北風さんはアホである。
北風さんは壊滅的なアホだった。
特に数学……その点数、2点。
その2点もあてずっぽうで書いた数字が当たっていただけである。……ていうか解答欄全部2じゃないか。『とりあえず2って書いときゃ1個位当たんだろ』という狙いが丸わかりだ。
「……これは中学の因数分解からやりなおさなければ無理じゃないかな」
「嗚呼……頭が猛烈に痛い!」
あからさまな仮病とか使いだしたが、頭が痛いのは俺の方である。
「大体何故数学なのにxだのyだのが出てくるんだ?! まっこと解せぬ! 摩訶不思議としか言えぬ!」
いや、摩訶不思議なのは君のキャラクターだ。
「無口なのかと思ったら案外喋るんだね……北風さんって」
「……ん? はっ……しまった!」
なにが『しまった』なのか。
彼女は黒髪ストレートのショートボブをわしゃわしゃとかき混ぜたあと、ごん、と音を立てて机に突っ伏した。
「……大丈夫? 鈍い音したけど」
「……お気遣い痛み入る」
変な子に関わってしまった……
己の外面の良さが憎い。
体育クラスで凛とした姿を見せていた北風さん。
彼女がこんな変な女の子だとは、よもや思いもしなかった。
この件を面倒に思いつつも『北風さんは実はクーデレであり、これを機に仲良くなった俺にだけ心を開く』等という漫画チックな展開を若干期待してしまっていた俺は、自らの浅はかさと夢見がちさを、今……猛烈に悔いている。
「太田殿……」
「殿」
日常生活では聞き慣れる筈もない敬称で呼ばれ、つい反芻してしまった。
全スルーをしようと思っていたのに、こいつはウッカリとしか言いようがない。
「これは秘密なのだが」
「いやいや秘密は秘密にしといた方がいいよ」
余計な事を言ってくれるな。
しかし俺の気持ちなどお構いなしに北風さんは続ける。
「──我は忍の末裔 (キリッ)」
要らん要らん、そんな厨二病設定丸出しの個人情報は。
つーか、一人称に『我』って使う人初めて見た。
漫画ですら見たことない、そんな人。
(はっ……もしや変な話をして勉強から注意を逸らそうという意図?)
北風さん、意外とあざとい……一瞬そう思うも、彼女のドヤ顔を見て考え直した。
うん、違うな。アホなだけだ。
このまま放置しても良いけど、引き受けてしまった以上彼女の成績は俺の内申にも関わるかもしれない。
それになにもせず留年させては夢見が悪い。
「北風さん、君が何者であろうと……今問題なのは学生としての君の成績が思わしくない事だ」
そう言うと、彼女はふっとニヒルに笑った。
「貴殿はなかなかに出来た御仁の様だ」
「……とりあえず別の教科からいこう。 数学は積み重ねだからね、基礎ができないことにはどうにもならない。 明日中学の教科書を用意しとくから」
俺は北風さんの台詞を基本的に全スルーすると固く決意し、歴史の教科書を開く。
北風さんは武士みたいな言葉使いの癖に、歴史も酷い点数である。
だが……わからないからといって、解答欄に『あばれんぼうしょうぐん』とか書くのはよせ。
成績は酷いが、北風さんの書く文字は美しい。
非常に達筆である。
……それが余計に苛つく。
せめて漢字で書け。