北風さんとテスト結果。
「今回のテストは全教科の答案を纏めて配付・15分毎に教科毎の解答を配付する」
HRで先生は、この後の段取りを説明した。
解答配付は英・数・理・社・国の順。 採点ミスを発見次第、赤ペンで欄に○をし、速やかに申し出ること。
時間内報告のあったものはその場で修正するが、人数が多く時間内に直しが終わらない場合、回収。○はその為。
不正防止の為赤ペン以外の筆記用具はしまう。
……そんなところだ。
通常の定期テストとあまりに違うため、教室内がざわつく。
「尚、このテストと夏休み前のテストに関しての解説は授業では行わない。 自ら調べるか、担当教科の先生に質問しにいくこと。 ……何か質問のある者」
皆動揺しているせいか、逆に質問は特に出てこない。
だが俺には気になることがあった。
「──平均点は?」
「学年平均は解答に記載してある。 クラス平均は私が黒板に記入する」
(学年平均の3割を越えてれば……)
大丈夫、だと、思う。
……多分。
テスト時と同様に名簿順に座席を移動すると、すぐに全ての答案がクリップでひと纏めにされている状態で返却された。
全ての答案が揃っていること、自分のものであることを確認。
学校側が用意した赤ペンが配られる。
「きちんと書けるかどうかを確認しろ。 書けないものは挙手。 途中でインクが出なくなったなどの不備の際もその場で挙手。 採点ミスは全ての採点をチェックした後で答案を持ってこちらまで来ること。 特別な場合以外の再提出は認めない」
答案返却なのに、何故か緊張した空気が漂う。学校が今までとは違うことを皆思い知らされているようだ。
正直、俺も少し不安になった。
学年平均の3割取れたとして、平均点が低かった場合……通用するのだろうか。
解答の記載された用紙は、答案用紙と区別の為か、ピンクの色紙。緊張感はあるが淡々と、滞りなく返却・採点チェックは行われていく。
北風さんの座席は俺の斜め後方。
……全く様子がわからない。
全体的に平均は65~75と言ったところで、そう高くはないのが気になる。
ラストの教科、国語のチェックが終わり先生が出ていくと同時に、教室はテスト終了時と同様に騒然とした。喧騒の中で即座に席を立った俺の足は……意識も無意識もなく北風さんのところへ向かっていた。
「北風さん!!」
北風さんは一瞬ビックリした顔をしたあと……
──涙を溢し出した。
ポロポロ、大粒の。
「北風さん……」
「……す、すまぬ……あれだけっ……親身になって、うぐっ……教えてくれたのにぃ……」
時折咽を詰まらせる北風さんの姿勢は、こんなときでもやはり良いままで……頭部だけを下げて項垂れた。
相変わらず可愛い、つむじの下……ぱたぱたと床に落ちる、涙。
その光景に俺も泣きそうになる。
衝動的に北風さんの頭を抱いた。
「北風さんは頑張った! 大丈夫、俺がなんとかする!!」
事実、北風さんは頑張っていた。
それに今回は、そもそもきちんと教えてはいないのだ。『俺が責任を持って教えるから』と、『一学期の成績では結果を出す』と訴えてみよう。
(それでどうなるということでもないのかもしれない)
なんとかするだなんて、大言を吐いた自覚はある。
──でも、
とりあえずやれることはやろう。
保護者にでも、先生にでも……頭を下げて済むのならいくらだって下げてやる。
──パチ……パチ。
ワァァァァッ!パチパチパチパチ!!
手を叩く音に気がついて涙目のまま顔を上げると、あっという間に教室に拍手喝采が巻き起こっていた。
(えー……)
あれ? 俺なにやってんだっけ……
我を忘れてしまっていた。
……なにこれ、超恥ずかしい。
「ええっと……」
そっと北風さんの頭に回していた腕をほどき、ゆっくりと身体を離す。動揺をしているが故、無意識に平静を装う行動を身体がとっていた。
近すぎて俯いたままの彼女の表情は見えないが、北風さんはもう泣いてはいないようだ。
「北風さん……テスト」
「…………」
北風さんは俯いたまま、両手で握りしめていたテストを頭の上に乗せるように差し出す。
生暖かい視線と『なんか感動したー』とかなんとか言う、甚だしくいい加減な感想を周囲から受けつつ、北風さんから答案を受け取った。少し移動をしながら。
(……ここの席の奴はさぞかし戻りづらかっただろうな……)
申し訳ないし、恥ずかしい。
余所事を考えながら、テストに目をやる。
英語12点
数学14点
……まあ想定の範囲内だ。
むしろ数学はよく頑張ったと言っていい。
計算問題の配点が全部で20点。
1問2点配分の問題を、全て確実にこなしたのだ。取り零したのはちょっと難しい、3点の問題2問だけ。
これは後で褒めてあげよう。
そして答案用紙を捲る。
「──!」
理科の答案をみた俺は驚き、社会、国語も確認した。
「……! ……!!」
理科46点!
社会38点!
……国語50点!!
「──北風さん!?」
できてるじゃないか!!!!
滅茶苦茶できてるじゃないか!!!!
「ふぐぅっ……!」
しかし北風さんは俺が声を掛けると再び嗚咽を漏らす。
それは悲壮感が漂っており、『嬉しさのあまりの涙』とは思えない。
「すっ……すまぬ……」
「北風さん……」
俺は北風さんの頭を両手で挟むと、乱暴にモフった。
「……もぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 充分できてるよ!! 北風さん!!」
「ぉびゅうぅぇい」
泣いている上更に頭を振られている北風さんが、なんかよくわからない言語を発し出すので笑ってしまう。
一旦モフるのをやめて、もう一度言った。
「北風さん、よく頑張ったね……凄い成果だよ?」
「……え? ……だって……」
北風さんは涙でぐちゃぐちゃな顔をきょとん、とさせる。
──なんと北風さんは、平均点より上でなくてはいけないと思っていたのである。
ごめんなさい、1章この回で終わらなかった……
あと1回あります。