もう、怖くないですよ
楽しかったバーベキューは終わりに向かい、デザートにスイカも食べた。
本当はスイカ割りもしたかったけど、もう暗くなってきたからまた今度。
そうやって、完璧な夏のパリピ時間を満喫したんだけど、私は、犬堂さんのことが気になっていた。
実際は、ダイオウクラーケンのイカ焼きを食べ始めた頃からだったんだけど、やっぱり少し様子がおかしい気がする。
片づけの最中とか、ぼうっと海の方を眺めたりしていて、犬堂さんにしては珍しいなぁって思っていたんだ。
缶ビールで酔っぱらったのかな、とも考えたんだけど、それにしては……何だか、物悲しそうで。
「ねぇウィル。犬堂さんの様子、ちょっとおかしくなかった?」
「別にいつも通りだろ」
「そうかなー……」
残りの片付けは任せて!と意気込んでいた犬堂さんを思い出す。
明るい表情で笑う様子は、確かにいつもと変わらなかったかもしれないけれど……もしかしたら、疲れを隠しているのかもしれない。
だって、犬堂さんだって直接ダイオウクラーケンと戦っていないにせよ、浜辺まで運んだり、バーベキューの準備までしてくれてたんだから。
私達が館に戻るのと同時に弱って倒れてるのかも!
猫とか犬とか、飼い主に弱っている所を見せないっていうし!!
それに、ちょっと寂しそうだったってのが1番大きいんだけどね。
私がおばあちゃんを思い出したのと同じように、犬堂さんも何か元の世界の事を思い出したのかな。
あれ、それなら私が原因なのでは……?
元の世界の食べ物とか食べちゃうと、そりゃ思い出しちゃうよ!
「私、やっぱり犬堂さんの片付け手伝ってくる!」
館に戻ったタイミングだったけど、ソファの上に置いてあった上着をひっつかんで再び外へと飛び出した。
「おい、シーナ!」
「いいじゃねぇか、行かせてやれ。そのうち帰ってくるだろ」
「……意味分かって、言ってるんだよな」
「そりゃな。だが、こういう時に抑えつけたらあんまり良くないぜ。同じ異世界人同士、たまにはふたりで話す時間も必要だろ」
「どうだか」
砂浜を足早に進み、さっきバーベキューをした場所まで行くと、すっかり暗くなった周囲に溶け込むように犬堂さんが海を見ていた。
存在が酷く希薄に見えて、そのまま、暗闇に消えてしまいそう。
行かないで、いなくならないで。
「犬堂さんっ」
思わず名前を呼んだ。
私の声に、犬堂さんがゆっくりと振り返る。
何故か今にも泣き出しそうな程に目を細め、困り顔にも嬉しそうな顔にも見える不思議な表情で私を見た。
それは、今まで一度も見たことない犬堂さんで、私は言葉を失った。
暫くの無言。
だ、だめだ、何か言わないと……。
えっと、えっと、あ、そうだ!
「戻ってきちゃいました」
少しだけ照れくさいけど、軽く両手を広げて見せてみる。
犬堂さんが作ってくれた上着を羽織ってきたので、似合いますか?と尋ねてみる。
フード部分に小動物の耳がついているパーカーは、薄手だけどしっかりとした作りになっていて、真昼の太陽が消えた後に丁度いい。
「よく、似合ってるよ。水着とお揃いで作ったから、着てくれて嬉しいよ」
「パーカーも浜崎雫ちゃんの水着衣装なんですね?」
「え?あ、あぁ。そう……そうだよ」
曖昧な返事を苦笑混じりに返す犬堂さんは、いつもと明らかに様子が全然違う。
息を吹きかけると、そのまま倒れてしまいそうなぐらいに薄いというか。
何だろう、まるでここに居ないみたいだ。
でも、びしびしと伝わってくる、私を否定する気配。
何も言いたくない。犬堂さんの姿は私にそう伝えてくる。
……きっと犬堂さんは何があったのか聞かれたくないんだろうな。
「バーベキュー、楽しかったですね」
だから、犬堂さんの横に並ぶようにして立った。
犬堂さんをあえて見ないで、足先へ時折流れてくる波を眺める。
「私、海でバーベキューなんて初めてで、ずっとドキドキしてました。いっそ毎日バーベキューしちゃいたいぐらい!」
「毎日はちょっと僕の胃がもたないなぁ」
「ま、毎日は言い過ぎたかも。3日に1回ぐらいの頻度で!それにレジのレベルがあがれば、スーパー内にある薬局が使えるようになるかも。そうすれば、胃薬いつでも出せますよ!」
つい数時間前の楽しい出来事が頭の中を何度も蘇ってくる。
小さい頃の思い出が、全部上から塗り重なっていくみたい。
「私、今日のこと。元の世界に戻っても絶対に忘れません」
綺麗で静かな浜辺で、ウィルやリークさん、犬堂さんと過ごした思い出は私の宝物だ。
それは元の世界に戻っても、きっと大切なものに違いない。
「……椎名君は、どうして元の世界に戻りたいんだい?」
「え?」
「ただこの異世界での目的が無いから、生きる理由付けとして元の世界に戻りたいって言うのなら、僕は戻る必要なんてないと思う」
抑揚のない、淡々とした声で犬堂さんはそう言った。
私と同じように海を眺めていた筈なのに、いつの間にか私をじっと見つめていて。
いつもの優しい笑顔は消え、まるで感情の色があせてグレーになったみたい。
「元の世界の文明が恋しいというなら、僕と椎名君のスキルがあれば問題無いし、お金だって一生楽をして暮らせるだけの貯蓄も僕なら出来るよ。家族が恋しいのなら……あまり強くは言えないけど、でも、大人になれば関わり合いなんてなくなる。椎名君が元の世界に戻る必要なんて、きっと無い」
「あっ……」
ふいに伸びてきた犬堂さんの手が私の手を掴んだ。
大きくて、ごつごつした職人の手。
その手はあまりにも強くて、あまりにも必死だった。
「だから……僕と一緒にトータへ戻ろう。僕の……」
そこまで言って、犬堂さんは口を閉じた。
まるで何かを思い出したみたいに、緩く頭を振って、俯く。
「わかってる。わかっているんだ……僕なんかがこんな事言える権利は無いんだって。ごめんよ椎名君、ごめん。忘れて欲しい」
ぎゅっと強く私の手を握って、犬堂さんは手を離す。
じんわりと残る握られた感触が、ドクドクと心を叩いていた。
駄目だ、きっとこれを無かったことにすると、閉じてしまう。
きっと犬堂さんはこのまま、いなくなってしまう。
それは、嫌。
「えいっ」
気合いの掛け声と共に、犬堂さんの身体をぎゅっと抱きしめる。
突然の行動に犬堂さんは驚いていたけど、その体は、僅かに震えていた。
だから私は犬堂さんの背中に腕を回して、子供にするみたいに、ポンポンと背を叩いた。
「雫……ちゃん」
「大丈夫ですよ。無理して言葉にしなくても」
これはただの我が儘だから。
私は犬堂さんとの繋がりを無くしたくないし、犬堂さんが辛い思いを抱えているのならば、放っておけない。
辛さを分かち合うことは出来ないけど、ただ傍にいるだけでも違うと思うから。
「心配してくれてありがとうございます、犬堂さん。でも私、犬堂さんが心配する以上に結構図太いんです!」
「…………」
「異世界での旅は確かに不安ばかりでした……でも今では、この旅を楽しんでいます。これからも前へ進めるように一生懸命頑張ります。前を向けるのは、ウィルやリークさん、犬堂さんが、私を支えてくれたからなんです」
私の帰る意味は曖昧で。
とりあえずで向かおうとしていた旅は、いつの間にか楽しい旅へと変わっていった。
だから
「もう、怖くないですよ」
すぐ傍から息を呑む気配が響く。
ぴったりくっついた体が、じんわりと熱を帯びていく。
よかった。犬堂さんは確かに、ここに居る。
「ねぇ……雫ちゃん。僕のこと……好き?」
震える声。
私は間髪入れずに笑顔で答える。
「はい!大好きです!」
震えていた体が、止まった。
犬堂さんの手が私の背中に回って、ぎゅっと強く抱きしめ返してくれる。
私の首筋に埋まるように沈んだ、すすり泣くような声が収まるまで、私は犬堂さんの背中を優しく撫で続けた。




