キスされた?
美の判断基準は人それぞれかもしれないけれど、目の前に立つ人はドールみたいに完璧な美しさで、何気なく立つ姿すら優美に見える。
襟足に紫のメッシュが入ったピンク色のショートウルフヘアの髪をかき上げる仕草に見惚れていると、少し吊り目気味のぱっちりした紫の瞳と目が合った。
うん、やっぱり男の人か女の人かわからない。
昨日は暗闇の中できちんと見ることが出来なかったけど、改めて明るい所で再会すると、とんでもなく美人であると同時に、着ている服も少し変わってるのが分かった。
サイバー系って言うんだろうか。
襟が立つマウンテンパーカーには蛍光で青と紫のラインが入っていて、ポケットが色々と付いている。
それに合わせる黒いパンツがなんともスタイリッシュだ。
腰に下げられた細身の剣が無ければ、街中を駆け回るパルクールでもしそうな感じ。
「そんなに熱心に見られると勘違いしそうになるね」
「はっ……ご、ごごごめんなさい!失礼しました!」
やっちゃったーー!!!!
つい、好奇心からじろじろ不躾に見ちゃったけど、向こうからしてみたらじっと凝視されてたら、気分も悪くなるよね。
自分に出来るもっとも早い速度で頭を下げていると、見かねたウィルがダイニングテーブルからこっちへ移動してきた。
コテージの中に居たからフードは被っていない。
おお……私の周りの顔面偏差値がもの凄いことになってる……。
「なんだ。運び屋か」
「ウィル、知ってる人?」
「知ってるっていうか、運び屋は運び屋だな。荷物を運ぶ奴だ。お前の世界には荷物を街から街に運ぶ、的な仕事をする奴はいないのか」
「あー……運送業の人。郵便や宅急便みたいなものか。運び屋なんて言うから、もっと悪い物とかおっかない物を運ぶやつかと……」
「その認識でも間違ってないよ。ボクは金次第で何でも運ぶからね」
運び屋さんが、にこっと口元だけを持ち上げる整った笑みを浮かべる。
金次第って、本当にドラマや映画みたいな運び屋みたいなことするの???
でも確かに、目の前に居る運び屋さんからは段ボール持って「ピンポーン、宅急便ですー」みたいな穏和な雰囲気が全然無い。
むしろ、銃とかバンバン撃ちながら敵の目をかいくぐって妖しくセクシーに登場!っていうか。
「おう、悪ぃ。手が離せなくてな。オレ指名か?」
妄想に耽っていると、一段落ついたリークさんが玄関にやってきた。
惜しい、あと少しで無数のサーチライトを避けて妄想の街中を逃げ切れた所だったのに。
「はい。依頼者さんからお手紙を預かっています」
運び屋さんが懐から一通の手紙を取り出してリークさんに手渡した。
蝋で封をしている立派そうな手紙だけど、リークさんは全く気にしないで破いて手紙を取り出し、うーんと分かりやすく顔をしかめた。
「まぁそうなるわな」
「どうかしたんですか?」
「オレに仕事をした依頼人から手紙が来たんだが、本来はこのセーフゾーンで待ち合わせの予定が、スイートビーの件で別の場所で打ち合わせをさせてくれって書いてあったんだよ。まぁ、あれだけ派手に襲撃されたからな。こうなることは予想してたんだが……」
「良かったじゃねぇか。どうせ旅費は向こう持ちだろ。セーフゾーンで休憩出来たと思えばいい」
「どう考えても休憩出来てねぇだろ」
はぁーっと盛大な溜め息を吐いているリークさんが、ウィルに軽口でからかわれている。
それを後目に、仕事を終えたとばかりに運び屋さんがその場を去ろうとしているのが見えた。
振り向きざまに揺れる髪がしっぽみたいで、あの時みたいに気付いたら消えてしまいそう。
「ま、待って!」
慌てて声を上げたから、ちょっと恥ずかしいけれど、少しだけ上擦ってしまった。
運び屋さんは立ち止まり、少しだけ目を見開いて私を振り返った。
「君、凄いね。あの時も今も、ボクに気付くんだ」
「え?気付くって……」
だって目の前に居ますよね?
そう思いながら側にいるウィルとリークさんを見たけれど、2人は運び屋さんがその場を去ろうとしていたことなど知りもしなかったみたいにしている。
そもそも、2人は運び屋さんをそこまで深く認識していない、とか?
私も宅配の人とか改めて考えると意識したことなんて、あんまりないし……でも、だからってこんなにも美人に気付かないってことはないと思うんだけど。
不思議そうにする私に、運び屋さんはゆっくりとした歩調で戻ってきてくれた。
そして、軽く小首を傾げる。
「何かな、お姫様」
私が呼び止めたからわざわざ戻ってきてくれたんだ!
これはチャンス、今こそ、あの時のお礼をちゃんとしないと。
「あの、昨日は物見台から降りられなくなっていた所を助けてくれて本当にありがとうございました。運び屋さんのおかげで無事にクイーンビーを倒すことが出来ました!つきましては、運び屋さんのお名前を教えて頂けると嬉しいです!!」
どうだ!接客業で培い、忙しい時はまるで水飲み鳥と称された、70度のお辞儀!
出会って間もない私の無茶を聞いてくれたんだから、こっちも誠意を見せないと!
「ふふ……」
数秒間の無言の後、軽い笑い声が聞こえてきた。
「名前を聞かれたことなんて初めてだよ」
体を起こして向き直ると、運び屋さんの表情はいつも浮かべている綺麗な笑顔とは別物ってぐらい可愛くて素敵だ。
そこにはほんの少しの幼さがまだ残っていて、それでいて強気な瞳がきゅっと猫みたいに細まってとても魅力的。
ほわー……マンガみたいなキラキラしたエフェクトが見えちゃう。
「ボクの名前なんて聞いて、どうするつもり?」
「へっ!?あ……えーと」
「あの夜の抱き方じゃお気に召さなかったかな」
「ひやっ!ち、違います、あの」
急に運び屋さんの整った顔が間近に迫ってきて、思わず息を呑む。
ぱちぱちと瞬きを繰り返して、相手の綺麗な顔に耐性を付けつつ、私はおずおずと口を開いた。
「名前を知って、ちゃんと感謝を込めて“運び屋”じゃなくて“貴方”にお礼を言いたくて……」
「……それだけ?」
「はい。あっ、もしかして名前とかお仕事的に駄目なんですか」
運び屋っていうぐらいだから、もしかしたら意図的に名前を隠しているのかもしれない。
金次第で何でも運ぶつていうのなら、尚更だもんね!
やっぱり聞いたらまずかったかな……。
「ボクはノア」
「えっ」
思わず、間の抜けた声で返事をしてしまって、私は慌てた。
目の前で運び屋さん……ううん、ノアさんがゆっくりと、まるで舞台上の役者のように自分の胸へ手を添えながら再度口にする。
「ノアさ。それ以上でもそれ以下でもない、ただの運び屋ノア。よろしく、シーナ」
不意に甘く呼ばれた名前に、ドキッとしながらも凄く嬉しくなった。
あの時暗闇に消えていくノアさんに私の名前はちゃんと届いていて、それを覚えてくれていたんだ。
ノアさんか、うん。名は体を表すって言うけれど、よく似合ってる。
「ノアさん、昨日は私を運んでくれてありがとうございました!」
だから私はその名前を噛みしめるみたいに、心からお礼を言った。
ノアさんがあそこで助けてくれなかったら、私は木に登って降りられなくなった猫みたいに、みゃーみゃー鳴くことしか出来ませんでした。
うう、本当によかっ……あれ、そういえば何か忘れているような。
ノアさんを見ると、ノアさんはにっこりとどこか意地悪気に笑っていて、既に私の引っかかりが何か気付いている様子だった。
「おい、今こいつに運んで貰ったって言ったか?」
「あ、はい。昨日の夜、クイーンビーの所まで運んで貰ったんです」
「あちゃー。シーナは何も聞かずに頼んじまったんだな……」
「え?え?」
ウィルとリークさんに交互に尋ねられ、2人の顔を見ると、どこか同情的な雰囲気で私を見てくる。
な、なんですか。急に重々しく頷いちゃったりなんかして。
「駄目だったんですか……?」
「運び屋はその名の通り運ぶのが仕事だ。金次第で何でも運ぶ。何でもな」
分かるな、シーナ。
2人の顔がそう物語っている。
つまり?
運ばれたのは、
「私だ!!!私、運ばれちゃったんだ!!!!」
「いやぁ、何時になったら思い出すのかってちょっと楽しんでいたんだけど、ようやく思い出してくれたんだね」
「あ、あのっ私、あんまりお金、もって、なくて……!」
運び屋さんに荷物をお願いするのっていくらぐらいするんだろう!
普通に送るとして、私の世界では小さな荷物でも千円ぐらいしたでしょ?
送る物が大きければ大きい程高くなるし……いや、そもそも人間を運ぶってなると規定外の値段になるのではーーー!?
「そんなに動揺しなくても大丈夫だよ。そもそも、あの運び方もあんまりしないけどね」
国から貰った援助金内で払える金額だと嬉しいんだけど、うう……痛い出費だ。
分割支払いとかも対応してもらえるのかなぁ。
「シーナ、お前一体何したんだよ……さっきも抱き方とか言われてたし」
ウィルが訝しげに私とノアさんを交互に見た。
違います!今回はトンチキな事は何もしていないはずです!!
「ふふ、お姫様の身体は火照るように熱かったよね。顔をボクに埋めてきた時は驚いたなぁ」
「は?」
「いやっそれ!えっ!ウィル、違うの~!!」
そりゃ、身体は熱かったけど!あれは運んでもらいたい一心で!!
そして顔を埋めたのは目を閉じていたかったからで!!
「ごめんごめん、お姫様を守る騎士様が凄く心配してたからちょっと揶揄ったよ。まぁボクも鬼じゃないし、あの時は本来ならするべき値段の提示もしなかったからね。」
「じゃ、じゃあ!」
「でもお姫様をクイーンビーの所まで運んだのは事実だよね。運び屋がお代を頂かないとなると後々面倒になるし、しっかり頂くよ」
「……ですよね」
世の中そんなに甘くない!!知ってたけど!
よし、腹を括れシーナ。お金は稼げば戻ってくる!
「そんなに緊張しないで、大丈夫。ボク、可愛い子にはうんと優しいから」
そう言って、アメジストのきらきらしたノアさんの瞳が、ガチガチに強ばった私を捉えた。
近づいてくる、甘い清廉な百合の香り。
そっとノアさんの白い片手で頬を支えられたと思ったら、もう片方の頬に何かが触れた。
柔らかくて、熱くて、それでいて微かにちゅっと響くリップ音。
「この続きのお代は、次に会った時に頂くよ」
ひらりと猫のしっぽがじゃれつくみたいにして、頬から顎を擽る指先が離れていく。
何が起きたか分からず、私はぽかんとしたままノアさんの後ろ姿を瞬きをするのも忘れて眺めていた。
私、今……ノアさんにキスされた?
「むぎゅ!」
途端、急に私の顔を物凄い力で何かが覆う。
な、ななななに!?ウィル!?
ウィルが自分の服の袖で私の頬をごしごし擦ってる!?
「い、いたいっ~~!!痛いよ、ウィル!!」
「いいからじっとしてろ」
「むぐうううう」
力任せにそんなに擦ると赤くなっちゃうよ~!
リークさんも見てないで止めてください!
「シーナ、飯食う前にもう一度、顔洗ってこい、な?」
な、なんだか……笑顔なのに何故か声にドスが効いていて怖いんですけど!?
2人ともいったいどうしちゃったの……あ、ノアさん行っちゃう!
あっあーーーー!ノアさーーーん!!!




