もふもふじゃなくなっちゃった
ちょっとずんぐりした黒い毛に覆われた身体は、大きな人の姿へ。
ぴこぴこ動いていた耳は毛先だけ黒いオレンジの髪へ。
そしてうるうる涙に濡れていた瞳は、刺繍のされた布で覆われて、隠れてしまった。
ついさっきまで、毛むくじゃらだった筈なのに、熊さん……ううん、グリーシャさんの姿はどこからどう見ても人間の姿に変貌していた。
驚いている私達とは裏腹に、パンパカパーンと明るい効果音を出しながら両手を万歳の格好で広げ、グリーシャさんはさながら喜びの舞でも踊るみたいにくねくねと身体を動かしている。
な、なんだか珍妙なダンスだなぁ。
「お、おい!お前本当にさっきの熊なのか!」
「ぐも!?そ、そうですけど。あれ、こっちの人はくま達、獣族が人型になれるのを知らない?」
「いや……そういう伝説があるって噂で聞いた事があるぐらいで、オレ達は勿論、他の冒険者も知らないと思うぞ」
冒険者として一流のウィルやリークさんも、獣族がこんな風に人の姿になれるって知らなかったの!?
いや、でもさっきの雰囲気からして、グリーシャさん達が外の国に出ていること事態が珍しいみたいだから、確信の域を出ていなかったのかも。
ほえ~じゃあ、グリーシャさんって本当に珍しい種族なんだ!
「あらら~。まぁくま達、イトーカ地域からあんまり出ないですしね。でも、結構お兄さん達が気付いていないだけで、くまみたいに外の世界に出ている獣族もいるんですよ。人型になる時は目を見られてはいけないので、意外とわかりやすいです。まぁ、くまからは見えるから不便はないんですけど、目隠しで生活していたらビックリされることがあるので」
どうだっと言わんばかりに自分の胸を叩いたグリーシャさん。
人の姿をしてはいるものの、動きはどこかおっとりしていて、背後にうっすらと熊の姿が透けて見えるんだけど……。
「もふもふじゃなくなっちゃった……」
「えぇ!?」
ガーンとグリーシャさんが分かりやすくショックを受けた。
「やっぱり、こいつ動物好きだったのか」
そう呟くウィルの声を耳にしつつ、私はふわふわな耳を懐かしむのだった。
「それにしても、このお姉さんがくれたご飯。えっと、きゃっとふーど……でしたっけ?凄く美味しかったです!何より、少し食べただけで活力が満ちて、活動に必要な栄養を存分に摂取出来たっていうか。こんなに優れた食料、食べたことないです」
「え、えへへ。栄養満点でペッ……獣も大満足って書いてありますから」
さっき私が出してあげた大型犬用のお皿にキャットフードを入れて、映画館のポップコーンみたいに食べているグリーシャさんを見ていると、ほんのちょっとの罪悪感と私の世界の食べ物を食べても無事だったことの安堵感が交互に来て、なんとも複雑な気分。
むしろ見た目的に、人が犬用のお皿で食べているのがちょっと!ちょっと!!
でもグリーシャさん、このお皿軽くて頑丈でいいですね~なんて言っちゃって、気に入ってしまったから、返してと言い辛い!
ウィルとリークさんは別に気にしていない様子だけど、犬堂さんだけはこの状況を楽しんで、笑いを堪えていた。
犬堂さんってやっぱり、笑いの沸点が低いのでは……?
「あの。こんなに美味しい食べ物まで沢山食べさせてもらっておいて、何ですが……」
キャットフードを全て食べ尽くしたグリーシャさんがおずおずと口を開く。
空になったキャットフードの袋を丁寧に畳み、餌入れのお皿と一緒にぎゅっと自分の胸に引き寄せて抱きしめると、意を決したように私を見た。
さっき言ってたけど、布で目を覆っていても、しっかりと見えているんだなぁ。
「このきゃっとふーど、くまにもっと譲って貰えないでしょうか!」
「お前……食い逃げしかけといて、まだそんな事言うのか?」
「ぐ、ぐもーーー!すみませんすみません!勿論、譲っていただいた分のお金は払いますから!!!」
ウィルのドスが効いた、いつもより低い声にグリーシャさんがぶるぶると震えている。
正直な所、おにぎりを勝手に食べられたことに関しては、もう全然怒っていない。
事情があったんだし、ふわふわもこもこの毛でも触らせてくれたのなら、全然いいよってキャットフードもあげちゃうんだけど。
「素朴な疑問なんだけど。盗賊に襲われて何も持っていないんだよね?じゃあ君はどうやってお金を払うんだい」
それ!それです!
犬堂さんの言ったこと、丁度私も考えていた。
おにぎり代もキャットフード代もお金を盗賊に奪われたグリーシャさんには払うことが出来ないんじゃないのかな?
いや、別にお金が欲しくて言ってるわけじゃないんだけどね。
私達と別れた後、無一文だと大変なんじゃないかなぁ。
それとも、大きな街へ行けば、銀行みたいにお金を引き下ろせたりするんだろうか。
「ぐもも……それは」
「ほら見ろ、どうせ払えやしない。シーナはお前に優しいかもしれないがな、俺は獣族だろうが天使族だろうが、金の事でルーズな奴は信じない」
「もーウィル!グリーシャさん困ってるんだから、そんな風に言わなくていいじゃん」
「まぁまぁ。でもなシーナ。ウィルの言う事も一理あるぞ。冒険者に限らず、金は信用の証でもある。軽んじていると、自分も同じ扱いを受ける事があるだろう。出来ない事は言うべきではないってのは真意だ」
「それは……そうですね。ごめんなさい、ウィル」
「別に。お前は謝るような事は言ってないだろ」
フンッとグリーシャさんから顔を背けるウィルに、反省して謝罪の言葉を伝える。
確かに、私の世界だって無銭飲食は立派な犯罪だ。
スーパーでお金がないけど、これを売ってくださいって言っているようなもの。
貧乏で可哀想だからって無料であげることは駄目なんだ。
「いや、くまも商人です。お金が責任であることを重々理解しています。だから、お願い、したいです。くまの財産を盗賊から取り戻してくださいーーー!」
「はぁ!?」
「そうしたら、戻ってきたお金で勝手に食べちゃったご飯のお金もキャットフードの代金も、盗賊をやっつけてくれた依頼金もお支払いできますし」
「……いや、信用できねぇだろ」
「そこをなんとか!!くま、とっても困ってる~!!お願い~~!!!」
「掴むな馬鹿!!離せ!」
グリーシャさんがウィルの腕にすがりついている。
リークさんと同じぐらいのサイズが、振り払われまいと必死にしがみつく姿は、失礼ながらちょっと可愛い。
「人助けならぬ、熊助けだと思って!恩返しにウォールまで馬車で送りますから!」
ん?馬車???今、グリーシャさん馬車って言った?
振り払おうとしていたウィルの動きが止まる。
軽く眉を潜めた後、お願いお願い!と連呼するグリーシャさんを少しだけ落ち着いた様子で見下ろした。
「お前、馬車持っているのか?」
「ぐも?あ、うん。本の行商だから荷物も多いし、くまはひとりだけど基本は馬車移動で……」
そこまで言い終えて、グリーシャさんはパッと即座にウィルから手を離した。
そして、意気揚々と立ち上がると、勢いよく走って森の中へと消えていく。
やがて、5分もたたない内にグリーシャさんは戻ってきた。
「お姉さんもお兄さんもみーんな乗せてもスペースが余るぐらい大きいよ!これでウォールまで送ってあげるから、くまを助けて!」
所々破壊されている大きな幌馬車を、ガラガラと自分の手で引っ張りながら。




