カレーパンが食べたいです!
セーフゾーン内のお店はどこも人で賑わっている。
どうにもお酒を飲む場所もあるみたいで、飲みに行こうなんてはしゃいでいる声も聞こえてきていた。
「来たばかりの時に比べたら冒険者にも慣れてきたなぁ」
生まれて初めて開いた宿屋のドアの先に沢山の冒険者が居た時はあまりの恐怖に震え上がったけど、今はごく普通に受け入れられる。
トータに滞在していた時はウィルやアネスさんが側に居てくれたから、結構気軽に冒険者の人達が話しかけてくれたってこともあるんだけど。
っとそれよりもお水だ、お水。
確かさっき空の入れ物を持って歩いていた冒険者を見たから、多分この近くだと思う。
「ん?」
人の行き交う通りをうろうろしていた時、ふいに鼻先を懐かしい香りが掠めた。
お肉が焼けた匂いとも、甘いお菓子の匂いとも違う、これは……。
「カレーの匂い」
ごくりと思わず喉が上下に動いた。
このスパイシーでお腹に直結する匂いは間違いない、100%カレーの匂いだ。
カレー、それはこの世でもっとも子供の心を掴んで離さない味。
ハンバーグ・オムライス・カレーは子供舌を唸らせる定番の中の定番。
そして、私の心も離さないのだ。
くんくんっと鼻先を動かし、私はカレーの匂いが漂う場所へと足を動かし始めた。
違う、違うんだ、お水のことを忘れたわけじゃないんだよ!
だけど、やっぱりカレーの匂いには負けちゃう。
そ、そう!これは匂いの謎を解くために仕方なく向かってるの!
「いらっしゃい!キラーラビットの焼き串はいかが!」
「腸詰肉はどうだい、ハーブ入りが出来上がりだよ」
「厳選されたフルーツから取れた果汁たっぷりジュースはいらんかね~」
威勢のいい呼び声に促され、私は食事の屋台が並ぶ通りに来てしまっていた。
あぁ……どれもこれも美味しそう!
やっぱり目の前で焼いたり作ったりしている食べ物って鮮度が違うよね。
うう、涎が垂れちゃいそう。
そんな私を誘うかのように、一番開けたいい場所にドンと構える大きな屋台。
ふんわり漂うカレーの匂いだけれど、ただのカレーじゃない。
続く、ジュワッと響く油の音。
あれは、まさか……。
「カレーパン!」
こんがり焼けた側面がまさに黄金色に輝いて見える。
腕まくりをした屈強なおじさんが揚げているのは、紛れもないカレーパンだった。
揚げたてのカレーパン目当てに冒険者達が次々と屋台に群がったかと思えば、あっという間に商品は無くなって、また新しいカレーパンがおじさんの手によって揚げられていく。
あぁああ、食べたい!!私もあのカレーパンに食らいつきたい!!
何を隠そう、私がこの世で一番好きな食べ物、それがカレーパンなのだ!
特にスーパーのベーカリーコーナーで作られているカレーパンは最高だった。
揚げたては勿論のこと、冷えても美味しいし、なんなら上にチーズを乗せてオーブンでチンするとこれまた美味しい。
異世界に召喚されて、もう二度と焼きたてのカレーパンが食べられるとは思ってなかったから、私の心はもはやインド人が素敵なベリーダンスを踊っている。
「えっと、1個……12ブロンズ」
買える!!全然買える!!!!!
よーし、1個だけ買っちゃおう、つまみ食いは屋台の醍醐味だ。
「すみません。カレーパン1個ください」
「はいよ。12ブロンズ」
「えっと、これで」
もぞもぞとスカートのポケットから取り出した巾着を開けて、私は1ゴールドをおじさんに手渡した。
「お嬢ちゃん。悪いけどもう少し小さいお金はないか?ゴールドじゃお釣りが出せねぇ」
「え……」
おじさんの言葉に思わずぽかんと間抜けな顔を向けてしまう。
そ、そうだ!
これって私120円のパンを買うのに1万円を屋台で出したってことになるじゃん!!
店員側からすればもっと小さい金で払えよ!ってなるに決まってるし、両替を疑われても仕方がない。
どうしよう。私お金、1ゴールドしか手元にない。
他はレジに入ってるし、モンスターを倒して換金したお金も釣り銭準備でレジに入れちゃった。
「ごめんなさい!すぐ小さいお金取ってきます!」
流石に人前でレジを出すわけには行かないから、これはもう恥を忍んでウィルにお金を借りるしか……ない……。
うわーん、ウィルごめんなさい~!
私はカレーパンが食べたいだけなんですぅーーー!!
「きゃっ!」
回れ右をして慌ててウィルの元へ戻ろうとした時、ドンッと屋台の側を歩いていた人にぶつかってしまった。
よたよたとふらついた身体をなんとかその場に押し留めて私は勢いよく頭を下げる。
「ごっ、ごめんなさい!」
「おいおい、僕の一張羅が汚れる所だっただろう」
深く下げた頭上からなんとも傲慢そうな声が掛けられる。
私の本能が一瞬で悟った。
あ、コイツは面倒なタイプの奴だ。
「君みたいな下っ端冒険者が買えるような服じゃないだから、気をつけて貰わないと」
例えるならば、ちょっと自分にとって気に入らないことが起きた瞬間、上司を出せって文句を言ってくるクレーマーだ。
「本当に申し訳ございません。以後気をつけます。では!」
こういう相手は笑顔でさっさとその場を離れるが一番!
「待ちなよ。自分からぶつかってきたっていうのに謝罪だけで許されようって言うのかい。君、どこのパーティに所属してるの。まったく、どんな教育を受けているんだ。最近の冒険者連盟所属の冒険者低レベル化には頭を悩ませる」
「はぁ……」
「流石はユディルさん。立派な志ですね!」
「本当に!惚れ惚れしてしまうっス」
「よせよ。当然のことを言ったまでだ」
何も言ってないのに、よく喋る人だなぁ。この人。
っていうか、横にムキムキなお着きの人みたいなのが2人いるけど、この人達はヨイショをする為だけに居るなんてことないよね。
このユディルって人、年齢的にはウィルと同い年ぐらいかなぁ。
ジャボって言うんだっけ、胸にらひらしたスカーフを付けて、格好も冒険者って言うよりも貴族って感じ。
赤みがかった茶色の髪にチョコレートブラウンの瞳。
整った顔立ちだとは言えるんだけど、ウィルとか犬堂さんを間近で見ていたからか、それほどピンとこない。
あえて言うなら……ふ、普通?
むしろ個人の容姿よりも、何もせずに伝わってくる面倒臭い奴の気配がすごいよ。
傲慢そうな態度がヒロインを虐める悪役令嬢のそれじゃん。
「あのー……私、急いでいるんでそろそろ」
自分の発言に酔っている所をその場から離れようとしたけど、付き人の1人が私の行く手を塞ぐようにして前に立ちはだかった。
「そう急ぐこともないだろう。いい機会だ、この僕自ら君に冒険者たるはなんたるかを丁寧に伝授してあげよう。なかなか無い光栄なチャンスだ。僕の話を聞いて、心得をしっかり刻むといい。プリメロ、セグンド。お嬢さんを僕のコテージに案内してやれ」
「はい、ユディルさん。任せてください!」
「ちょっとだけ付き合って下さいっス」
「えっ、ちょ…困ります!私、人を待たせてるんです!」
「誰を待たせてるかしらないが僕を優先するべきだ。なんてったって僕はBランク冒険者のユディル・アロだからな」
「Bランク……」
思ったよりも低いな。
「ユディルさん。効いてますね」
「驚いて声も出ないみたいっスよ」
「ふふ。まぁ、そうだろうな。Bランクといえば一流だ。そう数も多くない。なに、震え上がっても僕は責めないし、君みたいな底辺冒険者でも対等に扱うさ」
そんな風に言ってる時点で全然対等じゃない気がしますけど!?
っていうか確かBランクってウィルの話によると、レベルが20以上だとなれるんだっけ。
Aランクにあがるのはレベル40以上でSランクみたいに依頼を一定数こなしてないとダメって言ってたから……Bランクの時点で結構いい線いってるのかもしれない。
とはいっても、そもそも私が初めてあった人はSランクの冒険者だったし、犬堂さんも「非戦闘員だよ」って笑いながら言ってたけど、あの感じだと結構いいレベルな気がするし、Bランク冒険者って言われても「へ~」って感じで終わるだけっていうか。
っていうか、そもそも私冒険者じゃないんですけど!異世界人ですーー!
「まぁ面倒かもしれませんがよろしくお願いしますね」
「え、遠慮します!」
付き人が痺れを切らしたのか、私の腕を掴もうとしたから咄嗟に避ける。
だけど、相手はそれが気に入らなかったみたいで、わかりやすく眉を吊り上げて私を睨みつけてきた。
「ユディルさんのご厚意を裏切るって言うんスか」
「ご厚意って……これタチの悪いナンパじゃないですか!」
「ナンパ!?ユディルさんがそんな俗物的なことをするか!」
「うわーん!過激派!」
ちょっと!2人の付き人の後ろで「まぁまぁ」みたいな、したり顔しないでよ!もうムカついてきた。
あぁ言えば、こう言うし。どうしたものか。
これはウィルに黙ってカレーパンをこっそり食べようとした罰が下ってしまったのかな。
でも、ここで場を納める為にユディルって人に付いていったら、絶対にろくな目に遭わない。
私には分かる。
絶対、高い壷とか絵画とか買わされるんだ、誰か助けて~~!!
「悪ぃ悪ぃ!待ったか!」
唐突に剣呑な雰囲気をぶち破る一際明るい声。
はっと声がする方を振り返ろうとした身体を、背後から片腕でがっしりと肩を抱かれた。
びっくりするよりも先に、好戦的な横顔が目に入る。
夜でも目立つ明るい黄緑の髪にミルクティ色の瞳。
大柄な体の腕と胸に白い鎧、そして何より印象的な背中の大剣。
「貴方、あの時の……」




