「黒い天使短編・飛鳥の事件簿インド編 5」
「黒い天使短編・飛鳥の事件簿インド編 5」
発見したのは赤ん坊。
サクラと飛鳥たちが見たのは……母親のユーレイ?
何はともあれ事件は解決、帰路につく一同……
その時、本当の<悪魔>が姿を現すのだった!!
飛鳥の事件簿 5 「悪魔が出た!」
場所は街道から少し離れた、見晴らしのいい森の中である。
「なんでこんなところに赤ちゃんなんや?」
「よしよーし。大丈夫なのデス~ 元気元気♪」
マリーの腕に抱かれ、男の赤ん坊は静かな寝息を立てていた。その横で、飛鳥が物珍しそうに赤ん坊の頬を突いていた。そして「駄目なのデス、飛鳥。せっかく寝ちゃったのに、起こすのは悪い人なのデス」と叱られる。
「しかし……不思議な話もあるもんやなぁ~……ていうか奇跡とはこの事か?」
溜息交じりに飛鳥は呟く。今までの事を考えると、やはり奇跡としかいいようがない、というのが感想だ。
サクラとセシルは、土を盛る作業がようやく終わったところだった。ここには、男の子の母親が埋葬されていた。
「とりあえずこれでいいだろ」
「そうですね。本当はもっと深く掘りたいところですが、後日親族が見つかったとき会葬するかもしれませんし」
セシルも言葉がない。自分たちに起きた不思議な物語をなんとか整理しようとしていたが、どう考えてもこの不思議な現象を説明できそうになかった。セシルは近くの木に立てかけられた旧ソ連製のボロボロの自動ライフルを手に掴んだ。シモノフSKSライフル、ストックもボロボロで銃身も錆びていて動くようだが問題が一つある。弾がない。
「撃ち尽くしただけじゃなくて?」とサクラ。
「機関部がかなり痛んでいるんです。まぁソ連製のSKSですからかなりボロボロでも作動すると思いますが……この銃には10発しか装填できません。弾がそれほどあったとは思えないのです。それにサクラ、貴方なら分かるでしょう? 彼女の死因は……」
「圧死だった。死後20時間は経過」
遺体を確認したのはサクラとセシルだ。見つけた時、この女性はすでに息がなく、体の半分が瓦礫で押しつぶされていた。はっきり分かっている事は、この母親と思われる女性は銃を撃てる状態にはなかったということだ。そして銃も作動したかどうか怪しい。
しかし銃撃事件は現実に起き、人がやってきて、生存者を見つけることが出来た。この母親の願い通りに。
こうして一行は帰路につく。すでに陽は傾こうとしていた。村に着くころには夕方になっているだろう。
「つまり、アレか? この事件はユーレイの仕業やった……ってコトか。まるで飴をもらいに来る女幽霊の話やなぁ~」
と飛鳥。先頭を歩いている。その後にサクラ、マリー、セシルと続いている。
「ナンですか? その話」とマリー。マリーの腕の中で、赤ん坊は静かに眠っている。
「日本の昔話やで、マリー。子育て幽霊っていう話やけどな」
<子育て幽霊>は、墓場で生まれた子の飢えを凌がせる為、死んだ母親幽霊が毎晩飴屋に雨を買いに行く……という日本の昔話だ。その説明を飛鳥から聞いたマリーは「アジアではよくある話なのデスカ」と感嘆した。似たような伝説はインドにも中国にもあるが、もちろん作り話だ。
「しかし……何が<ドベルクの悪魔>よ。ま、確かにちょっと不思議な出来事だったけど、悪魔とかいうのは大げさ。その赤ちゃんもちゃんとした本物。悪魔は大げさよ」
サクラの中ではこの程度の不思議な話はよくある範疇だ。まだ興奮収まらない飛鳥やマリーと違ってドライだ。
が……サクラの呟きを聞き、セシルが顔を上げる。
「そうだ! <ドベルクの悪魔>! 忘れていました!!」
「ないない。幽霊はいたかもしれんけど、悪魔はないない」と、取り合わないサクラ。
「そやなー。まぁ、これはこれで面白い体験もできたし、無事赤ん坊も救えたし、結果オッケー……でいいんとちゃう」
飛鳥も頷く。中々奇妙で面白い体験もできてネタとしては十分だ。もう飛鳥の中では事件は終わり。今は晩御飯には何を食べるか、そっちのほうに関心があった。そろそろレトルトカレーにも飽きてきたところだ。
しかしセシルはそれで納得しなかった。
「現に襲われて負傷した人間が運び込まれているんです。ムーディ村長も昔から被害に遭っているって言っていたんです」
「大地震でパニクったデマでしょ? こういう辺境地じゃあよくある話だって」
「そんなのと違います」
「それより、この子はどう始末するんや?」
「一応母親の身元が分かりそうな品は持ってきたわ。車のナンバーとアクセサリーだけだけど……ま、そのあたりはムーディ村長かユージに相談すればいいっしょ。親族探しまでは面倒見切れん」と、ドライなサクラ。
その時、また地面が揺れた。
一度ではなく、ドシンッドシンと数回地面が鳴り、ガラガラと土砂の崩れる音がした。
「なんや? また余震かぁ……まぁ大地震の後やからしょうがない」
音のした後方を振り返る飛鳥。そして……飛鳥は固まった。唖然と立ち尽くす飛鳥を抜いていく一同。最後にセシルが「何やってるんですか、飛鳥」と言って振り返り、セシルも立ち尽くした。
「ド……<ドベルクの悪魔>……!」
「何やってんのよ、二人とも。たかが震度2くらいの余震じゃ、大規模な土砂崩れも起きないって。地震大国日本人なんだからビビるな飛鳥!」と、ズイズイ自分のペースで歩いていくサクラ。
「だ……そうですよ? 飛鳥、セシル」とマリーも振り向く。そしてマリーも「おー! 貴方が<ドベルクの悪魔>サンですかぁー」と、こっちは暢気な声を上げた。
三人の足が止まったことに気付いたサクラは、溜息をつくと振り返った。
「ビクビクしてないでさっさと帰るゾ! サクラちゃんは晩御飯の時間、逃したくない…………」
振り返ったサクラも、ついにそれを見た。
「…………」
そこには、はたして本当に<ドベルクの悪魔>と呼ばれる悪魔が立って、こっちをじっと睨んでいた。
驚くほど近い。5mほど後ろに現れたそれは、低い雄たけびをあげながらその大きな首を振り、威嚇のためか、何度もその長い鼻を動かし、牙を揺らしている。
そこにいたのは、全長5mはあろうか……巨大なインドゾウだった。
四人の目線と、インドゾウの目線が合う。愛らしさは全くない。一目で象の不機嫌な様子は見て分かった。あまりにも予期せぬ登場だっただけに、全員唖然となる。
数秒の沈黙が、何時間にも感じた。
その沈黙を、インドゾウ……通称<ドベルクの悪魔>が吠えた時……全員一斉に駆け出した。
「ゾウだーーっ!!!」
「ひゃあぁぁぁっ!! マジモンのヤバいのキターっ!!」
真っ先に走りだすサクラと飛鳥。セシルもマリーもその後に続く。そして、四人が走り出したのを見て、ゾウのほうも咆哮を上げ駆け出した。その巨体が走ると、地響きが地震のように彼女たちを揺らすが、足を止めた瞬間襲われそうな勢いである。
こうなれば逃げるが勝ち。サクラと飛鳥たちは転がるように村へと逃げ帰ったのだった。
「黒い天使短編・飛鳥の事件簿インド編 5」でした。
インド版、「子育て幽霊」だったワケです。
「黒い天使」らしい、ちょっとほっこり&不思議な事件でした。
しかし今回の事件はこれだけではなかった!!
ということで次回からは暴れるインドゾウ、「ドベルクの悪魔編」です!
さあ、荒ぶるインドゾウをサクラと飛鳥はどうするのか!!
サクラや飛鳥たちの活躍はまだまだこれからです!
これからも「黒い天使短編集・飛鳥の事件簿」をお楽しみください。
……しかし……ホント、どこにいっても事件が待ってるサクラと飛鳥たちであった……(笑