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「黒い天使」短編集  作者: JOLちゃん
「黒い天使・日常短編シリーズ」
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黒い天使日常編 『困った刺客』4

黒い天使日常編 『困った刺客』4



路頭に迷う老人。

彼は殺し屋。

だがターゲットは予想以上の化け物で手も足も出なかった。

しかしこのままでは孫娘が……。


そんな時、老人に吉報が入る。


***



 この世に神などいない。いれば自分のような罪深い男に人並の幸福が舞い込むはずがない。神が禁じる<殺人>という忌むべき呪わしい行為に手を染めた自分を、神はいつか断罪し清算するだろう……。


 だが仕方がなかった。生きるためには<仕事>をしなければならない。自分が稼がねば、生まれ育った小さく貧しい村はきっととっくに消滅していただろう。


 貧しい村だった。シーゲル=カリンドが生まれ育った村は、ジャングルに接する寒村で僅かな農業と狩猟、林業でなんとか食いつないでいる。電気や水道源である井戸は共同で、まともな学校も医者もいなかかった。


 シーゲルには、天性の才能があった。彼は狩りの天才だった。どんな獲物も怖くないし、どんなに素早く小さい獲物でも撃ちぬく自信があった。


 そのターゲットが、いつのころか<悪人>に変わった。だがすべて生きるためだ。


 神は、見ていた。


 だが神罰は、彼にではなく、彼を使っていた悪の組織のほうに下った。

 組織が滅び、彼は足を洗った。


 するとどうだろう……ジャングル深くにあった貧しかった故郷は、政府の大規模な新開発エリアに組み込まれ、大規模になった農業と林業によって村は栄え、貧村は普通レベルの町へと変わった。シーゲルも銃を捨て体一つで働き、食うに困らぬ生活と温かく優しい家庭を築き上げることができた。


 幼馴染の娘と所帯を持ち、そして小柄だが立派な一人息子を持った。息子は親の秘密の仕事など知らず、小さい雑貨屋を始め、ささやかだが分相応の慎ましい幸せを得た。そんな息子もかわいく優しい嫁を貰い、一人の可愛い娘……シーゲルにとって初めての孫を得た。



 なんという幸せか。



 だが神は、ようやく彼が若い時行った人に語れぬ罪の清算を始めた。



 ある日の夜……妻と息子夫婦を乗せた車が大型トラックと衝突事故を起こし、三人はあっさり他界した。シーゲルと3歳の孫娘ドーラを残して。


 さらに不幸は続く。


 ドーラが原因不明の病気になった。故郷の町はもちろん、近隣の都市の大病院で診察を受けたが分からない。


 が、いくつか大病院を回るうち、ドーラの病名は判明し、揺るぎない事実としてシードルに突き付けられた。



 小児性脳腫瘍……小児癌だ。



 治療にはお金も技術もかかる。



 シーゲルは持ちうる財産すべてを売り払い、隣国ブラジルの高名な医者バルゼル=スパーツ医師を頼ったが、彼をもってしても孫娘の命を救う事はできなかった。


 ただ一つ可能性がある……それは米国の最新医療のバックアップを受け、そして米国トップクラスの天才外科医の執刀を受けること。ただし金がかかる。それもスパーツ医師ではサポートできないほどの高額なギャラが。しかしそれがその医者に依頼する正規のレートで必要最低限の費用だ。


 シーゲルの全財産を叩いても1万ドル。スパーツ医師がいくらかサポートしてくれるといっても、到底足りない。


 だがシーゲルは知っている。金は、あるところに行けばある事を。


 ボリビアはコカインの巣の一つだ。麻薬組織には掃いて捨てるほど札束の元が転がっている。最初はその連中から奪い取ってやろうかと思ったが、それは危険が大きい。自分の心配はいらないが、ドーラやスパーツ医師、そしてその米国の医師の命が報復で狙われるであろう。


 そして彼は知った。<死神捜査官>と呼ばれる巨悪の存在を。



 一時期、世界中のマフィアの敵となったFBI捜査官で、その首には最高3000万ドルまで賭けられていたらしい。今裏社会では彼に対する賞金は取り下げられているが、殺せば捨て値でも200万ドルはくれるという話だ。


 こうしてシーゲルはドーラをスパーツ医師に託し、長く愛用した自らの半身というべきドラグノフ狙撃銃を抱き、米国に飛んだ。


 そして、あっさり撃退された。



 相手は、噂以上の化け物だった。



 あの捜査官は、トリガーに指を置いたとき僅かに発せられる殺気に反応し、銃声より早く襲い掛かる弾丸を避けるのだ。どんな熟練の狩人でも、射殺す瞬間をイメージする。そしてトリガーに触れたとき、殺気は生まれる。ものすごく勘のいい動物は、まれにこの瞬間の殺気に気づくものもいるが、気づいたときにはシーゲルの弾丸が貫いた後だ。だがあの化け物捜査官は、気付き、躱すのだ。さらにすぐに反撃してきた。


 捜査官の放った一弾は、シーゲルの右の肘から二の腕にかけて貫いていった。右腕はまだ動くが繊細なトリガーアクションはもう出来ない。諦めざるを得ない。シーゲルも<ジャングルの死神>とまで呼ばれた暗殺者だからわかる。万全でこの結果……今の状態で挑んでも殺されるだけだ。


 だが……もし自分の生死を問わなければどうだ? ダイナマイトを抱いて飛び込み、殺すことができればあるいは……?



 いや、意味がない。そもそもどこからか依頼を受けたわけではない。殺しても金が貰える保証は全くない。それどころか、たとえ自爆であってもあの捜査官は気づき対応しそうだ。自爆テロで殺せる相手ならとっくにどこかの組織が殺している。あの殺気に対してすさまじいばかりの嗅覚を前にしては自爆すら難しい。




 ……やはり神様は、どこかでみておるんじゃなぁ……。


 ……ごめんよ、ドーラ。祖父ちゃんの罪が、まさかお前に降りかかるなんて。神様はむごい。いや、それだけ俺が罪深いせいだ……。



 見知らぬハドソン川の黒い流れを見つめ途方に暮れていた時だった。



 スパーツ医師から電話が掛かってきた。それは思わぬ吉報であった。


 明日、ドーラを連れてNYに来る。件の医者が診察してくれるという。スパーツ医師には米国に出稼ぎに来ていることは伝えてある。



「…………」



 ……まだ神様はおる……。



 シードルは、痛む腕を強く握ると、ゆっくりと歩き出した。


 



 

***





 ケネディー国際空港。


 NY周辺にある4つの空港の一つで、最もNYの中心に近い大空港だ。


 ブラジル発NY着の飛行便で、ドーラとバルゼル=スパーツ医師の姿を見たとき、シーゲルは思わず両手を上げた。


 孫娘ドーラも祖父シーゲルの元気そうな姿を見て嬉しそうにはしゃいだ。笑うと、死んだ妻の面影が現れ、ますますシーゲルを嬉しくさせた。



「ドクターは州立病院にいます。タクシーで行きましょう」と言ったのはスパーツ医師だ。シーゲルに否応はない。それに聞きたいことがある。

「スパーツ先生。あの……お金はどうなったんですか?」

「ドクターが負担してくれます。僕たちの渡航費も、彼が出してくれましたから」

「そ……それはまた何で?」

「彼はお金に無頓着でしてね。どんな大手術も『50ドルでいい』というような人です。実は……ドーラの治療で彼を推薦した理由の一つに、彼の援助に甘えられたら……という身勝手な理由もあるのです。ちょっとぶっきらぼうですが、女子供には優しい医師ですよ」


「えらいお医者様なのに、変わっとりますな」


「なんでも彼の国にはそういう医者がいるらしいですよ? <アカヒゲ>だったかな? <ブラックジャック>だったかな?」


「それは……日本人ですかね?」


「よく分かりましたねシーゲルさん。そう、日本です。彼は日系人です。武士の国だからでしょうか? ボランティア精神とは違う、鋭いナニかを持っています。僕もできるだけ多くの人を助けたいと思って貧困医療に取り組んでいますが、彼は少し違います。クールで愛想はよくないですが、あれほど高潔で迫力のある医師を僕は知りません」


「成程」


 医者の多くは金持ちで金に汚い……という固定観念があるから、何やらまだ信じられないシーゲル。いくら何でも何の見返りもなしにこんなにいい話があるものか、と疑うが、バルゼル=スパーツ医師ほどの人が信じているのだから問題はないだろう。



 が……この後、シーゲルは人生最大の仰天劇に遭遇することになる。



 タクシーは市内に入り、一路まっすぐ州立病院に向かっていた。





黒い天使日常編 『困った刺客』4でした。



今回はサクラはおろかユージも出てきません。

まぁ幕間劇です。

見てもらったとおり老人に吉報が届いたわけですが……まぁこれが罠なわけですが。

次回、ユージの反撃話です。

というかハードボイルド話ではないので「なるほど! トホホ」ENDですけど。


ということで次回がこの「困った刺客」の完結です。

ようやくサクラ登場です。ほとんどオマケ程度ですが、まぁこの作品は「黒い天使」なので一応サクラは出てくるわけです。


ということで次回をお楽しみに。


これからも「黒い天使短編・日常編」をよろしくお願いします。


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