9話.現代知識チート
私の魔力が亡霊に奪われていたことが判明してから数日が経った。
いくら魔法学園といえど、魔法のことしか教えない訳では無い。
私達は皆王族、貴族の血筋の者。社交界に出ても恥ずかしくないよう、一般教養や礼儀作法や芸事等、家で家庭教師から学んできたことのおさらいをさせられる。
魔法に関する授業なら属性毎に分かれて行われるけど、それ以外の授業は属性の関係無く数十人毎の集団で行われていた。
「流石はジュノ様。あのような難しい舞踊もいとも簡単にこなしてしまわれるなんて」
「一つ一つの所作が洗練されていて……本当にお美しいですわ」
「ありがとう。でも私なんて舞属性の方々には到底及ばないわ」
私は周囲から謙虚に見られるよう、なるべく控えめに微笑む。
「そんなことありませんわ! 確かに舞魔法は見事なものですけど、地力はジュノ様の方が上でしてよ!」
「ジュノ様は踊りだけでなく歌声も素晴らしいですし、教養も豊かで様々な芸事に精通しておられて……私、尊敬してしまいます」
このように、私は魔法以外の授業で賞賛を浴びるようになっていた。
クオレスに披露する為に学んできたもの。これくらい出来て当然よ。
だけど……正直言うと、あまり目立ちたくなかったのよね。だって私には肝心の魔力が無い。万が一このことが皆に知れ渡ってしまったら落差が大きくて勝手に幻滅されてしまいそうだわ。それなら最初から劣等生扱いの方がまだ良かったかもしれない。
その魔力に関してだけど、数日間調べてみても亡霊から魔力を取り戻す為の解決策は見つけられなかった。
マナの移動ならいくらでも方法があるのだけど、魔力となるとその方法があるのかさえわからない。きっと、無いと考えた方が良いのだと思う。
だってそんな方法があれば犯罪者や貴族不適合者に対して魔力の封印なんて措置を行う筈が無いもの。没収をしてしまったほうが効率が良いでしょう。
「いいよなジュノ嬢。華憐で清楚で優秀で慎ましくて……」
『ジュノさん外面はいいですもんねえ』
「でもジュノ嬢って見かけによらず激しい一面もあるらしいぜ? なんでも、入学パーティーの時に自分の婚約者をひっぱたいたとか……」
「それは婚約者が不義を働いたからだろ? あんな上玉を放って何やってんだか」
男どもも私を遠巻きに見て好き勝手な事を言ってくる。……亡霊もしれっと混ざっていたような気がするけど。
「婚約者様はそのような方では無いわ。……私が早合点をしてしまっただけなの」
「こ、これはこれはジュノ嬢。聞こえていましたか」
困ったように微笑みかけると、男どもは気まずそうに引きつった笑みを浮かべた。
こうして度々訂正しているけれど、彼の悪評は鎮火していない。
「裏切られてもなお婚約者の方を庇おうとしておられるのね」
「なんて健気なのでしょう。おいたわしい……」
私はそこかしこから向けられる視線への嫌悪とクオレスへの罪悪感を抱えながら、自分だけの教室へと戻った。
このままでは良くないわ。何か方法を考えないと……。
『ねえ、ジュノさん。クオレスに謝るって決めたんですよね? まだ行かないんですか……?』
晴れない気持ちのまま戻って来た教室で呆ける私に対し、亡霊が心配そうな顔をして覗き込んできた。
「わ、私だってそろそろ行かないとって思ってるわよ……。でも私、本気の謝罪なんてしたことないし、どう謝ればいいのかわからなくって……」
『子供みたいですねえ……。謝りにくいならお詫びの品を持って行くのはどうですか? あたしの世界では菓子折りを持って謝罪するのが基本でしたよ!』
「お菓子? クオレスは別にお菓子なんて好きでもなんでもないわよ。……そもそも、クオレスに好物なんて無いし」
『あたし、クオレスの好物知っていますよ』
「あるの!?」
頬杖をついていた私は机から身を乗り出して亡霊を見上げる。
あのクオレスに、好きなものがある……? 正直、想像がつかない。
亡霊は私の反応を見てこれ以上無く得意気な顔をした。
『ずばり! ユアナちゃんの手作りならなんでも、です!』
「あなた喧嘩売ってるでしょ!?」
期待した分が全て殺意に変わった。
『まあまあ! ジュノさんも試しに手作りしてみたらどうですか? 手料理で謝罪した上にクオレスの胃袋を掴んじゃおう作戦ですよっ!』
「クオレスはそこまで単純じゃないわよ……。それに私、料理なんてしたこと無いし」
『そこはお任せください! なんてったってあたし、食とオタクの国日本の出身者ですから! クオレスも知らないようなスイーツであっと驚かせてやりましょう!』
実体の無い胸を叩く亡霊はうざったい位に眩しい笑みを浮かべる。
……あまり期待はしないけど、手ぶらで行くよりは謝りやすいかもしれないわね。
『さあーて、現代知識チートのお時間、ついに始まりますよおーっ!』
数刻後、私は到底料理とは呼べない物体の数々の前で立ち尽くしていた。
「ぜんっぜんだめじゃないの!!」
『あれれー。おっかしいですねー』
私は寮の厨房を貸してもらって、亡霊の指示に従って調理をした。その結果がこれだ。
私は本当に、亡霊から言われたことを忠実にこなしただけよ。
料理未経験の私からしてもその手順はおかしいんじゃ、と思う箇所も所々あったけど、それが異世界の調理法なのかもしれないと思ったら口出ししにくいでしょう。
私が悪い訳じゃないわ。
『いやーすみません。よく考えたらあたしもお菓子作りなんてろくにしたことありませんでした!』
「ああ、もうっ……なにが食とオークの国よ! あなたに期待した私が馬鹿だったわ!」
『オタクですよ! たしかにあたしも一時期オークみたいな声で鳴いてはいましたけども! 画面の向こうにいる嫁にむかってブヒィィ! って言ってましたけども!』
わけのわからない指摘を聞き流しながら、目の前の物体をどう処理すべきか思案する。
いくら料理が貴族令嬢の嗜みとして一般的でないとはいえ、こんなゴミを誰かに見られたら恥だわ。
いっそ自分で食べて処理をするべき……? いえ、こんな見るからに食べられないものを口に入れる気にはならないわね……。
こんな時、破壊系の魔法が使えたら跡形も無く消すことが出来るのかしら。……呪いでも出来ないかやってみましょう。
「我が呪念よ、我が眼前に立ちはだかる邪魔者をこの世から消し去れ! イレイズ・カース!」
私は記録されている中で一番強力な呪いを唱えた。対象を存在ごと消し去るとされる、恐ろしき呪い。
だけど私の魔力では拳二つ分くらいの物質を親指程度の大きさまで小さくすることしか出来なかった。
……亡霊みたいに半透明にでもなるかと思ったけど、まさか縮小されるとはね。
『いやいや、何やってんですかジュノさん。普通に捨てましょうよ……』
「何言ってるのよ。普通にいい方法じゃない。物を運ぶ時、荷物にこの呪いをかけたら便利でしょう?」
亡霊から魔力を取り戻すことを半ば諦めてしまった私は、このなけなしの魔力で出来ることを探していた。
呪いだろうが絞りカスだろうが、この力こそがクオレスを振り向かせる為の力になるのだという希望を捨てたくなかったから。
亡霊は私が小さくしたゴミを実体の無い指でつつきながらため息を吐く。
『でもなー、イレイズ・カースってゲームだと最後の方で使った大技だったじゃないですかぁ。呪いをかけられたユアナちゃんが皆の記憶からも消されてしまうけど、「何か大切なものを忘れているような」って思った攻略対象が手がかりを探して、ユアナちゃんの痕跡を集めて最終的に愛の力で思い出して呪いが解けて二人が再会するっていう……』
「またそういう展開なの!? 私の呪いは他人の愛を深める為のスパイスじゃないわよ!」
『そんな大技がこんなちっちゃいことに使われちゃうなんて……』
「恋のスパイスにされる位ならこっちの使い道の方がずっと有意義よ!」
私は胸に抱いたやるせなさを呪念に変え、他のゴミも同様に縮小していった。
これなら一纏めにしても目立つこと無く持ち運べる。別の場所で捨ててから解呪してしまえば証拠隠滅完了ね。
『あーあ、完全にゴミ圧縮魔法にされちゃったよ……。でもこうやって並ぶと一口チョコみたいでちょっと可愛いかも』
「どこがよ。小さくなってもゴミはゴミでしょ。食べられるようにはならないわよ」
確かに食べやすそうな大きさにはなったけど、変な味も凝縮されていそう。そう思った時、一つの考えが閃いた。
食べられないゴミを小さくしても食べられないゴミには変わらない。
それなら、最初から食べられるものを小さくしたらどうなる?
味が凝縮されることで更に美味しくなるかもしれないし……それこそ可愛らしいんじゃない?
「――そうよ! 呪いで調理をしてみましょう!」
『……は?』
亡霊は引きつった笑みを浮かべたまましばらく固まっていた。