

 思うんだけど……図書館に行っては本を片っ端から開いて中身を確認する作業だけはいい加減やめてほしい。

 明らかにユアナちゃんのグリモア狙いだよね? 燃やす気まんまんだよね?

 グリモア自体はそう簡単に燃やされるような代物じゃないと思うからそんなに心配はしていないんだけど、この調子でユアナちゃん本人と出会っちゃったらどうなるんだろ……。

 魔力がザコ化したんだからユアナちゃんを害する気も起こらなくなるかと思いきや、全くそんなことは無かったし。

 何をしでかすかわかったもんじゃない。


 ユアナちゃんの事となると途端にゲームの時同様ドス黒くなるというか……やっぱりジュノさんっていい子じゃないんだよなあ。


 本当のことを言うと、最初はジュノの恋なんて応援したくないって思ってた。

 ただでさえ攻略対象がユアナちゃん以外の女キャラと仲良くするところなんて見たくないのに、しかもその相手がジュノだなんて。クオレスがかわいそうじゃないか。

 でもジュノが死んでしまったら、もしかしたらあたしまで消えてしまうかもしれない。

 そんなのは嫌だった。だからクオレスとの結婚は阻止して身の破滅だけ回避する方向へ持って行きたかった。

 そう、思ってたんだけど。


――このままだとクオレスが他の女の子を好きになっちゃうかもしれないですよ。


 あたしがそう脅した時に見せたジュノさんの表情が、あまりにも悲痛なものだったから。

 ジュノさんがこれから反省して改心さえすれば、ゲームのジュノよりもマシなジュノになりさえすれば、クオレスとくっついてもいいかな、なんて思ってしまったのだ。


 だからあたしは呪いの悪用をしないよう言い聞かせたり、ユアナちゃんと仲良くするよう助言したりすることでいい方向にもっていこうとしているんだけど……。




『上手くいっている気がしないんですよねえ。もう直接「性格直してください!」って言ったほうがいいですかね?』

「いや……やめたほうがいいと思うぞ」


 別の日、またジュノさんから置いてけぼりをくらっていたあたしはビビ君にこれまでのことを愚痴っていた。

 あたし達は今廊下でだべっていて、ジュノさんはジュノさん専用教室の中で呪いの魔法の特訓中だ。音属性の防音魔法がかかっているらしいからこっちの会話は聞こえていないはず。


『ジュノさん、自分の屋敷にいる使用人達からもめちゃくちゃ嫌われているみたいなんですよ。下々への態度も改めさせないと絶対マズイですよ。ほら、ビビ君だってこうやって面倒押し付けられて大変っしょ?』

「……自分の存在が面倒だって自覚があるなら、俺にくっつこうとするのはやめてくれよ……」

『えー、いやですよ。ビビ君こわがるの面白いんですもん』


 あたしと話をする分には完全に慣れたっぽいけど、接触しようとすると相変わらず体を震わせてちっちゃくなるんだよね。


 ビビ君からしたら、貴族様達からは一切認識されない……つまり貴族様達には討伐出来ない存在であるにもかかわらず、貴族様達が持つ力と同じ力を持つあたしがとにかく恐ろしかったらしい。

 でもあたしが人畜無害な存在だってことはこれまでのやり取りからわかってくれていると思うんだけどなあ。


 最初はその反応にむかついていたけど、だんだん面白く感じるようになっていった。

 カタツムリとかダンゴムシみたいで可愛いよね。いや、あたしそういうのはさわれないけど。


『では、どうやったらジュノさんを改心させられるのか会議を始めようと思います! ビビ君、何か良い案はあるかね?』

「いや、急にそんなこと言われてもな……。性格なんて生まれ持ったものと、小さい頃からの教育や環境で決まるものだろうし……」

『ジュノさんの小さい頃かあ。そういえばよく知らないんですよね。お父さんはいるみたいだけど、お母さんはたしか死んじゃったんだっけ。でもお父さんとも全然会ってないみたいなんですよね』

「そうなのか……。だったらご令嬢は両親から愛情を受け取っていなかったのかもな……」


 両親の愛情不足かあ。悪役キャラの過去としては珍しくない話だ。

 その過去さえ改善出来れば、ジュノさんの性格も改善されるかもしれない。

 だったら、魔法で時間を巻き戻して過去をやり直させるとか……? 流石に大掛かりすぎるかな。そんな魔法あるかもわからないし、時間を巻き戻したところで親御さんが愛してくれなかったら意味無いし……。

 それなら……。


『あたしとビビ君がジュノさんの親代わりになるってのはどうでしょう? あたしがママで、ビビ君がパパってかんじで!』

「パ、パパ……!? なんでそうなるんだよ!?」


 ビビ君が赤くなって慌てふためく。いい反応するなあ。


『ジュノさんに多感な子供の時期をやり直してもらうんですよ。一時的に子供の姿に戻す魔法くらいならあるんじゃないですか?』

「ど、どうかな……あるかもしれないけど……」

『で、子供ジュノさんにいっぱい愛情を注いでから今の姿に戻せば人格が改善されているかもしれないでしょう?』

「そんな上手くいくものか……?」

『不安ならまずはイメージトレーニングからやってみましょう! ほら、ビビ君もパパになった自分を想像してみて!』


 そう言ってあたしは子供になったジュノさんに何をすべきかを想像する。

 ……うーん。母親になったことがないから何したらいいかよくわかんないな。

 お料理とか身の回りのお世話とかは、貴族社会じゃ使用人がやる訳だし……。


『ママって何するんでしょうねえ』

「そこからかよ……」

『むー、そういうビビ君はちゃんとイメージできてるんですか!?』

「え、えっと、そりゃあ……一緒に薪割りやるとか……?」

『それお嬢様とすることじゃないでしょ!』


 どうやらビビ君もこのままではパパになれないようだ。


「しょうがないだろ。いきなり子供とか言われても全然想像つかないって!」

『順序が大事ってことですか? だったらあたし達が夫婦になるところからやってみましょうか!』

「ふぇうぇえ!? ま、待て待て! お、俺はまだそういう気持ちになってないというかっ、早すぎるというかっ」


 ビビ君はさっき以上に顔を真っ赤にしてうわずった声を出して狼狽える。

 その反応を見るのがつい楽しくなってしまったあたしはつい調子に乗った行動に出てしまった。


『そういうことでしたらまずは気持ち作りからですね! んーー』

「ひぎゃあぁああっ!?」


 あたしが唇を突き出してビビ君に迫ると、ビビ君は顔を青ざめたり赤らめたりしながら物凄い勢いで壁際まで後ずさっていった。


『……ぷっ! あははははは! ビビリながら照れる人初めて見た! もー、冗談に決まってるじゃないですかあ』


 耐えきれず吹き出すあたし。ビビ君は目を見開いたまま硬直してしまう。

 怒りだすかなあと思ったんだけど予想していた反応は返って来ず、代わりにため息をつかれる。


「……あのさあ。ご令嬢の性格を悪く言ってるけど、お前だって性格いいとは言えないよな」

『ぅえっ!?』


 想定外の口撃にあたしは驚愕した。

 あたしの、性格が、悪い……!?


『いやいやいや、性格悪い悪役令嬢を改心させ導く役割であるあたしが性格悪いなんてそんなことある筈が……マジ?』

「こういうタチの悪いからかい方するし、妙に上から目線なとこあるだろ。ご令嬢が誰かに押し付けたくなるのもわかるよ」

『そ、んな……』


 あまりのショックにあたしはその場で膝をついた。

 冗談じゃなくてマジで言ってるやつじゃん、これ……。


「そ、そこまで落ち込むなよ……俺が言い過ぎたからさ……」


 ビビ君がしゃがんで慰めてくる。

 落ち込み過ぎたせいか、いつのまにかあたしの体は半分くらい床に埋まってしまっていた。


『もーいいです……構わないでください……。性格悪いあたしとなんてこれ以上話したくないでしょ……』

「べ、別にそんなこと言ってないだろ? ほ、ほら、性格悪いとこまで含めて面白いやつだっているし。お前のことだって、結構面白い悪霊くらいに思ってるんだぞ?」

『フッおもしれー女ってやつですか』

「なんだそれ」


 やっぱり異世界人には通じなかったか。


 ……性格悪いとこまで含めて、かあ。




 ジュノさんが扉を開けたのはそれから少し経ってからのことだった。


「お疲れ様……。ごめんなさいね。今日は少し長くなっちゃって……」


 そう言って出てきたジュノさんの顔色は青白くて、あたしより幽霊みたいだった。


『ジュ、ジュノさん!? 大丈夫ですか? またマナ切れですか?』

「どう、かしら……まだ自分のマナの、感覚が、掴めないのよね……。薬は、飲んだのだけど……。あなたがいなかったおかげで、作業に没頭しすぎちゃった、みたい……」


 息も絶え絶えといった様子だ。

 ジュノさんは最大マナ保有量……わかりやすく言うと最大MPが極端に少ないせいで一日に使える魔法の回数が限られてしまう。

 薬によって回復は出来るけど、ゲームみたいにいくら飲んでも大丈夫なわけではなく、用量を守らなければ毒となる。

 そんな事情があって、いくらジュノさんにやる気があっても呪いのいい感じの使い方の模索は思うように進んでいない状況だった。


「俺が医務室まで運びましょうか……?」

「いいえ、お構いなく……。この部屋にソファもあるから、そこで少し休むわ……」


 ジュノさんはあたしだけを部屋に入れると扉を閉め、ビビ君に話した通りソファで横になった。


「つくづく、情けない……ちょっと気合を入れた、だけなのに……」


 吐き捨てるように独り言を呟いたジュノさんは、そのまま意識を手放すように寝てしまった。

 その寝顔は安らかなものではなく、夢の中でなお苦しんでいるかのようだった。


『ジュノさん……』


 ……頑張りすぎて自滅なんて、しないよね?

 実体の無いあたしはその様子を見ていることしか出来なかった。

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