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 世間と隔絶された緑の島、その斜面に一見不釣り合いなほど立派な館が立っている。かつての領主が住んでいたその屋敷に、今はとらわれの貴婦人が住んでいる。



「この忙しい時に、困ってしまうわね」


 かつてエリザ・ストラスブール公爵令嬢だった人物──つまりは現在ただのエリザであるが、彼女は庭先でこれみよがしにため息をついた。


 年末年始は誰も彼もが忙しいため、手伝いを呼ぶのも気が引ける。とうとう子供が4人になり騒がしくなってきた頃合い。


 今年こそできうる限りの雑用を夫に押し付けてゆっくりしよう──エリザのそのようなささやかな夢は、小さな反逆者により打ち砕かれてしまっていた。


「あたしは悪くないもん」


 アルミリアは薪割り用の切り株の上でふてくされ、そっぽを向く。


「そうね。確かに、あなたは悪くはないのよ」


 エリザは結婚記念に植えたレモンの木の下で、残りの色づいていない実を数える。


 左手に乳飲み子を抱え、木々の隙間から落ちる木漏れ日を受けているエリザはゆったりとした白い羅紗の羽織と相まって、まるで絵画の中の登場人物のようだった。


 どうしてこんな非日常的な存在に今まで違和感を覚えなかったのだろうと、こっそりと視線を戻したアルミリアは自問自答した。


 エリザはそんなことはお構いなしに、次々とアルミリアに対し現実をぶつける。


「ねえ、暇ならお使いに行ってちょうだいな。夜に食べるパンがないのよね」


「兄さんはどうしたの?」


 雑用係ならば長男のマクシミリアンがいる。彼も同罪なのだから、アルフレドがいない時の贖罪としての労働は彼が担うべき──それがアルミリアの主張だ。


「海岸沿いの小屋で網のつくろいを手伝うと言っていたわ」


 はたしてその証言は正しいのだろうか?とアルミリアは訝しむ。兄の疑惑を確かめるために立ち上がり、口笛を吹く。散歩の合図に暖炉の前で寝そべっていた老犬が立ち上がる。


「じゃあ行ってくる」

「お昼は?」


「多分いらない。フレディ、行くわよ」


 金色の毛を靡かせたフレディは、静かにアルミリアの後をついていく。


 坂を下っていくと、途中でロバに乗った「ばあや」と出会う。坂の中腹に住んでいるこの老婆は「蜂殺しのマーサ」と呼ばれている。彼女は長年、カスタニエ邸で下働きをしており、アルミリアも赤子の頃から彼女にお世話になっている。


「姫様、おはようございます」

「ええ。マーサも元気そうね。今日は寒いけれど、辛くない?」


「昔に比べると、ここもずいぶん登りやすくなりましたからね。あたしゃまだまだ現役ですよ」


 この道はかつて、石段とむき出しの土があるのみだったと言う。それをエリザを迎え入れるにあたって斜面を切り開き、横にもう一本、なだらかに迂回する道を作った。


 それにより、ロバや台車を使って楽に行き来できる様になったのだ──という話らしかったが、アルミリアは当時のことを知らない。ただなんとなく、おぼろげに自分を乗せた乳母車を押す両親の姿を思い出すだけだった。


「ふん」


 一人悪態をつきながら坂を下りきると、港とそれに面した島の中心部──商店街へ出ることができる。


 島内をまったりと循環する馬車が、たまたま目の前を過ぎ去って行く。それを見送ってから、アルミリアは島に一本しかない舗装された道を横断する。


 港の横、赤いレンガで作られた漁業組合のそばの小道を降りると波の穏やかな浜辺がある。そこには殺風景な小屋が建っており、中からは少なくない人の気配がする。


 貝を焼いている中年女性のわきを通り抜け、小屋を覗き込むと数人の島民──兄のマクシミリアンとお付きのダンも含まれる──が網の修繕をしていた。


「おはよう、姫」


 窓からこちらを伺うアルミリアに気が付いたダンが声をかけてきた。


 アルミリアは基本的に、島民から姫と呼ばれている。その由来について、驚くべきことに彼女は八歳近くなっても疑問を感じたことはなかった。


「おはよう」


「もしかしなくても、手伝いに来てくれた?」


 田舎では子供も労働力である……ものの、アルミリアは自他共に認める姫であるため、これといった仕事は特にしていない。せいぜい家の手伝いがいいところである。


「どうしよっかな」

「お昼は組合の食堂でご飯を食べるんだ。それまでここに居るといいよ」


 曖昧な返事をするものの、流石にこの状況でただ眺めているだけというのも居心地が悪いと、アルミリアは網の修繕の輪に加わることにした。

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