美味しいミルクティー
「……この顔だけは何度見てもびっくりする」
パチッと開いた瞼の先にある、寝息を立てながら眠るウィルの顔は、びっくりするぐらい格好いい。
目を閉じているから長い睫毛がよく見えるし、スッと通った鼻筋や綺麗な唇が相変わらず王子様みたいだ。
こういうのって、寝顔がちょっと変わってるとか、欠点的なのがあるんじゃないの??
ううむ、真のイケメンは寝顔すら美しいのか。
喉が乾いて起きたら、思いがけないものを目撃しちゃってちょっと嬉しい。
ウィルって野宿の時はマントで顔を隠して寝てるから、寝顔はレアなのです。
水を飲みに行こうと出来るだけ静かにベッドから出た私は、そぉっと素足のまま扉を開ける。
ぐっすり寝ているけど、ウィルは小さな音でも敏感に起きそうだから気をつけなきゃ。
部屋を出ると、リビングにはまだ灯りが付いていた。
「あれ、リークさん……まだ起きてたんですか?」
カウチに見慣れた黄緑色の頭が見えて、声を掛ける。
前に回り込むようにして近付くと、リークさんは書類らしき物を整理している最中だった。
自分の膝やカウチの上、床にまで散らばっていて、物凄い量。
これってお仕事関係かな、そうだったら見ない方がいいかも。
声を掛けたのは私だけど、さっさと去るべきか悩んでいると、リークさんが散らばっていた書類を簡単にひとつにまとめて、自分の隣のスペースを開けてくれた。
「ほら、どうぞ。ちょっと散らかってるけどな」
「いいんですか?じゃあ、お言葉に甘えて」
おじゃましまーす!と断りを入れながら隣に座ると、リークさんは何処か微笑ましそうに私を見た。
「何だか随分と可愛いな。それも異世界の服なのか?」
「え?あ、そうです。パジャマと言って、私の世界で寝る時に着る服なんです。まぁ、自分でもこの服は可愛いと思うんですけど……服に着られてるといいますか」
犬堂さんが私にプレゼントしてくれたパジャマ。
トップスの丈が長くて、ボトムは短パンのパジャマなんだけど、注目すべきはその布地。
ふわふわもこもこの柔らかい素材で、つい触りたくなってしまう程のなめらかな触り心地で凄く気持ちいい。
色も白とピンクで、可愛さが倍増している。
最初に見た時は可愛い~って無邪気に考えてたけど、同封されていた小さな手紙に、
【ねむねむ☆ひつじさんとのパジャマパーティーガチャ】
【SSR浜崎雫/マイドロップ・シープ】
ってわざわざ丁寧に書いてあってね……。
これも推しの服なんですね、どうりで可愛いと思いましたよ!!
ただでさえ普段着の魔法服がアイドルの服だっていうのに、パジャマまでアイドルの服ってちょっと気恥ずかしくもある。
「いや、可愛いって言ったのはシーナ自身の事だぞ。よく似合ってるな」
だというのに、リークさんは恥ずかしげも無く、笑顔で私に向かって言った。
「そんな、服が可愛いだけですから!」
「そうかぁ?服だって似合う似合わないはあるだろ。よく似合ってるってことは、そのパジャマって服を着こなしているって事じゃないのか。んで、それを見てオレは可愛いって言ってるんだから、素直に受け取っとけ」
「ひゃ~~照れます!でも、その、あの……ありがとうございます」
力強い笑顔で褒めてくれて、照れちゃうけど少し嬉しい。
何て言うか、真っすぐで心が広くて、優しい魅力の持ち主だな、リークさんって。
「ところで、こんな夜更けにどうしたんだ?ま、まさか……ウィルに何かされたか!?」
「違います!ウィルぐっすり寝てましたよ。そうじゃなくて、喉が乾いて起きたんです。カップ麺って美味しいけど味が濃いから」
「あぁ、なんだ……そういうことか」
今すぐにでも剣片手に寝室に乗り込んで行きそうだったリークさんが、ほっと胸を撫で下ろす。
「そういうことなら、何か飲み物でも淹れるから、座って待っててくれ」
「え!?そんな悪いですよ、水でも飲んで……」
「そんなに足出してたら冷えるだろ。ちょっと身体温めて寝た方が朝までよく眠れる。ほら、これ膝にかけとけ」
「あっ……」
よいしょと、かけ声を掛けながら立ち上がったリークさんが、置いていた毛布を渡してくれた。
そのままキッチンへ行き、慣れた手つきでお湯を沸かしながらお茶の準備をしている。
リークさん、本当に何でもできるし、よく気が付く人だなぁ。
その大きな後ろ姿を、私は座ったままじっと眺めていた。
自分にもしも「兄」が居たなら、こんな感じなんだろうか。
頼れる家族という存在にはとんと想像が付かないけれど、凄くあったかい。
甘やかされることが、私には少し恥ずかしくて、とても嬉しかった。
「リークさんって、確か弟さんが居るんでしたっけ」
「あぁ、弟が4人と妹が1人居るぞ」
「5人!?随分と多いんですね」
「そうそう。オレが一番上なんだけど、歳も離れてるから、ついつい手を掛けちまうんだよなぁ」
「てことはリークさんは6人兄弟の長男ですか」
そういえば屋台通りでユディルさんに絡まれていた所を助けて貰った時、口に付いた食べかすを指で拭われたのを思い出した。
ううむ。あの慣れた手付きの真相は5人もの弟妹が居たからなのね。
それなら手が自然と動いても仕方がな……くはない?
「それがどうかしたか?」
「いえ、リークさんみたいな人がお兄ちゃんだったら、良かったのになぁって思って」
「オレ?あははっ、それは光栄だ」
リークさんがキッチンから戻ってくる。
その手には大きなマグカップが2つ持たれていて、そのうちのひとつを私は受け取った。
ほんのりと甘い香りが鼻をくすぐる。
琥珀色の液体にはミルクが混ざってぐるぐると渦を巻いていた。
「ありがとうございます。いい香り~ミルクティーですか?」
「おう。熱いから気を付けろよ」
マグカップから立ち上がる湯気を受けながら、ふーふーと息を数回吹きかけて、リークさんが淹れてくれたミルクティーに口を付ける。
「んっ!?」
口に入れた瞬間、まろやかな甘みが広がった。
ミルクを入れているのに紅茶の香りが凄く立っているのも驚きだけど、飲んでみてもしっかりとした甘く芳醇な味わいがある。
心地よい深みはあるのに渋みは全然感じられなくて、口当たりもすごくいい。
もちろんミルクとのハーモニーもばっちりで、心から温かくなりそうな優しい味。
こんなに美味しいミルクティー初めて!
「リークさん!この紅茶、凄く美味しいです!」
思わず目をキラキラさせながらリークさんを見ると、彼は何処か自信ありげにニカッと笑って見せた。
「だろ!オレの実家で作ってる茶葉なんだ」
「リークさんのご実家で?」
「あぁ。うちはマクスベルン大陸の片田舎で細々とやってる茶葉農家でな。今シーナが飲んでるのが新作の紅茶だ。ミルクに合うように作っていて、オレのお気に入りだぞ」
そう言いながら、リークさんは自分のマグカップに口を付けた。
ミルクに合うってことは元の世界で言うアッサムとかかなぁ。
でも紅茶って凄い種類があるし、世界が違うのなら全く違う茶葉って可能性だってある。
ブレンドすると可能性は無限大……うーん、ロマンだー!!!
「私、紅茶の中でミルクティーが一番好きなんで、嬉しいです」
「気に入ってくれてこっちも嬉しいぜ。もう少しミルクを多くすると、シーナの好きなカレーパンにも合うしな」
「!!リークさん!わかってる~!!!」
そう、カレーパンにミルクティーを合わせると、カレーの風味が引き立って美味しいんだよね。
よくバイト先でペットボトルのミルクティー買って、カレーパンと食べてたなぁ。
日曜日にフルで入ってる時のお昼とかも、この2つセットでよく食べていたから、バイトの先輩に美味しいミルクティー教えてもらったりしたっけ。
……それにしても茶葉農家かぁ。
リークさんが鍬を持って畑を耕している……うん、割とイメージできちゃうな。
でも、丁寧に茶葉を摘んでるってなると想像できないかも。
「リークさんが葉っぱを摘んでる所が想像できません……」
「へ?」
「もしかして、その大きな剣で一気に茶葉を刈り取ったりするんですか?」
リークさんの目が点になる。
だけど、直ぐに大きく口を開いてリークさんは笑った。
「あははっ!そうだな、それが出来たら収穫は楽だろけど、流石のオレでも、そんな芸当は無理だなぁ」
「あっ、そうですよね!すみません!」
ですよね!そんな曲芸みたいなこと、出来るわけないもんね!!!
思いがけない雰囲気で笑われちゃったけど、機嫌を損ねるようなことしてなくて良かった。
それにしてもリークさん笑いすぎですよっ!
「生産に関しては弟に任せてるんだ。オレは完全に冒険者一本でやってる」
「リークさんって確か長男でしたよね。弟さんがしてるってことは、リークさんはお家の茶葉農家を継がなかったんですか?すっごく冒険者になりたかったとか……」
「冒険者になったのは完全に成り行きだな。ガキの頃は茶葉農家を継ぐものだと思って育ってたぐらいだし」
「じゃあ、どうしてですか?」
「何だよ、随分ぐいぐいくるんだな」
その言葉で失礼なことを聞いてしまったかと、ハッと我に返った時、目の前でリークさんが何処か嬉しそうに眉尻を下げながらこっちを見ていた。
何気ない表情だけど、胸の奥がくすぐられる。




