ドキドキしない方が無理じゃない!?
「おい、泳がなくていいのか?海、初めて来たんだろ。ケンドーやリークが戻ってくるまで、突っ立って待ってるつもりなのか」
ずるずると引きずられていく犬堂さんをぽかーんとした表情で見送っていた私は、ウィルに話しかけられて、ようやく我に返った。
そうだ!私は今、プライベートビーチっていう場所に来てるんだった!
ウィルの言い方はちょっと皮肉混じりだけど、海を前にしたら霞んじゃうもんね。
となると、さっそくアレを使わないと。
「何だそれ」
脇に置いてあった大きいパラソルを砂浜に突き刺して、日陰を作りながらウィルが私の手に収まったプラスチックの入れ物を興味深そうに見てくる。
ふふふ、いい所に目を付けましたねウィル。これは、
「日焼け止めです!」
ジャジャーンとさながら通販番組のようにウィルに向かって日焼け止めを突き出す。
ウィルは見慣れない商品にピンと来てる感じとは言えないんだけど、それでも今まで何度も異世界の商品を見てきたからか、妙な自信に納得して答えた。
「この入れ物に入った液を飲めば、日に焼けないのか」
「うーーーん!惜しい!!」
いや、別に惜しくはないか……いかんいかん、ついこのイケメン顔に甘く判定してしまう。
とりあえず、使って見せた方が早いし分かりやすいよね。
「これは、こうやって使うんです。見ててくださいね」
日焼け止めの蓋を外して、中からうっすらと紫色の混ざった白いクリームを出すと、それを自分の腕に伸ばしながら塗っていった。
ミントやフルーツの香りがする奴もあるけど、私は無臭派ですっ!
右手、左手、そのまま右足、左足、お腹、と、まんべんなく塗り塗りしていく様子をウィルはあー……と声を漏らして観察していた。
「なるほど。皮膚に塗る事で肌を守り、日に焼けにくくなると……白い肌を好む貴族連中に売り込んだら、いい商売が出来そうだ」
「そ、そういう考えは、私にはない……かな?」
もしかしたらこの世界では、日焼け止めなんて物が無くても大丈夫なのかもしれない。
でも、紫外線はやっぱり舐めちゃ駄目ですから!!
「これでバッチリ!きっと夜に肌がヒリヒリする事は無い!!よーし、いってきまー……」
「シーナ」
「はい?」
「ん」
「ん???」
パラソルの下から飛び出そうとした私を呼び止めたウィルの手が、スイッと此方へ伸びてくる。
一瞬頭を傾げたけど、すぐに解決した。
「あぁ!はい、ウィルも肌白いし日焼け止め塗っとこ」
なーんだ。ウィルも使いたかったんだね。
うんうん、ウィルっていつもマントとフードで肌はほとんど露出していないけど、こうやって水着になると色白なのがよく分かるもんね。
色白の人って赤くなることが多いし、痛くならないように予防しなきゃ。
「いや、そうじゃなくて。お前、背中塗らなくていいのか?」
「背中……あ!」
私の水着は背中がバッサリ露出している。
そんな至極当然なことをすっかり失念してしまっていた!
「わー!本当だ、ありがとうウィル!」
渡そうとした日焼け止めを、もう一度手に出して、ぐっと背中に腕を回す。
回すんだけど……。
「ぐ、ぐぬぬ……とどかない」
スカッと指先が掠れて外れる感触、肩の付近とか腰の裏とかは塗れるんだけど、なんかこう手応えが感じられない。
ちゃんと塗れてるからなぁ、やだよ~!!水着の紐の形に日焼け痕が出来ちゃうの!
「だから、塗ってやるって」
「え!?」
そんな苦戦を強いられている状況下でウィルが出してきた提案は凄く魅力的だった。
なるほど、それでさっき私に向かって手を伸ばしてたのか。
俺が塗ってやるよって意思表示だったのね。
相変わらず分かりにくい……『ん』だけじゃ分かんないよ!
とはいえ、自分の背中に腕を回して塗るのには限界がある。
他人にしてもらうと、まんべんなく塗ってもらえるもんね。
「あのー……そのぉ」
頼みたい。
日焼けしたくないから、超、超、頼みたいんだけど。
ただ、その、なんていうか……ちょっと恥ずかしいというか。
やっぱりドキドキしちゃいます!!!
バーーンって背景に大きな爆発が起こるぐらい、私は混乱していた。
でも、ウィルはきっと何も意識せず、提案してくれたんだよ、ね……?
「何だよ」
チラッとウィルを窺うと、別に普段と何も変わらず無愛想なイケメンだった。
「……ですよね」
私を意識している素振りとかそういうのじゃなくて、「背中届かないなら塗ろうか?」って提案してくれている気遣いだ。
まぁ、そんなもんだよね。
ちょっと親切が分かりにくい、ウィルの性格なんだし、素直に日焼け止めを塗ってもらおうかな。
そもそも、ウィルってばボインバインのお姉さんが好きって言ってたしね!
「……お願いしまーす」
「何で不服そうなんだよ」
「だって何だか悔しいんですもん」
「それは良かった」
「何で!?」
ぐぬぬ、悔しい、悔しいぞ~~~!!!
また私だけ意識しちゃってるよ!!!
観念して、って言い方は少し違うかもしれないけど、似た気持ちでウィルに日焼け止めを手渡すと、塗りにくいから座れ、とパラソルの下に敷かれた絨毯を指さされた。
はーい、と、かけ声を出しつつ絨毯に腰を完全に下ろす。
そのまま、ごろんとうつ伏せに寝転んだ。
じんわりと熱気が絨毯越しにお腹へ伝わって、ちょっと気持ちがいい。
規則的に耳へ入ってくる波の音が良いBGMになって、リラックスしちゃう。
これが自然のマイナスイオンオーラ……マイナスイオンって山だっけ?
「お前……いや、何でもない。塗るぞ」
「はーい」
一瞬ウィルが歯切れ悪くなった気もしないでもないんだけれど、今はこの自然に癒されていて、それ程気にならなかった。
ウィルの宣言通り、背中にペタッと掌の感触が触れる。
そのまま、すーっと横に流れて、まんべんなく背中へ塗ってくれているのが伝わってきた。
日差しの下にいた身体は少し火照っていて、ウィルの冷たい手がどこか気持ちがいい。
でも同時に、丁寧に動く感覚が指先1本1本の形を正確に捉えて私の頭にぶちこんでくる。
うーうー!!やっぱりウィルが全然意識してないって言っても、私が全く意識しないっていうのは無理があるっていうか!
ドキドキしない方が無理じゃない!?
「あのね、ウィル」
「おい、動くなよ」
もう大丈夫だよ、と言うために横から見上げると、私に覆いかぶさるような体勢のウィルと目が合った。
エメラルドの瞳に見つめられて、顔がみるみる赤く染まっていく。
そ、そういえば、つい流れで寝転んでしまったけど、座るだけでも良かったのでは!
だって、こういうの塗ってもらう時、皆うつ伏せで寝てるじゃん!?
わーん!何で寝転んじゃったの!
思わずそのまま視線を下ろし、おでこを絨毯につけて地面をぐりぐりする。
すると、ウィルの指先が私のわき腹を軽くかすめた。
「ひゃんっ!?」
「!?」
思いがけない大きな声に思わず両手で口を覆う。
急に声なんて上げたから、きっとウィル驚いてる!!恥ずかしい!!
頭がぐるぐる回る中で、私はウィルの顔を見ることも出来ずにスクッと立ち上がった。
「オヨイデキマス!イッテキマス!」
「あ!おい!」
脱兎の如く、ビュンッとパラソルの下から飛び出した私は、桟橋を目指してひた走る。
そして、ウィルが止めるのも待たずに海へと飛び込んだ。
ザブーンと海に沈む。
水面に向かって沢山生まれていく泡に包まれながら、私は想像以上に深いことに慌ててしまった。
足つかない!!想像していた以上に深い!?
そう、私は金槌なのです!!!
なんて堂々と宣言している場合じゃなかった、浮かべ、浮かべ~~!私の身体!!
「「ぶはっ!」」
体に空気が触れた気がして、はぁはぁと荒い呼吸を繰り返しながら上を見上げると、濡れてキラキラしたウィルのくすんだ金髪がそこにはあった。
気がつくと、腰にウィルの手が回っていて、引き上げてくれたんだと分かる。
「くくっ、何してるんだよ、お前……本当に溺れたのかと思ったぞ」
ウィルは突然、我慢出来ないと言った様子で吹き出して笑った。
それは、いつものニヒルな笑顔じゃなくて、もっと子供みたいな無邪気な表情で。
さっきよりずっと近い距離にいるのに、そんな顔を見ていると、羞恥心はさっぱり消え去ってしまった気がした。




