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宛名のない手紙  作者: Ria
3/3

小さな楽しみ



それから私たちは、お兄ちゃんの小説をなぞっていった。


お兄ちゃんの小説には具体的な舞台となった場所が、わかるように記されていたから小旅行しないと達成できないものもあった。

他にも授業を抜け出したり、夜の学校に忍び込んだりもした。


ややこしくて大変なミッションも多かったけど、いつからか私はこの時間を少しだけ…本当に少しだけ、楽しいと思えるようになった。


今日のミッションは学校をサボって田舎へ行くことから始まった。


長時間新幹線に揺られて、電車を乗り継いで、駅と言っていいのかわからない台と屋根しかない場所で電車を降りた。


「颯太はどうやってこんなとこ知ったんだろうな?」


「ほんと不思議…」


村越といる間は自分を偽らなくていいから楽だ。正直なことを言っても真っ直ぐに言い返してくれる。


「えーと、確かまずは川に飛び込むんだよね…バック転で」


「バック転で⁉︎」


あーだこーだ言いながらも村越はその通りにやってみせる。運動神経がいいのは羨ましいと少しだけ思う。


「お前はそこの橋から飛び込め。俺が受け止めてやる」


「えーこわーい」


「怖くなさそうに言うな。ほらっ」


お兄ちゃんの小説の中の私は素直だ。

ならば私もお兄ちゃんを、村越を信じて…飛び込んだ。

バシャンと子気味良い音が響く。

冷たい飛沫がかかったけど、私の身体はちゃんと力強い腕に支えられている。


「お前思い切りが良すぎねぇ?」


「お兄ちゃんの言う通りに素直にいきました!」


「ホントおにーちゃんっ子だな」


「あ、そういえばバック転なんて書いてなかった…かも?」


「お前なぁ~わざとだろ!」


今までくだらないと思っていたやりとりがなんだか楽しい。それは新鮮な感覚だった。


川から出て村越は急に静止した。


「どうしたの?」


「俺、着替えなんて持ってきてねぇ」


突然ミッションに連れ出したのだから、持っていなくても不思議はない。

ミッションの内容を説明しなかったのも私だ。

それでも情けない顔の村越を見て、思わず笑いそうになったのは仕方ないはず…本当に面白かったんだもん。


「バカだね。私着替えるからあっち向いてて」


「なっ、準備のいい…」


「だてにお兄ちゃんの小説毎日読んでるわけじゃないから」


「くそー確認してからくればよかった…」


私は声をあげて笑った。

こんな風に笑ったのは久しぶりかもしれない。

そんなことを思いながら、バックからお兄ちゃんの服を取り出して村越に投げた。


「!」


「使っていいよ、お兄ちゃんの」


「さすがです。七月サマ!」


なんだかおかしくなって、二人して笑い転げる。このままずっと二人でいたいと思った。

お兄ちゃんのミッションは…村越は本当に不思議だ。

私をこんな気持ちにさせるなんて。


そのあと家に帰るまでに三回電車を乗り間違えた。


数日後、私たちは急な坂道を自転車で上がっていた。

これもミッションの一つだ。

長い長い坂道がこの先にもずっと続いてる。これを登りきるのは不可能なんじゃないかと思われた。

真夏の太陽が木々に遮られているからまだいいのかもしれないけど…茹だるような暑さに私の体力は既に限界が見えていた。


「七月って本当に体力ねーな!」


「うっさい!私はお兄ちゃんの本を読んで生きてる文学少女なの!体力なんて最低限でいいんですー!」


風の音と蝉の声で、お互いに大声を出さないと聞こえない。

村越は私の右を併走しながら余裕そうに覗き込んできた…ムカつく。


「お前なぁ、それは笑えねぇ!気づいたら死んでそうだし!」


少し前まで、春頃まではずっと思ってた。

お兄ちゃんの行った世界に私も行きたかったって。


でも今は知りたいから、お兄ちゃんのメッセージを。


「そんな簡単には死にませーん!村越は丈夫そうで、どうやっても死ななそーだね!」


「まぁな!鍛えてるから!」




――――――――――




 「最近ユキちゃん楽しそうだね」


小学校の頃からいつも一緒にいるカナが嬉しそうに笑った。

カナは私の顔を覗き込んで首をかしげる。


「好きな人でもできた?」


カナは真っ直ぐで良い子。それくらいは他人に興味がない私にもわかる。カナは一緒にいても疲れない数少ない人だ。


「ねぇ!七月さんって蒼様と仲いいの?」


誰だろう?見覚えはあるが名前がわからない。

どうやらリーダー格のようで、取り巻きがたくさんいた。控えめにいっても面倒臭い部類の人だろう。


「…蒼様?」


「村越くんのことよっ!」


村越は王子様ジャンルに入るのか…以外かも。

女子たちに睨まれながら、いつも通りにっこり笑って偽りの言葉を向ける。


「村越くんとはたまに話すくらいだけど…?」


「七月!村越が呼んでるぞー」


あぁ最悪、空気読めアホ村越。


「…嘘ついてんじゃん。何様のつもり?」


「ユキちゃんと村越くんが仲良くても安藤さんには関係ないじゃない!」


カナがキッと安藤さん(?)を睨みつける。


「っ、関係あるわよ!蒼様はっ!」


いつまで続くのだろう、加勢してくれたカナには悪いけれど面倒臭い。

そもそも、彼女たちはこの会話を村越に聞かれる可能性を考えているのだろうか…?


「あっれ~、七月いんじゃん。早く来いよ」


村越への好感度メーターが壊れそうなくらいに下がる。

空気読んでよっ、ややこしくなるじゃん。

バカ、アホ、ドジ、マヌケ。

心の中で悪態をつきながらもカナも連れて教室を出た。

女子たちの視線が刺さる。


「今日は友達も一緒なのか?ってかお前友達いたのか⁈」


「…うざ」


「おいおい、いつにも増して荒れてんなぁ。ミッションどうすんの?」


「やるに決まってる」


「だろうな!知ってたぞ!」


「…うざっ」


「ループやめよ?そしてさっきより力込めんのやめよ?…ってかその子に見られていいの?」


「…カナはトクベツ」


「カナちゃんっていうの?」


「永月加奈です、よろしくお願いします」


「俺、村越蒼斗。よろしく~」


「さっき思ったんだけど、カナは琴美に似てる」


「なるほど!そういえば今日のミッション以後は他の人も出てくるな…メンド…」


「やっぱりユキちゃんは村越くんと仲良いんだね…」


「仲が良い…?ちょっと違うかも」


「あぁ、仲良くはない。…俺が仲良しなのは颯太だし」


「お兄ちゃんは私と仲良しなの!村越なんか…ただの知り合い…ううん、通りすがりの人で十分」


「ほらやっぱり仲良いじゃん…」


カナは肩を震わせて笑い出した。このくだらない会話が仲良しなのだろうか?


「ってかさぁ、永月は七月と仲良いの?」


「…ユキちゃんは友達だよ?」


「七月って…よくわかんねーな…」


「わかる⁈ユキちゃんってよくわかんないよね⁉︎」


よくわかんない…?

村越に言われるならまだわかるけど、カナに言われたのは意外だった。

ちゃんと演っていたはずなのに。


「ユキちゃん話してる時は普通なのに、一人でいる時とか…」


「それなっ!たまになんか隠してるように見えるし」


隠し事なんて山ほどある。

村越と話すようになった今だって、言ってないことばかりだ。

二人でいても話題はたいていお兄ちゃん。私も村越のことを全然知らない。



そうこうしているうちに屋上についた。


「でもさ、ユキちゃん最近は表情が豊かになった気がするよ。可愛くなった。…だから好きな人でもできたのかなぁって」


「へぇ…好きな奴いんの?」


「村越は知ってるでしょ!」


「えっ…村越くんユキちゃんの好きな人知ってるの?」


「いや、七月に好きな奴がいるはずがないってことは知ってるけど」


「…えっ?いるはずがない…?」


「永月も気がついてたんじゃないの?こいつが人間嫌いだってことに。」


「ユキちゃんが…人間嫌い?…えぇっ?ユキちゃんが?でも、小学校の時助けてくれて…それで…」


カナはわずかに不安げな色を灯した瞳で私を見る。


「小学校の時はまだ平気だったから…もともと苦手だったけど、嫌いになったのはお兄ちゃんが死んでから。生産性のない人が生きてて、お兄ちゃんみたいに素敵な世界を作れる人が死んじゃう世界が嫌いになったの。お兄ちゃんがいなくなってからここはドアのない小部屋だった。窓からは綺麗な世界が見えるのに触れられない。部屋の中に渦巻くのは嫉妬と羨望、限りない悪意。苦しかった、怖かった。何度も思った、逃げたいって。お兄ちゃんに助けてって叫んだ。でも、お兄ちゃんはもういない!大丈夫だよって優しい笑顔で抱きしめてくれるお兄ちゃんはもういないの!だからここが大っ嫌い!周りに諂ってニコニコして自分守ってる人も大っ嫌い!」


話しているうちに感情が溢れ出した。

泣いて、叫んで、本当は吐き出さなきゃいけないものかもしれないけど、頑張って抑え込む。それでも、心に溜まったドロドロした気持ちに飲み込まれそうになる。

苦しい、怖い。お兄ちゃん、誰か助けて。


「…っむらっこしっ…」


だめだ、人に話したからかな。

いつもより体が重い。

苦しい。息ができない。頭は冴えているのに目が霞む。


「っ!おい!七月!大丈夫か⁉︎」


「ユキちゃん!しっかりして!」


暗い暗い海。星ひとつない空。

ただひたすらに満ち引きを繰り返す波。

呑まれちゃう、お兄ちゃん助けて!…違う、村越!助けて!

暗闇の中で必死に水を掻く。


「七月!七月!おい!雪菜‼︎」


力強い声に顔をあげると、霞んだ世界に村越が映る。カナもいる。

大丈夫、村越とカナなら信じられる。もしかしたら好きになれる。だって、この渦から私を助けてくれたから。


「…二人ともごめん。ちょっと呑まれてた…」


「ユキちゃん、これって前にもなってたよね…」


「え?」


「今ほどじゃなかったけど苦しそうで、叫びたいのに叫べないみたいな…いっつも本を抱きしめて固まってて、しばらくしたら平気そうに戻ってきてた…」


「…気づいてた、の?」


「うん」


「…そっか。マイナスな思考に引っ張られて、呑み込まれそうになっちゃうことがあるの。いつもはお兄ちゃんの本でどうにかなるけど、今日は本を取れないくらいひどかった」


「じゃあどうやって戻ってきたんだ?」


「村越の、二人の声が聞こえたから。二人なら信じていいかなって。好きになれるかもなって」


私はいつもみたいに薄っぺらい笑顔ではなく、心からの笑顔を浮かべて二人を見た。


「…やっぱ颯太には叶わねぇ…」


村越の声が聞こえた気がしたけれどそのまま風の音に耳をすませた。

いつもなら煩わしいだけの風に運ばれてくる音が、今はなぜか尊く大切なものに感じられた。




――――――――――




「ユキちゃん、どうしたの?」


「えっ?」


カナに顔を覗き込まれて我に返った。

今どき下駄箱に投函などという古臭い手を使った手紙をカナに見せる。一昨日カナに村越とのミッションを明かして以来、距離が縮まった気がする。


「これ、開けていいと思う?下駄箱に入ってたんだけど…」


「えーなにそれ!早く開けなよぉ!」


「もしも果たし状とかだったら…お前の正体は知っている…的な?」


「はぁ⁉︎ユキちゃん鈍すぎ!ラブレターでしょ⁉︎」


「なにそれ…めっちゃ怖い……今どき手紙って…下駄箱だし…呪い?」


「ハーヤークー!」


カナに手元から手紙を掻っ攫われる。

リアルに見たのが初めてだからか、いたずらにしか見えない。

それに、SNSという便利なものがある時代に手紙…どうかと思う。


カナの手で開けられた手紙には

『今日の放課後、屋上にて待つ。』

とだけ書かれていた。本格的に怖い。



昼休み、村越に見せると私と同じ反応をする。


「なにそれ…めっちゃ怖い……今どき手紙って…下駄箱だし…呪い?」


「なんで二人ともそんなマイナス思考なの?てか同じこと言ってるし、仲良し?」


「屋上で不良が待ってるよ…殺されちゃう…かも?」


「七月が殺されたらバッチリ颯太と同じとこ入れてもらうんだな」


「えー痛いのはやだよー」


「どうでもよさそうに言うな!」


「イエスサー、りょーかい」


「だ、か、ら!」


「…二人とも仲良いねぇー」


『よくない!』


不覚にも村越とハモってしまった。

それを見てまた、カナが楽しそうに笑う。


「っほんと、最近のユキちゃん楽しそうっ…」


今まではカナもある程度は他のクラスメイトたちと同じように接してきた。でも、知らず知らずのうちに私の中でカナはとても大切な存在になっていたのかもしれない。

そしてカナは、今までも私のことをトクベツな友達として見ていてくれたのかもしれない。



放課後の屋上には不良には見えないメガネ男子がいた。


「えーっと…これの差出人はあなた?」


「はっはいっ!」


「果たし状?」


「えっ?いいえっ!そんな物騒なものでは…」


グゥ~


情けない音が聞こえた。メガネ男子の慌てた様子が目に入る。


「えっと…あのっ、これは…」


と、村越からメッセージが来ていた。



【ミッション・そいつとお茶してこい】



パッと小説のあるシーンが思い浮かぶ。

主人公がクラスメイトとお茶をするという何気ないシーン。今までも細かいところまで忠実に守ってきた。

だからと言って名前もろくに覚えていない、果たし状(?)を送りつけて来た人をお茶に誘うのは気まずすぎる。

その上私は人間嫌いなのだ。今はお兄ちゃんと村越を祟りたい気分だ。

これはミッション。お兄ちゃんの遺言に近づくために必要なこと。そう自分に言い聞かせて、笑顔を取り繕う。


「ねぇ、お腹空いたならおやつ食べに行かない?」


「いっ、今から!…ですか?」


「都合悪い?」


「いえいえいえいえ、全っっっっっっ然、そんなことはありません。」


「じゃあ行こ?」


「はい…」


メガネ男子はタコみたいだった。

顔どころか、首筋まで真っ赤だ。熱でもあるのだろうか。


「ねぇ…あなた……」


「はいっ」


「そういえば…誰だっけ…?」


メガネ男子は何か衝撃的なものを見たかのような驚愕の表情を浮かべた。


「えっと…僕は二組の小沢誠です…去年同じクラスでした…」


「そっか…私は一組の七月雪菜。」


なんとなくきまずい空気が流れる。

クラスメイトに興味なんてなかったし、いちいち覚えてなくてもどうにかなった。

せめて名前と顔は覚えたほうがよかったかもしれない。



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