黒い天使日常編 『とある捜査官の憂鬱』1
黒い天使日常編 『とある捜査官の憂鬱』1
全米10大指名手配の犯人がニューヨークに!?
だが捜査から外されたユージと拓。
ユージは苛立っていたが、拓にいわせれば当然の処置。
何せ今度の容疑者は生きて逮捕しなければならないのだ。
不貞腐れたユージだが、思いもかけない事態に思わず固まる。
黒い天使短編 「とある捜査官の憂鬱」1
* * *
NYは今日も明るく活気に満ちている。
しかし、司法・警察当局は違った。
FBI Ten Most Wanted Fugitives……FBI10最重要指名手配が更新され、全米最重要指名手配者のリストに新しい顔が一人追加されたのだ。
この日、支局長コール=スタントンはグレード3以上の捜査官を集め、支局の大会議場で新しくリスト入りした男について説明を始めた。
「ラファエロ=ビショップ! 42歳白人。先月カリフォルニア州にある隔離施設から脱走。アーカンソー州で事件を起こし東に逃走し、一ヶ月前グランド・セントラル駅でよく似た人物の目撃も確認されている。よってこのNYに潜伏している可能性も非常に高い。そこでNY支局でも全部署特別体制でラファエロ=ビショップを追う!」
大会議室の大型スクリーンにラファエロ=ビショップの顔写真、他身体的特徴、出身、交友関係諸々が細かく表示されている。そしてこのデーターは各捜査官たちが持つタブレットやラックトップにも共有されていて各自スクリーンを見たりモニターを見て情報を確認していた。
コールの説明の後は質疑応答だ。本部から専任の捜査官が来ていてより細かい情報を持っている。
最後に二つ、非常に重要な要件が告げられた。
一つ、必ず生きて逮捕する事。まだこの男には聞かねばならない事があるからだ。
一つ、このラファエロ=ビショップの懸賞金は20万ドルであった。この懸賞金は逮捕した者……FBIや市警察といった法執行官でももらえるものだ。
こうしてコールによる説明が終わり一同解散となった。捜査官たちは久々の大物容疑者に緊張の色を浮かべ、各チームに分かれ散って行く。今回の捜査は専任捜査官だけでなく全部署対応案件だ。FBIはスペシャリストの集団で市警察のように人海戦術を取る事はない。それぞれの専門分野でアプローチし、捜査に赴く。
が……。
「クロベ。ナカムラ捜査官を連れてちょっと支局長室に来い。特別任務がある」
「は?」
名指しで声をかけられたユージは意味が分からず不審顔を浮かべた。
* * *
NY・チャイナタウン。
米国東部最大の中華街で、その規模も大きい。中国系は勿論、観光客や地元ニューヨーカーも数多く集まるNYの名所であり屈指の繁華街である。
そんなチャイナタウンには屋台が集まっている公園がある。丁度屋台村のようなもので、各々が屋台で中華のテイクアウトを買い、公園内に設置されているベンチや簡易テーブルなどで食す。ゴミ箱は何箇所か用意されていて公園は非常にきれいだ。
ここはどちらかといえば観光客向けのエリアで本格的な中華料理はないが、誰もが知っているメジャーな料理が手頃な値段で揃っている。味もそこそこいい。
その一角に……ものすごく不機嫌顔で両手いっぱいの料理を持つユージと、人並み一人前の料理を持つ拓の姿があった。
二人は手頃なテーブルを見つけそこに陣取った。
「お前、相変わらずよく食うなぁ」と呆れ顔の拓。
「食わずにいられるか! 馬鹿にしやがって! あのハゲ!」とユージは毒吐きながら、さっそく一本目の春巻きに手を伸ばし齧りついた。
拓は中華ヤキソバと春巻き2本と烏龍茶。ユージはチャーハン、鳥の唐揚げ、牛肉のオイスター炒め、そして春巻き5本、コーラを買った。ユージは健啖家でよく食べる。それでも体をよく動かすから全く体に贅肉はない。
「なんで中国人素人窃盗団の転売捜査なんかやらせるんだ、あのハゲ!」
「俺たちは元日本人でチャイナタウンでも目立たない。俺は中国文化に詳しいしお前は中国語が喋れる。適材適所だな」
と拓はユージの不機嫌など意にも介さずヤキソバに箸を伸ばした。ちなみにここは米国中華屋台だから皿ではなく紙パックに入っている。
「何が適材適所だ! こんなの市警の仕事でFBIの仕事じゃない! これのどこが連邦犯罪なんだ!? 大事件でも何でもない!」
そう。ユージと拓はFBI総出で取り組んでいるラファエロ=ビショップ捜査から外され、市警察の新人刑事がやるような何の危険もない調査の仕事を宛てがわられたのだった。しかも支局長コール直々の命令だ。数多くの第一級犯罪を手がけてきたユージにとってこの処置は到底納得できるものではない。
しかし……相棒である拓には、コールの処置の理由が十分理解できた。
「お前……ラファエロ=ビショップの説明ちゃんと聞いてなかっただろ?」
「連続婦女誘拐殺害犯だろ? 知能が非常に高いサイコパスで、まだ発見されていない被害者がいる。だから殺さず逮捕する必要がある」
「それだけ? お前全然ちゃんと聞いてないじゃないか」
元々米国西海岸の事件で東海岸のNYにとっては対岸の火事、興味の範囲外の案件だ。広い米国において西海岸と東海岸は外国といっていいほど距離も離れ文化も違う。そしてこれは性分だがユージは長ったるく面倒くさい大会議での捜査会議は大嫌いだ。詳細はそれぞれ配布されるデーターを後でじっくり読めば事足りるから正直ユージは適当に聞いていた。案の定ユージはもっとも重要な要素は頭に入っていないようだ。
ちなみに拓は会議に呼ばれていない。拓はグレード2で資格がなかったからだ。だがユージよりはちゃんとラファエロ=ビショップについて調べて知っていた。
仕方がない相棒のため、拓はラファエロ=ビショップについて説明することになった。
「そりゃあコール支局長がお前を外して当然だ。俺だってお前を外すよ」
拓はそう言いながら自分も春巻きを取り、食べながら説明を続ける。ちなみに春巻きは日本のものより大きくサクサクはしていなくてどっしり食べ応えがある。
「ラファエロ=ビショップはお前が一番嫌いな犯罪者だ。多分五割の確率で射殺する。射殺はしなくても九割の確率で拷問するよ、お前」
「あ? 俺をナンだと思ってるんだ」
「ラファエロ=ビショップ……別名<美少女殺人画伯>。被害者は12歳から16歳の白人少女ばかり狙った異常性愛誘拐殺人犯だぞ? お前が一番嫌いな犯罪者じゃないか」
「…………」
ユージは黙った。図星である。
「ラファエロ=ビショップはただ少女を誘拐してレイプするだけじゃない。監禁して、自分の妄想の欧式ゴシックロリータ趣味を強要し、それをビデオに録画する。それだけじゃ飽き足らず背徳な姿を晒させた上で殺害するが、即死させない。死にゆく少女の姿を非常に芸術性の高い油絵に描きネットで公開して悦に入る」
「…………」
今は食事中だ。拓はあえて言葉を選んで説明しているが、要約すればラファエロ=ビショップは少女を誘拐し、監禁してレイプするところを撮影し、殺害するところを絵に描き公開する鬼畜外道だ。
現在発見された遺体は五人。しかしネットで出回っている絵画は31点もある。中には同じ少女と思われるものもあるし彼の妄想で描かれた架空の少女もいるようだが、当局はまだ被害者がいると踏んでいる。だから危険な性犯罪者とはいえ射殺するわけにはいかない。何せ米国は年間2万人以上子供の行方不明者を出す国だ。被害者候補は腐るほどいる。
ユージは完全に黙った。成程、ユージがもっとも嫌う人間だ。
ユージは自分より愛して止まないエダという美少女の伴侶がいる。もしエダがそんな目に遭うようなことがあれば、彼は自分の理性を保つ自信が全くない。別にユージはロリコンではないが、光源氏を地でいくような関係で、エダが11歳の頃から二人には世界が破滅しても断ち切れそうにない愛と絆があり、18歳になってようやく結ばれた……という経歴があるので、少女にはとにかく甘い。それはエダだけでなくサクラやセシルやマリーもその恩恵を受けているし、見ず知らずの不幸の少女を無償で助けたりもする。いってしまえばユージは<少女>の聖騎士のような存在だ。そして、同時にこう見えてユージはフェミニストで、性犯罪者という輩の人権など根本から認めていない。女に暴力を振るうクズ男の顔を見分けがつかないほどボコボコに殴り倒すなんて事はザラだ。
ちなみに本人は性に対しては淡白である。本人曰く「医者が女体見て興奮したら診察にならん」と、世界中の男性医師が全否定しそうなことを公言している。
元々犯罪者に対して容赦しないユージだから、少女に対する性犯罪者に対しては射殺することに何の躊躇も覚えない。少女に対する性的暴行罪は重罪だが射殺していいものではないし、極刑が下るほどの重罪でもない。そのことはFBI当局も市警察も重々知っているので、ユージには性犯罪事件は原則担当させない、という暗黙のルールがある。ユージを殺そうとする殺し屋をユージが返り討ちにして殺すのはまだ当局もカバーのしようがあるが、性犯罪者を射殺されると当局もマスコミから叩かれるし守りきれる保証はない。
ユージは納得したが、こうもはっきり捜査から外されると面白くない。
自慢じゃないが、FBI・NY支局検挙率ナンバー1は何を隠そうユージなのである。多分NY含め東海岸検挙率ナンバー1だろう。……容疑者射殺率もナンバー1だが。こちらは多分全米どころか世界でもトップかもしれない。
「しかしそんな奴がまだNYにいるか? もう消えただろう」と拓。
「今頃高飛びしているかもな。白人少女趣味なら欧米かロシアだ。ユーロポートに捕まるならまだしもロシアに逃げられたらFBIは当分マスコミに叩かれるだろうな。いい気味だ」
ユージはよほど今回の件が面白くないらしい。
「日本にいくかもな」
「日本だと外国人は目立つからそれはないな。あえて白人少女だけを狙う変態だから東南アジアもない。出入国審査が厳しいオーストラリアもない。国外は難しいと俺は思うけどな」と拓が冷静に分析する。
担当ではない事件だ。二人は好き勝手に言い合った。
10分後……二人は買ってきた料理をあらかた平らげ、それぞれ食後の胡麻団子やアイスティーを買ってきた。そしてそれをのんびりと味わっていた……その時だった。
「…………」
アイスティーを飲んでいたユージが、ふと何気に拓の後ろに目をやって……固まった。
「…………」
「どうした、ユージ」
「…………」
ユージは手にしていたアイスティーをゆっくりテーブルに置き、目を擦ると、もう一度拓の後ろを見つめる。その挙動には明らかに困惑が浮かんでいる。とくに殺伐とした気配は感じない。
「誰か知り合いでもいたか?」と拓は振り返るが、見知った顔は見えない。
「知り合いといえばそうなるかもしれんが……」そういうとユージは懐から携帯を取り出し何かデーターを探している。
「お前の後ろ16m先のテーブルにリュックを背負った背の高い観光客風の白人が揚げ餃子を食ってるんだが……」
「ああ、アレか。欧州からの観光客かな?」
「俺の気のせいならいいが……こいつじゃないか?」
そういうとユージは携帯で一人の中年男の顔写真を表示させ、拓に見せた。
やや面長の顔。金髪で頭頂部の髪は薄い。彫りは深く口と顎に髭を蓄えている白人男性。
拓はそっと後ろの男を見た。髭はなく頭はヤンキーズの帽子を被っているが顔立ちや雰囲気までは変わらない。拓は人類学、人種別の骨格学、人相学など大学で学んでいるから人の見極めのプロといえる。
「……同一人物ぽいが……誰だ、それ」
「困ったな」
ユージは舌打ちすると、思わず手で顔を覆った。
「ラファエロ=ビショップだ」
***
「どうするんだ、コレ」
「どうしよう」
ユージと拓は僅かに座っていた位置をずらし、お互いラファエロ=ビショップが見えやすい場所に移動し、デザートを食べながら容疑者の観察に移った。
ラファエロは特に周りを警戒する様子はなく、かといって食事を楽しんでいるだけの様子にも見えない。前方にある何かを眺めているようだ。ユージたちもそっと確認してみたが観光客が多くそれが何かは分からない。
さりげなく周囲を見回したが、市警やパトロールの姿はない。
つまり……現在この中華街公園の中で、ラファエロ=ビショップを逮捕できる司法当局者はユージと拓だけということになる。
「どうする?」
捕まえる事は簡単だ。距離は8mまで接近した。至近距離といっていい。
ラファエロ=ビショップもまるで二人を警戒していない。まさかFBIがいるとは思ってもいない様子だ。
問題は、そこではなかった。
「コールが怒るぞ、俺たちが捕まえたと知ると」
……チャイナタウンで仕事をサボって中華を食べているとき偶然見つけました……などという出来すぎた話を厳格で常識人のコール支局長が信じるとはとても思えない。
ユージはFBI・NYのエース捜査官だ。
……事件捜査から外されたユージたちがそれを不満に思い、命令違反で勝手に捜査した末見つけ出した……と、思うに違いない。拓はともかくユージは絶対そう思われる。普段から命令違反や暴走捜査をしているユージは、こういう点では信頼がない。
「そうだな。こんな出来すぎた話、俺でも信じないな。お前が命令違反したっていうほうがよほど説得力がある」
その点、拓も全く同意である。
無能と思われておらず、むしろその有能を買われているわけだが、こうなると笑えない皮肉だ。
コールは何だかんだとユージの理解者ではあるが、それは事件捜査上止むを得ない暴走に対してで、純然たる命令違反には他の部下の手前もあり厳しい。
今回、ユージがラファエロ=ビショップの捜査から外れている事はFBI・NY支局の全員が知っている。いや、恐らく連携を取っているNY市警察の刑事部も知っているだろう。
困った事にラファエロ=ビショップには懸賞褒章金が懸かっている。支局挙げての捜査で逮捕……ということであれば支局全員の分配になり、それぞれちょっとした金一封だがユージと拓二人だけで逮捕なんていうことになれば報奨金は丸々二人のものだ。二人共そんな金は欲しくないが、出すのは司法省でコールの裁量ではない。FBIとしては10大懸賞首に入れた直後で、広報としては自らの組織の優秀さを喧伝するため大々的に褒賞するだろう。出るとなれば同僚たちからのやっかみが鬱陶しい。
こっそり知り合いのNY市警察の刑事を呼んで対応させようか……と思ったがそこまで時間の余裕はないし、何より勘付かれてしまう。今はのんびりと観察しているが時間に余裕があるわけではない。いつ食事を終え動き出すか分からない。
「こいつ、元カリフォルニア州の保安官助手だ。警官の気配には敏感だしその手順も知っている。バレて逃げられるぞ」
ただの犯罪者の通報なら気にしない。だがラファエロ=ビショップは全米指名手配の大物容疑者だ。通報すれば市警察だって大部隊を率いて包囲し捕まえにくるだろう。しかし、その道のプロはその気配や空気の変動を知っている。その不穏な匂いを嗅いだ瞬間、本気で逃げるに違いない。
「この人混みで大捕物なんかすれば、下手すれば死人が出る」
施設から逃走して全米指名手配になるまで時間がかかっている。元警官なら銃を手に入れていてもおかしくない。
二人共色々思案したが、どう考えても自分たちが今逮捕するのが一番いい。今ならラファエロも油断している。まさかチャイナタウンでどう見ても東洋人であるユージと拓が司法当局者だなんていくら知能が高い犯罪者でも予想だにしていないだろう。
黒い天使日常編 『とある捜査官の憂鬱』1でした。
今回はユージがメインの短編です。
ですが「災厄者」みたいなハードボイルドではなくどちらかというと日常系です。
なんていうか……運があるのかないのかワカラン男、ユージ!w
よりにもよって犯人見つけて葛藤するという、ちょっとコメディー・タッチですね。
短編なので全3話です。
多分見所は次回、オチが三話目ですね。
個人的にはユージの性癖がある意味掘られた話なのかも。
「男性医師が女体を見て欲情しない」と言い切る……しかし、だからこそユージは性的な愛のない少女に対する愛情がつよい……ロリコン説の一端なのでは?w
こう考えると色々ユージも変なキャラですねw
ということで全3話、ユージの短編をお楽しみ下さい。
ちなみにちゃんとサクラは出てきます。
これからも「黒い天使日常編」を宜しくお願いします。




