黒い天使短編「法に誓って」1
黒い天使短編「法に誓って」1
ある若い女性に下された判決。
殺人で懲役40年。これは情状が酌量された結果。
だが納得していない者がいた。
ユージである。
「法に誓って」1
================
***
ある若い女性……まだ少女といっていいほど若い21歳の愛らしく大人しい女性の裁判は結審した。
容疑は殺人。しかも父、叔父、兄を殺した第一級殺人だ。一族はその地方の名家だった。
下された判決は懲役40年。本来であれば死刑になる案件であったが、彼女に加えられた多くの悲惨な出来事が立証されて、それが大きく判決に影響し減刑された結果だった。
この判決の賛否について舞台となった米国南西部では大きく取りあげられたし、そのニュースは全米にも流された。
この判決に激怒した人間が、遠く離れた米国東海岸のNYにいた。
ユージ=クロベFBI捜査官である。
***
FBI・NY支局にこのニュースが届いた時、FBI支局長コール=スタントンの行動は早かった。その日あった予定を全て後回しにして、支局長室にユージを呼んだ。
呼ばれたユージも、何で呼ばれたか分かっている。
「ナンシー=クレーンの件ですね」
入るなりユージはコールに噛み付く。
コールはユージが入ってくるのを確認すると、秘書を退室させてドアとブラインドを閉め、部屋を密室にすると深く椅子に座った。
「知ったか」
「今朝ベネリー弁護士から連絡がありました。再捜査させて下さい! 今日にでもテキサスに行かせてください!」
「捜査は終わった。再捜査は必要ない。判決は裁判所の管轄で我々の管轄じゃない」
「どうして彼女が懲役刑になるんです!? 彼女がどんな目にあっていたかすべて調べたじゃないですか! 執行猶予になるんじゃないんですか!?」
「裁判所の判断だ。我々が裁くのではない」
「あの町はバリー=クレーンの影響を強く受けています! 公平な裁判が行われたか疑わしい!」
「それは高裁が判断する! 上告すれば、だ!」
その時、ふとユージは当たり前の流れを思い出した。
判決が出たい上、ナンシーは収監される。上告はできるがその間は女子刑務所だ。これまでは保釈されて町で生活していたが、もうそれは許されない。
……あのか弱く大人しいナンシーが刑務所の生活を強いられる。耐えられるのか……?
けしてタフな娘ではない。芯がそこまで強いわけでもない。
元々……犯行後、自殺する気だった。だが彼女は偶然世話になったことのあるユージにその事を伝える気になった。それを知ったユージは自首を勧め、力になると約束した。彼女は素直に自首した。三人殺して懲役40年というのはその点も考慮されてのことだ。
これが冤罪であったり通常逮捕であれば、再捜査でFBIが食い込む余地はあった。だが彼女は自首し、家族の殺害を全部語り、証拠も提出した。犯行説明も矛盾がない。だから再捜査のしようがない。
ユージは肩を落とした。
それを見て、コールは立ち上がるとユージの肩に手を置く。
「お前の気持ちは分かる。お前は彼女のためやれることは全てやった。悔しいのは私も同じだ」
「…………」
「だが判決は絶対だ。忘れるな。お前は憲法を守ると誓ったFBI捜査官だ。馬鹿な事は考えるな。今の立場とキャリアと、家族の事を考えろ。お前がいなくなると私も困る」
「…………」
「私も出来る限り力になる。環境のいい刑務所に移れるよう手を尽くす。だからお前はもう何もするな」
本当にユージが本気になれば何をするか分からない。表にも裏にもコネはある。だがそれを使えばユージが罪か責任に問われる。まず憲法と司法を守ると宣誓したFBIはクビになるだろう。ナンシーは確かに残念だが、ユージのキャリアと引き換えになるものではない。
「当分の間NYから出るな。朝10時から夜8時まで支局内にいろ。これは命令だ。NYから出たら、お前を日本支局に飛ばす。ナカムラ捜査官も同様だ」
事実上の禁足令だ。クビにするとは言わない。クビにしたり停職にすれば堂々とユージはナンシーを助けに行く。NYを出るだけでそんなペナルティーは科せられないから異動命令だ。人事権は支局長の権限にある。
「了解しました」
そういうとユージは立ち上がった。そしてそのまま支局長室を出て行った。
その背中は、珍しく元気がなかった。
***
その夜。
自宅に帰ったユージはナンシー=クレーンの弁護士であるベネリー=リベルトとネットのテレビ電話で裁判結果の報告を受けていた。ユージには報告を受ける理由がある。米国西海岸でもトップクラスのベネリーの弁護団を雇ったのはユージだ。彼女の保釈金もユージが出している。
報告を聞くユージは、明らかに意気消沈していた。今のユージには手も足も出ない。
それを、離れたところでサクラ、エダ、JOLJU、拓の四人が見ている。
「ナンシーさん、懲役40年……ユージ、ショックだね」
エダも哀しそうにため息をつく。だがエダにだってどうする事も出来ない。それは拓も同じだ。
「何でそんなにユージが肩入れしてんの? その女の子に。浮気?」
サクラは事情を知らない。相変わらずいつもの<美少女ホイホイ>か? と思ったが、エダも知っているようだし自己負担している額が大きい。そして今日までこの事件のことをサクラは聞かされていなかった。ナンシーの顔を知ったのも今朝のニュースを見たのが最初だ。
「事件は4年くらい前。ユージが潜入捜査していた時知り合った女の子だ」
説明してくれたのは拓だ。
米国内の富豪の汚職と麻薬組織の裏捜査中、彼女と知り合った。闇医者の患者だった。彼女はテキサスの名家クレーン一族の妾腹の娘で、悲惨な少女時代を送っていた。学校にも行かせてもらえず、実の父や叔父、兄から性的虐待を繰り返し受けていた。
ユージが受けた闇医者の依頼は、暴行の治療と堕胎だ。
「よくユージはその時そのクズ殺さなかったね」
今ならきっと半殺しにして刑務所にぶち込んでいるだろう。
仕方がないので、拓が説明することにした。
「まだ潜入捜査に入って終わる目処がついてない時だ。麻薬組織のほうに集中していて、たまたま転がり込んだ話だったし、FBIだとは名乗れなかったんだ。俺もまだ参加していない頃で詳しくは知らないけど、それでもコール支局長には報告して対応を頼んでいたんだけど」
「ナンシーさん、ついに家族を殺した後だったの」
「うわぁ……悲惨だJO」
「ユージの潜入がバレるほうがFBIにとっては痛手が大きかったからね。この段階でコール支局長が動けばユージの正体もバレる。だから支局長も表立ってカバーできなかったんだ」
拓はため息をつくとテーブルの上にある日本酒を舐めた。
「そして留置所で彼女は私刑にあい全治3カ月の重傷を負った。犯人はすぐ見つかって、どうやら裏でクレーン一族が関係しているところまでは分かったけど、現地の警察が捜査を打ち切った。それだけ有力者だったんだ」
「胸糞が悪くなる事件だね、本当」
「だJO」
そりゃあ、こんだけ嫌な事件なら正義感の強いユージが肩入れするのも分かる。
潜入捜査官でなければ、ユージの手腕とコネがあれば事件を上手に仕切ることは出来た。だが潜入時代ではそれはできない。その悔しさの反動で、FBI捜査官復帰後、ユージはかなり彼女に対して救いの手を差し伸べた。だが殺した事実までは変わらない。
本来3人も殺せば死刑だ。それが懲役40年になったのは、有能な弁護士の存在と彼女の境遇に情状が認められた結果だ。真面目に勤めれば15年くらいで仮出所が可能だ。
が……その時、彼女は36歳。
一番人生が輝ける20代は刑務所の中だ。それは揺るがない。
青春の10代を悲惨な日々で過ごし、その上20代が刑務所だなんて、救いがない。
「セシル・ルートは駄目だったの?」
「ほんのちょっとのタイミングだな。セシルちゃんの場合、ユージはFBI捜査官に戻っていたし、CIAにもSAAにもコネがあったしね。それにセシルちゃんの場合、元々戦闘スキルが高かった。CIAに売り込む余地があった」
「だけどナンシーさんはただの女の子で、そんなスキルはなかったから」
セシルも元々天涯孤独、ユージを殺しにきた殺し屋だった。任務に失敗、表社会からも裏社会からも抹殺されるところだったが、そこをユージが助け、CIAに所属させることで生きる居場所と表世界の身分を作った。セシルは泥沼でどん底の人生から救われた。ただセシルの場合元々殺し屋としての戦闘スキルも知識もあったし、ユージは潜入が終わっていて堂々と動けた。
いくらユージでも、ただの女の子をCIAに入れることは出来ないし、CIAだって受け取らない。
最終手段は大統領恩赦だが、セシルのように元が裏社会の人間で司法取引の余地があればねじ込めるが、彼女はただの女の子だ。それも出来ない。いくらコネがあってもただの殺人犯を無罪にするとなれば大統領の政治生命に関わる。
つまり……表ルートでは完全に終わったということだ。
残されたのは裏ルート……裏社会に保護させる手も、多分使えない。ナンシーはそんな人材ではないし、出来ることは誰かの愛人になることくらいだ。そして愛人のために米国政府に喧嘩を売る裏社会の人間はいない。それに性的暴行を受けてきた彼女が愛人になどなるはずがない。結局裏社会ルートもないし、これを使えばユージが罪に問われる。
「こりゃあ、さすがのユージも詰み……か」
サクラはやれやれとため息をつく。
それを一番痛感しているのはユージ本人だ。
ユージは世界を何度も救った正義のヒーローだが、法と秩序を守る捜査官でもある。そして今エダやサクラといった家族がいて、拓やJOLJU、セシルといった友達もいる。コールやライアンといった理解ある上司のいる職場もあり、医師としての地位もある。それを捨てることは出来ない。
「……家族……か」
サクラはふと顔を上げた。
「米国は、なんだかんだいって家族重視だよね?」
「?」
エダと拓は意味が分からず顔を見合わせた。
サクラは二人の顔を見てニヤリと微笑んだ。明らかに、意味ありげに……。
そして三日後、とんでもない事件が起きた。
黒い天使短編「法に誓って」1でした。
ということでユージとサクラ、二人がメインの短編です。
ハードボイルド……ではないです。
ビックリ系かしらん?
ポリティカル系ですね。
面白くなるのは次回です。
サクラが何か思いついたようです。
まさかビックリのサクラの行動とは!?
もしかしたら次回書いた後か本編書いた後解説いれるかも。米国の捜査機関に詳しいと面白さが倍増する話です。分からなくても面白いですよ!
ということで次回衝撃の展開です。
これからも「黒い天使短編・日常編」をよろしくお願いします。




