北風さんと早朝。
次の日は採点の為お休み。
その次の日俺は、いつもより早く登校した。
──北風さんが気になる。
北風さんがこのクラスに来るまでは、優等生である俺が大体一番に登校していた。
だから放課後以外でも挨拶位は交わすが……教室で北風さんは積極的に話そうとはしない。人が来る気配を敏感に察知し、そそくさと自分の席に戻ってしまうのが常である。
いつもより30分も早く着いたのに北風さんは教室に既にいて、花を生けていた。
「……!」
見られたのが恥ずかしかったのか、何故か慌てふためく。
「おはよう、北風さん。 良い匂いだねソレ。 結構強い……芳香剤みたい」
「あ? ……ああ、沈丁花だ。 庭先に咲いたので主が持っていけと」
芳香剤というジョークをスルーされてしまった。
……これでは単なる嫌味なヤツじゃないか。
(っていうかなんでこんなにアワアワしてるんだろう……)
そんなにテストが返ってくるのが怖いのかな……
空気を和らげる為、俺は鞄から駄菓子を取り出した。
中国の偽ドラえもんみたいな絵が描いてあるスナックバー。……北風さんはこれが大好きなのだ。
なんでもスポーツクラスの時はお菓子を無断で食べてはいけなかったらしい。特に市販されている駄菓子はもってのほかだとか。今でも部に所属している元スポーツクラスの子等は厳しい食品管理を受けているようだが、北風さんはフリーなので解禁だとのこと。
言ってしまえば餌でご機嫌を取る作戦。
「北風さん、ホラ」
「あっ! めんたいこ味ではないか!! かたじけのうござる!!」
北風さんが最も好きなのはめんたいこ味である。
嬉しそうに俺が放り投げたスナックバーを素早くキャッチし、鞄にしまい込む。
だがよく忘れてしまうらしく、粉々になった最早スナックバーとは言えないものを悲痛な面持ちでざらざらと口の中に入れ、挙げ句むせてしまう様子を何度か目にしている。
可愛い。
すぐに食べればいいのだが、小腹が空いているときに食べたいらしい。
とても可愛い。
「北風さん、まだ時間があるから食べなよ」
「むむ……しかしなんだか勿体無い」
「もうこれからも春休みまで半ドンだし、ウチにいっぱいあるから」
然り気無くウチに誘うのを忘れない。
春休み中も勉強を理由にウチに呼ぶつもりである。
北風さんの補講も勿論一緒に受ける。
なにしろ英・数は捨てたので、その2教科の補講は確実にあるのだから。
北風さんは一瞬嬉しそうな顔をしたが、なにかを言おうとしてモゴモゴした。
「あ………………あのな? ……」
「なに? 北風さん」
「……」
沈 黙。
きっとテストのことだろうが……余程言いづらいのだろう。
俺は俺で話そうと思ってたことがあった筈なのに、上手く話の流れを作れず、出てこない。
北風さんの言葉をただ黙って待った。
「……あの」
意を決した様に顔を上げて声を発した北風さんの言葉──
──バターン!!
「たぁぁぁぁいよおぉぉぉぉ!!」
……は、何故か早く登校し、何故かダッシュでやってきた馬鹿・飯田の雄叫びにアッサリ遮られた。
「太陽!! 大変! 大変たい!! 『たい』で韻を踏んでみたけどそんな場合じゃなく! そもそも俺福岡出身じゃないし!」
飯田は俺の両肩をつかみ、ガタガタ揺らしながら訳のわからない事を捲し立てる。
貴様が福岡出身じゃないのなんて知っとるわ!
福岡の方々と福岡の地に謝れ!
土下座……いや五体投地で謝れ!!
「……はっ! 北風さ……」
北風さんはもういなかった。
流石は忍、逃げる隠れるは得意な様子。
……飯田、殺す。
「……北風さん?! 貴様あんな美人だけでなくクールっ娘まで手懐けていただとぉぉぉぉ?! クソッ……リア充か! 殺す! いや、紹介してくれ! お願いしますぅ~お友達でもいいですからぁ~」
しかし飯田は俺が怒りをぶつけるより先に、ヤツの方が意味のわからない事を捲し立てながら怒りをぶつけてきた後、一変して猫なで声になった。
それこそ土下座か五体投地でもせんばかりの勢い。
「おはよー」
「おはよー……あれ? いい匂いー」
飯田に絡まれているうちに、早くやって来た生徒達がわらわらと教室に入ってきた。
「ああもう……」
北風さんはどっか行っちゃったし……
「ねぇ~ん、太陽っち~」
「……うるさいしウザイ」
飯田は意味わからんし。
お前が消えろ。
飯田は俺にまとわりついてなんか言ってたが、怒っていたので全スルーした。
俺が珍しく怒ったので最終的にはシュンとしていたから、調子に乗らない程度に許してやる。
……飯田の話はどうでもいい。
北風さんはいつの間にか、然り気無く席に着いていた。
(なにが言いたかったのかな……)
不安だったのなら、なにか言葉を掛けてあげたかった。
最初に来たのが飯田じゃなければ……ていうか男子じゃなければ上手く輪の中に入るきっかけを作るつもりだったのに。
うちのクラスの女子は大人しく、面倒見もそこまでよくない代わりにそこまでグループが強固ではない。
女子の付き合いが難しいのは見ていてわかる位には観察しているが……このクラスの子等は比較的馴染みやすい方だと思う。
そもそも北風さんは体育クラスの友人はいたようだった。
体育クラスの人等は、授業中であれど主に自分の専門とする競技を行っていることが多いが、走り込みや柔軟などは北風さんも交ざって行っているのを見たことがある。
北風さんはそれなりに楽しそうに話したりしていたから、『女子が特別苦手』という訳でもないように思う。
(北風さんが喋るきっかけさえあれば、多分……)
どうきっかけを作ろうかと考えているうちに、HRが始まる時間になってしまった。このあとの授業はテストの返却と採点ミスのチェックのみだと聞いていたが、改めて先生から説明がなされた。
──先ずは、テスト結果か。