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兎は何処ぞで夢を見る

作者: ポン酢

兎は何処ぞで夢を見る



 玉兎の生活は過酷な戦場、奴隷労働で成り立っている。

 そして玉兎はその生活で精神を保つために、どんな時も世界をポップで楽しく認識する催眠を自分にかけている。玉兎にとってどんな悲惨な状況も楽しいエンターテイメント。自分か仲間かはたまた敵か、誰の体が飛散しようと、それは花火のように豪勢で痛快な憂さ晴らしとして認識してしまう。


 鈴仙、清蘭、鈴瑚の同期は皆戦死している。

 鈴仙は他人の波長を狂わせて催眠をかけることは得意だが、自分にかけるのが苦手なので「楽しい夢」に溺れきれず月の都を脱走した。

 鈴瑚は現実主義者で催眠の世界に生きることを好まず、玉兎生活の真実を見つめ続けた。やがて現実を見つめて処理する力を買われて、情報部門に抜擢された。

 清蘭は玉兎生活の悲惨さに耐えきれず今も楽しい夢の中。戦場の前線、終わりなき狂った餅つき、なんでもござれ。どのような場所でも楽しく笑っている。


 清蘭は同期の殆どが死んでしまった状態を幸せに認識している。みんなはとても楽しいところに先にいっていて、いつか自分たちもそこへ行くのだと。

 しかし仲間思いな清蘭は、「私も楽しいところにいくのなら、鈴瑚や鈴仙だけ仲間外れになる。それは嫌だ」と心から思っている。

 そのような仲間思いが清蘭を生に繋ぎ止めている。けれど同時に、鈴瑚と鈴仙を「みんなの場所」へ連れて行き、自分もそこへ行きたいという欲望をも生んでいる。

 鈴瑚はその思いを知りつつ「じゃあ鈴仙を一緒に連れて行こう」と清蘭に伝えることで、自分が「みんなの場所」へ行くことを回避していた。

 鈴瑚の言葉のおかけで清蘭と鈴瑚は生き続けた。鈴仙と再会できない間、清蘭はただただ楽しく玉兎の生活を続けた。清蘭は鈴仙が好きなのだから。今でも清蘭と鈴仙は友達なのだから。


 しかし月都変遷の異変の最中、鈴仙と再会したことで状況は変わっていく。「みんなの場所へ行こうよ」という清蘭の欲望がふつふつと煮え返りはじめた。

 月都変遷の異変の後、鈴瑚と清蘭は地上で暮らすことになった。

 鈴瑚は清蘭を鈴仙から遠ざけるように努めた。清蘭の気持ちを逸らせるために、美味しい団子を「みんな」へ振る舞えるようにと騙って、清蘭と団子屋で競った。「みんな」へ土産話にできるようにと騙って、地上の様々な場所を巡った。

 月都変遷の異変以後、鈴瑚は一度たりとも清蘭と鈴仙が会わないようにした。けれども清蘭が鈴仙の名前を口にしない日は1日たりとも無かった。

 そしてそれは鈴仙も同じだった。鈴仙もやはり仲間が大切だった。ある日、鈴仙の方から清蘭と鈴瑚の前に現れた。

 鈴仙は方々探し回っていたのだろうか。「探したよ」と笑う顔には疲労の色が隠れていたが、その和やかな笑みは清蘭と鈴瑚の瞳には昔と少しも変わらないように映った。

 清蘭が狂喜に声をあげて笑う。その日はただの再会で終わった。しかしその日以来、もう清蘭は止まらなくなった。


 鈴瑚は清蘭から離れた。生粋の玉兎である清蘭には、その友人からの裏切りさえ楽しい隠れんぼに映った。

 正常な玉兎の認識に、悲惨さも辛さも、鬱蒼とした生の悲しみもない。それらを感じては玉兎が生きる場所では死んでしまう。

 全ては楽しく、全ては喜びに。

「隠れた鈴瑚と鈴仙を見つける隠れんぼだ!」

 清蘭は笑う。二人の友人を探す清蘭の姿は、人里の往来で無邪気に遊ぶ童と何ら変わりはない。そうだろう。玉兎はいつだって楽しい夢の中にいる。

 この隠れんぼが終わったのなら、清蘭が行く場所は決まっていた。みんな仲良く、みんな一緒の場所へ。

 清蘭には死んでいった仲間たちの声が聞こえてきた。早くこっちへおいでよと、やいのやいのと笑う呼び声。

 「今そっちへ行くからね」と呟く清蘭は、視線の先に迷いの竹林から出てる鈴仙の姿を捉えていた。

 杵を振り上げ、弾を撃ち、狙うは他の何よりも大切な友の頭。清蘭の欲望は止まらない。

 鈴仙は清蘭の弾を咄嗟に躱した。

 異次元から弾を撃つ清蘭は、鈴仙へ多角から弾を撃っていた。その流れ弾が奇妙にも清蘭自身へ向かう。こっちへおいでよと、やいのやいのと笑う声。異次元の弾から聞こえる楽しげな声。その弾は軌道上に清蘭を捉えていた。けれども鈴仙が清蘭へ手を伸ばす。足を踏み出す

 鈴仙が清蘭を押し倒し、弾は二人の頭上を逸れていった。こっちへおいでよと呼びかける声は、弾と一緒に空へ消えていったのだろうか。


 清蘭が鈴仙を見上げて笑みを湛える。

「そっか、私を助けれくれたんだ」

 鈴仙は清蘭の無事を確認しつつも、戸惑いを隠せない。

「どうして私に弾丸なんか?」

 鈴仙の腹部に清蘭の手のひらが当てられる。そこから伝わる波長は生き物を殺すための波長。弾を撃つための波長。鈴仙は自分の顔から血の気が引くのが分かった。目の前にある清蘭の笑みは、瞳は、張り付いたように動かない。

 鈴仙は自分が逃げ出した玉兎生活を思い出す。生き物を殺すための波長を思い出す。終わらない餅つきを思い出す、凄惨たる戦場を思い出す。そこで兎は夢を見ていたと思い出す。

「みんなのところへ行こうよ」

 清蘭が呟く。それで鈴仙は理解した。清蘭が見る楽しい夢を理解した。清蘭が仲間思いであることは、鈴仙もよく知っていた。もう止まらないと、腹部に伝わる波長を肌で感じた。それを受け入れようと思った。

 しかし波長は静かに消えていく。代わりに清蘭の瞳からは涙が溢れる。

「どうして? 皆のところに行きたくない、皆のことはこんなに好きなのに!」

 清蘭が叫ぶ。玉兎の生活に暗鬱な悲しみは存在しない。胸が張り裂けるような悲しみは存在しない。そんなものを抱えているには、玉兎が生きる場所は過酷すぎるから。

 しかし清蘭は苦しみの声をあげる。悲しみの声をあげる。

「鈴仙が助けれくれるから……みんなのところへ行けなくって……? 助けてくれたから……?」

 まとまらない思考が漏れ出るように、清蘭の口が言葉が流れる。そして清蘭は何かに気づいたように大口を開け絶叫をあげて泣く。

 もう清蘭は知ってしまった。「みんな」がどこにいるか。けれども自分はどこにいるか。

 清蘭はいつまでも泣いていた。日が暮れても泣いていた。清蘭の叫び声を聞いたのだろうか。いつの間にか清蘭と鈴仙の傍に鈴瑚が立っていた。

 鈴仙は清蘭の頭をそっと抱いていつまでも傍にいた。鈴瑚もそこに寄り添った。


 玉兎が生きる場所では夢を見ないと生きていけない。しかし清蘭たちがこれから生きていく場所では、眠っている間以外は夢を見なくても生きていけるようだった。



兎は何処ぞで夢を見る 了

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