手は繋ぎます!
大人はずるい生き物だ。
ちょっと私よりも早く成人しているからって、仕草だったり言葉使いであったり、ふとした時に、色々な面から違いを見せつけられる。
そう、例えば……。
「……なんだよ」
この横を歩く、イケメン顔面兵器のウィルである。
「いいえ、別に……」
ぶっきらぼうに声を掛けられ、私は出来るだけ平然を装いながら返事をする。
そうでもないと、この緊張感に耐えられなかったからだ。
チラチラと無数の視線がこっちに向いているのが分かる。
前を見ても、横を見ても、頭に目は無いから後ろは見えないけど、きっと後ろも、死角がないってぐらい私達は注目されていた。
ある程度予想はしていたんだ。
彼は顔がいいから、道を歩けば女性にきゃあきゃあと黄色い声援を向けられるんだろうな~なんて、少しばかり冗談を交えながら考えていたの。
でも実際はもっっっと凄かった!!!!
黄色い声!?そんなもの、本当に格好いい人を前にするとなくなるんですね!!
道行く女性がウィルの顔を見るなり「ほう……」って吐息を漏らしながら立ち尽くす現状がリアルに起きるなんて、誰が想像した。
しかも問題はウィルだけじゃなくて。
「もっと!もっと出来ればくっついて歩いてくれないかな……!」
興奮気味に数歩後ろから付いてくる犬堂さんの存在も大きかったりする。
付かず離れずみたいな絶妙な距離なんだけど、声が大きいから同行者だと思われてるみたいだ。
犬堂さんもウィルとはまた違った顔つきだし、元々トータの街で人気だったのか「ケンドーさんよ、ケンドーさんだわ」とうっとりした声で聞こえてくる。
そんな二人のイケメンを見ようと、街の通りはちょっとした騒ぎになっていた。
ここまでならまだいい。
問題は、ウィルと犬堂さんを見て、その後私を見てくることだよ!
見間違いか?ってぐらい、二度見三度見されて……伝わってくる、なんであんな女が?感。
そりゃ、私は普通の女子高生ですから。
こんなイケメンの横に立つのは不釣り合いかもしれませんけど~~!?
仕方ないじゃないー!私には私の理由があるんだから!!
ウィルがフードを脱ぎたがらなかった意味が少しだけ分かった気がする。
そりゃ、こんなに四六時中見られたら居心地が悪いわ。
まだ魔法服ラルムのお店を出たばかりだっていうのに、既に心が折れそう……。
「商店街を抜ければ、多少は人の目も減るだろ。もう少し辛抱してろ」
「へ……あ、はい」
陰気に沈んだ表情で石畳の床を見ながら歩いていると、不意にウィルに話しかけられた。
反射的に力なく返事を返しちゃったけど、遅れて見たウィルの顔はこっちをしっかりと向いていた。
ほんの少しだけれど、普段よりも目元が優しく見える。
「もしかして、心配してくれてたりします?」
「別に。下ばっかり見てるから綺麗な石でも探してるのかと思ってた。なんなら手でも繋いでてやろうか?思う存分、地面を見ていられるぞ」
少し皮肉気味に口角を持ち上げたウィルが、自然な仕草で手を差し出してきた。
そう、そういうとこだよ!!!!
さっきの犬堂さんでも思ったんだけど、本当にこういう所ずるい!
本人は何とも思ってないんだろうけど、なんか私ばかり意識してて、悔しい!
魔法服のお店での話の時、犬堂さんの指先が唇に触れた瞬間、恥ずかしさと緊張で完全に硬直してしまった。
今も同じで、差し出されたウィルの手に照れてしまう。
ウィルは絶ッ対深い意味とかはなく、ただ手を出してるつもりなんだろうけど……
これは皮肉から私をからかっているのか、それとも本当に心配してくれてるけど、それを直接口にするのが恥ずかしいからなのか。
そもそも、ウィルの優しさが分かりにくいのが悪いんだってば!
でも気遣って手を出してくれてるなら悪いし……うーんうーん……ええい!ままよ!!
「えい!」
ガシッと音が出るくらい私は差し出されたウィルの手を掴んだ。
指とか細くて綺麗な形をした手なのに、いざ握ってみると思った以上に硬い。
武器とか握るからかなぁ……少しひんやりしてる。
「つ、繋ぎます!」
ウィルから何も反応が無かったから、思わず自己申告みたいに言ってしまった。
振り払われるかなぁって恐る恐るウィルを見ると、彼はそのエメラルドの瞳を瞬かせていた。
そして、眉を寄せて少し顔を背後に反らすように傾かせると、一泊置いてから軽く吹き出すように笑った。
「本当に繋ぐ奴があるかよ。冗談のつもりで出したんだぞ」
「そんなの分かってますよ。ただ心配して気遣って出してくれてたのなら、ノリ悪いなぁって思われたくなくて」
「なんだよそれ。矛盾してないか」
アネスさんの宿屋で朝食を取った時も思ったけど、ウィルは笑うと子供っぽい。
無邪気な笑顔って言うんだろうか、屈託がなくて少年みたいだ。
「じゃあ、言い出した手前、繋いどいてやるから、思う存分綺麗な石を探してくれ」
そう言って、繋がった手が前触れもなくぎゅっと握られた。
ただそれだけなのに、心臓が大きく跳ねる。
心の中でぎゃーーーって大きく叫んでいる現在進行中で。
深い意味は無いと分かっているのだけれど、普段のウィルから想像できないぐらい優しく繋がった手が、妙に意識してしまう。
大人なウィルからすれば、私と手を繋ぐぐらい子供と遊ぶようなものだよね。
ずるいなぁ……。
「っうう……嘘だろ、ウッ……尊い、これが4DX……」
……後ろから謎の奇声が聞こえる。
私よりも先にウィルが犬堂さんを振り返り、露骨に眉間に皺を寄せた。
「……いや、気持ち悪いぞケンドー」
眩い少年みたいな笑顔を浮かべていたのに、あっという間に絶対零度の人を見下すような表情に変わってしまった。
残念だけれど、その言葉には激しく同意する。
すると、両手で口を押さえて嗚咽を噛み殺していた犬堂さんが、一気に距離を詰めてきた。
「2人にお願いして本当に良かった。今、僕は自分の判断が正しかったって改めて思うよ」
「そうか。良かったな」
「……だって、雫ちゃんとジョエル君が手を繋いで……うっ!」
「いや、ジョエルって誰だよ」
ウィルと犬堂さんの噛み合わない会話がなんとも空しいけど、微妙に話の分かる私からすると、複雑な心境だ。
犬堂さんが魔法服を破格の割引にしてまで見たかったもの。
それは、ゲーム「ノブレス・オブリージュ学園」のアイドル候補生「浜崎雫」の格好をした私と、イベントでユニットを組む男性キャラ「ジョエル」の格好をしたウィルが、リアルに動いている姿、だった。
っていうか、ノブ学が存在しない世界だからって、自分の好きなゲームの衣装をウィルに着せないでよ!
まぁ、ゲームのキャラクターが着るような服を、しれっと着こなすウィルもウィルで凄いんだろうけど……なんていうか、マントが無いから本当にお忍びで街を散策している王子様みたいだし。
あ、ちなみに武器とかウィルの荷物は、犬堂さんがアイテムボックスで運んでくれてたりする。
「お前が満足したなら、もういいか?」
「だめだめ!しっかり宿屋までは堪能させてもらわないとね。それに……」
「それに?」
犬堂さんが僅かに含み笑いをした気がして、私は思わず聞き返した。
その瞬間、足下がキラリと光る。
まさか、本当に綺麗な石が落ちてたの?って伺うよりも先に、私の足が何かに引っかかった。
「わわっ!」
前屈みにそのまま倒れそうになった私の身体を、手を繋いだままだったウィルが咄嗟に引っ張ってくれた。
おかげで私は顔面から石畳に激突せずに済んだんだけど、な、何々なんで?
「まさか本当に……」
「違いますよーー!!何かに足が引っかかったんです!」
あーー!やっぱり綺麗な石に見とれて転んだと思ってる!!
疑うような視線が痛いけど、違うんだってば。
絶対何かに引っかかった!
「40点!」
唐突に犬堂さんが声を上げる。
ウィルと私の視線を一身に受けながら、何時にもなく真剣な表情だ。
さながら、メガホンを持つ映画監督みたい。
思わず、ごくりと唾を呑む。
「そこは優しく抱き止めてあげないと駄目だよ。雫ちゃんとジョエル君が出会うファーストイベントでの大事なシーンなんだから!」
ん?この人は何を言っているんだ??
「ジョエル君はその出生故に確かに回りから孤立はしているけれど、決して孤独が好きだというわけではないんだ。紳士的だし、誰よりも女性に対してエスコートを心がけている。ウィル!そこの所、しっかり理解して雫ちゃんをエスコートしてくれないと困るよ!」
「シーナです!……まさか犬堂さん、私達に演技までさせようとしてるんですか!?」
無理無理、幼稚園で植木の役をしたっきりの私にそんなアイドル候補生のふりなんて出来ないって!
「何もなりきってくれって言ってるわけじゃないんだ。椎名君もウィルもいつもと変わらぬままで居てくれて全然いいんだけど。まぁ……スチルの再現とか生で見れたら最高だよねっていうか」
「欲望口に出てますよ!ってかスチルなんて覚えているんですか」
「当然だよ!」
だ、駄目だ。
異世界に召喚されて5年もノブ学に触れてなかったからか、この人浮かれてる!
状況が飲み込めないでいると、何かに気づいたウィルが、急に背後へ2歩程下がった。
まだ手は繋いだままなので、私も必然的に後ろに下がる。
刹那、ウィルが立っていた場所に小さな植木鉢が落ちてきた。
カシャンと音を立てて割れる植木鉢はサイズこそ小さいし、まだ使う前なのか土も種も入っていなかったけれど、頭に激突すればさぞかし痛かったことだろう。
上を見上げると、民家の2階、ベランダの手すり部分で、何かがキラリと光ったような気がした。
そういえば、さっき私が転んだ時も同じように何か光っていた。
「……糸?」
注意して見ると、ベランダを糸が囲むようにして張り巡らされている。
あの糸に弾かれた形で植木鉢が落下してきたんだろう。
つまりこの植木鉢は、意図的にウィルを狙って落とされたもの?
狙われていると緊張した時には、ウィルは既に犯人に気づいていた。
「おい、なんで狙ってくるんだよ」
少し威圧的な声色でウィルは犬堂さんを見据えていた。
自ずと私も犬堂さんを見る。
「あっ、糸!」
犬堂さんの指先にはベランダを囲んでいた糸が絡みついていた。




