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11話.話し相手

 朝霧に包まれた早朝の学園。

 兵士の軽装を元にデザインされたらしい学園指定の訓練服に身を包んだ私は、全く人気の無い道をひたすら走っていた。

 クオレスと学園内デートの日までに完璧な体に仕上げないといけないもの。これくらいなんてことないわ。


『太った太った言いますけど、ジュノさんってあたしよりずっと華奢じゃないですかあ。もっと肉ついていいくらいだと思いますけど』

「女のそういった発言は信用できないわ」

『わかる』


 でも確かに亡霊は、みすぼらしい貧民の恰好をしている癖に健康的な肉付きをしているのよね。

 本人が言うように本当は貧民ではないのかしら。だとしたら……。


「亡霊。あなたってもしかして……痴女?」

『だからこれは部屋着だっつってんでしょうがー! こんな格好で外うろつきませんよ!』


 今うろついているじゃないの。

 そのまま走り続けていると最早見慣れた人影に出くわす。


『あっ、ビビ君だ。やっほー』

「げっ! 悪霊!」


 亡霊は私より前に飛んで行って臆病者の衛兵にまとわりつく。

 この光景も見慣れてきたわね。


『こんな朝早くからお仕事ですか? えらいですねー。よしよししてあげましょうか?』

「や、やめろ! それに、俺にはアイザックって名前があるって言ってるだろ!」

『えー、ビビ君の方が可愛いし似合ってるじゃないですかー』

「ビビリのビビ君だろ!? ただの悪口じゃないか!」

『ビビ君だってあたしのこと悪霊って言ってくるじゃないですか! お互い様ですうー』


 衛兵をからかっている様子の亡霊は明らかにいつもよりはしゃいでいる。

 私以外では初めての話し相手だからでしょうね。

 衛兵は迷惑そうにしているけど、最初の頃のような怯え方はもうしていない。


「見回りご苦労様。衛兵君もすっかり亡霊に慣れてきたみたいね」

「ご、ご令嬢様! お、おはようございますっ!」


 私から挨拶をすると途端に体を強張らせてしまった。今では亡霊より貴族令嬢である私の方が怖い存在なのかしら……。


 医務室で会話をして以来、衛兵とはこうして何度か遭遇しては他愛も無いやり取りをしている。

 私としてはクオレス以外の男とは極力関わりたくないのだけど、この衛兵は霊の存在を知る貴重な人物だし、何より常に私に纏わりつく鬱陶しい亡霊をこうして一時的にでも相手してくれるありがたい存在となっていた。


「それじゃあ衛兵君、少しの間だけ亡霊の面倒をみてくれる? この子、あなたのことが大好きみたいだから」

『ちょ、ジュノさん! あたしのこと押し付けたいからっていい加減なこと言わないでくださいよ!?』

「は、早めに戻ってきてくださると嬉しいです……」


 引き攣った笑みを浮かべる衛兵に亡霊を任せた私は、二人から離れすぎない程度の距離まで軽い足取りで移動した。




 ああ、一人の時間って素晴らしい。

 以前はそんな風に思わなかったけれど、亡霊がついて回るようになってからはそれを強く実感するようになった。


 最近では少しだけ私から距離を取れるようになったようだけど、それでも亡霊は一人きりになるのがつまらないのかすぐ私のところに戻ってきて構って欲しそうにしてくる。

 ああ見えて寂しがり屋なのかしら。


 人気の無い時間帯なこともあってまだ亡霊の声は聞こえてくるけれど、それでも充分解放感はある。

 私は朝の空気を吸い込んだ。


 思えば、自分の存在を認識してくれるのが一人か二人しかいない状況なんて寂しくて当たり前なのかもしれないわね。

 私だったら、クオレスが認識さえしてくれればそれで良いのだけど。


 透明になった私がずっとクオレスのそばにいる姿を想像する。

 クオレスは誰からも認識されなくなった私を哀れむかしら。


 こうして一人きりになると頭に思い浮かべてしまうのは、やっぱりクオレスのことだった。

 この間彼と過ごせた素敵なひと時を思い返す。

 彼とあんなに会話をしたのはいつ以来のことかしら。

 声も低くて深みがあって、ますます恰好良くなってて……。


「ああ……クオレス……」


 彼を想う時間だけはとても幸せな気分でいられる。


 その声で私のことを、愛してると言って欲しい……。


――君を、愛してしまった。


 脳裏で彼の声が響く。

 でもその言葉は私に向けられたものじゃない。


 嫌なものを思い出してしまった私は気持ちが急激に沈んでいくのを感じた。


 クオレスはあんな女の何処に惹かれてしまったというの?

 亡霊ならそれも知っているのかしら……。


 そういえば私、略奪女のこともまだろくに知らないままだわ。

 その辺りの情報も把握した上で作戦を立てなければいけないのに、私自身の魔力のこともあってずっと後回しにしてしまっていた。

 あの女が学園に来る日は刻一刻と迫っている。これ以上目を逸らし続けるわけにはいかないわよね……。


 あんな女……このままずっと現れなければいいのに……。




 その後亡霊を回収して自分だけの教室に辿りついた私は、亡霊から略奪女について詳しく話を聞くことにした。


『ユアナちゃんですか? いい子ですよ! 困った人は放っておけなくて、誰にでも優しくて、とっても頑張り屋さんなんです!』

「なにそれ……私の一番嫌いなタイプの人間じゃない」

『今の説明のどこに嫌う要素が!?』


 あまりにもうんざりする説明に頬杖を突く。

 いかにもお花畑で生まれ育ったようなおめでたい性格じゃない。

 クオレスはそんな内面に惹かれたっていうの?


『あ、でもジュノさんも頑張り屋さんではありますよね! ほら、この前のゼリー! 料理経験ゼロだったのに飾り切りまで出来るようになっちゃうなんてすごいですよ!』

「あんなのクオレスの為を思えば頑張った内にも入らないわよ」

『またまたー。何度も失敗したし切り傷も作っちゃってたくせにいー』

「今は私の話じゃないでしょう? あの女についてもう少しまともな情報は無いの?」


 苛つきながら話を促すと、亡霊は私をからかうのをやめて腕を組んだ。


『んー、そうですねえ。ユアナちゃんといえばやっぱりグリモアかなあ。ゲームのタイトルにもなってる【消えた乙女のグリモア】。学園に入ったユアナちゃんは一冊の不思議なグリモアを見つけるんです』


 グリモア……魔導書のことね。

 この学園内にある書物は全てグリモアと言っても良い代物だから、珍しいものではないけれど。どう不思議なのかしら。


『そのグリモアはユアナちゃんにしか読めなくて、他の人から見たらただの白紙のノートなんです。ユアナちゃんにとって役立つ魔法がたくさん書かれているんですよ』

「この学園内にある白紙のノートね。どんな表紙かわかる? 今から燃やしに行きましょう」

『よくもまあ躊躇無く言えましたねそんなこと! 絶対にやめてくださいよバチが当たりますよ!』


 亡霊は本の表紙について一切口を割らなかった。

 一人にしか読めない本なんて書物として欠陥品でしょう。そんな本がある方がどうかしているわ。


『そのグリモアは昔魔人によって消された聖女が書き残したものなんですから、見つけても変なことしちゃだめですからね!』

「なんでそんなものを略奪女だけが読めるのよ」

『そりゃあユアナちゃんが記念すべき百個目の属性、【聖女属性】だからですよ!』


 その名を聞いて一瞬言葉を失った。


「なんで属性名に女がついているのよ!? おかしいでしょ!」

『やっぱそう思いますよねえ……。入学当初はね、ユアナちゃんは光属性として振り分けられるんですよ。でも光にしては出来ることが多すぎるしなんか変だぞって話になって、学園が調べたら過去存在した聖女と謳われる人達と同じだってなるんです。で、百個目の属性、聖女属性として新たに分類されるようになったんですね』


 あんまりな命名に脱力してしまう。もしも同じ属性を持った男が現れたらどうする気よ。

 それにしても、聖女属性……そんな大層な名前の属性に目覚めるだなんて、つくづく嫌味な女ね。


『このゲームってやたら属性数多いですけど、ぶっちゃけ死に設定ですよね』

「魔法学者達が決めたことを死に設定って言われても困るのだけど……。細分化されすぎているとは思うわ。土属性と地属性とかいまいち違いがよくわからないし……」

『あ、現地の人もその感覚なんですか』


 気になって後々調べたみたところ、土属性の方が造形魔法が得意だとか、地属性は地形変化が可能だとか、一応違いがあるらしいことはわかった。なんて、どうでもいいわね。

 今はそんな無関係の属性の話をしている場合じゃない。


「それで、その聖女属性って弱点はあるの?」

『倒す気満々かい……。言っておきますけど、ゲームの強いジュノさんでさえユアナちゃんには勝てなかったんだから、今のザコジュノさんがどうにかしようなんて無理ですよ』

「私がこうなったのはあなたのせいでしょうが! 大体、呪いの力を使うなんて言っていないわ。力があったところで使うと破滅するんでしょう?」

『ってことは魔法無しでやっつける気なんですか……。とんだ縛りプレイですね……』

「で、弱点は? 略奪女自身の弱点でもいいわよ」

『知りませんよ! ユアナちゃんを倒そうとする発想から離れてください!』


 亡霊は困り果てたような声で叫んだ。

 困っているのはこっちよ。肝心な情報が無いじゃない。

 クオレスと良い仲になって付け入る隙を与えないのが最善策ではあるけど、それとは別に略奪女を潰す為の武器も得ておきたいのに。


 その後も亡霊からいろいろ話を聞き出したけど、誰からも愛されるだのどんな動物もすぐ懐いて言うことを聞くだの変な自慢話のようなものばかりでろくな情報が無かった。




『あのぉ、一つ提案があるんですけど』


 少し言いにくそうに亡霊が切り出す。


『ユアナちゃんと仲良くなりません?』

「はあ?」


 あまりにも荒唐無稽な提案に顔をしかめてしまう。


『ユアナちゃんはゲーム通りの子であればいい子ですから、友達のジュノさんがクオレスのこと大好きだって知ったら絶対に手を出そうとしたりしませんよ! それでも心配なら、他の攻略対象との仲を取り持って別キャラルートに行かせちゃえばいいんです!』

「嫌よ。嫌いになる要素しかない女となんて、無理に決まっているでしょう!」

『クオレスを渡さないためならなんでもやっちゃうのがジュノさんでしょ? 仲良くするフリだけでもしておきましょうよ!』


 少し俯き、口元に手を当てて考え込む。

 そういう演技をするだけ、なら確かに出来るかもしれないけど……。


『それに、まだ本人とは会ってもいないじゃないですか。話してみたら意外と好きになれるかもしれませんよ?』


 クオレス以外の人間なんて好きになったことも無い私にはこの上無い無理難題に感じた。

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