人を信じたきっかけは
それからの犬堂さんは、1秒も止まってないんじゃないかってぐらい終始手を動かしていて、本当に凄かった。
最初はただの布だった物が、洋服として形作られていく様を見ていると、ほぉと気の抜けた声が漏れる。
凄いなぁ、職人さんって何もない所から物を作り出せるんだから感動しちゃうよね。
私は完成していく様が見たくて、カウンターの前に置かれた椅子に座っていたけど、ウィルは途中で「飽きた」って店を出て行ってしまった。
完成する頃に戻ってくるって言ってたけど、飽きたんじゃないよね、単純に……。
「それで、初めての雫ちゃん上位報酬イベントのカードイラストが本当に素敵なんだ。雫ちゃんの良さを十二分に表現出来ていると思うし、何より、はにかんだ笑顔が女神のように神々しくて……」
「うんうん。凄いですねぇ~」
このびっくりするぐらい早口な雫ちゃん語りが原因だよね。
犬堂さんって見た目は格好いいし、ユーモアとか優しさもしっかり持ち合わせているのに、ノブ学の話になるとなんかこうネジが3本ぐらいぶっ飛んでる気がするんだよね。
いや、人間誰しも自分が好きなことに関しては饒舌になるものだとは思うけど、だとしても口回りすぎでしょ!?
ノブ学のことをあんまり知らない私でも、土台の知識だけは付け焼き刃なりに理解できるようになってしまった。
「……あぁ、ごめんね椎名君。つい色々と話しちゃったよ。なんていうか、こっちの世界に召喚されてからノブ学のことを話せる相手なんて居なかったものだから、嬉しくて」
レースを手にした犬堂さんが唐突に我へ返ったのか、目尻をほんのり赤らめながら笑った。
その姿が随分子供に見えて、少しときめいてしまう。
この人もイケメンなのに、ウィルと違って表情がころころ変わって、可愛いなぁ。
「いえ、私も自分以外の異世界人と元の世界のことを話せるのは嬉しいです。その……何て言うか……こっちに来たばかりでまだ夢みたいな気がして」
突然世界が目まぐるしく変わり、新たな知識を押し込んでくるから、それを呑み込むのに必死になっているけれど、本当の所はまだ全然頭が追いついていない。
だから、ほっと一息付いた時、途端に怖くなってしまう……。
「椎名君はよく周りを見ているね」
「え?」
考え込むのに釣られて俯き気味だった視線が上を向く。
忙しなく動いていた犬堂さんの手が止まって、彼は穏やかな笑みを浮かべていた。
「最近この世界に召喚されたっていうのに、できるだけ早く順応しようとしてる。混乱している中、ちゃんと目標を決めて前に進んでいる。それはきちんと周りを見ていないとできないし、周りに合わせてコミュニケーションを取れているって事だよ。偉いね。」
突然、褒められて顔が火照る。
こんなに真正面から男の人に褒められたの、久しぶりだ。
「あと、君みたいに若い子がウィルとコミュニケーションを取れてるのも凄いよ。彼、優しさが分かりにくいのに口も悪いからね」
「たっ、確かにウィルの優しさって、ちょっとわかりにくいですよね」
「ふふ、だよね~。こっちの世界でいうツンデレだよね、ツンデレ!」
口元に手を寄せ、思いだし笑いのままに肩を揺らす犬堂さん。
同郷だからかな、声のトーンとか本当に落ち着くなぁ。
そして、まぶしい物でも見るみたいに目を眇めながら口を開く。
「僕はこの世界に5年いる。でも最初のひと月は何も信じられなかった」
「犬堂さんが、ですか?」
驚いた、この雰囲気から早々に順応しているように見えたのに。
「そもそも僕が社畜だった経緯も人を信じれなかったからなんだ。自分の仕事を誰かに任せるのが嫌だった。だって、任せた人がミスをしたら?やってくれって頼んでいたことを忘れていたら?期待して裏切られるぐらいなら全部自分1人でやった方がいい。手伝ってくれないんじゃない、手伝わなくていいって本気で思ってたんだ。まぁ、その結果が救急車に乗せられて、今の僕なんだけどね」
話す内容とは裏腹に、犬堂さんはあっけらかんとした態度で喋っていた。
「あ!でも今は違うよ。今はきちんと自分のできる範囲を把握しているし、店に所属する他の職人にも手伝って貰ってるから……」
「あの、どうしてですか?」
気付くと、咄嗟に言葉が出ていた。
人は容易く自分の生き方を変えることなんてできない。
特に、こうだと思いこんで凝り固まった思考であれば、なおのこと。
変わっていくことを拒否する筈だ。
現に私は小さい頃から生き方を変えられない。
自由な時間に無理矢理労働を押し込むことで、家族が居る家から目を背け続けてきた。
「犬堂さんは何で人を信じれるように変われたんですか?」
私と同じように、現実世界で問題を抱えていたというのであれば、そこから進むに至ったきっかけを知りたい。
返答を待たずして矢継ぎ早に問いかけた。
「……そうだな。年の功かな?」
「年の功?」
「僕を助けてくれた人はこの店のオーナーなんだ。名の知れた職人で王侯貴族達のドレスも手がけていたような人なんだけど、もういい歳でね。勿論、まだまだ現役!って今でも元気に魔法服を作っているけど、ちょうど5年前、腰を悪くして店を畳もうとしていた」
「もしかして、その時に犬堂さんが召喚されたんですか」
犬堂さんが笑顔で頷いた。
「普通見知らぬ成人男性なんて拾う?それも自分が店を畳もうってしている時にさ。怖くて、信じられなくて、何度も逃げだそうとした。でも、その度にベッドへ戻されて、ガミガミ怒るんだ。そんななまっちょろい顔でうろうろするな、死にたいのか!って。最終的には僕が寝てる部屋で針仕事を始めたりしてさ」
「ふふっ。犬堂さん監視されてるじゃないですか」
「そうだよー!でも、気付いたらそれが嫌じゃなくなった。次第にデザインに口を出したり、一緒に型紙を作ったりして、いつしか僕は店を手伝ってた」
そういえば、犬堂さんと初めて出会った時、彼は自分のことをオーナー代理と言っていた。たった5年という歳月で犬堂さんはその人と信頼関係を築いたんだ。
「今思えば、この世界に来たばかりの僕はよっぽど悲惨な顔をしてたんだろうね。きっと職人一筋なあの人なりの励まし方だったんだろうけど、笑っちゃうよ。結果オーライだったからいいけど、僕がもっとひどい悪人とかだったら、どうするつもりだったんだろう」
犬堂さんはどこか嬉しそうにカウンター越しに顔を近づけてくる。
前屈みになるような姿勢だから、緩く巻かれた銀色の髪がふわりと揺れた。
「だからね、椎名君も無理して理想の人間でいようとしていなくていいんだよ。若い内は多少の無茶やわがままを楽しまないと。それをフォローしてくれる人は椎名君の回りにこれからいっぱい出てくる筈だよ。勿論、僕もその1人だからさ」
ぽんっと頭の上に手が乗せられた。
そのまま優しく頭を撫でられる。
自分より遙かに大きな手の感触に私は完全に固まってしまった。
温かくて、優しくて、胸がどきどきする。
「あ、ありがとうございます」
「うん。どういたしまして。とりあえず椎名君はもっとウィルにわがままを言う所から始めようか。色々我慢している所あるだろう」
冗談混じりとはいえ的確な指摘に私はうっと言葉を呑んだ。
見知らぬ地で放り出されるのが怖くて、口にしないまま呑み込んでいた感情はある。
だけど、犬堂さんに指摘されるまではその意識すらしていなかったのに……気付いてしまった。
「ウィルは見た目よりも義理に厚いし紳士だから、途中で椎名君を投げ出したりは絶対しないよ」
「犬堂さん……」
「まぁ!もしもウィルに放り出されたら全然僕を頼ってきてくれていいいからね!雫ちゃんの為だったらマイホーム購入も視野に入れるから!!」
「シーナです!!ていうか最後ので、今までの話台無しになっちゃったんですけど!?」
わいわいと喋りながら、犬堂さんの魔法服制作は進んだ。
途中、紅茶を煎れてくれたりはしたけれど、それ以外は基本的に止まらないまま犬堂さんは制作に没頭していた。
そして、ようやく……。
「よーし、完成だ!」
なんということでしょう。
カウンターの上に所狭しと置かれていた素材の数々は全て使われ、ただの布だった物は洋服の形へと変身していたのです。
それにしても、上から下までフルセットとは言ってたけど、なんだか量が多いような。
これ本当にただのフルセットなのかな。
あ、アクセサリーとか靴もある……靴!?いつの間に作っていたの!?
「試着室はあそこだよ。早速で悪いけど、不備がないか見たいから、すぐに着て貰っていいかい?」
「あ、はい!」
犬堂さんが、カウンターの上に置かれていた魔法服フルセットを、試着室の中の台に置いてくれた。
そして私は、キラキラした魔法服にワクワクしながら、店内の端の試着室へと向かった。




