元社畜の異世界人
私が口を開くと同時に、さっきまでうろたえていた筈の男性は周囲に花が咲き乱れるごとく、目を輝かせて嬉しそうに笑った。
な、なになになに。キラキラの笑顔が刺さるんだけど!?
「なんだ、知り合いだったのか?」
「そんな訳ないじゃないですか!私、異世界に来たのちょっと前ですよ!?こっちに知人なんて居るはずないです」
ウィルの勘違いに私は頭をぶんぶんと勢いよく振って否定した。
こんな見るからに色男な知り合いなんていないですって!
服はスーツだけど所々ファンタジーだし、何より銀髪ってゲームのキャラクターじゃないんだから!
「雫ちゃん!」
「うひ!?」
急に大きな声を上げられ、私は突発的に声を上げてしまった。
あああ、これじゃあ雫ちゃんって呼ばれて返事をしたみたいになっちゃったじゃん~~!!
狼狽えている間に、カウンターから男性がツカツカと歩み寄ってきた。
そして、私の両手を問答無用で掴むと、満面の笑みを浮かべる。
「やっと会えたね!」
「は、はい?」
「異世界に来る以上に驚くことなんてもうないと思っていたんだけど、まさか二次元の存在が現実化してるなんて、こんな奇跡は絶対にないよ」
二次元が現実化ってこの人何を言っているんだ。
……ん?ちょっとまって、今この人異世界に来るって言った!?
「ちょっと待ってください、貴方もしかして……」
「貴方なんて他人行儀なこと言わないでほしいな。だって、僕と雫ちゃんはトップアイドルを目指すアイドル候補生と先生だろう?いつも通り、犬堂先生って呼んでほしいな」
キラキラー!って効果音が付きそうなぐらい眩くて素敵な笑顔なんだけど、この人の言ってることが全く!さっぱり!頭に入ってこないし理解できないんだけど。
同じ場所にいるのに、この人だけ斜め上の世界眺めてない??
凄く幸せそうなのを壊すようで悪いんだけど、私は貴方の言う「雫ちゃん」じゃありませんー!
「あの、私……」
「雫ちゃん、今日はどの勉強から始める?僕としては雫ちゃんの苦手なダンスレッスンでスタミナを消費した後、スタミナ回復中の時間を利用して野外活動でイベントストーリーを進めていけば効率的だと思うんだけど」
「だから……」
「雫ちゃんのランキングイベントで万全に走る為に、アイドルハートもしっかり貯めておきたいから、好感度も上げようね」
「話聞いて!!」
「ケンドー」
言っていることの9割理解できなくて思わず声を荒げてしまった。
すかさず、ウィルの冷めた声色が男性を現実へと引き戻すと、彼はまだ幸福の余韻を残したまま、ウィルを振り返る。
な、なんだか目が虚空を見ているんですけど、この人本当に大丈夫!?
「手を離せ。嫌がってるだろ」
「いや、でも彼女は雫ちゃんで」
「コイツはシーナだ。お前の言う女と違う、よく見ろ」
あっ、あのヤバイ目が戻ってきた。
じっと見られるのはむず痒いけど、それで正気に戻ってくれるなら多少は我慢しますよ。
ウィルに促されて、男性は私をじっと眺めた。
それはもう、丹念に。
さながらフィギュアのディティールを事細かく確認するファンのように。
そして、納得した。
「やっぱり雫ちゃんじゃないかな」
「違うって言ってるでしょー!!!!!」
もう我慢の限界だった。
どこの女か知らないけど、初対面のレディに対して見知らぬ女の姿を押しつけるとは何事かー!!
感情に任せたまま、握られていた両手を振り払う。
男性は分かりやすく驚いて、ふらりとさっきみたいに後ろに下がり、そのままその場に座り込む。
「雫ちゃんじゃない……」
そ、そんなにショック受けなくてもいいじゃなか……なんだか、私が悪いことをしたみたい。
はっ、駄目駄目、ここで折れたら駄目だぞ、私!
「雫さんが誰かは知りませんが、私はシーナです。鏑木椎名、えっと……もしかして、貴方も私と同じ異世界人なんですか?」
そう。すっかり相手の勢いに押されてしまっていたけど、この人さっき確かに異世界に来てって言ったんだ。
「異世界人……?」
暫く床の目を数えるがごとく、俯いていた男性がようやくゆるりと顔を持ち上げる。
そして、何かを考えるように口元に手を寄せてから、静かに立ち上がった。
その時にはもう、さっきみたいに焦点の合っていない目じゃなくて、正直ほっとする。少しは落ち着いてくれたのかな。
「……取り乱した所を見せてしまったみたいで、恥ずかしいな。忘れてくれると助かるよ」
乱れた前髪を指先で直しながら、男性は穏やかに笑った。
いやでも、さすがにさっきの姿を忘れるのはちょっと無理ですね。
「改めまして、ようこそ魔法服屋ラルムへ。オーナー代理のケンドーです。そうだな……犬堂夕って紹介した方が、君には馴染みが深いかな」
「やっぱり!」
片腕をこちらに見せるようにして持ち上げ、袖を軽くめくった男性の手首には私と似たような腕輪がしっかりと付けられていた。
スキルの腕輪だ!
やっぱり、この人も私と同じ異世界に召喚された人なんだ。
「お前が異世界人だって初めて聞いたぞ」
ウィルが少し驚いた表情で男性……犬堂さんを見る。
言われた犬堂さんは犬堂さんで、少しバツが悪そうな表情を浮かべていた。
「いやぁ、はは、まぁね。こっちの世界に溶け込みたくて周囲には黙っているんだ。案外見た目をこの世界に寄せたら何とかなるものだよ」
犬堂さんが自分の髪に触れながら頷く。
あ、だから私みたいに召喚された人間なのに頭が銀色なのか。
確かに、こっちの世界の人って、クレアさんもピンク色の頭していたし、宿屋でウィルに絡んできた怖い顔の人も緑色だったし、派手だもんね。
現実世界だったら凄く目立ちそうな色だけど、こっちでは普通なんだ。
「なるほど。私が異世界人だってバレない為には、髪の毛を染めるってのも効果的ってことか」
「駄目駄目駄目!!黒髪から染めるなんて絶対に駄目だよ雫ちゃん!……あ」
私とウィルの視線を受けて犬堂さんの目が泳ぐ。
さっきから何なのこの人。
礼儀正しい人かと思ったら、急に叫んだりするし。
そもそも雫ちゃんって誰。現実世界の彼女か何か?
苦笑い気味に誤魔化そうとする犬堂さんの姿を見ていると、むしろ気になってくる。
「そ、その。僕も5年ぐらい前にこの世界へ召喚されたんだ。ただ運が良くてね、魔法服屋の裏口に倒れていたんだけど、ここの人が親切で住み込みで働かせて貰っているんだ」
「5年!?えっ、犬堂さんは元の世界に戻らなかったんですか!?」
さっき役所で聞いたみたいに、異世界人の申請さえしてしまえば、首都エオンから迎えの馬車が来る。それに、私みたいに自力で行くことだって出来たはずだ。
それなのに、犬堂さんは5年もこの世界にいるって……さっきだって、この世界に溶け込む為に異世界人であることを黙っていたっていうし、どういうこと。
「うん。元の世界よりもこっちでの生活の方が純粋に楽しくて」
楽しい?
キッパリと言い切る犬堂さんに私は言葉を失ってしまった。
楽しいなんて気持ち、異世界に来てから明確に意識したことなんてなかった。
右も左も分からないことだらけ。
前向きな性格だとは思うけど、ここにずっと居たいって気持ちは欠片も存在しなかったから。
「僕、元の世界ではデザイナーをしてたんだけど、結構社畜だったんだ。深夜2時に退社して朝の6時に出社したり」
「それ結構ってレベルじゃないと思うんですけど……」
「あはは、うん、そうだよね。でも、そんな生活をしていた時、ようやく生き甲斐を見つけたんだ。それで、彼女の為にもっと稼ごうって張り切っていたら、病院に運ばれてて。気付いたら、異世界に召喚されてたんだよ」
私の驚きように犬堂さんは楽しげに笑った。




