触手がうねうねと
せーの、という掛け声と同時に胸一杯に空気を吸い込む。
リークさんの首に腕を回し、まさに抱っこ状態で私は海の中に沈んで行った。
ぶくぶくと溢れる泡をかき分けるように、身体がぐんぐん海底へと突き進む。
リークさんは片腕で私を抱えるようにしてるから、もう片方の腕だけで泳いでいるんだけど……こんなにスイスイ泳げるなんて。
もしかしなくてもリークさんは運動神経が抜群なのかもしれない。
流石、Aランク冒険者!
(わぁ!珊瑚礁がこんなに近い!)
ウィルの補助魔法のおかげで、私の視界は海の中でもすこぶる良好だ。
珊瑚礁が覆っているから、海底にこそ降りることは出来ないけれど、すれすれまで近付くと、魚が物珍しげに私達を見てくる。
くるくると周囲を回ったり、伸ばして手の指にツンツンッてくっついてきたり。
か、かわいい~~!!どの魚も模様が鮮やかだから、宝石が周囲を舞っているみたい。
つい、ここが海底だってことを忘れて興奮してしまう。
そんな時、ふとリークさんが私の肩を叩いた。
自分の口を指さし、そのまま今度は海面を指さす。
(苦しくなったらすぐ浮上するって言いたいのかな。ふふふ、心配してくれるのは嬉しいんだけど、まだ全然いけそう!異世界人としてレベルが上がったから、長く潜れるのかなぁ。だとしたら、今までレジっていうヘンテコスキルの能力が増えるだけだったレベル上げにも少しは、良い所があるってことだよね。うんうん。綺麗な珊瑚礁に色とりどりなお魚さん。空を見上げたら、日に反射した水面が透けたレースカーテンみたいに揺らめいて……ん?)
水面を見上げようと顔を傾けた時、視界の隅っこに何かが見えた。
(さ、かな?)
100メートル程先の海中に、謎のシルエットが見える。
最初は亀かとも思った。だが、それにしては何だか手足が多いような!?
キュピーンと溶岩みたいに赤くて禍々しい目がギョロッと私を捕らえた気がして、一瞬にして口の中の空気が外に出てしまう。
(も、もももモンスターーー!?)
10本ものうねる吸盤の付いた触手。
大きく膨れた頭は、どこからどう見ても、超、超、巨大なイカじゃん!
それが水圧を物ともしないで私とリークさん目掛けて、近付いてきてる。
ぐっ、と私の腰を抱くリークさんの腕に力がこもった。
私がモンスターに気付いているんだから、リークさんが気付いていない筈がなかったんだ。
さっきのは逃げるために水面に上がるぞって言いたかったんだーー!!!
リークさん表情が一変、キッとつり上がった目で、モンスターを睨みつけている。
トントンと、指先が上を指さした。
(浮上するんですね、わかりました!)
さっき、驚いたあまりにほとんどの空気を吐き出してしまったこともあって、私は水面に向かうことに激しく同意する。
むしろ陸に!上がりましょうっ!
(わわっ!)
小さな魚達が一目散に逃げていく中で、潜った時の3倍速いスピードでリークさんが水面へと泳ぎ始める。
モンスターの進むスピードも速いけど、リークさんだって負けてない。
少し距離を取りながら、私達は水面を目指す。
(あとちょっと)
水面に私が残した浮き輪が見えて、それに手を伸ばす。
瞬間、私の腰からリークさんの腕が離れた。
(えっ)
浮き輪に引っ張り起こされる形で私は水面に顔を出す。
必死に掴まりながら、水面を見ると、リークさんがどんどん海底に沈んでいくのが見えた。
その足には、モンスターの触手がうねうねと巻き付いている。
「リークさん!」
肩で息を繰り返しながら、何度名前を呼んでも、リークさんは浮上してこない。
それどころかどんどん引っ張られて、海底へ連れて行かれそうになっている。
今のリークさんは武器も持っていないし、何より、息がどれくらい続くのかも分からない。
ウィルに助けを求めるにしても、呼びに行っている間にリークさんが死んじゃう!!
「し、沈まないと!」
浮くのは下手くそでも、沈むのは得意でしょ、鏑木椎名!
人がせっかく、バカンスを楽しんでいるっていうのに、モンスターに邪魔されてたまるもんですかっ!!
よし、浮き輪から手を離すぞ、離しちゃうぞ。さぁ、沈め!
「……沈まない!!」
なんでーーー!?!?!?
あんなに、浮いて欲しい時には全然浮いてくれないのに、緊急で沈みたい時だけ沈まないの!?
ううう、何か重しがあれば沈むかな、でも海で簡単に重い物なんて見つからないし、バックヤードから取ってくる訳にも……あ。
あるじゃん。私の言葉ひとつで出せて、凄く重たい物。
「でも、一応あれ精密機械だし……海水って一番機械に触れさせていはいけないものなんじゃ……いや、でも迷ってる暇なんてない!」
そうだ。私が悩んでいる間に、リークさんの命が削られていく。
私の持つ力が本当に特別なものなのだとしたら、防水加工ぐらいされてるでしょ!
むしろ、されててください!!
「いらっしゃいませ!お次のお客様、こちらのレジへどう……わわわわ!?」
半ば、やけくそな勢いでレジを呼び出した。
だけど全ての挨拶を言い終えるよりも先に、出現したレジの重みに引っ張られる形で私は海底へ引き込まれた。
やった!!成功した!
手にハンドスキャンを握りしめ、私は目を凝らした。
珊瑚礁をなぎ倒しながら、モンスターがリークさんの身体を連れ去ろうとしている。
そうはさせない!リークさんを離して!!
クイーンビーと戦った時、物見台から地上のクイーンビーまでは距離があったけれど、無事スキャンができた。
なら、海中であってもこの距離ならスキャンは出来るはず!
ピッ
よし!通った!!
・ダイオウクラーケン
属性 水・毒(弱点 雷)
超大型のクラーケン型モンスター。
主に、3000メートル以上深く冷たい海底に生息している。
強い毒性の墨を吐くこともある為、注意が必要。
推奨冒険者ランク A
海面から姿を現した所を倒すこと。
海の中では相手のテリトリーである為、海中での戦闘は極力避けるように。
雷使いの魔法使いは必須。
合計金額
50ゴールド
海の中で戦うなって言われても、ここ海の中なんですけどー!?
それに、どう見てもこんな浅瀬に来るようなモンスターじゃない気が……ううん、考えるのは後だ!
私は水中でも通常運転のレジのディスプレイに触れた。
そして、一時保留ボタンと半額ボタンを連続で押す。
『半額、デス』
『商品を保留致します』
水中で違和感しかない機械の女性アナウンスが私の耳だけに入ってくる。
だけど効果は抜群だ。
モンスター……ダイオウクラーケンは大きな体を痙攣させながら動きを停止させる。
私のレベル的に、長時間留まらせておくことは出来ないのは分かってる。
でも、リークさんが逃げ出す時間は稼げるはず。
自分の足を拘束する触手を何とか外そうとしていたリークさんは、急に触手が力を失っていくのに気付くと、すぐさま触手を手で外してダイオウクラーケンから離れた。
そして、勢いよく私の元まで泳いでくると、腰を抱いて、レジを置き去りにしつつ、一気に水面に浮上した。
「「ぶはっ!」」
水面から顔を覗かせた瞬間、リークさんが何度も咳込む。
だけど、数秒後には大きく息を吸い込み、すぐさま呼吸を整えていた。
凄い。かなり長い時間水中に居たのに。
「シーナ、大丈夫かっ!」
「う、うん。それよりもリークさんは」
一呼吸置くなり、リークさんが私の肩を掴んで無事を確かめてくる。
大丈夫じゃなかったのはリークさんの方だ。
それなのに、私が大怪我をしたみたいに、彼は心配していた。




