南の島のお姫様
番外編です。本編より長い全10話、エリザの娘が島をうろちょろするだけの話。異世界人がタラバガニを食べていても許せる方向け。よろしくお願いします。
年の瀬。普段は物静かなセント・エリザ島も賑やかに、どこか浮ついた雰囲気である。
そのような明るい空気とは裏腹に、ひとりの男が大型の漁船の前でうなだれている。
「アルミリア……」
アルフレド・カスタニエは愛娘にすがるような視線を向けた。
「はい。レモンあげる。壊血病になると迷惑だからね」
父親と同じ淡い金の髪を潮風になびかせ、彼女は庭で取れたレモンが詰まった袋をアルフレドの胸に押し付けた。
「アルミリア」
アルフレドは改めて娘の名を呼び、より一層哀れっぽく見える表情をした。家庭外での彼の姿を知る者ならば、よく似た他人と思うであろう。
「自分の力でカニ獲るまで帰ってこないで。本物の海の男ならできるはずでしょ」
「が、頑張る……よ」
小さな執行人は、冬の海のような冷たい瞳でアルフレドを追い立て、船に押し込んだ。
出港の汽笛が鳴る。
アルミリアは甲板から未練がましげにこちらを見つめる父親の姿をじっと眺めている。
島外追放。それがアルフレドに課せられた十年越しの罰であった。
事の発端は、アルミリアが自身の出生の秘密を知ってしまったこと。
冤罪をかけられ、流刑された亡国の貴婦人──それが自分の母で、それを手引きしたのが自分の父だと言うのだ。
色々と複雑な事情が絡み合い、最終的には母エリザは父アルフレドを許す事にしたと言う。
しかしアルミリアはまだ許していない。一生妻に頭が上がらず、強制労働。それも悪くはない。しかし、それでは今までと大して変わらないではないか? と納得がいかないのだ。
自分は傷ついた。父親の正体をなんとなく知っていたのと、全く疑いもしていなかったのではまるで事情が違う。
彼女の心はここ数ヶ月、猜疑心でいっぱいであった。全てが嘘、もしくは建前に思えてくるのだ。
遠く海の向こうから輸入してきた甘いお菓子も、さらさらの髪を飾る泡のような芥子真珠のバレッタも、上等な海豹の毛皮のブーツも。
それが全て偽りの、自分が知らない貴族としてのアルフレドからもたらされたものだったとしたら?
アルミリアは『本当』を求めている。『持つ者』がたわむれに投げてよこすプレゼントよりも、心のこもった、正真正銘の愛──。
それすなわち蟹であった。蟹は彼女の大好物なのである。
もし『本当』のまごころと謝罪の気持ちがあるのなら──自分のために、どんなに骨が折れようとも、今まで出来なかったことをしてくれるはずだ。アルミリアはそう信じている。
カモメが一羽、クゥと鳴く。アルミリアは波止場で一人、船が小さくなってゆくさまを見つめている。
「姫、戻ってきたらいい加減許してあげなね」
幼なじみのダンが、背後からアルミリアに声をかける。
「ダメよ」
アルミリアはきっと振り向き、ダンを睨みつけた。
父親譲りの金髪に、母親譲りで意思の強そうな紺碧の瞳。きゅっと引き結ばれた唇。
「まだそんな事を……」
ダンは呆れ返った顔でため息をついた。アルミリアは視線を再び海に戻す。船は見えなくなってしまっていた。
「あたしがダメと言ったらダメなのよ」
アルミリア・カスタニエはセント・エリザの姫である。彼女を止められるものは、一人をのぞいてこの島にはいないのだと、ダンは再び深いため息をついた。