「黒い天使短編・飛鳥の事件簿インド編 3」
「黒い天使短編・飛鳥の事件簿インド編 3」
本格的に始まった被災地支援!
しかしハチャメチャなサクラや飛鳥たちがはたしてどこまでうまくやれるか!?
ますます増えていく避難民たち!
そしてついに投入されるユージたち。
面白おかしい飛鳥主導の被災地支援は続く!
黒い天使「飛鳥の事件簿」3 <しっちゃかめっちゃか編>
「メシの時間やでぇー!!」
薄暗くなった村で、飛鳥が元気よく声を上げる。
炊き出しが始まった。地震被災後、初めてのまともな食事になる。
大鍋がいくつも用意され、米が炊かれていた。鍋も米も村でなんとか確保できたが、副食まではどうにもならない。そこで飛鳥が持ってきた荷物が役に立つことになるはずなののだが……
「梅干!! 納豆!! 沢庵!! 昆布の佃煮!! さらには味付けツナ缶!! よりどりみどりやで!!」
飛鳥が東京のディスカウントショップで買い込んだ食品(賞味期限ギリギリ)だ。しかし味付けツナ缶以外は不評だった。そりゃあそうだろう、梅干やらコンブやらは日本色が強すぎて海など見たことのないインドの山間部に住む村人たちの口に合うはずがない。他にチョコレートや飴、スナック菓子も持って来ていたが、それは子供たちに取り合いになり、今はもうない。
「問題なしや!! ウチには奥の手があるっ!!」
と言って取り出したのは大量のレトルトカレーだった。カレーがある、と聞いて村人は一瞬喜んだが、結局誰もそれを手に取る事はなかった。
「なんでじゃー!?」
「……ポークカレーと、ビーフカレー……デスネ」とマリー。
「そりゃあ村人たちは食べないですよ」うんざりとした顔で溜息を零すセシル。サクラも理由は分かっている。ここはインド北部。ヒンズー教とイスラム教が入り混じっている地域だ。牛も豚も食べない。
「せめてそこはチキンだろ」
その説明を聞いて、一人嘆き喚く飛鳥。それを見ているだけの三人。結局飛鳥が持ってきた副食やカレーやサクラたちの食事となった。
食事が終わると、村人たちと一緒に明かりと防寒のため、大きなキャンプファイヤーを設置し、サクラたちもその近くでキャンプを張った。
夜はこのまますごし、活動は明日の朝再開という事になった。
「で…… 明日は具体的に何をするのでしょう」とマリー。
今彼女たちは不要になってしまったレトルトカレーを食べながら、今後の活動計画の打ち合わせということになった。レトルトカレーはいつどこで食べても誰が作っても美味い。
飛鳥は色々提案したが、どれも現実的ではなかったのでセシルがそれをまとめた。
「水の確保と食料の確保が不可欠です。一時的なものではなく恒久的に使えるものです。食料のほうですが、今夜は米や小麦は村人が保存していたものを使いましたけど、それだけではどうにもなりません。一週間ももたないでしょう」
「村の北東2キロのところに小川があるんだけど、地震でおかしくなっちゃったのか、あたしが見にいった時は枯れてたンだよネ。井戸も駄目みたい。これが死活問題だな」
「川はいずれ戻るとして……水の確保は急務です。井戸を新しく掘るしかないですね」
「自力で掘るンか!? 井戸ってそんな簡単なモンじゃないやん」
「元々井戸水が出ていたんです。地下水はあるでしょう。パワー手袋があるんですから、飛鳥が掘ればいいんです。場所はJOLJUが見つければ効率的でしょう」
「井戸掘りか……地味やなぁ」
「サクラは食料確保に行ってもらいましょうか。村人の世話とか苦手でしょうし」
「食料って何をするんじゃ? 農業とかできんゾ」
「鹿とか兎を獲ってきてください。北の山にはたくさんいるらしいです。いつもの銃、持っているでしょ? 鹿なら357マグナムで捕れます。サクラならハラールの知識もあるでしょう」
「そんなに沢山357マグナム持ってきていたかなぁ……38スペシャルは10発くらいあったと思うけど」と言いながら腰の四次元ポーチから愛用のS&W M13を取り出すサクラ。弾装の6発を確認した後四次元ポーチの中を探って弾を取り出す。357マグナム弾は8発、38スペシャル弾は21発あった。ハンティングはサクラの趣味の一つで動物の急所や仕留めたあとの処理方法など熟知している。とはいえ500人を食わせることを考えたらかなりの鹿を撃たなければならないが、全員を満足させることはどだい無理なのでそこまで気を使う必要はない。ハラールはイスラム教の教えに従った食肉処理の仕方だ。無神論者のサクラがそれを行うのはどうかという話もあるが、キリスト教徒のマリーがそれを行う事はできないし、純粋な欧州系白人のセシルが行っても同じだろう。
「ボクはどうしましょう?」とマリー。
「緊急事態ですから、重傷者の治癒はやって構いません。でも、できるだけ治療は村の医者に任せるほうがいいんですけど……」
そういうとセシルは腕を組み考え込んだ。実はここが一番の問題だった。今日のところはセシルの指示の元、生死に関わる人間だけ、しかも瀕死の人間を重傷にする程度にだけマリーの治癒能力をこっそりと使った。もちろん全治させることもできるが、何せ負傷者が多すぎる。打撲や切り傷、骨折といった患者は100人を超す。いくらマリーに能力があっても全員を治癒することは時間的にも体力的にも不可能だ。村医者もいるにはいるのだが、一人だけで、その村医者もセシルから見ればその知識は先進国の看護師とほとんど変わらないレベルで、軽い怪我の手当や投薬を指示するくらいのものだ。その村医者の病院兼自宅も倒壊し、今はこの学校の避難所がそれを兼ねている。
「薬が足りませんから、そこはJOLJUが朝一番、こっそり自宅から持って来てもらえばいいと思います。ユージさんの非常用医薬品があるでしょ? 本当はユージさんが来てくれるのがいいんですけど」
「ユージがきたら一ヶ月はここで活動するだろーな。一人<国境なき医師団>みたいなモンだし、こういう修羅場医療、好きだし。そして後で文句を言われるのはあたしだ」
「ユージさんみたいな凄い医者がいる、と分かれば近隣から患者が集まって復興どころじゃなくなります。そこまで面倒はみきれません」
地震はこの村ピンポイントではなく、この地方一帯全ての問題で、重軽傷者は数万人に上るだろう。そして医者不足はどこも同じだ。セシルがマリーに患者を全治させないように、としたのはこれも理由の一つだ。優秀な医者がいる、(マリーの場合は超能力だが)というウワサを聞けば、患者が大挙してくるだろう。そうなれば村の大混乱を起こす。
結局、マリーはセシルの補佐をしつつ村医者の手伝い。そして昼には炊き出しの指示をする、ということになった。
サクラたちが使っているテントは電気があり、小さいがシャワー室と簡易トイレがあり、ベッドもマットレスが付いている。サクラや飛鳥が冒険に行く時はいつも使っているもので狭いが非常に快適だ。これもJOLJUの秘密アイテムの一つだ。中は整っているが外見はごく普通の正方形のテントである。とはいえ4畳ほどの大きさだから、四人プラスJOLJUだと折り重なるように寝るしかない。
「さ! ご飯も食べたし明日の計画は立てたし、暗くなったしチャッチャと寝よう!」
「はいデス! 良い子は九時にはお休みなさいなのデス」
「……あの……」
「どしたセシル」
「これから寝るのに、どうして皆枕を抱いて身構えているんですか!!」
そう。全員(セシル以外)枕を掴み臨戦態勢である。説明するまでもない。セシルが何か言おうとした瞬間、飛鳥が叫んだ。
「恒例! 枕投げ開始っ!!」
セシルが文句を言うより早く、四つの枕がセシルの顔面を襲った。あまりに突然の奇襲で現CIA特別諜報員は回避することができず、その全てを顔面で受けた。
「誰が最後まで立っていられるか!! いくぞ皆の衆!!」
テントは狭い。すぐに床に落ちた枕を掴み、各々次の目標に向かって枕を投げ始めた。
この馬鹿騒ぎは、セシルが怒り心頭で復活するまでの約3分間続けられた……
こうして、最初の夜はなんとか無事過ぎていった。
翌朝……
村の朝は早い。陽が昇れば皆活動を再開する。女子供はこの避難所で炊き出しを作り、男たちは倒壊した家を回って食料や使えそうなものを引っ張り出してくる。
サクラや飛鳥たちは朝の炊き出しを手伝った後、昨日立てた計画に従い行動しようとした。しかし予定は早くも狂った。
「なんか……避難者が増えてへん?」
「ちょっと増えてるねぇ~ 今1000人くらいいるんじゃないカイ?」
しかもよりにもよって、女子供、怪我人が増えているではないか。
どういう事かはすぐに分かった。この周囲50キロの中で医者はこの村の村医者しかおらず、周辺に住む集落から医者を求めて夜を押してやってきたらしい。さらに調べると、炊き出しが出るという噂も広まっていて、それを求めて人が増え始めているようだ。
「こうなることは予見できましたけど、まさか一晩で噂を聞きつけてくるなんて」
何事も冷静な(と自分では言っている)セシルは事態を受け止めていた。
「プラン変更ですね」
「どうするんや?」
「私たちではどうにもなりません。サクラは狩り、飛鳥は村人たちと協力して井戸を掘り、その後倒壊家屋の整理を。私とマリーは避難所の整理をしましょう。単純に計算しましたが、この学校で収容できる人数は1200人が限度です。それ以上増えるようなら、別の避難所を作る事をしなくてはいけませんね。そして一番の頼りはJOLJUです」
「え? オイラ?」
「NYに行って来てください。食料が足りませんし、ちゃんとした医者が必要です。治安を維持する必要も出てきます。私一人では治安維持はできませんし」
「なんや。普段あんなえらそーなこというて、民衆が怖いンかい」
「暴徒化した民衆は怖いですよ。私が持っている銃なんかじゃ限がありません」
セシルはCIAの特別諜報員だ。表の顔である音楽家の活動をしている時もバッグの中には愛用の45オートが隠してある。それが入っているのは確認したが、弾に余裕があるわけではなく、セシルは小娘だ。食料を求めやってきた大人の暴徒たちを制圧することはできない。
その点、ユージや拓なら暴徒鎮圧するだけの能力も武器も持っているし、場慣れもしている。
この意見に一同賛成した。家族であり、後で愚痴を聞く羽目になるサクラはものすごく不承不承に、だが。
「乗りかかった船だ。ユージに愚痴られるくらいは我慢しよう。医者が必要なのは確かだしね。軽傷も入れたら、ざっと見ただけでも300人以上は診察待ち。ほっといたら一週間以内に棺桶行きは100人を超えるし、それはそれで後味が悪いからねぇ」
「分かったJO。元々言いだしっぺはオイラだし、ちょっと行って来るJO~」
JOLJUは納得した。JOLJUは行動が早い。「では~」というとすぐにテレポートして消えた。その後である。サクラとセシルは、重要な事を伝え忘れた事に気が付いた。NYはまだ金曜日の夜だということを……ユージはFBI・NYで仕事をしているか、病院のERで患者を診ているか、デートしている最中だろう。しかしその点、サクラもセシルも考えるのを止めた。どうせ怒られるのはJOLJUなのだから……
ということで、震災支援二日目が始まった。
サクラはロープを持ってさっさと山に出かけていった。
村人たちも大分飛鳥たちに馴染んできたようだ。JOLJUが行ってしまったので飛鳥はまず村の男たちと一緒に倒壊家屋の整理に。セシルとマリーは避難所に集まった人たちの怪我の具合を診たり必要なものがないかを聞いて回る。今のところセシルの適切な処置と村長ムーディ氏の人徳で避難所の治安は維持できている。
それでも、日が昇ってくると車でこの被災地にやってくる被災者たちが来はじめて、人の数は徐々に増え始めた。
その整理でセシルはともかくマリーは午前中でヘトヘトになってしまった。マリーはついつい重傷者を見つけると治癒活動してしまうから疲れるのは当然だ。
午前11時。飛鳥が一旦戻ってきて、三人は早めの昼食を摂った。もちろんレトルトカレーだ。
「あのアホらは全然戻ってくる気配ないなぁ~」ハムハム、とカレーを食べながら呟く飛鳥。むろんアホらというのはサクラとJOLJUだ。ちなみに地下水の場所を言う前にJOLJUはテレポートで行ってしまったので飛鳥は井戸掘りが出来ず、もっぱら道を空けるべく倒壊家屋の整理をしていた。
「二人共自由人ですから」とマリー。
「ところで三食レトルトカレーになるんですか?」
「文句いうな! こんな時贅沢言うな! 沢山あるんやし食べないと勿体ないヤン!!」
救援に来た人間の食事は全て自分たちで用意する。それが災害支援者のルールだ。被災者たちの食事を分けてもらったりはしない。
「ボクは別に気にしません。食べ物があるだけでも神の思し召しデス」
「……ハァ……私、本当なら今日はロマール氏からランチを誘われていたのに……イタリアンのフルコースがどうしてレトルトカレーになっちゃうのやら」
「このブルジョワめ! 文句いわんと食え! 納豆トッピングも許す!」
「口臭がするわ!! 第一私も納豆は嫌いです」
セシルがこんなくだらない愚痴を零すのは、サクラや飛鳥たちだけだ。それだけ彼女たちはセシルも猫を被らず本音で言い合う事が出来る友人だからと言えなくもない。それを嬉しがる飛鳥たちではないが。
彼女たちがカレーを食べ終わろうとした時だ。遠くでパンパンッと銃声が鳴ったのが耳に届いた。
「サクラも頑張っとるなー よし! あいつの昼飯は納豆たっぷりつけてやろう」
と、余りまくっている納豆を押し付ける飛鳥。しかし、戦闘のプロであるセシルは小首を傾げた。銃声は遠いが、拳銃弾の音ではない。ライフル弾のようだ。セシルには絶対音感があるから間違いない。拳銃弾の銃声はそう遠くまでは届かない。山の中に入ってしまえばこもってしまい余計だ。鹿や野うさぎが出没するような遠距離から聞こえるものだろうか? サクラでなければ別の誰か……という事になる。
このあたりの地方は一般家庭でも狩りをするためライフルを所有している家があるだろう。それならいいが、盗賊や暴漢の類になればAK47などで武装していることも考えられる。後者だとすれば、ちょっと事態はややこしくなる。大災害時火事場泥棒が出るのは、コーラを飲んでゲップが出るくらい当たり前のセットとして考えていい。
「この村には銃はどれくらいあるのだろう」とセシル。
「いや、ウチに聞かれても知らんがな」
「聞いたんじゃありません。呟いただけです」
「紛らわしい奴やなっ!」
「昼の炊き出しが終われば、私はちょっと村の見回りをすることにしましょう。銃はありますから」
避難所のほうは人が増え混雑してきているが、村の有力者たちが集まって自力での運営が出来始めている。屈強で荒れた強盗相手に、こんな私服の少女がいくら銃を持っていると言っても抑止力にはならないが、状況把握や牽制にはなる。本当は村の男たちで自警団を作りたいところだが、被災したばかりの村人にとって自衛することより倒壊した自分たちの家をなんとかするほうが優先したいはずだ。呼びかけても参加者は少ないだろう。
こうして午後の予定を立てたセシルだったが、その予定はまたも覆り、思いもかけない多忙な状況になる。
昼の炊き出しが終わり一息ついたとき……一台のトラックが大量の物資と人材を連れて到着したからだ。ユージ、拓、エダ、そしてJOLJUである。
「ついに来たな! 真打っ! ということで、もう帰ってもええでー、セシル」
「無茶苦茶言わないで下さい!」
そう言っている間にトラックから三人プラスJOLJUが降りる。
ユージは降りてくると、すぐにセシルを呼んだ。状況確認を受けるためだろう。次に村長ムーディ氏と村医者のクディク氏から説明を受けている。その間に拓とエダは村人たちと協力してトラックの荷台から食料を1/3だけ降ろした。
「サクラはどこに行った」
ユージは別の荷物をトラックから降ろしている。人が一人入りそうなほど大きなバッグが三つ。医薬品と手術道具が詰められていて、医者であるユージにとって何より大切な物資だ。
そして荷物が降ろされたところで、ミーティングが始まり、そこには飛鳥たちも参加した。
「まず一つ。俺たちが参加するのは今日と明日の二日間だけだ。その間にやれる限りのことはやってしまう。俺は仮説病院を作る。エダとセシルは俺の手伝いだ。炊き出しと食料庫の設置は拓と飛鳥とマリーで頼む。こっちはこっちで指示するから、炊き出しと食料庫、村の管理は拓に従え。いいな、飛鳥。セシル」
「了解やー」
「分かりました」
それだけ言うとユージはエダとセシルを連れてさっさと学校の方に行ってしまった。残されたのは拓と飛鳥とマリーだ。
「で? 食料庫ってどういう事や? 拓ちん」
この救援部隊の総指揮官はユージだが、分隊のリーダーは拓である。拓の手にもJOLJUのパワー手袋が装着されている。
「白米2トン分。ドライベジタブルが200キロ。スモークチキンが200キロ、乾パンが200キロ。粉末牛乳と粉末卵が100キロずつ。カレーパウダーが30キロ。後はコーンやアスパラガス、豆、植物油の缶詰やチョコレートやポテトチップスやクッキーがそれぞれ100袋。とりあえずこれだけ持ってきた」
「ど……どれだけ用意しとるねん! てか、そんなお金、前部ユージさん自腹なん!?」
もはや個人でできる規模ではない。完全にプロの仕事だが、いくら上流家庭とは言っても5時間ばかりの時間でこれだけの物資が用意できるとは思えない。
「もちろん、オイラが増やしたJO」
そう。実際ユージが用意したのはそれぞれ大袋一つずつで、後はJOLJUの秘密特別アイテム<万物複製機>でコピーして増やしたのだ。
「なら初めからウチの持ってきた食料、コピー機で増やせばよかったやん」
「飛鳥の食料は使えないものばかりですから無理ではないでしょうか?」
「<万物複製機>はロザミアの家にしか置いていないし、電力の弱いこんな僻地じゃ作動しないけどな」と拓。そういう事だ。<万物複製機>は、サイズが車一台くらいあり、消費電力は一回で0.5ギガワットも使う。普通の家や場所では作動すらしない。もちろん、元神様万能発明好き生物であるJOLJUはもっと小型で燃費のいい<万物複製機>を作る事も出来るが、それを作ってしまうと乱用したり悪用したりする人間(特にサクラと飛鳥)が出てくるかもしれないので、わざとこういう設定にしてあるのだ。普段は使用禁止にしてある。今回はあくまで発案者がJOLJUだから、ということで使用が認められたものだ。
「こんな大量の食料、一度に渡すと一気に食べつくして後日困るだろ? 貯蔵して、ちょっとずつ、計画的に食べてもらわないとな。強奪していく人間だって出てくるだろうし」
「ふむふむ。納得した」
「トラックの荷台に組み立て式の倉庫があるから、それをまず一つ組み立てよう」
そういう事になった。
組み立て式のアルミハウスの道具も全てトラックに乗って用意してあった。これは米国のホームセンターで売っている市販品だ。組立図を見ながら電動ドライバーなど使って組み立てる。簡単組み立てキットだが、そこはアウトドアの本場米国製なのでモノはサイズは大きく組みあがれば立派な倉庫が出来上がる。本来は大人4人くらいが総出でかからないと組みあがらない物だが、パワー手袋があるから三人でも短時間で組みあがるだろう。
鉄骨の柱を立てて、あとはパネルを張っていくだけだ。飛鳥とマリーがバネルを固定し、拓が淡々と止めていく。これの繰り返しで、1時間ほどでアルミハウスは出来上がった。
後はそれを補強するため、側面に煉瓦など積み上げて珊瑚はコンクリートで固めて壁を作っていく。これはカモフラージュも兼ねている。こんな僻地で新品のアルミハウスは目立つ。皆が帰った後ここに食料がある、と分かれば村人たちが殺到して壊してしまうかもしれない。ただ積んでいくだけではなく、水で研いで使う簡単コンクリートを使うので、乾けば強度は高い。もっとも、途中震度4くらいの余震があって一度は積み上げた煉瓦が崩れるというハプニングがあったが。
「ま……こういうハプニングも地震災害のオチやな」
と、飛鳥はあまり悔しさを見せず呟いた。もっとも、この場にJOLJUがいれば飛鳥は猛烈にJOLJUを罵っただろう。「地震が来るなら報せろ!!」と……。
ユージたち医療組は超多忙だ。
ユージはさすがにプロである。もちろんこの場合のプロとは非常事態における医療行為のプロの事だ。
まず最初の30分で、緊急手術が必要な重篤な負傷者、緊急ではないが重篤な負傷者、軽微な負傷者、体調不良者(風邪や心的ストレスを起こした者)を選別する作業を行った。その間にムーディ氏とクディク氏、他村の男たちに頼んで一室を手術室用に用意させ、そこにユージがもってきた医薬品を運び、中身の整理を頼む。そして、最初の30分でそれらの選別を終えると、ユージはさっそくクディク氏を助手にして手術に入った。それも一度に一人ではなく、一度に三人くらいの重傷者を一片に行うという無茶苦茶ぶりだ。
その間にエダとセシルが、他の負傷者全員にエア圧縮タイプの使い回しのできる注射で、抗生物質と破傷風予防の抗生剤を打って回る。エダもセシルも注射を打つくらいのスキルは持っている。本当は医師免許か看護師免許が必要だが今はそう言っている場合ではない。
飛鳥たちが食料庫を作り上げそこに食料を運び終えた頃、エダとセシルも全患者への注射が終わり、一旦全員が合流した。そこでエダや拓たちは飛鳥の用意してきたレトルトカレーを食べることになった。
「何でインドでレトルトカレーを食わないといけないんだ」と言ったのは拓である。その呟きにセシルは心から同意する風を見せた。
全員……といったが、ユージとサクラは帰ってきていない。ユージは手術でそれどころではなく、サクラは朝出かけたっきりでまだ帰ってこない。
「ユージには落ち着いた頃見計らってご飯持って行くよ。うん、そう考えるといつでも温かいものが食べられるレトルトカレーは悪くないよ。サクラだって帰ったらすぐに食べられるし」
「いやぁ~ エダさんならウチのこのチョイスを認めてくれると思ったで!」
と照れる飛鳥。しかしエダ以外の人間の視線は非常に冷たい……エダはどこまでも優しいだけだ。
「で? 午後はどーするんや?」
「綺麗な水が少ないのは変わりがありません。ユージさんたちが持ってきたドライフードも水がないと料理できませんし、ユージさんはとにかく水やお湯がいる、と言っていましたし」とセシル。医療を行うには、とにかく清潔さを保たなければならない。消毒液も限られているから、器具も煮沸して使わなければならない。清潔を保つためにはとにかく清潔な水がいるのである。
「ユージさんは何て言っていたんデスカ?」
「あたしとマリーちゃんは助手をして欲しいって言っていた。セシルは軽微な負傷者のカルテ作りを。後のことは拓さんに頼むって」
「ユージさんの話では、知り合いの<国境なき医師団>に連絡したので三日後には医師団がこの村にやってくるそうです。私のカルテ作りはその引継ぎのためですね。幸い重傷者の多くは骨折や倒壊による外傷で、緊急対応しなければならない患者は20人くらいだそうですが、それでも負傷者は150人を超えますから大変です」
今は大地震が起きて24時間ちょっと。多くは外傷を受けた患者だ。しかし地震はまだ続くし、1000人近くが避難してきているこの環境は不衛生だ。内科患者はこれから増え続けるだろう。そのためにも井戸の確保とトイレの確保を急務であった。この対策は、拓の仕事である。
「頼むといったって……後は飛鳥とJOLJUしかいないじゃないか」
「二人プラスJOLJUだけで井戸掘れってか! 無理やろ」
「濾過装置はオイラがなんとかするJO。だから井戸を掘るだけだJO!」
道具といえるものはスコップにツルハシ……あくまで原始的なものしかない。さすがに重機までは持って来ていないし、他に使えそうなものは村にはない。頼るのは人力だ。さすがに二人ではどうにもならないので、JOLJUが旧知の村人に声をかけて人海戦術で乗り切る、という話でまとまった。
「黒い天使短編・飛鳥の事件簿インド編 3」でした。
ということで結局ユージたちが呼ばれましたね。
まぁ飛鳥たちでやれることはかぎられるしこういう流れになるわけですが。
ちなみに今回はほぼコメディーでした。
次はちょっと不思議な話になります。このあたりが本当の「事件簿」ということになるわけです。ただ被災地にいってドタバタするわけではありません。そこはサクラと飛鳥たちですから。
今回は扉絵つけてみました。
ということで次回も「飛鳥の事件簿」の本領発揮、楽しみにしていてください。
今後ともよろしくお願いします。