熊はクマ科
「あの様子からするとシーナは動物好きだな。基本的な事だが、ケンドーの世界でも動物はいるのか?」
「そうだね、いるよ。この世界とその辺はあまり変わらないかなぁ。食べる動物とは別に、愛玩するのは犬とか猫とか小さい獣が好まれる傾向にある気がする」
「こいつはデカいぞ」
「だからまぁ、ただ単純に、椎名君は動物が好きなんじゃないかな。この熊、目が可愛いし」
「ぐもっ!?」
「おいおいウィル~~敵意も殺意もない熊を、そんなにずっと睨んでても仕方ないだろ。悪意も今のとこ感じないし、そもそも獣族だぜ?そろそろシーナが帰ってくるだろうから、ちょっと待っとけ」
「お待たせしましたー!!」
「凄い量だな」
みんなの所へ小走りに走る私を見て、ウィルがわかりやすく眉を潜めていた。
うんうん、言いたいことは分かるよ。
だって、今の私、午後6時に買い物に来た主婦みたいな状態だもんね!
右手にレジ袋、左手にレジ袋。うん、食い盛りを育てるお母さんみたいだ。
「何を持ってきたんだ?」
「フフフ。熊さんにとっておきのご飯です」
「ぐぐもっ!本当ですか!」
「はい!きっと、気に入ると思います!」
荷物を持ってくれようとしてくれているウィルに不適な笑みを浮かべて断り、意気揚々と熊さんの元へ戻ってきた私は、勢いよくスーパーのレジ袋からソレを取り出した。
「ジャジャーン!キャットフードです!」
丸い文字で可愛く書かれた「なんてニャンだふる!」という商品名と共に、キジトラ猫が舌なめずりをする写真がプリントされた商品は、正真正銘のペットフード。
私は猫を飼ったことが無いから、どれが良いとか悪いとかは分からないので「グレインフリー、添加物無し」って書かれている、ちょっと高いやつにしました。
勿論、カリカリを地面に直接置くわけにはいかないから、大型犬用のお皿も一緒に持ってきちゃった。完璧!
「あ、あのさ、椎名君」
ふんすっと胸を張っていた所へ、犬堂さんがおずおずと手を上げながら声を掛けてくる。
「はい、犬堂さん!」
それを、まるで先生みたいに名前で指名すると、犬堂さんはゴホンと軽くせき込んだ後、私の目を真っ直ぐ見ながら口を開いた。
「熊は……クマ科だよ」
「え?」
「ライオンや狼みたいにネコ科やイヌ科に分類されないんだ。だから、その……キャットフードはちょっと、うん」
「…………………………びゃーー!!!!」
く、熊ってクマ科なのーーーーーー!?!?!?
てっきり、トラみたいにネコ科かと私思っていて……!!
だってパンダって、中国では大熊猫って書くらしいし、ならパンダの親戚みたいな熊も猫なんだ~って思うじゃん!?
思ってたんだよおおお~~~!!!
恥ずかしい!!!ドヤ顔でキャットフードを出してきた、数分前の自分をバックヤードに押し込んでしまいたい!!!!
「これは木の実か何かが入っているんですか?」
あまりのショックにキャットフードを落として硬直していた私は、地面に横たわるパッケージに顔を近づけ、フンフンと匂いを嗅ぐ熊さんにハッと我に返った。
落とした拍子に隅っこが破れて、そこからキャットフードが地面に転がり出ている。
そして今まさに、そのキャットフードを熊さんが食べようとして……
「駄目~~!!!それやっぱり食べないで!」
熊にキャットフード食べさせていいとは書いてなかったし!
もしも食べて何かあったら……。
「むぐうっ!?」
あーーーー!!やっぱりーーー!!!
口に含んだ瞬間、熊さんが喉を詰まらせるようにくぐもった鳴き声を漏らす。
そのまま背中を丸めて、ぶるぶると震えだした。
「おいおい、大丈夫か?ウィル、水くれ」
「何で俺が……」
急な苦しみ様に流石のリークさんも驚いたのか、黒い毛に覆われた背中を軽く叩いてやる。
ウィルも渋々ながらも、ランチに使った深皿に水を入れてきれくれた。
「あっああ、熊さん!熊さんごめんなさい、私がキャットフードなんて持ってきたから!」
どうしよう、もしもこのまま熊さんに何かあったら、もしも死んでしまったら……!
お腹を空かせたまま天国だなんて、絶対に駄目だ!
「熊さん……私……」
じんわりと目尻が熱くなる。
この世界の住人であるウィルやリークさん達が食べられるから安心していたけど、全ての種族が私の世界の食べ物を受け付けるとは限らないんだ。
「ぐ、……もも……み……」
「え、今何て……」
熊さんの口から断片的な言葉が漏れる。
急いで聞き返すと、丸まっていた巨体が唐突にグンッと伸びた。
そう、さながら背伸びをするみたいに、びよーーーんと前足を伸ばして。
「くまに力がみなぎってくる~~~!!」
突然、ガオオオオと咆哮にも近い雄叫びが熊さんの口から発せられる。
さながらそれは大砲みたいで、間近に居た私達は、その音量に思わず両手で耳を塞いでしまった。
な、ななな何、何なの!?
熊さんの大きな両手が落ちていたキャットフードを袋ごと掴み、ぱっくり開いた口にザラザラと流し込んでいく様子は、まるでポテトチップスを食べる漫画のよう。
あんなに沢山入っていたカリカリが、熊さんのお腹に一気に収まってしまった。
ボリボリと口を動かして食べる姿は、まさしく食いしん坊の熊さん。
「ぐも~~~~~~~!!!!」
そして、すっかり空になったキャットフードの袋を地面に落とすと同時に、その熊の巨体は光に包み込まれた。
さっきまで耳を押さえていた手で今度は目を塞ぐけれど、それでも目を開けていられない。
「熊さん!」
もしかしたら、光の中に消えてしまうかも。
そう思って、見えないながらも、私は反射的に光に向かって手を伸ばす。
あの毛むくじゃらで大きな巨体に少しでも触れられるように。
やがて、私は光の中で何かを掴んだ。
「よしっ!あれ……」
熊さんに向かって手を伸ばした筈なのに、毛の感覚じゃない?
まるで人の手みたい。
「お姉さん、本当にありがとうございます!くま、なんとか人に変化出来るまでに回復する事が出来ました」
熊さんの声だ。よかった、無事みたいだ。
ん??変化??
光が静かに溶けていく。
なんとか瞬きを繰り返して、まばゆさに慣れはじめた頃、薄れゆく光の中に立っていたのは巨大な熊ではなくて、遊牧民のような厚手の民族衣装を来た一人の若い男性だった。
「改めまして、くまの名前はグリーシャ!どうぞよろしく!」




