絶対に君はウィルが守るから
もしかして、さっき私が転びかけたのも、ウィルの頭上に植木鉢が落ちてきたのも、犬堂さんが何かしたから?
なんで犬堂さんが……だって、ウィルと犬堂さんって昨日今日の仲じゃないんでしょう。
急に襲いかかってくる理由が分からないよ。
「雫ちゃん。急なことでびっくりしちゃったね。でも安心して、絶対に君はウィルが守るから」
「え、ええ???」
余計に分からなくなってきた。
私達をトータの街中で歩かせておきながら、白昼堂々攻撃してくる理由とは……?
それに、犬堂さんの指に絡まってる糸。
よく目を凝らさないと見えないけど、微かにオーロラみたいにキラキラ輝いてる。
この感じは犬堂さんがさっき見せてくれた、布に魔法を付与した時の感覚に似ていた。
もしかしてあの糸ってスキルが関係してる?
「犬堂さん、その糸って……」
思わず問いかけると、犬堂さんがスッと糸の絡まった指を見せてくれる。
わぁ~犬堂さんの指って結構骨張ってて太いんだなぁ……じゃなくて!
「うん。これは僕のミシンで紡いだ糸。魔法付与された特別な糸だ。強度や長さは僕のさじ加減次第。こんな風にね」
ふふっと不適な笑みを浮かべた犬堂さんが軽く指を曲げると、繋いでいたウィルの手が離れた。
何もかもが一瞬の出来事で理解が追いつかないけど、ウィルが軽くジャンプして少し後ろに着地したことを考えると、足下かどこかを狙って糸が張られたんだと思う。
反射神経が鋭いウィルはあっさり避けていたけど、分かりやすく眉間に皺を寄せていた。
フードがないから、何時にも増して不機嫌な顔がよく見える。
これは、怒っていますね!
「まだ俺の質問に答えてないぞ。なんで急に俺達を狙った」
「……僕はね、この5年間異世界で我慢していたんだ」
顔を俯かせながら、犬堂さんがぽつりと呟く。
その声色は腹の底から吐き出すみたいに悲しげで、同時に溜まりに溜まった感情が溢れかえる直前みたいな危うさが見え隠れする。
穏やかな表情は端正な顔からは消えて、感情を削ぎ落としたみたいに抑揚の無い声が響いた。
「異世界人だという事を隠し、自分を偽って、ずっと待っていた。僕の理想とする異世界人。僕の愛を受け取ってくれる至高の存在をね。椎名君、君のことだよ」
にこっと犬堂さんの口元だけが笑みを浮かべる。
目が全然笑ってない。
こっちに向けられる視線が怖くて、私は本能的にウィルの傍まで後ずさりする。
急にどうしちゃったの犬堂さん、あんなに優しかったのに。
そうだ!ウィルの武器、犬堂さんのアイテムボックスの中だよ!
まさか、これを見越して武器を奪ってたの!?
「だから……」
操り人形の糸を振るうみたいな仕草で、犬堂さんの手が動いた。
それに合わせて、ウィルが庇うように私の前へ身を乗り出す。
「もっといちゃいちゃしてほしい!!!!」
なんで!!!!!
思わず突っ込んでしまったけど、己の耳を疑うよりも先に、ヒュッと音を立てながら糸がウィルと私の足下を狙ってきた。
「わっ!あわわ!」
今度は私の目でも見える速度だったから、それを避けるために飛び跳ねた。
でも一回じゃ全然間に合わない。
まるで「けんけんぱ」をするみたいに地面の上でぴょんぴょん飛び跳ねる。
あぁ、アレだ、昔のマフィア映画とかであるやつ!
銃弾を受けて踊れ踊れーってやつ!
「あぁ、クソッ!」
気を抜いたら転びそうな私の腰を、ウィルがガシッと片腕で抱いた。
大きく背後に跳躍し降ろされた時には、私達は犬堂さんと少し距離を取っていた。
「それ!!それだよ!!僕が見たかったのはそれ!!!!」
あ、あれ。なんだか犬堂さん語彙力が極端に低くなってません?
さっきまで一番良い場面で仲間を裏切った悪役みたいな顔していたのに、急に好きな物を目にした子供みたいにはしゃいで……ハッ、違う、はしゃいでるんだったこの人!!
ちょっと待って、じゃあさっきの闇落ち一歩前みたいなのは、興奮から顔が緩むのを必死に我慢した状態だったってこと?
電車の中で笑いをこらえる人じゃんかーー!!
「ウィル!犬堂さんは多分、ウィルが私を守ってる様子が見たいんだよ!」
「だからお前を転がそうとしてたってのか?なら何で俺を直接狙ってくるんだよ」
とりあえず敵意を向けられている訳じゃないのは良かったし、なんとなく解決策も分かったけど、確かにウィルの言う通りだ。
私を救うウィルの姿が見たかったのなら、植木鉢は私の上に落ちてくるべきであって、ウィルを狙うのはおかしいような……。
「それは、ジョエル君が雫ちゃんを守っている姿を見たい反面、雫ちゃんの横にウィルが立っている事に単純にジェラシー感じちゃって、つい」
「ついで人の頭に植木鉢を落とそうとするな!!」
「えーウィルなら絶対避けれるでしょ」
ウィルの怒りのツッコミにも緩みきった犬堂さんの前では、もはや無意味だった。
そーらっという呑気なかけ声と共に、えげつない量の糸が歩行の邪魔をする。
「犬堂さんって職人さんですよね!?こんな風に自由自在に糸を操ることが出来るってただ者じゃないんじゃ!?必殺的なお仕事的なアレじゃないですか!」
ウィルに手を引かれながら糸を避けつつ走る。
これ真昼だから、光に反射した糸がなんとか目視できるけど、夜だったら何も見えないよ。
ほらほら、あの音楽が頭に流れてくる……!
「魔法服に使う素材をたまに自分でも取りに行くって言ってたから、てっきり護衛の冒険者を雇っているんだなと思っていたが……アレなら確かに自分で取りに行けるな。お前もあれぐらい出来ないのか?」
「無茶言わないでくださいよ!私レジ打ちですよ!?うわっ!」
あーしまった!喋るのに気を取られて、足に糸が引っかかった。
クンッと後ろに引っ張られるみたいにして身体が傾く。
今度こそ、地面に激突するって思った瞬間、
「もう俺は知らないからな、ケンドーの見たいものなんて知るか」
ウィルの吐き捨てるような台詞がすぐ側から聞こえてくると同時に、視界が回転した。
足先に地面を踏む感触が無い。
それどころか、膝裏に回されたウィルの腕によって、私の身体はしっかり抱き上げられていた。
荷物を運ぶみたいに肩に背負うでもなく、さっきみたいに腰だけ抱えられてるわけでもない。
これは完全にお姫様抱っこというやつでは!
きゃ~~っていう通行人の女性の黄色い声が私のかわりに響く。
は、はわわ。
何時にも増して顔が近いし、今日はフードも被ってないから破壊力が凄い!
「しっかり捕まってろ、このまま宿屋に戻る」
「へ、ちょ……わああっ!」
ウィルが地面を蹴り上げると、私の身体はウィルもろとも民家の屋根に飛び乗っていた。
魔法を使っているのか、凄い跳躍力で下手なジェットコースターよりも迫力がある。
「おっ、落ち!!」
「しっかり捕まってろって言っただろうが。速度上げるぞ」
早くしろ、という風にウィルが顔を近づけて促してくる。
今度は手の時みたいに冗談じゃないって、ウィルの苛立ち具合から流石に分かる。
「は、はいいい!!」
がしっとウィルの首に両腕を回してしがみつく。
ウィルの首に手をまわすと、思ったより安定感があった。
柔らかな髪が頬に当たってくすぐったい。
それに、ほんのりと優しくて爽やかな香りがした。
オ、オシャレな香りだ……!どうしよう、ドキドキする!
「な、なんかいい匂いする……」
「はぁ?香水か?嗜みだろ」
そういうものなの!?
そもそも冒険者ってもっと泥臭いイメージがあるっていうか……いや、これに関しては完全に偏見かもしれないけど。
うう、もう訳がわからない、わからないよ~!!
「ケンドー!荷物はアネスの宿屋に届けろ!いいな!」
屋根の上から犬堂さんを見下ろし、ウィルが問答無用で言い放つ。
高い場所だからよく見えないけど、なんだか犬堂さんその場に膝突いてない?大丈夫?
いや、むしろ今は私の方が全然大丈夫じゃないから、犬堂さんの心配なんてしてる場合じゃないんだけど。
そのままウィルは民家の屋根伝いにトータの街を降りていった。
後に残された犬堂さんは膝を付き、その場にうずくまったまま、深い息を吐く。
「……良いイベントを見せてもらったよ、椎名君。やっぱりノブ学は最高だよね」
しみじみと告げられた言葉は、まさに超大作のエンディングを迎えた時のような感動があった。
結局、その1時間後ぐらいに、ウィルの荷物はにこにこ顔の犬堂さんによって「お代はいらないから」という言付けと一緒に届けられたのだった。
もちろん、ウィルが欲しがっていた手袋もきちんと添えられていた。




