お手をとうぞ、お姫様
何度も地面を揺らすような衝撃があったから、きっとその所為だ。
さっきまでフツフツと浮かんでいた気合いが思わぬハプニングですっかりしぼんでいく。
そっと上から覗き込んでみたけど、高さにしてざっと5メートルぐらい。
流石に飛び降りるのは無理だ。
ギェエエエと咆哮が周囲に響きわたった。
私がこうやってモタモタしている間に、どんどんクイーンビーが遠くに行ってしまう。
どうする、勇気出しちゃう!?
でもどれだけ勇気を出しても、ウィルみたいに身体能力が高いわけでもないのに、この高さはどうにもならないよー!!
せめて、誰かが梯子が倒れていることに気付いてくれさえすれば。
そうだ、諦めちゃ駄目だ。
バイトで大きな声を出すのは慣れたものでしょ!
「あのー!!誰かー!!お願いします、誰か来てーー!!ここから降りれなくなっちゃったんですー!!」
うう、なんとも情けない。上ったのはいいけど、降りられなくなった猫みたい。
ううん。一時的な恥なんて今は捨てる!!
「あのーーー!!!あ……」
その時、ふと。人の気配を感じた。
何かフワフワしている、分かりにくい距離感ではあるんだけど。
漠然と誰かが居るような気がした。
「……おばけ、とかじゃないよね」
そもそも、この世界に幽霊って概念があるのかどうかは分からないけれど。
私の思わぬ囁きは、その気配の主に伝わったらしい。
唐突に土を踏む音がして、松明の火から出来た影の傍から人が姿を現した。
「驚いた。ボクに気づくなんてね?」
火の傍に出てきたその人の姿を見て、私はハッと息を飲んでしまった。
そこには、それはそれは絶世の「美」が立っていた。
陶磁器のような白い肌、艶のある唇、長い睫毛で彩られた顔は、まるでドールのように無駄がない。
クレアさんとはちょっと系統の違う落ち着いたピンク色のショートウルフヘアの髪は、グラデーションみたいにして襟足に紫のメッシュが入っている。
そして、その線が細い体は、男性にも女性にも見えた。
中性的な男性なのかな、それともかっこいい女性?
こんな夜に出会った所為なのか、妖しい雰囲気すら漂わせていた。
そんな彼……彼女??ううん、わかんない!
とにかく、その人が唐突に物見台の下に現れて、私を見上げていたわけだ。
ボクに気づくなんてね?とか言ってたけど……まさか、本当に幽霊じゃないよね!?
「ねぇ。もしかして聞こえていない?」
「へ!?い、いえ!ちゃんと聞こえます!!」
慌てて答えると、その人はにこっと笑った。
何だろう、凄く綺麗な笑顔なんだけど、ちょっとだけ怖いというか、違和感を感じる。
ほんのちょっとだけなんだけどね。
「気配を消していたのに、大声を出していたから気になっちゃって。どうかしたのかな?ボクで良ければ助けになるよ。それとも誰かを呼んで来た方が良い?」
あ~~!私、消えるアイテム使ってたんだ!
そうだよね、姿が見えないのに声が聞こえるって不気味で様子見に来ちゃうよね。
んん、でもこの人どうして気配を消していた私に気付いたんだろう。
大声出しちゃったから効果が消えたのかな。
まぁ、細かい事はいいや、結果オーライ!
「ありがとうございます!なら、その梯子を立てかけてくれませんか。ここから降りてクイーンビーを追いかけたいんです」
「梯子……あぁ、これだね」
ゆっくりとした動きで、その人は物見台の傍に倒れている梯子に近付いた。
そして、片腕で地面から持ち上げようとした時、バキッと鈍い音を立てながら梯子の一部が折れる。
「あっ!」
「随分と老朽化が進んでいたようだね。さて、どうしようか」
「そんなぁ……」
一部の足場が崩れた程度だったら、一段飛ばして降りるぐらいは出来たかもしれないけれど、支えになっている左右の柱のうち、片方がポッキリいってしまったから、これは完全に使い物にならない。
新しい梯子や降りるための紐を探してきてもらうにしても、その間にクイーンビーは逃げてしまうだろう。
どうしようっ!これは完全に万事休す!!
「降りたいのかい?」
「ふへ?」
「クイーンビーを追いかけるって言っていたけれど、君みたいな可愛い女の子が挑むにしてはちょっと危険な相手だよね。それでも追いかける理由が君にはあるの?」
笑顔を表情として張り付けたまま、私に問いかけてくる。
ゴクリと思わず喉を唾が通っていく。
この人の言う通りだ。
冒険者でもない普通の女の子である私が、あんなモンスターを危険を冒してまで追いかけていく必要はあるのだろうか。
私のことを異世界人だと知らない人からすれば、余計にそう感じるはず。
この人は、この人なりに焦る私を諭してくれているのかもしれない。
軽く会話を交わしただけとはいえ、無惨に殺されてしまう所を見たくないだけなのかもしれないけれど。
そうだ。怪我をしない保証はない。
ウィルからは何度も危ないから後ろに居ろと言われた。
ここで追わなくても、ウィルやリークさんはきっと私を責めたりはしない。
だけど。
「あります!」
決意を固めるように、ぎゅっと胸の前で拳を握った。
「私なら……ううん。今は私しかクイーンビーを倒すことが出来ないからです!!」
言ってやるーー!!言ってやるから!!!!
だって私は異世界人だから!
ちょっと、変わった力を持ってるんです!
それを使えば、クイーンビーだって倒せちゃうかもしれないんだ!
だから、それを皆が生き残る為に全力で使う!!
ここでじっとしているなんて出来ない!!
勢いで言い切って肩で荒く息をしながら、私は物見台からその人をジッと凝視した。
「分かった。良いよ」
「えっ」
クスッとその人が笑った。
さっきまで笑顔の表情をずっと浮かべていたのに、不思議と今この瞬間、この人の笑みを初めて見たような気がした。
そして、その場でダンスをするみたいにその人が跳んだ。
ウィルみたいに跳躍力からくる動きじゃない。
もっと、翼の生えた鳥のようなスムーズな動きで、その人は物見台に降り立った。
「クイーンビーの所まで行きたい、だったね。その依頼、ボクが受けよう。勿論依頼料は後ほど頂くけど。ふふ、心配しないで、可愛い女の子にはサービスするから」
中性的な美貌の最後のパーツとして、鮮やかな紫色の瞳が私を真っ直ぐに見つめてくる。
「さぁ、お手をとうぞ。お姫様」
差し出された美しい白い手を、私は躊躇なく掴んだ。




