お揃いの刺繍の意味ってまさか
私はハンガーラックに制服をかけて、とりあえず置かれた紙袋を手に取った。
「いいっ!」
中身を取り出したら、それは青い服だった。
べろんと重力のままに広がり、手の中でその服はにっこり笑っている。
そう、比喩ではなく、そのまんまの意味で。
『必要かと思って用意しておいたヨ。やっぱりスキルを使う時はこの服を着ないとネ』
どこからともなくチュートリアルさんの声が響く。
わなわなと震える私の視線の先には、背中に大きくにっこり笑顔のイラストと「スマイルマート」と印字されたジャンパーがあった。
そう、見間違える筈がない。
これは、私が働いていたスーパー「スマイルマート」の制服だ。
「な、なななななんでレジのジャンパーがここに!」
『言ったじゃん。スキルを使う時に必要だと思ったから用意したって。魔法少女だって戦う時に変身するでしょ。ならレジ店員だって、レジを打つ時には変身しないとネ』
「え!?スキル使う時にこれを着るとか……いやいや、絶対やだ!!!」
何が悲しくて、スーパーのジャンパーを異世界でも着ないと駄目なのよ!
ただでさえスキルがスキルだっていうのに。
せっかく可愛い服着てるんだから、こんなダサジャンパーなんて絶対に着ない、着ないったら着ない!!
『え~~。せっかく用意したのにィ。それにこれを着るとレジ打ちの速度も上がるヨ~~』
「絶対に嫌です!!」
酷く猫撫で声でチュートリアルさんがジャンパーを勧めてくるけど、私はそれを断固拒否した。
ノージャンパー!イエス魔法服!
口に出すよりも先に、私はスマイルマートのジャンパーを畳んで紙袋に戻し、ロッカールームの端に追いやった。
色が破壊的にダサいジャンパーよ……さらば。
二度と日の目をみることはないだろう……私は真剣にそう願うのだった。
「そういえばチュートリアルさん、何でさっき答えてくれなかったんですか?」
『ソノ質問ニハ答エラレマセン~』
「棒読み!あくまでチュートリアルって事なんですか」
『そうそう、そう言う事にしといテ~』
「軽い!」
釈然としないけど、ウィルを待たせているのもあって、バックヤードから出る。
すると、私を出迎えたのは苛立ちマックスの叫び声だった。
「絶対に断る!!」
ついさっきの私と同じようなこと言っているウィルに、目が点になってしまう。
怒っているウィルとは対照的に、犬堂さんはなぜかニコニコと楽しげだ。
えっ、まさかウィルもバイト先のジャンパー渡された?
「あの、何かあったんですか?」
おそるおそる問いかけると、胸の前で腕を組んだウィルがこちらを睨んできた。
ひえ!?何で私睨まれるの!?
「大した事じゃないんだよ。椎名君に作った魔法服の対価の件でウィルと話をしていただけなんだ」
魔法服の対価の件って180ゴールド割引するって話?
「おおありだ!そもそもお前は俺とシーナが歩くだけで割引するって言っただろうが」
「言ったよ。割引は全然するけど、その為には脱いで貰わないと」
「ぬ、脱ぐ……」
ゴクリ。
なんだろう、とってもイケナイことを言われているような気がして胸がドキドキしちゃう。
ウィルを伺い見ると、チッと露骨な舌打ちが周囲に響いた。
「いいや、俺は脱がない。顔面を晒して歩くなんて絶対にごめんだ」
「脱ぐってまさかマントのことですか?」
なーんだ、ドキドキして損した。
いやでも、ちょっと待って、ウィルっていつもフード被ってるな~って思っていたけど、それって顔を出すのが嫌ってこと?
あんなにイケメンなのに?
「いいじゃないか。別に指名手配されてるってわけでもないのに。ちょっとここから宿屋まで我慢すればいい話だろう?」
「一番人の多い通りだろ。断る」
最終的にはもう話すことはないとばかりに、ウィルは私と犬堂さんに背中を向けてしまった。
やれやれと肩を竦める犬堂さんに、私はそっと近づいて、出来るだけ小声で話しかける。
「ウィル。何で嫌がってるんですか?だってあんなに……」
「あんなに格好いいのに?ふふ、でも本人はあの顔嫌なんだって」
嫌!?あんなにも完成された王子様みたいにイケメンな顔を!?
立てばプリンス、座ればモデル、歩く姿はハリウッドスタァなのに!
平々凡々な容姿の私からすれば、全く持って信じられない。
でも、人には何かしらのコンプレックスがあるもんね。
だから顔を隠すウィルの気持ちはウィルにしか分からない。
いつか、なんで自分の顔を嫌っているのか教えてくれるかな……だとしたら、嬉しいんだけどな。
「まぁ、僕には関係ないよ、そんなこと。こっちもメリット無しに商売する気はないからね」
しんみりと考えていた私とは裏腹に、犬堂さんが悪い顔をした。
うっすらと持ち上がった口角に、本能的な恐怖を覚える。
な、何だかオーラが怖い。
「そっかぁ。それは残念だな。もしもウィルがマントを外して椎名君と街を歩いてくれるなら、ウィルが前から欲しがっていた魔法付与の手袋、オマケしようとしてたんだけどなぁ」
突如として犬堂さんがわざとらしく声を張り上げた。
どこからどう聞いても演技だと分かるぐらい、大振りな仕草でウィルの背中に話しかける。
「武器を構える速度も上がるし、低レベルな魔法なら発動速度も上がる優れ物だけど、500ゴールドもするからね。もちろんまだ裏に置いてるけど、ウィルがマントを外して雫ちゃんと歩いてくれたら、そのまま手渡してしまいそうだなぁ~~」
「シーナです!っていうかそんな見え見えな方法でウィルが釣れるわけ……」
「……途中で反故にしないな」
おや、ウィルの様子が。
「勿論。商売人だからね、今後の商いに響くような取り引きはしないよ」
渋々こちらを振り返り確かめるように尋ねるウィルに、にっこりと微笑む犬堂さん。
「……それに、今のウィルには戦闘技術を補う防具は必要なんじゃないかな」
一瞬、ウィルの目が細まった。
あれ、ウィルのレベルが私のせいで半額になったって犬堂さんに言ってたっけ……?
私のスキルは魔法服を作っている最中に話題に出たけど、レベルの件はウィルのプライベートにも関わる事だから喋ってない筈だ。
険しい表情のまま唇を強く結んでいたウィルは、やがて深く息を吐く。
「わかった。好きにしろ」
「よっし!!」
その一言で犬堂さんが子供みたいに飛び跳ねて喜ぶ。
もうウキウキなんて言葉では言い表せないぐらいにはしゃいでるけど、そんなにマントが邪魔だったの?
いや、犬堂さんのことだ。絶対何か理由があるはず……。
「そうと決まればすぐ行こう、今すぐ行こう!さぁ、マント脱いで脱いで」
「お、おい。金は……」
「お金なんて後でいいよ、どうせ椎名君の援助金が降りるまでトータに居るだろ」
ほらほら、と急かされるままにウィルのマントがはぎ取られていく。
煩わしげな表情を浮かべてはいるものの、手袋欲しさに承諾してしまった手前、拒否することはやめたらしい。
「あ、この刺繍私とお揃いなんですね」
マントをはがされて居心地悪そうに立つウィルを見る。
いやぁ、普段隠れて見えないけど、スラッとした脚は長いし、腰も細いし、なんていうか容姿完璧なんだよなぁ、この人。
そして、改めてウィルの魔法服を見ると、端々に刻まれた刺繍の模様が私の魔法服と同じだと気付いた。
この世界ではよくある模様なんだろうか、それとも犬堂さんオリジナルデザインなのかな。
ウィルは黒白に金。私は赤ピンク白に金。
同じ模様だし、横に立つと共通のコンセプトを持って作られた魔法服みたいだ。
ん?コンセプト?
…………
私が着ている服のモデル「浜崎雫」には、とあるイベントで一緒にユニットを組む男性アイドル候補生が存在する。
人を信用出来ない孤高の侯爵家令息にして、ノブ学1の人気キャラ。
まさか。
「犬堂さん!!ウィルの服!!」
ギュンッと音が出そうなぐらい犬堂さんに振り返った。
彼は混乱する私を見て満面の笑みを浮かべ、口元に指を引き寄せる。
「秘密だよ、椎名君」
そう、ウィルに見えない所で大人っぽく囁いた。
口元に寄せていた自分の指先で、とんっと私の唇に触れながら。




