オレも男だからな
リークさんは一口紅茶を飲むと、そのままゆっくり話してくれた。
「オレが10歳ぐらいの時に、親父が病気になったんだ。うちは裕福な家でも無いし、一家の働き手を失うと同時に薬代も掛かるってなるとな……弟達はまだ小さかったし、オレとお袋だけじゃ、どうにもならなかったんだよ。それで、どうにか金を工面出来ないかって悩んだ結果……」
「冒険者になった、と?」
「そういうこと。幸いオレには剣や魔法を使う才能はあったし、この髪色がラッキーだからってゲン担ぎで色々なパーティに入れて貰ったよ。いやぁ、緑色が体にあって良かった良かった」
ハッハッハッ、なんて大ざっぱに笑ってるけど、10歳から出稼ぎしてるってことだよね!?
いやいやいや、そんな若い年齢で冒険者ってなれるの!?
……そういえば、ウィルとユディルさんもリークさんと同期って言ってたから、3人とも10歳で冒険者……異世界は進んでるのね。
「今それなりに冒険者として成功しているから、後悔はしていない。まぁ、茶葉農家よりモンスター相手に戦ってる方が性格に合ってたんだろうな。それに、ほら!これだけイイ男なんだ、田舎に置いておくには惜しいだろ」
「ふふっ、自分で言っちゃいます?」
自分を親指で示しながら堂々とするリークさんに思わず笑いが漏れる。
「あれ、でも初めてアネスさんの宿屋でリークさんと会った時、確か別の冒険者さんと居た気がしたんですけど」
「それは助っ人の奴だな。オレは基本1人で活動してる。人数制限がある依頼の場合のみ、他の冒険者に頼んで一時的にパーティ組んで貰うって感じだな」
道すがらウィルに聞いたことがある。
冒険者はレベルが高くなればなる程、パーティを組むことが多い。
人数が多い方がレベルが上がりやすいのと、冒険者連盟の依頼を分担してこなしやすくなるかららしい。
特にS級になると、自分のパーティを持つ者も多いって言ってた。
リークさんはA級冒険者だけど一匹狼って感じなのか。
あ!レベルは70だから実力的にはS級冒険者って言ってたっけ。
「リークさんがS級冒険者の昇級を受けたがらないのって、もしかして人数的なものが理由なんですか」
私がふと尋ねると、リークさんは少し間を置いてから頷いた。
「ウィルに聞いたのか。昇級しないのは……そうだな、まぁ、簡単に言えば実家に金送ってるんだよ。でもほらパーティ組んでると人数で報酬を割らないと駄目だろ。それがなー……ちょっとなぁ……」
「だから全部1人で依頼をこなしてるんですか!?」
「やってみたら出来たってのが大きいけどな!基本はソロだが1人で出来ないと判断したものは、さっきも言ったが他の冒険者に頼んだりしている。逆もあって、人数やレベル的に厳しくて助けて欲しいって、声掛けてもらったりもするぞ」
「なるほど、だからリークさん知り合いが多いんですね」
このセーフゾーンの中だけでも、色々な人がリークさんに挨拶していた。
それは色々な所でコミュニケーションを取っていたからなんだな。
明らかにレベルが低そうな冒険者さんや、屋台のお店に人にも気さくに対応していて凄いなぁと思った覚えがある。
バイトの女の子にだけ威張り散らすクレーマーも見習ってほしいものだ。
「まぁ持ちつ持たれつやってるぜ。S級ランクも、昇級すると政府公認の依頼を断れない場合もあるから、二の足を踏んでるんだ。手厚い待遇をしてくれるのは嬉しいんだが、それで好きなタイミングで稼げないってなると、金の為に冒険者やってるのに本末転倒だろ」
「はー……」
なんていうかリークさんは結構現実主義なんだな。
ウィルに聞いたときは「ロマンの為に冒険者をしている」って言ってた。
けれど、リークさんはその真逆で本当に「お金の為に冒険者をしている」って感じ。
ウィルとリークさん、10歳で冒険者になったのなら、もう15年以上の付き合いになるんだよね。
確かに、冒険者に求めるものは人それぞれ違うのかもしれないけど、これだけ真逆な2人がそんなに長い事、友達?腐れ縁?でいるのも不思議だ。
「それに、政府公認の依頼は拘束時間も長い。何か月も拘束されると、弟達が心配しちまう。国がらみっていうのは、個人より国の利益を優先するから、信じられるものも少なくなるしな。あいつらの為にも、オレは死ぬわけにはいかない」
「弟さんや妹さんの事、好きなんですね」
「もちろんだ、弟と妹だけじゃなく親父やお袋も大切にしている。この紅茶もな」
そういってリークさんは紅茶と同じミルクティー色の瞳で優しく微笑んでくれた。
ウィルもそうだけど、家族のことを楽しそうに話している姿は見ていてこっちまで嬉しくなっちゃう。
「さーて。じゃあオレの昔話はもうおしまい。よい子は寝る時間だぞ」
「あっ、リークさん。今、私のこと妹扱いしてませんか」
「まさか。ほらマグカップはオレが洗っておく」
カウチから立ち上がったリークさんが、私の手からすっかり空になったマグカップをそっと受け取りながら言う。
ううう、5人も弟妹が居るって聞いた後だからか、余計に小さい子扱いされているような気分になってくる。
でも……不思議と嫌な感じがすっかりしなくなってしまったんだよね。
ほらほらと、急かされるままに寝室の前まで送られた。
「慣れない事だらけで疲れただろ。明日はちょっとぐらい寝坊しても全然大丈夫だからな。なんなら美味い朝食も作っておく」
「リークさんのご飯楽しみです。ふふ、やっぱりリークさんはお兄さんみたいですね」
「兄かぁ」
くすくす笑っていると、不意に頭上に影が出来た。
同時に、リークさんの筋肉質な腕がゆっくりと伸びてきて、まるで寝室のドアを塞ぐようにしている。
ドアを背にした私が顔を上げると、リークさんとバチッって音が鳴るぐらいに視線が重なった。
優しくて力強くて、それでいてほんの少しだけ挑発的に持ち上がった口角が、いつものリークさんと全然違った雰囲気を醸し出していて、思わず固まってしまう。
「オレも男だからな。兄としてじゃなくて1人の男として見てもらいてぇな」
「ふ、へ……」
「おやすみ、シーナ」
ドアを塞いでいた手が離れ、そのままとんっと私の肩を叩く。
リークさんは何食わぬ様子でキッチンへ戻っていった。
私はと言うと、何も言い返せずにその場で立ち尽くした後、のそのそと部屋へ戻った。
ドアを開けると、こっちを向いて寝ていた筈のウィルが、寝返りでもしたのかドアに背中を向けて眠っている。
ベッドへ潜り、目を閉じても、リークさんの何処か野性味ある顔が忘れられなくて、恥ずかしさから枕に顔を埋めるようにして眠った。
……
「おはようごじゃいましゅ……」
「おう、おはよう。寝ぐせついてるぞ。直すついでに顔洗ってこい」
朝になって、のそのそとベッドから出てきた私を出迎えたのは、ダイニングテーブルに着いて優雅に紅茶を飲んでいるウィルの姿だった。
着替えたのはいいけど、まだ少し眠い。
目を擦りながら眠気を覚まそうとしていると、美味しそうな匂いが鼻を擽った。
「おはよ、シーナ。朝飯、もうすぐで出来るからな」
キッチンから飛ばされたリークさんのウインクに少しドキリとする。
結局布団に入ってから、なかなか眠れなくて大変だったのだ!
うう、これが大人の悪い所!
ウィルもそうだけど、ふとした時にドキッとさせるの禁止!
はっ、これは美味しそうな卵の匂いとウインナーが弾ける音。
お腹空いてきた。早く顔洗っちゃおう。
コンコンとコテージの扉がノックされたのは、私が洗面台から顔を洗って戻ってきた時だった。
「シーナ。悪いけど手が離せないから出てくれ」
「はーい!」
フライパンを手に料理しているリークさんに頼まれて、駆け足でドアに向かう。
こんな朝早くに誰だろう。昨日スイートビーやクイーンビーを倒したから、冒険者連盟の人かもしれない。
「今開けまーす!」
声を掛けながらドアを開ける。
朝特有の少しひんやりして清々しい空気の中、その人は立っていた。
「運び屋です。依頼者からリークさんにお荷物を届けに参りました……あれ、君は」
「あ!貴方は……!」
「やぁ、お姫様。また会えたね」
陶磁器のような白い肌、艶のある唇、長い睫毛で彩られた顔。
そして漂う甘く清廉な百合の香り。
物見台で私をクイーンビーの所まで運んでくれた、謎の美しい人物が私を見て何処か妖艶に笑った。




