変態紳士の嗜み
しみじみと語る犬堂さんの瞳は穏やかそのものだった。
まぁ、言っている事は過労死しかけてたって話だけど。
あ、その生き甲斐っていうのが雫ちゃん?
やっぱり彼女なんじゃ……なら、なおのこと、元の世界に戻りたいのでは。
「僕は思ったんだ。きっと彼女が僕を生かす為に異世界へ召喚したんだろうって」
「はぁ……ロマンチックですね」
「だろう!!それに、誰かのために服を作るっていう楽しさも思い出させてくれた。だから別に無理して元の世界に戻らなくていいかなって思ったんだ」
所々言ってることに頭を傾げる所はあるけれど、犬堂さんの異世界に残る理由には納得してしまった。
これは異世界に召喚という形を取った、1から人生をやり直す方法なのだ。
「でも僕も自分以外の異世界人は初めて見たよ。皆、召喚されても国の保護下に入ってしまうからね。椎名君もそうかい?」
「いえ、私は自分の足で首都エオンに向かおうと……」
「えっ。保護にならなかったのかい」
「色々訳ありなんだよ。それで、コイツ用に魔法服を買いに来た。適当に見繕ってくれ。予算はこれぐらいで」
そう言いながらウィルは指を2本出した。
それは2ゴールドなのか、それとも奮発して20ゴールドなのか。
いやでも、さっき見た70ゴールドの靴を見る感じでは、それなりにやっぱり値が張る、よね。
「え、200ゴールド?」
「20ゴールドだ!」
さらっと200ゴールドに変換する犬堂さんも凄いけど、ウィル私を泣きやませる為に20ゴールド出してもいいって思ってくれたのか。
「他の店ならまだしも、僕の店で20ゴールドってインナーぐらいしか買えないよ」
「いつもお前が欲しいって言ってる変わった布とか貴重な糸、ダンジョンから取ってきてやってるだろ」
「それで割引しろって?横暴だなぁ」
犬堂さんの口振りから察するに、このラルムってお店、老舗なのかもしれない。
さっきブランド物の靴か!って思わずつっこんじゃったけど、そうだよ、このお店自体がブランドなんだよ……!
いやぁ、それにしても。
あぁだこうだ言って商品を割引しろって言う人は偶にいるけど、180ゴールド分を値引きしろって言う人は初めて見た。
でも、さすがにインナーだけってのはちょっと恥ずかしいから、ここはウィルに是非とも頑張って欲しい!
やがて、犬堂さんは私とウィルを交互に見た後、何かを噛みしめるようにうんうんと頷いた。
「わかったよ。ウィルには少なからず恩もあるし、破格の金額で椎名君の魔法服を用意してもいい。勿論上から下までフルセットでね」
「本当ですか!」
やったー!これで、野宿が続いても清潔なままでいられるぞー!
「ただし、ひとつだけ条件があるんだ」
犬堂さんの真剣な表情に、思わず息を呑む。
そりゃそうだよね。
高価な魔法服を安値で提供してくれるには、それ相応の条件が必要ってことだ。
来るならこい!これから3ヶ月、快適な旅ライフをする為なら、頑張っちゃうもんね!
「僕の作った魔法服を着た椎名君と、ウィルが一緒に歩いてる所を見せて貰いたい」
「ん???」
何それ、どういうこと?
魔法服を用意してもらったお礼が着た所を見せるだけでいい?
もっと、自分で魔法服の材料を取ってこいとか、数日間ここでタダ働きしろ、とか言われると思ってたから、そんなにも簡単なことでいいのかって心配になる。
というか、そもそも着てる姿が見たいってちょっと変態臭い気もするんだけど……。
私の考えていることはウィルにも伝わったらしい。
ウィルは怪訝な表情で犬堂さんを凝視していた。
「いや、コイツだけならまだしも。なんで俺まで巻き込まれなきゃならねぇんだよ」
「……それには電子の世界よりも深い理由があってね。それで、どうだい?悪い条件じゃないと思うんだけど」
まぁ、一緒に歩くぐらいなら、異世界に来てからずっと一緒だったし、別に困るものでもない。
「私はそれで服が安くなるなら構わないですけど……」
横目にウィルを見る。
やや釈然としないながらも、ウィルも180ゴールドの値引きには惹かれるものがあるみたいで。
「……わかった」
「よーし!なら決まりだ!とびっきり素敵な魔法服を椎名君に贈るよ!」
私とウィルの承諾を得た犬堂さんが水を得た魚みたいに飛び跳ねて喜んでいる。
ヤッターとはしゃぎながら店先へ出ると、オープンと下げられていた看板をひっくり返してクローズにしてしまう。
「お店閉めちゃうんですか?」
まだ明るい時間帯だよね。
基本の営業時間が何時から何時までなのかは知らないけど、閉店時間には随分と早いような。
思わず疑問を口にすると、犬堂さんは勿論、と自信ありげに頷いていた。
「だって推しに激似な椎名君に、推しの衣装を着てもらえるなんて奇跡的な瞬間を誰にも邪魔されたくないからね!」
推し?
あぁ、なんだろう。背中がもぞもぞする。
やっぱりさっきのお願いって安易に聞いちゃいけない奴だったのでは!?
とはいいつつも、何も理解できないままに犬堂さんの不思議ワールドに引っ張られるのだけは遠慮したい。
ウィルなんて、もう半分ぐらい諦めて口を閉じちゃってるし!
勇気を出せ。大丈夫、ちょっと確認するだけじゃないか。
「あ、あのー。その推しっていうのは何なんでしょうか」
俊敏な動きでカウンターの背後にある棚から巻き状の布を取り出し始めた犬堂さんに、私は恐る恐る話しかける。
すると、彼は満面の笑みを浮かべて、こう言った。
「ノブレス・オブリージュ学園のアイドル候補生、浜崎雫ちゃんのことだよ。僕の最愛の人さ」
ノブレス・オブリージュ学園?どこかで聞いたことがあるような……あ!!
その瞬間、私の頭の中にスマートフォンの姿が蘇った。




